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第489回

AirPods Maxを試す、6万円の価値は“音楽以上”のところに。ソニーと比較

AirPods Max。色はシルバーグレイ

12月18日に日本でも発売になった「AirPods Max」のレビューをお届けする。

発売になった、とはいうものの、発表直後から予約が殺到し、アップルストアでの納期は、すでに2021年の2月あたりまで伸びている状況。「手に入らない」という方も多いのではないだろうか。今回使ったのも私物ではなく、レビューのために貸与されたものである。

大人気である一方、価格が6万1,800円と高く、気軽に買うのは躊躇われるのも事実。では、その価値は本当にあるのか? ライバルとも言えるソニーのワイヤレスNCヘッドフォン「WH-1000XM4」(オープンプライス/実売約4万円)と比較しながら見ていこう。

AirPods Maxとライバル、WH-1000XM4を比較

電源ボタンのないシンプル構造、「ケース」と一緒に利用

AirPods Maxは、「AirPods」ブランドであることからもおわかりのように、基本的に「アップル製品と組み合わせたときに最高の価値を発揮する」よう設計されたものである。これまでAirPodsはインナーイヤー型だったが、今回はオーバーイヤー型になっている。

オーバーイヤー型の性としてサイズは大きくなる傾向にあるが、AirPods Maxの箱は特に大きめだ。届いた時ちょっと驚いた。

AirPods Maxのパッケージ。iPad Pro(12.9インチ)並みの大きさの箱で、ヘッドフォンとしては大きめだ

理由はシンプルで、他のヘッドフォンとは違い、「折り畳んで収納する」ことを想定した形にはなっていないからだ。ハウジングの部分をフラットに広げて収納する。箱の中にもそうやって入っているので、ちょっと大きめに感じるわけだ。

パッケージ内。ケースは白い包装に包まれている。同梱されるのは、簡易マニュアルと充電用のLightningケーブル
イヤーパッド部は丁寧に白い紙で覆われている

専用のケースがセットになっていて、そこに入れる形で、いかにも高級なもの、という印象は受ける。このケースはAirPods Maxを、電源オフ代わりの「超低消費電力」状態にする機能を持っていて、入れることが「電源オフ」代わりになる。

AirPods Maxは専用ケースでカバーする。マグネットによって、中に入れると「超低消費電力」状態になるよう工夫されている。本体に電源ボタンはない
比較のために、WH-1000XM4のケースと本体を。折り畳めるため、AirPods Maxに比べ小さくなる

「電源ボタンがない」というのは、AirPods Maxの一つの特徴と言っていい。「電源ボタンを長押ししてオンにする」という儀式がなく、「頭からのつけ外し」「ケースへの収納」という、使うために必要な動作で代替していることからも、「シンプルにしよう」というアップルの意図が読み取れる。

一方、手元に届いて数時間しか経過していないので、バッテリー動作時間についてはまだ詳細にチェックできるほど使いこめていない。スペック上は「20時間」となっており、ライバルほど長いわけではないが、実用上大きく問題がある、というほどではなかろう。

充電には、本体についたLightning端子を使う。Lightning端子をわざわざ使う、という点が気になる人もいそうだ。筆者も気になる。だが、これも「他のAirPodsの充電もLightning端子である」と思えば、「ああ、そういうことか」という風には思う。

右側のハウジングの下側にLightning端子があり、充電などに使う。AirPods Max唯一の端子だ

なお、有線での接続のための3.5mmイヤフォン端子はない。だが有線接続できないというわけではなく、別売の「Lightning 3.5mmオーディオケーブル」を使う。こちら、1.2mのもので3,800円とお高い。サードパーティー製のものが使えるかどうかはまだ検証できていないが、この辺まで「割高」である点は織り込んでおく必要がある。

有線接続した場合にも、AirPods Maxの電源は切れない。電源が入ったまま動作するので、ノイズキャンセルなどはオンになる。ただし、Bluetoothはオフになるので、ワイヤレス通信を使いたい時などには使えるだろう。

セットアップなどは他のAirPodsと同等だ。

iPhoneやiPadで使う場合、本体の近くにAirPods Maxを持っていくと自動的に設定用のダイヤログが表示されるので、「接続」を押すだけでいい。とにかく簡単だ。接続中には、操作系や「空間オーディオ」の説明なども表示される。

AirPods Maxのセットアップ。基本的には「次へ」を押していくだけでOK
セットアップ中には「空間オーディオ」のチェックも可能になった

こうした手段を使うのが基本ではあるが、Windows PCやAndroidでももちろん使える。ペアリングするには、右側のハウジングにあるボタンを長押しする。本来ノイズキャンセルの切り替えに使うものだ。他なら電源ボタンを使うところだが、AirPods Maxには電源ボタンがないのでこちらを使っているわけだ。

