本田雅一のAVTrends

第191回

新Apple TVアプリ(日本語版)を通して知る“日本市場の乖離”

“テレビのあり方”と、それに対する感じ方

アップルは4月25日に発表していた新しい「Apple TVアプリ」を5月14日よりリリースしたが、このアプリを開いて「あれっ? 発表当時に言っていた内容がまったく実現されていないのでは? 」と気付いた読者もいるかもしれない。

5月14日より提供開始された「Apple TVアプリ」

実際にはSteve Jobs Theaterで発表された際にデモンストレーションされたApple TVを完成させたものが今回のリリースであり、発表・デモされていた内容との相違はない。しかし米国版のiOS用Apple TVアプリでは「Movie」、「TV Show」、「Sports」、「Kids」とタブが並ぶのに対して日本語版では「映画」しか見えない。

「今すぐ観る」で表示されたタブは「映画」のみ

これは“Apple TVというアプリの構造”はグローバルで同じではあるものの、配信されている映像ストリーミングサービスがまったく異なるために起きているもので、従来のApple TVから存在していた問題だが、今回、Apple TVが大幅リニューアルされたことで、なおさらに“日米違う感”が強調されているだけとも言える。

米国での発表時は、デモでTV Shows、Sports、Kidsなどのタブも表示されていた

今回は“本来のApple TV”と“Apple TV日本語版から見える景色”が大きく異なることについて、少し掘り下げてみたい。

突きつめると、この問題はアップル製品/サービスだけの問題ではなく、たとえばGoogleなどが提供する他の海外プラットフォームに依存するデジタル製品の使い勝手やコンテンツトレンドにも影響することだからだ。

米国において定額制の映像配信サービス「Apple TV+」(今秋開始予定)と共に発表された

大幅進化は果たしているのだが……

アップルが4月25日に発表した内容は、すでに本誌でも記事が紹介されているため、ご存知の方も多いだろう。アップルはApple TVのユーザーインターフェイスに大きくメスを入れ、さらにApple TV+というアップル製品ユーザーだけが楽しめる映像コンテンツに投資を行なっていく。

多くのハリウッドスターや制作者も参加する盛大な発表会だったが、その中でハードウェア製品でもあるApple TVの改良と、その改良されたあたらしいApple TVのソフトウェアを、iPhone、iPad、それにMacでも使えるようにするとアップルはアナウンスした。

またサムスンのテレビ(日本では未発売)上でApple TVアプリが動作するようになるほか、年内にはソニーをはじめとするいくつかのテレビメーカーも同様の対応が進むという。

Apple TVは近年、大幅なアップデートを繰り返しており、iTunesで購入したり、あるいはブルーレイのオマケで付与されるダウンロード再生権へのアクセスなどだけではなく、スポーツのライブ中継や各種有料映像ストリーミングサービスへの接続など、インターネットを通じて映像を楽しむさまざまな要素を集約している。

ここ数年、力を入れているのは“検索”と“リコメンド”。中でも複数の有料チャンネルや映画などにまたがった串刺し検索は、Apple TV最新版における最も優れた機能のひとつだ。もちろん、Siriとも連動しており音声での検索も行なえる。

北米における映像ストリーミングサービスは極めてその数が多い。HBO、Starz、SHOWTIME、Smithsonian Channel、EPIX、Tastemade等の名前を聞いたことがある読者も多いだろう。Apple TVがハンドリングできる映像ストリーミングサービスは、実に150チャンネル以上にも及ぶ。

米国向けサービスでは様々なストリーミングサービスが利用可能

これだけチャンネル数が多いと、望みのチャンネルを探すこともなかなか大変だ。検索やリコメンドに力を入れる背景には、多種多様な番組があるからに他ならない。

また最新版のApple TVでは、他のアップル製品向けサービスと同様、ファミリー共有(家族として登録したApple IDの間で定額サービスを共有する仕組み)や、ダウンロードした上での視聴(オフライン視聴)機能なども提供される。

また契約していないチャンネルや、個々に購入が必要なコンテンツが見つかった場合、その場で手軽に購入(あるいはサービスへの加入)できるよう丁寧に動線が張られている。

同種のサービスは決して珍しくはないが、ハードウェアとしてのApple TVに加えて、iOSやmacOS向けアプリでも同様の機能を提供し、決済までの流れをスムースに実装している点にはアップルらしい洗練された魅力がある。

“新Apple TV”は、これまで開発してきた同製品の集大成とも言える“新しいテレビのカタチ”を具現化したものだ。今年はアップル自身が投資する映像コンテンツチャンネル「Apple TV+」も開始される勝負の年だけに、かなり気合いが入っている……のだが、“新Apple TV(日本語版)”に関しては、残念ながら大きな体験の差を生むことができていない。

