本田雅一のAVTrends

第192回

「Powerbeats Pro」は、左右分離スポーツイヤフォンの意外な優等生

アップルが'14年に買収したオーディオブランドBeatsは、ワイヤレスイヤフォン「Beats X」などのヒット作には恵まれていたものの、高音質を求める層には疑問を持たれていたのではないだろうか。一方で、ファッションやトレンドアイテムとしてのBeats、音楽クリエイターとその周辺を取り巻くカルチャーが織りなすストーリーなどもあってBeatsの製品はまたたく間に若者たちの間に浸透していった。そして、左右分離の完全ワイヤレスイヤフォンとして登場したのが「Powerbeats Pro」。このモデルを使ってみたので使用感などをお伝えする。

Beats「Powerbeats Pro」(ブラック)

なお、ブラック以外のカラーは遅れて発売されることが明らかになっているほか、北米以外での発売が6月以降とアナウンスされていたが、日本での発売は7月以降になるとの連絡を受けている。価格は24,800円。

カラーはアイボリー、モスグリーン、ネイビー、ブラックの4色

フラットな音域バランスと広い音場感を持つ「大人になったBeats」

Beatsは、そもそもが音楽アーティストでプロデューサーでもあるDr.Dreが立ち上げたブランドということもあったが、そのコンセプトやアイコニックなデザイン、レディ・ガガやディディといったアーティストとのコラボレーションなどで攻めのマーケティングを行なうと、ソニーやゼンハイザーといった伝統的なポータブルオーディオのブランドが、当時ことごとく古臭く見えたものだ。

もっとも、最初のモデルが登場したのは2008年のこと。当時は若年層を中心とした新しい世代のユーザーが支持する新興メーカーだったが、あれから10年以上が経過し、その間にはアップルによる買収という話題もあり、ポータブルオーディオ製品のブランドとしてはすっかり定着した。

実は初代モデル(Monster Cableが開発・販売したStudio)が登場した際、なぜかなんのコンタクトもないのに我が家に製品が届いたものを評価したことがあったが、当時は良い意味でも、悪い意味でも荒削りだった。

ノイズキャンセリング機能は調整が甘く、装着具合によっては盛大なハウリングが発生。音質バランスは典型的なドンシャリで、とりわけ緩く、遅く、ボリューミーな低音な「Studio」という名前に戸惑ったことを憶えている。結局のところ、初代Studioを評価記事にすることはなかった。

しかし10年以上を経過して、Beatsの製品もずいぶん大人びた音を出すようになったようだ。

新モデルPowerbeats Proは音域バランス良く、心地よい音質で音場が自然に拡がる。情報量がとりわけ多いわけではないが、聴き疲れするような付帯音もなく、またミッドバスを強調してビート感を演出するような悪癖もない。

「Powerbeats Pro」(上)と、Apple「AirPods」(下)

低域はタイトではなく、ゆったりと鳴る傾向だが、決して量的に過多になることはない。高域から超高域にかけて、バランスドアーマチュアのような繊細な情報はない。しかし、中域から高域にかけてのふくよかで歪み感の少ない音は、何かの作業をしながら音楽を楽しむ際に最適だろう。

Powerbeats Proはスポーツ、フィットネスのシーンで使われることを想定した製品だが、日常的な音楽を楽しむシーンでも充分以上の音質を持つ。解析的に音楽ソースを分析するのでなければ、リラックスして音楽そのものを楽しめる。Beatsのイヤフォン/ヘッドフォンで音質的に納得感を感じたのは初めてのこと。

左右イヤフォンが完全に分離している「True Wireless Stereo(TWS:完全ワイヤレス型イヤフォン)の中では」という条件はあるが、音質面で残念に思うことはないだろう。

“エクスキューズなし”で勧められる初めてのフィットネス用TWS

さて、音質的には不満のないPowerbeats Proは、その構造をみると1990年代にソニーが積極的に採用していた大口径ドライバを用いたカナル型(耳栓型)イヤフォンという、バランスド・アーマチュアとは対極にあったイヤフォンの形式を踏襲しており、音場の大きさや滑らかな音の質感が実現されているのは、ある意味当然なのかもしれない。

しかし、もっとも評価されるべきは、その装着感だ。

ランニングやフィットネスなど、アクティブな場で使われるワイヤレスイヤフォンとしては、TWSではなく左右がケーブルで接続されたJaybirdのTarah Proがもっとも合理的だと思ってきた。この考えは現在も大きく変わらない。Tarah Proはコンパクトで持ち歩きやすく、また極めて長時間の駆動が可能でホールド性も高く、汗をかいても快適。