操作系はこのほか、同じく右側にある「Digital Crown」がある。Apple Watchのものとおなじ「つまみ」状のコントローラーで、回すことによって音量が変わり、押し込むことで再生・停止などの操作できる。EarPodsのボタンと同じで、1回押すと「再生・停止」、2回押すと「次の曲」、3回押すと「前の曲」だ。

ハウジングの右側。上方に、ノイズキャンセルを切り替えるボタン(長押しでペアリングモード)と、音量調節などに使う「Digital Crown」がある。他機種によくあるタッチパッド機能などはない

Digital Crownでの操作は快適だ。やはり、音量調節はボリュームを「回す」のがわかりやすい。タッチパッド機能では確実に操作できたかを確認しづらいが、Digital Crownは手触りでわかる。ここは大きい。また、回す際には小さく「カチカチ」という音がヘッドフォン内に響く。どちらに回すと音量が上がるのかは、設定で切り替え可能だ。

比較のために、WH-1000XM4の操作部。左側の側面ににある。電源とノイズキャンセルの切り替え用。曲送りや音量調整は、ハウジングの面が「タッチパッド」になっていて、そこで行なう

圧倒的高級感、だが一方で「重さ」も圧倒的

さて、実際につけてみよう。

AirPods Maxを装着中。ヘッドバンドが細く、目立ちにくい印象だ
WH-1000XM4を装着中。見慣れた「ヘッドフォンのデザイン」であり、良い仕上げだが独自性は薄い

第一印象は、「高級感はあるが、ちょっと重い」というものだ。

というか、ヘッドフォンを持った時の「重量感」で言えば、AirPods Maxは驚くほど重い、と感じる。なにしろ、384gもあるのだ。ケースを合わせると500gを超える。理由は間違いなく、ハウジングの部分が「アルミ削り出し」で作られているからだ。これは高級感と剛性の演出に一役買っているが、プラスチックの方が軽くなるのは必然だ。

また、片付けるためにハウジングを平らにした時、ハウジング同士が重い音を立ててぶつかる時が多い。わからない世代もいそうだが、まるでアメリカンクラッカーを鳴らしたような「重い音」がして、傷でもつかないかと、ちょっと心臓に悪い。実際には、ハウジングが相当頑丈に作られているようで、傷や凹みには繋がりにくいようだが。

ハウジングはアルミ削り出しで、高級感はあるがかなり重い

つけてみた時の装着感はいい。頭を前後に動かしたときには「重さ」を感じるものの、つけてしまえば快適そのものだ。アームバンドがなめらかに伸び縮みし、アームバンドとハウジングをつなぐ「コネクター」部分もかなりの自由度を持って動くようになっているので、頭への収まりはいい。

ハウジングとバンドをつなぐコネクター部はかなり凝った作りで、グリグリとかなりの自由度で動き、耳に密着させやすい
WH-1000XM4はプラスチックを多用しており、高級感はさほどないが、本体自体が軽く、作りもしっかりしている
AirPods Maxのヘッドバンドの頭頂部。メッシュになっていて頭を軽やかに包む

これをWH-1000XM4と比べると、調整のしやすさではAirPods Maxが勝り、つけている時の「軽さ」ではWH-1000XM4が勝る……という感じだろうか。頭を比較的前後させやすい人だと、AirPods Maxの重さはやっぱり気になる印象を持つ。あとは、持ち歩く時の重さと「コンパクトさ」でも不利だ。

この種のヘッドフォンは「頭を左右から押さえつけられる感覚」が好きになれない、という人もいる。そこはどちらも比較的軽めではあるが、WH-1000XM4の方がやや快適……という感じがする。

とはいえ、やっぱり外観上の、いわゆる「高級感」ではAirPods Maxが断然有利だ。イヤーパッドを取り外して汚れをとったり、新しいものに交換したりする場面でも、AirPods Maxの方が有利。そもそもWH-1000XM4は、ユーザーがイヤーパッドを気軽に交換する前提ではできておらず、傷んだときには修理扱いになる。

耳に直接当たるイヤーパッドの部分はマグネットで止められていて、汚れた時や傷んだ時は簡単にとりはずして交換できる
イヤーパッドにはそれぞれ「L」「R」が刻印されている

十分高音質、モニターライクで「色が薄い」のは利点か難点か

さて、音質はどうだろうか?

今回は全てワイヤレスで、Apple Musicの音源で試聴した。

正直に言えば、どちらもいい音だと思う。AirPods Maxは確かにかなりがんばっている。

ただ、両者のキャラクターはかなり違う。

WH-1000XM4は、ワイヤレスヘッドフォンの中ではモニター的志向もありつつ、やはり「元気な音」になる傾向がある。失われた音を補完する「DSEE Extreme」の効果もあり、ストリーミング・ミュージックであってもかなり精彩感のある音を楽しめる。

一方AirPod Maxは、明確な音のキャラクターが薄い。かなりナチュラルで「よりモニター志向」という印象を受けた。インナーイヤー型のAirPods Proと比較するのはどうかとも思うが、あちらに比べても音の広がり・精彩感が際立つ。ただ「ナチュラルを追求した」結果か、音の迫力を求めるときには少しボリュームを上げたくなる。