あまりに日本語版での連動サービスが少ない理由

実際にiOS 12.3とともにリリースされたApple TVアプリを開いても「何が新しいのか、素晴らしいのか、まったくわからない」という方が大半だろう。以前とのユーザーインターフェイスの違いや、串刺し検索、未契約チャンネルへの動線などは一目瞭然でわかるが、“これが新たなイノベーションの波”と言われてもピンと来ないだろう。

なぜなら、映像ストリーミングサービスの数などが日本と海外で大きく異なるからだ。

アップルは新Apple TVアプリのリリースに伴い、グローバルで新しいチャンネル(映像ストリーミングサービス)への対応を続けていくとアナウンスしており、実際に欧州での対応サービスは充実しているようだ。

北米市場では、放送から映像ストリーミングサービスへと消費者が観るコンテンツが大きく変化していることをご存知の方も多いと思うが、事実は欧州も同じだ。北米はもともとCATVによる多チャンネル化や、地域ごとの地元テレビ局が制作する番組、各地域ごとのスポーツ中継などが充実していたため、多チャンネル化(つまり多くの映像ストリーミングサービスが立ち上がること)が予想しやすかった。

一方、欧州は国ごとにそれぞれテレビ局が存在していたが、ネットの時代になって国境を越えての視聴が増加。テレビ局や映像配信事業者が、積極的に欧州全域に向けたサービスを展開し始めたことで、北米以上にチャンネル数が激増したのだ。

このことは、実は4K/HDR対応映像ストリーミングサービス数の違いなどにもつながっている。調査会社のIHSマークイットによると西ヨーロッパ地域で展開されている4K/HDR対応映像ストリーミングサービスは40を数え、これは6サービスしかない日本や、18サービスの北米よりもはるかに多い(IHSは欧州で4Kテレビが伸びている理由を、4Kコンテンツの充実度として挙げていた)。

上記は4K映像ストリーミングサービスに特化した数字だが、一般的なHD解像度のサービスを含めても、串刺し検索や加入契約のシンプル化などが必須と言えるほど、たくさんのサービスがないのだ。Abema TV、dTV、Netflix、Amazonビデオ、U-NEXT、Hulu、TVerあたりが観られれば充分。このうちAbemaとTVerは無料サービスで契約の必要もない。

ニーズがなければ、わざわざApple TVに対応する必要がない。このためもあるのだろう。Apple TVに対応する日本市場に根差した映像ストリーミングサービスはなく、したがって串刺し検索をしても便利だとは感じられない。

アプリをいくら磨き込んでも、そのアプリの前提としているコンテンツ環境が異なるのだから、同じように使っていても“風景が違う”ように見えてしまうのは致し方ないところだろう。

まるで違う製品に見えるApple TVアプリ日本語版。改善はされるのか

実際にApple TVアプリで検索してみると、iTunesで配信されているコンテンツ以外に見つかるのはほとんどNetflixとAmazonビデオのみ(一部Video Market配信作品などもあった)。どうやらHuluは未対応のようで検索ヒットせず、当然ながらリコメンドにも出てこない。

こうしたこともあって、ジャンルタブには「キッズ」や「ライブ」はなく「映画」のみ。テレビ番組タブも出てこない。そして検索すると、出てくる作品のほとんどはiTunesで有償配信されているものばかりとなり「なんだ、以前と何も変わらないじゃないか」と見えてしまうのだ。実際、体験レベルはほとんど変わらないのだから、アップルも反論することは難しいだろう。

いわば日本と欧米で、映像コンテンツの楽しみ方が異なることが根っこにあるからだが、では即座に何か対策が行なえるかと言えば難しい。なぜなら日本の場合、無料の地上波放送の人気が高く、NHKと民放5局に集中しすぎて有料チャンネルのキャラクターが立っていないからだ。

Netflixは善戦しているものの、通販会員向け特典とも言えるAmazonプライムビデオに比べると視聴者数は半分程度とも言われている。NTTドコモの映像サービスは人気ではあるが、視聴者はモバイルユーザー中心だ。

もっとも、各国ごとに映像の楽しみ方が異なるのは他国も同じ。アップルはハードウェア事業を中心に据えつつも、関連するサービス事業を拡大しているが、本気でコンテンツ事業をさらに大きくしていくのであれば、映像ジャンルで各国ニーズに沿ったローカライズ、カルチャライズが必要になる。

確かに日本市場は地続きの国がなく、言語的にも閉鎖された環境にある。しかしiPhoneなどアップル製品のシェアが高い市場であることも確かだ。アップルがハードウェアメーカーに軸足を置きながらもサービス事業を充実させていくというのであれば、日本におけるApple TVから見える風景を、グローバルのそれと揃えていって欲しいものだ。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。