本田雅一のAVTrends

第210回

約12万円の無線ヘッドフォン、マクレビ「No5909」かなりいい!

マーク・レビンソン「No5909」

ほとんどのスマートフォンからイヤフォン端子がなくなって数年。ワイヤレス、とりわけ左右独立型のトゥルーワイヤレスステレオ(TWS)を中心に市場が急拡大し、それに伴い様々なブランドがこのジャンルに製品を投入するようになった。

今年になってからはMark Levinson(マーク・レビンソン)が12.1万円という価格でヘッドフォン「No5909」を発表。すでにカジュアル層向けのBEO playブランドを展開していたBang and Olfusen、幅広いラインナップを持っていたソニー、ゼンハイザー、AKGなどはもちろんだが、耳慣れたオーディオブランドは多くがワイヤレスのヘッドフォンに力を入れている。

そこで話題のNo5909を出発点に、高級ワイヤレスヘッドフォンのインプレッションを書き進めていくことにしたい。

あのMark Levinsonがワイヤレス製品参入

異論はあるだろうが、個人的にワイヤレスヘッドフォンに対する認識が大きく変わったのは、アップルのヘッドフォン「AirPods Max」の登場だった。

アップルのヘッドフォン「AirPods Max」

ハイレゾ系の伝送コーデックに非対応で、しかもアップル系デバイスとの接続しか考慮されていない特殊な製品ではあるが、装着感、音質、そして音の品位そのものも含め、極めて洗練されていることに驚かされた。

その後、アップルが空間オーディオやヘッドトラッキングといった機能を様々なサービス、製品に広げていったことを考えれば、音楽、映像の配信サービスも含めてアップルが独自にオーディオ体験を高めていく基礎となる、まさにリファレンス製品だったと言える。

しかし、AirPods Maxにいまひとつ物足りなさを感じる人もいるはずだ。ではどんなところにカバーリングできる要素があるのか。ひとつの答えが6月に日本でも発売になるMark LevinsonのNo5909だ。

No5909

Mark Levinsonが初のヘッドフォン、それもワイヤレスヘッドフォンを発売と聞いて驚いた読者も多かったのではないだろうか。

1月のCESで発表されたNo5909はその後、日本でも約12万円のプライスタグで発売されることが発表されていた。仕様の詳細は本誌の記事を参照いただきたい。

マークレビンソン初ヘッドフォン。NC/USB対応で約12万円

発表の時点では、本当にMark Levinson? マーキングしただけじゃないの? と疑っていた読者もいるのではないだろうか。しかし、結論から言えばブランドから期待するだけの質を備えているというのが個人的な結論だ。

ワイヤレスヘッドフォンの高級機に対する疑問

筆者が感じていたのは相反する2つの疑問だ。

ひとつは、約12万円でMark Levinsonから想起する正確な音楽の描写を、しかもワイヤレスのノイズキャンセリングヘッドフォンで得られるのか? という疑問。

もうひとつは充電式の製品で12万円という価格設定が通用するのか。しかも1/3以下の価格で十分に高い機能性と性能を備えた、音質面でも決して悪くない製品がある。本気なの? という疑問だ。

しかし聴き始めると、そんな疑問もスッ飛んでしまった。確かにホームオーディオにおけるマーク・レビンソンとは異なるが、その基本、目指すところは変わらないと言ったところか。

40mm径のドライバユニットは特別に大口径というわけではないが量感は十分。BluetoothコーデックはSBC、AACのほかLDAC、aptX Adaptiveに対応することでハイレゾ対応となっている。

40mm径ドライバーを採用

加えて、後述のインプレッションでも触れるが、本機はPCやMacのUSBインターフェイスから直接接続可能で、コンピュータ側からはDACとして認識されるDACモードを備える。この時の音はワイヤレス接続より確実に上質。対応フォーマットは24bit/96kHzとなる。

