本田雅一のAVTrends
202回
iPhone 12「HDRビデオ」の注意点。実は静止画にもHDR情報?
2020年11月5日 08:00
iPhone 12/12 Proシリーズが発表され、今年も内蔵カメラがアップデートされたが、静止画カメラとともにビデオ撮影機能の改善も行なわれている。映像処理の進化でノイズ処理や色乗りが改善され、暗所での撮影性能も上がっているが、もっとも大きな違いはDolby Vision対応HDRビデオの撮影が可能になったことだろう。
カメラアプリの規定値でもビデオ撮影はHDRがオンになっており、特に何も考えることなく撮影すれば、明暗のダイナミックレンジが広い現実感の高いHDRビデオが楽しめる。
加えてiPhone 12/12 ProシリーズはHDR動画を再生する際、最大1,200nitsまでOLEDの輝度をブーストする機能を有している。つまり、HDRビデオの撮影、編集、表示までがiPhone 12/12 Proシリーズの中で完結するのだ。
ご存知の方も多いだろうが、このところアップルはiPhone、iPad、MacBook Pro、iMac、PRO Display XDRなどでHDRビデオの表示に対応してきた。それぞれのデバイスでは、iCloudを通じて写真を同期することで、各ディスプレイの性能なりにHDRビデオを楽しめる仕組みが構築されている(製品によって最大輝度は異なり1,000nitsを超えるものは、今のところiPhone 12/12 Proシリーズ以外にはPRO Display XDRしかない)。
HDRビデオは単純に明るい部分がキラリと光るだけではなく、明部のカラーボリュームが拡大し、リアリティが高まる。アップル製品の中だけとはいえ、難しいことを考えずに扱えるようになったことは喜ばしいことだが、いくつか取り扱いに注意が必要な部分もある。
HDRビデオ非対応のアプリやサービスに注意
iPhone 12/12 Proシリーズが記録したHDRビデオのデータを確認すると、深度10bitのHLG(ハイブリッドログガンマ)信号となっている。
アップルは「Dolby Visionに対応している」とアナウンスしており、「動画に埋め込まれたメタ情報がDolby Vision準拠」とのことだが、Ultra HD Blu-rayのDolby Visionで使われているような、PQカーブの12bit深度デュアルストリーム映像ではない。圧縮コーデックにはHEVCが用いられている。
配信やパッケージで使われるDolby Visionでは、SDR映像とHDRの差分データをデュアルストリームで記録し、HDRは12bitのPQカーブ。シーンごとに動的に割り当てられるメタ情報をストリームの中に埋め込み、表示の最適化に利用していた。
この仕組みのうち、シーンごとの輝度分布を示すメタ情報をストリームに埋め込む部分だけを流用し、輝度情報はHLGで記録しているのが、iPhone 12シリーズのHDRビデオである。この技術はアップルとドルビーによる共同開発とのことで、現時点ではアップル製品が(iPadなど)対応しているものの、民生用、業務用も含めてそれ以外の対応製品はない。
一方でHEVCの10bit HLGという形式は一般的なものであるため、Dolby Visionのメタ情報を除けば、ほとんどの動画編集ソフトでそのまま扱うことができる。好みのツールで編集したり、Windowsなど他のプラットフォームに移して利用する場合で扱いに困ることはない。
ただ、動画がHDRで記録されていることを意識していないアプリやサービスは多い。
例えばLINEは、HDRのメタタグを理解できないためか、動画を送信しようとしても動画形式の変換でエラーが発生し、当初は送信することができなかった。現在は送信可能になっているが、SDRへの自動変換特性(おそらくLINE側で変換している)は見栄えのするものではない。同様にFacebookにもアップロードは可能だが、こちらもFacebook側でSDR変換が行なわれるようで、こちらもパリッとしない眠い映像になってしまう。
LINEやFacebookでシェアする動画を撮影する際には、あらかじめSDRビデオで撮影した方が(現時点では)良いだろう。あるいは別途、何らかのツールでSDR変換すべきだが、そのためのツールはまだ揃っていない。
動画共有サービスのYouTubeはHDRビデオに対応しており、正しくアップロードできていれば画質設定の表示に「HDR」と小さなマークが表示される。