キラキラした音の多いテクノやポップスにはWH-1000XM4の方がいい、と思ったが、ジャズやサントラではAirPods Maxの方が好ましい。だがここも、要は「好み」ではある。キャラクターが「元気め」である分、WH-1000XM4の方が好みが分かれ、どんな曲を聴く誰にでも適合しそうなのがAirPod Max、という印象は受けた。

なお完全な私見だが、筆者の耳の形状(かなりの福耳で下方向に長いので、一般的な形だとは思えない)との相性なのか、AirPods Maxの方が「音漏れ」は多い印象を受けた。元気な音にするためにボリュームを上げめにすると音が漏れ始める……という感じだ。

ノイズキャンセルの効きは、どちらも悪くない。耳の密閉度合いが違う関係もあるのか、WH-1000XM4の方が「よりノイズが消えている」印象はあるが、この辺もまた、「正直好み」という気もする。

高級なヘッドフォンとしては十分「良いライバル」だ。

AirPods Maxの独自性は高品質な「外部音取り込み」と「空間オーディオ」に

そうなると「AirPods Maxはちょっと高すぎない?」という気もするだろう。

実際高いと思う。それだけ高級感のある製品にはまとまっているのだが、単純にヘッドフォンとしてみれば、価格差は気になる。ケーブルにしても、ソニーは3.5mmイヤフォン端子用も付属するのに対し、アップルは付属せず、追加投資が必要だ。差はけっして小さな額ではない。

一方で、「これだけ高くても欲しくなる」要素がちゃんとあるのも、また事実だ。

1つめが「外部音取り込みモード」。

ソニーも同様の機能を持っているが、アップルの方がリアルに外の音と音楽がミックスされているように感じる。それはAirPods Proの時から顕著だった。搭載しているマイクの問題が大きいのかもしれないが、AirPods Maxではよりはっきりとする。街の雑踏も違和感なく聞き取れる。つけながら生活するヘッドフォン、という意味ではこちらの方がいい。それに比べるとソニーのものは「チェックのために音が聞こえる」レベルで、実在感は薄い。

2つめの要素が「空間オーディオ」だ。以前、AirPods Proでの体験をレポートしたことがあるが、同じ機能がAirPods Maxでもできる。

アップルがこれらの製品で実現している空間オーディオとは、5.1chや7.1ch、Dolby Atmosといった「立体音響」の再現性を高めるための機能。特にDolby Atmosでの体験向上が圧倒的である。これはAirPods ProもしくはMaxとiPhone・iPadを組み合わせて、両方の位置センサーを連動させることで実現している。

iTunes StoreにあるDolby Atmos対応の映像作品で試すのが現状ベストであり、ほぼ唯一の方法でもあるので、今回もiTunes Storeで売られている映画からピックアップしてテストした。

例えば「ボヘミアン・ラプソディ」のクライマックスである、ウェンブリーでのライブエイドステージの場合、「空間オーディオ」をオンにすると、音が作る空間の厚みが一気に出てくる。普通のヘッドフォンだと左右への広がりに限定されるものが、主に「奥行き方向の豊かさ」が向上することで、「厚みから来る臨場感」を生み出す。

すでに述べたように、この機能自体はAir Pods Proにもあるが、「映画館的な体験」としての臨場感は、圧倒的にAirPods Maxに軍配が上がる。

特にわかりやすかったのは、「TENET」冒頭のシーンだ。オーケストラのチューニングからテロリストの乱入へと目まぐるしく状況が変わっていくシーンだが、登場人物の配置や動きによって、かなり細かく音作りがなされていて、ワクワクするシーンでもある。

普通のヘッドフォンで聴くと「まあ、そんなもんか」という感じで終わるが、AirPods Proで聴くと世界が広くなったように感じる。AirPods Maxでは、それがちゃんと「コンサートホール大」の空間のように感じられるようになり、破片が飛んでくるシーンでも、どこからどこへ飛んで落ちたのかが明瞭にわかる。思わず微笑んでしまうほどエキサイティングな体験だ。

残念なのは、これがiPhone・iPad向けの機能であり、テレビなどでは体験できない。テレビやApple TVにはモーションセンサーがなく、「自分との相対方向」を測るのが難しいからだとは思うが、大画面で使えないのがもったいないと感じるクオリティだ。

「良い音で音楽が楽しめる」ヘッドフォンは多数ある。人によっては「AirPods Maxより好ましい」と思う製品もあるだろう。

だが、「外部音取り込みモード」と「空間オーディオ」のエキサイティングさを兼ね備えているのはAirPods Maxのみである。この辺は、ソフト・ハード・サービスを一体で開発している強みが出ている、と思う。

これらの付加機能に興味がなく、「音楽を楽しむヘッドフォン」を探しているならば、他の製品でもいいだろう。だがそうでないなら、高価ではあるがAirPods Maxを試してみる価値がある。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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