USB-Cケーブルを使い、PCなどと直接接続する「DACモード」も用意

アナログのステレオミニ端子からADコンバータを通して接続する機能もあるが、こちらは航空機内の対応といった印象で、音質的にはDACモードが最も好ましい。出先でスマホと組み合わせるときはワイヤレス、書斎などでPCと一緒に使うならDACモードと使い分けが可能というわけだ。

キャリングケース

音質インプレッション

では、ここからは音質インプレッションといこう。インプレッションに使った曲リストは

https://music.apple.com/jp/playlist/01-audio-test-reference-for-youtube/pl.u-gZ7GIbP8XY

に公開しているので参考にしていただければ幸いだ。

試聴タイトル1
・「Don't Believe In Love」/Dido
・「Jah Work」/ベン・ハーバー
・「立ち合い」/大石靖子

Don't Believe In Loveは弾力あるベースラインも印象的だが、多重録音されたダイドの声の質感に注目。ひとつひとつのトラックはドライな録音なのだが、重ねることで潤い感や深みが感じられる。

ワイヤレスヘッドフォンではノイズの影響を避けるため、嫌な音をダンプしすぎて鮮度が下がる傾向がみられるが、しっかり情報を出し切りながらもササクレ立った音にならない。ギリギリのところを突いてる。つまり多様な機能をヘッドフォンに詰め込んだことによる悪影響を、ある程度、情報を捨てることで抑え込むのではなく、なるべく引き出そうとしているわけで、ベン・ハーパーのJah Workではさらにその傾向が強く感じられる。

あらゆるトラックが極めてドライで、音のひとつひとつがシャープ。音場は狭いが、ドラム、ベース、ギターカッティング、全てにキレを感じさせ、そこにオンマイクの乾いたヴォーカルが乗ってくる。そのリアリティ、弾むように生き生きとした表現は誤魔化しがない。

大石晴子の「立ち合い」は真逆の表現。音源数は少ないが、音源を中心に半円球に音場に広がっていく伝わっていく様子が見えるようだ。音像の芯は細いのだが、そこからのフワッと広がっていく感触は適度にウェットで心地よい。一方で広い帯域が同時に鳴るキックドラム表現はタイトでまとまりがよい。

高級ヘッドフォンなら当たり前とも言えるが、本機の良いところは機材の組み合わせに音の質感が影響されないことだろう。DAC、アンプ、ドライバなどが一体化していることが、むしろ音作りの面ではプラスに働いていると思う。

試聴タイトル2
・「Teen Town(Base Version)」/ブライアン・ブロンバーグ
・「In Love and War」/ザムヴォーロ
・「The Look of Love (feat. Fergie)」/セルジオ・メンデス

これは低域の再現性がイイぞ! ということで、上記3曲を聴いてみた。

Teen Townはベーシストのブライアン・ブロンバーグがウッドベースで演奏したもの。ピッコロベース版もあるのだが、ここで聴いたのはベース版(コントラバス版)。曲の出だしうねるようなウッドベースのニュアンスがリアル。質感表現が難しい低域でも描き分けがしっかりしているから、フレットを移動する指の動きが見えてきそうだ。

ザムヴォーロのIn Love and Warは、硬質のゴムを思い起こさせる弾力あるシンセベースの音、構築的に音源を積み上げたカッチリしか音作りが印象的な曲。特にベース音は単調に聞こえがちなのだが、本機で聞くとアタックからディケイにかけて微妙なニュアンスが加えられていることが聞き取れる。ドーン、バーンと鳴るのではなく、きちんと正確にトレースするように鳴り、しかも立ち上がりのスピードが力強さももたらしてくれる。この低域の質の高さは、No5909という製品の一番のキモとなる部分だろう。

セルジオ・メンデスがファーギーをフューチャリングしたThe Look of Loveは、サンバホイッスルのリズミカルなアクセントも楽しいが、やはり低域の演出がやりすぎなほど。小さなスピーカーでは全く音が出ず、本来の編曲意図がわからないんじゃないの?って感じのアレンジで、それこそマスタリングスタジオのラージモニターで聞くと「ヴォーーーーーーーン!」と左右に超低音が動いていく。