同社は「RUN」というランニングに特化したTWSも販売しているが、あえてTWSを選ぶ必要はないだろう。しかし、Powerbeats Proとの比較では大いに迷うはずだ。

Tarah Proは専用アプリでカスタムイコライザのプロファイルを作成すれば、実に良いバランスでの音質を楽しめるが、素の状態ではPowerbeats Proに軍配が上がる。加えてTWSにも関わらず、また耳掛け式にもかかわらず、ランニングなど振動が常にかかるシーンでもズレずにピッタリと耳に吸い付くように安定してくれる。

基本構造や微調整(耳掛けフックは可動性があり、角度や曲がり具合などの調整)ができる点、3つのイヤーパッド+ダブルフランジのイヤーパッドを交換できるなど、フィッティングに関するスペックは(左右がケーブルで繋がっている)先代モデルのPowerbeats 3と同様なのだが、アップルの知見を反映したというメカニカル設計は、装着した瞬間に快適さを感じるものだ。

基本的なフィッティングが優れているため、イヤーパッドを適したサイズ(筆者はMサイズだとやや物足りず、ダブルフランジ形に交換した)を選び、さらにイヤーフック部の形状を合わせれば不満はなくなった。

実はPowerbeats 3の時には、どう調整してもランしていると耳からイヤーパッドが外れてしまっていたのだが、あのときの不具合がウソのようにシックリくる。当然ながら脱落でランやフィットネスの際に落とすこともなく、安心して使うことができた。

フィットネス向けのTWSは、これまでJaybird、Bose、Sony、Jabraの製品を試してきたが、ランだけでなくストレッチやウェイトトレーニングを行なう場合など、さまざまな姿勢での脱落もなく安定した装着感という意味で、初めてエクスキューズなしに勧められるTWSだ。

なお、イヤーフックの調整やイヤーパッドの選び方などで、音質は大きく変化する。フィットが良くないと低音のないスカスカな音になりがちなため、オーナーとなった時は試行錯誤することを勧める。

前述の通りブラック以外のカラーは発売が遅れており、いずれのカラーも充電機兼用ケースはブラックのままであることには留意しておきたい。

第2世代AirPodsの特徴をすべて備えるが、唯一の弱点は……

遮音性はさほど高くない。完全なオープン型ほど音漏れは激しくないが、一方で電車や飛行機での移動中など、周囲がノイジーな環境で高音質を望むなら、別の製品を選ぶ方がいいだろう。

ただし(視点の違いだが)程よい遮音性に留まっているが故に、本製品を使いながら公道をランしていても周囲の様子が把握しやすい。もし通勤時などに遮音性の高いTWSを求めたいのであれば、他の選択肢を選ぶ方がいいだろう。これは欠点や弱点ではなく、本製品の位置付けとして遮音性を重視していないということだと思う。

一方、機能や使い勝手の面では、アップルのH1チップ採用が効いている。

TWS向けチップはアップル以外にもクアルコムやリアルテックなどが提供している。低価格TWSの多くはリアルテック製チップを採用している。クアルコム製チップ採用モデルは高価だが、モデルによってはノイズキャンセリング機能や左右独立でのBluetooth接続、aptXサポート(aptX HDではない。なおクアルコムはTWS向けにaptXを他社にはライセンスしていないためリアルテック、アップルともaptXには未対応)など、スペック面で充実している。

アップルはワイヤレスイヤフォンとの接続コーデックにAACを採用(もちろんSBCも使えるが)しており、音質面ではさほど大きな違いがあるわけではない。また遅延に関してもiOSデバイスとの間であれば自動的に同期される。

一方、H1チップを採用する本機は、AirPods(第2世代)と同様の使い勝手を実現した。電源ボタンは存在せず、代わりに左右それぞれに近接センサーを内蔵。耳に装着しているかどうかを認識し、装着次第で(片耳だけでも)音楽再生が始まる。

充電機兼用ケースのふたを空けてiPhoneと近づけるだけで画面上に製品画像がポップアップし、即座にペアリングできる点など、アップル製品と組み合わせた際の使いやすさは群を抜いている。Apple WatchやiPadなどとの併用も同じで、特にモードの変更もなく端末側から出音先を選択するだけで切り替わる。