しかしYouTube共有プラグインは筆者が知る限り、どれもHDRビデオに対応していないため、プラグインを通じてアップロードしてしまうとHLG特性のままアップロードされ、HDRのフラグだけが失われてしまい、正しい表示が行なえなくなる。現時点でYouTube共有のインターフェイスでHDRがきちんと扱えたのは、iOS付属のiMovieのみである。
HDRビデオをHDRビデオとして共有する方法
前述したように、iCloundを経由してアップル製デバイスとやり取りする場合は、iPhone 12/12 Proシリーズで記録したHDRビデオを正しくやりとりできる。もし、同期する相手がiPhone 12/12 ProシリーズのHDRビデオに対応していなければ、対応できるフォーマットに変換される。
問題は編集アプリを通じて何かの動画共有サイトにアップロードする場合だ。
Adobe Premiere Rushは現時点では、映像は正しく扱えるもののHDRビデオのタグは落ちてしまうようだ。 アップデートで修正が入ると考えられるが、それまでは気をつけておきたい。
他の編集ソフトでも試したところ、YouTubeの共有プラグインを通すと、どんな場合でもHDRであるとの情報を受け渡すことはできなかった。
YouTubeにHDRビデオをアップロードするには、未編集の動画をそのまま、YouTubeのサイトかアプリからアップロード(写真アプリでカットする程度ならOK)すれば、HDRビデオとして認識される。AirDropなどでパソコンに転送した上で、そのままアップロードでも構わない。
またQuickTimeのApple ProResコーデックなど、HDRに対応したフォーマットで一旦書き出しておいて、同じようにYouTube自身のウェブサイトからアップロードすれば、HDRビデオとして認識される。Final Cut Pro、Adobe Premiere Pro、DaVinci Resolveで正しくHDRビデオを生成できることを確認しているので、それぞれ手持ちのアプリケーションでトライしてみるといいだろう。
操作手順が確立し、HDRビデオとして認識されるかどうかを確認できるまでは、限定公開や非公開に設定した上で公開するようにするといい。
iPhone 12/12 ProシリーズのHDRビデオ画質に関しては、自己完結する中での画質は極めて良好という印象を持ったほか、同社が販売するPRO Display XDRでの画質も同様だった。iMac(2020モデル)においても好印象だが、使うデバイスによって当然ながら印象は変わる。
下記に、HDRビデオを正しくアップロードできている場合、できてない場合のサンプル動画を記載した。HDRビデオの見え方に関しては、皆さんの閲覧環境で異なることをご容赦いただきたい(1,000nits程度まで伸びる対応ディスプレイならばベストなのだが)。
また編集する上でSDR素材と組み合わせる際にもダイナミックレンジの変換が必要になるので注意したい(編集ソフトにより対応策が異なるので今回は割愛する)。
静止画でもHDR? アップル製品で完結する高輝度情報が
ところでiPhone 12/12 Proシリーズのテストをしていると、静止画写真でもHDRビデオと同様の高輝度情報が扱われているのでは? と思えることが多々あった。実際、iPhone 12/12 Proシリーズで撮影、表示すると点光源が色濃く、輝かしく表示される。HDRビデオのテストでよく使われるネオンサインなども、美しく現実感たっぷりに見えるのだ。
この点について調べてみたところ、iPhone 12/12 Proシリーズは静止画を記録する際、一般的な8bitのRGB画像以外に「ハイライトマップ」という情報が付加されていることが分かった。
ハイライトマップはダイナミックレンジを最大で絞り3段分増加させる情報で、これを一般的なダイナミックレンジに圧縮された写真と組み合わせることで、高輝度部の情報を復活させ、明部でのカラーボリュームを増やすことができるもの。
簡単に言えば、明るい部分で使える絵の具が増え、写真を再現する際のリアリティが増すということだ。
ただし、この情報は標準化されているものではないようで、アップル製デバイスの中でも広ダイナミックレンジ表示が可能なものでのみ使われる情報となる。今後、OLED採用デバイスが増えていけば、あるいは同等のコントラスト比を持つデバイスが使えるようになれば、その真価が生かされることもあるだろう。
ただし、iPhone 12/12 Proシリーズ内で感じられる静止画の美しさが、他デバイスでそのまま楽しめるわけではない、ことは意識して撮影した方がいいかも知れない。最も基本的な互換性を示す情報がRGB 8bitの画像であることは変わっていない。