流石に40mmドライバということもあって最低域までは力強くたっぷりのエア感とはいかないが、再生帯域としては余分な演出を加えず素直に伸ばしている。中低域を持ち上げて量感を出すような下品な音づくりをしてないことは、むしろ好印象だ。

試聴タイトル3
・「Tour De France(Etape 2)」/クラフトワーク
・「I Took a Pill in Ibiza(Seeb Remix)」/Mike Posner
・「Hungarian Rhapsody No. 2 in C-Sharp Minor」/レオポルド・ストコフスキー、RCA Victor Symphony Orchestra

ということで、解析的に色々と聴いていくと、実に真面目な作りであることが理解できたので、ちょっと応用的に確認作業。

クラフトワークのTour de France(Etape 2)はアナログシンセ時代の名作だが、今から聴いても弾力感に富んだアナログシンセベースはリズミカルで魅力的。昔、この曲を聴いた頃は、こんな音色だとは思っていなかった。リマスターも入ってはいるが、実に気持ち良い。だがそれよりもサイン波を中心にさまざまな波形を合成し、揺らぎを与えながら重ね合わせた厚みと広がりを感じるシンセサイザーが脳内を優しく包み込む。電子楽器ではある上、シンプルな曲作りであるにもかかわらず、そこに濃密さ、緻密さを感じるのはアナログシンセならではと言ったところか。

マイク・ポズナーのI Took a Pill in ibzaを選んだのは、自分の周囲を360度包み込み、天井からシャワーのように心地よい音が降り注ぐ感じを、このヘッドフォンで楽しめば凄まじい没入感を得られそうだと思ったから。予想は見事に当たった。

最後のHungarian Rhapsody No. 2 in C-Sharp Minorは、1960年代にニューヨークで録音された100人規模の大オーケストラでの演奏。高級なホームオーディオで聴くと、その音場の大きさ、広がり、奥行き表現に驚く。

録音機材も真空管最盛期、録音メディアも当然アナログテープで、素材として元々素晴らしかったものだ。RCAの高音質録音シリーズ「リビングステレオ」の中の1枚だが、その作品群をSACD向けにリマスターしたものが現在配信されているもの。

ちなみにCD版のリビングステレオは全巻セットで激安。名演、名録音だらけなので、クラシックに興味がなくとも1セット持っておくことを勧めたい。

と話が逸れたが、No5909は大編成のオーケストラ。それもアナログ時代の名盤が持つニュアンス、空気感、大きなホールのスケール感を表現するにふさわしい。

競合がいないハイエンド機、懸念はバッテリのみ?

ワイヤレス製品は総じて内蔵バッテリの交換ができないものが大多数で、それが上位モデル登場を阻んできた側面がある。アップルのAirPods Maxは9,680円でバッテリー交換を受けることが可能だが、ヘッドフォンのバッテリ交換サービスはかなりレアな事例だ。

No5909の場合、現時点ではバッテリ交換サービスが用意されておらず、ベリリウムも使われている40mm径ドライバやアルミ、本革を用いた本体ハードウェアがバッテリの寿命とともに使えなくなるリスクがある。ノイズキャンセリングをオンの状態でも30時間というバッテリ駆動時間があるため、内蔵リチウムイオン電池の劣化が来るのはかなり先のことだと思われるが、それでも本機の約12万円という価格設定を考えると救済策が欲しいところだ。

なおこの件はハーマンインターナショナル本社でも認識しており、対策を練っているところということなので、何らかの案は検討されているようだ。早期の発表が望まれる。

とはいえ、No5905は他に競合を思いつかないほどワイヤレスヘッドフォンとして音がよく、さらにDACモードでその本領を発揮する。ちなみにiPad Proに接続して再生することもできた(なぜかワイヤレスでは非対応の空間オーディオも自動でオンになる)。繰り返しになるが、出先ではワイヤレス、自宅やオフィスで作業中はDACモードで高音質にと、場面に応じて優れた音質で楽しめる。