Powerbeats Proのケース収納時

たとえば、ランニングなどワークアウトにiPhoneを置いてApple Watchだけで出かけるとき、映画などを観るためiPadの音声に切り替えたいとき。いずれの場合も各端末から、音声出力先の選択(AirPlayの選択画面)でPowerbeats Proを選ぶだけでいい。iOSデバイスと併用した際に、AAC接続でもリップシンクが完璧に取れる点もアップル製品との親和性の高さを示す例と言えるかもしれない。

また、左右独立してスマートフォンと接続するため、右耳だけでも、左耳だけでもイヤフォンとして機能し、左右いずれにも指向性マイクが組み込まれ、そのまま通話用のヘッドセットとして利用できる。

片耳のPowerbeats Proを外すと自動的に音楽が中断し、再度装着すると再生開始。左右とも外せば音楽が停止するといったAirPods譲りの操作性も同じだが、本機にはボリュームボタン(左右で共通)や再生制御ボタン(シングルクリックで再生/停止のほか、受話、通話切断などの機能もある)が存在するため、ランやフィットネスのシーンでスマートフォンに手を触れずに操作できる。AirPodsのタップによる操作よりも確実で、とりわけワークアウト時には役立つ。

このように、aptXを除けば、ほぼ完璧に思える本機だが、ひとつ弱点を指摘するなら、やはりその大きさだろう。音を楽しんでいる際、本体の大きさは意識しないが、充電用バッテリを兼ねたケースの大きさには驚く人もいるに違いない。

“目的に合致する”判断基準

もっとも、どんなに激しく動いても落とすことがないよう、またフィッティングをしっかり行なえばズレの出ない優れた装着感、よく練られた音質にAirPods譲りのシンプルな操作性や機能など、過去のBeats製品とはレベルの違う仕上がりだ。

ライバルはAirPods(第2世代)だろうが、実際にはかなり性格が異なる製品であることは理解しておきたい。価格が少々高いという点もあるが、それ以上に製品としての特徴が異なる。

どんな姿勢、動きでも安定したフィッティングが得られるPowerbeats Proだが、一方で慣れたとしてもAirPodsほどは気軽に脱着できない。

Powerbeats Proのケース(上)とAirPodsのケース(下)

一方、大きいことには利点もある。

本体のバッテリを大きく取れるため、連続で9時間も音楽が楽しめるのだ。これだけ長ければ、市民マラソン大会にゆったりとしたペースで出場したい人はもちろん、ウルトラマラソンでさえ対応できるだろう。ウルトラマラソンは特殊としても、バッテリ切れで充電する間、音楽なしで待たされることもない。たとえうっかりバッテリ切れとなった場合でも、たった5分充電するだけで1時間半使える。ワークアウトでの利用なら必要充分な時間だ。

気になる点もありつつ、フィットネス&ランに有力な選択肢

まさにフィットネス、ワークアウト向けには完璧とも言えるレポートに見えるかも知れないが、いくつか注文もつけておきたい。

まず、イヤーチップのS/M/Lはサイズ差が極めて大きい。筆者は比較的大きな耳だと思うが、それでもMがちょうどいいか、あるいはやや大きめぐらいだ。故にダブルフランジ形を気に入った。果たしてLは誰が使うのだろうと思うが、SとMのサイズ差も大きい。ソニーのように4サイズ構成としてはどうだろうか?

では、大小のフランジが連なるダブルフランジ形でいいじゃないかと思うかもしれないが、こちらはフィッティングがよりシビアになる。ポート方向と外耳道の角度を一致させないと装着感を損ねるからだ。この点、通常型イヤーチップは球状のため多少の角度差は装着感に影響しない。

製品全体のメカニカルな設計は極めて優秀で、万能とさえ思える形状、フレキシブルな耳掛けフックなど素晴らしいが、イヤーチップに関しては、さらなる検討を願いたい。イヤーチップならばオプションなどで、後からでも対応できる。もちろん、ヒット製品ともなればサードパーティー製の登場にも期待できるかも知れない。

手軽でコンパクトなヒアラブルデバイスならば、AirPodsの方がベターな選択肢だろうが、フィットネスやランを見据えながら、長時間のバッテリ持続時間やボタンによる再生制御なども求めるならば選択肢は絞られる。

今年はこのあと、クアルコムの新チップを用いた新製品が登場するだろうが、価格帯はほぼ同じだと見積もられている。Android端末オーナーは(aptX対応端末ならば)それら新製品が気になるところだろうが、装着感や普段使いの音質、フィットネス用途での安心なフィット感などを考えれば、24,800円という価格は決して高くないと感じる。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。