なおサイズこそ大ぶりだが、思いのほか軽量でイヤーパッドの当たりも優しい。側圧は低めながら柔らかくフィット感の良いパッドもあって安定した装着感だ。日常的に移動時に使いたいかといえばノーだが、自宅と旅行での移動時、移動先でのゆったりした時間を過ごすにはピッタリ。No5909は期待以上の出来だった。

高級ワイヤレスヘッドフォンとの比較インプレッション

10万円オーバーとなると他に比較対象がないNo5905だが、やや低い価格帯のBang and Olufsen「H95」、さらに下の価格帯になるアップル「AirPods Max」とも比較してみた。いずれもDACモードのように有線でダイレクトにデジタルストリームを入力する機能や、ハイレゾ対応のBluetoothコーデックには対応していない。

このためiPhoneとのAAC接続(AACエンコードはiPhoneが一番高音質なため)で3モデルの音質傾向について簡単なインプレッションでお伝えしたい。

B&O H95、AirPods Maxと基本的な音域バランスは近い。ダイアフラム材質やボイスコイルの構造などに違いはあるが、ドライバ径も実は同じ40ミリで再生帯域に大きな違いはないと想像される。

B&O「H95」

よりハイエンドの有線ヘッドフォンではさらに大きなドライバユニットも使われることがあるが、可搬性と音質のバランスから言えばちょうどいいところが、このサイズなのだろう。

H95は豊かな低域と厚めの中域が印象的だ。高域の抜けも他のワイヤレスヘッドフォンよりもよく、情報量を引き出しながらも決してノイズっぽさ、キツイ耳障りな音にはならない。最新イヤホンのBeoplay EXでも同様の傾向だが、どっしりとした低域に心地よく清涼感のある音が構築されている。

H95と比較するとNo5909の低域はよりタイトで、たとえば「Jah Work」の出だしにあるキックドラムの音などはNo5909の方がリアリティを覚えるが、「立ち合い」のように情景全体を丁寧に描いた録音では甲乙つけ難い。トータルの情報量は、(AAC再生でも)価格なりにNo5909の方が多い印象だ。

AirPods Maxはさまざまな意味でニュートラル。低域に関してはNo5909ほどのスピード、H95の量感は感じないが、言い換えれば実に素直で正確。立ち上がりのスピードや描写の正確性が低いと言うのではなく、明確な意図なく素直に聴かせる。

また自動補正の効果もあってか、装着具合による低域の聞こえ方の変化も少ない。これは中域・高域にも共通する特徴で、聴感上、特徴的な音傾向がないのが特徴と言えるだろう。情報量もNo5909と甲乙つけ難いほど多く、本当にAACで繋がっているのかと思うほどだ。

一方でニュートラルであるが故に音楽作品との距離感が遠く温度感は低めに感じるが、そうした部分や快適な装着感も含めて本機の特徴と言えるかもしれない。曲ごとの表情の違いは、3製品の中で最もわかりやすい。それでいて価格的には最も低いのだから、iPhoneやMacなどアップル製品のユーザーにとってはお買い得と言えるだろう。

なおバッテリ交換サービスが利用可能な製品は、今のところAirPods Maxのみだが、購入時には気づきにくい注意点として、航空機のエンタテインメントシステムと接続する際には別途Lightning - 3.5mmオーディオケーブルを購入しておく必要がある。

トータルで評価するならば、アップル製品と組み合わせる場合ならば、費用対効果は無視できない。しかしDACモードの優れた音質や30時間のバッテリ持続時間、巧みな音作り、より高品位なBluetoothコーデックへの対応などを考慮するなら、No5909には価格に見合うだけの質感と魅力がある。

本田 雅一

テクノロジー、ネットトレンドなどの取材記事・コラムを執筆するほか、AV製品は多くのメーカー、ジャンルを網羅的に評論。経済誌への市場分析、インタビュー記事も寄稿しているほか、YouTubeで寄稿した記事やネットトレンドなどについてわかりやすく解説するチャンネルも開設。 メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。