本田雅一のAVTrends

リビングからパーソナルへ。動き始めたテレビのトレンド




 先日、米国から来日していたウォルト・ディズニー・スタジオの担当者とミーティング中、彼がiPadを持っているのを見つけた。「どう?」と尋ねると最初に見せたのは、何をかくそう自社がアップルに提供している映画コンテンツ。「意外にキレイでしょ? 僕も見て驚いたんだ」

iPad

 iPad向けの映画配信は、電子書籍と並んでiPadの重要コンテンツと位置付けられ、発売前には様々な方法で映画業界にアプローチしていた。今年のアカデミー賞授賞式に、アップルのスティーブ・ジョブズCEOが珍しくジーンズ以外の姿を見せたのも、映画関係者にアップルが考えているビジネスモデルを理解してもらう事が目的だったと言われている。

 当初はディズニー系映画制作会社以外からの配信は、わずかにライオンズゲートの作品のみという状態だったが、今では新作はもちろん過去の名作なども順次追加されている。たとえば大ヒット作のアバターも、近く配信を待っている状態だ。

 同じウォルト・ディズニースタジオと4年前に話をした時は「うちの会社、いくらジョブズと資本関係あるからって、iPodなんかで映画を観たいと思うかい? パソコン屋は何もわかってないんだよ」という愚痴を聞かされていた。思えばこの数年で、意識はずいぶん変わってきたものだ。 


■ 変わり始めた大画面・薄型の位置付け

 毎月のように、どこかのメーカーでテレビを開発する人たちとミーティングを持っているが、今年、特に大きな変化がある。ネットワークと接続して、どんなことをするのが楽しいか? といった話をディスカッションする機会が増えてきたのだ。

 テレビには様々な機能があるが、面白そうに見えて、あまり望まれていない機能がある。それはテレビ番組や映像ソフトを楽しんでいる最中に、何らかのインタラプトが入る機能だ。たとえばメール着信を知らせてくれるとか、インスタントメッセージが使えるとか、Twitterのタイムラインが流れる。なんて機能はとても便利に思えるが、リビングに置くテレビにはあまり求められていない。

 ハッキリ言って、リラックスしながらホームエンターテイメントを楽しむはずの場で、そういう機能は邪魔だからだ。もしネットにアクセスしたかったり、何かメッセージを受け取りたいと思うのであれば、それこそテレビを見ながら携帯電話を触っていればいい。

 もちろん、テレビを見ているときに天気予報が気になったり、スポーツの結果速報が知りたいといった時、スグに呼び出してポップアップウィンドウに簡潔に情報が表示されれば、それは便利だろう。ただ、それが明確な製品の違いを生むかというと、そうではないということだ。

 しかしテレビの進化は、これから2つの方向に分かれていくのではないか? と予想している。ひとつは既存のテレビ、つまりリラックスしながらエンターテイメントを受け身で楽しむためのテレビという位置付け。もうひとつは、もっとパーソナルに、自分の部屋などで一人で利用するテレビという位置付けだ。

 大画面・薄型テレビがまだ珍しかった頃には、家庭内での求心力になり得た。米国ではリビングに家族が戻り、みんなでテレビを見ながら語らう機会が増えたなんて話も頻繁に聞かれた。日本でも程度の差こそあれ、大画面に家族が集まるという傾向はあっただろう。

 しかし大画面・薄型テレビが当たり前になってきた今、その求心力にも変化が訪れはじめている。

 


■ テレビはリビングからパーソナルへ

 リビングに集まっていた人は、個人の部屋に戻り、徐々にではあるがテレビの前で過ごさなくなってきた。その代わりに各個人が持つディスプレイで映像を楽しむチャンスが増えるだろう。もちろん、映画を観たい、あるいはスポーツ観戦を大画面で見たいなんて人は、リビングにやってくるかもしれない。だが好きなドラマやバラエティをチェックするとか、ニュースを見るだけなんて場合は、自分の部屋にあるディスプレイ(テレビ)を使うようになる。

 今後、DLNAでのメディア共有やインターネット経由のビデオオンデマンド(VOD)サービスが充実してくれば、なおさらその傾向が強まるに違いない。日本でも「NHKオンデマンド」のようなVODサービスの例はあるが、かなり前からテレビ番組終了後にインターネットにビデオをアーカイブしていた欧州を筆頭に、北米でも最近は番組終了後、数時間もすればインターネットからも見ることが可能になっているとか。

 このため、欧州向け、北米向けのテレビ新モデルには、インターネット経由でのビデオ再生機能を持つものが増えてきている。日本のインターネット環境は、多くの国よりずっと整っている。技術的な問題ではないだけに、世界的にテレビ番組のインターネット再配信が当たり前になってくれば、そして少額課金などの整備が行なわれれば、いずれは日本でもインターネット経由のビデオ再生が当たり前になるだろう。

 いわばテレビの“パーソナル化”である。テレビのパーソナル化は、映像メディアとソーシャルネットワークの融合を促進させる。すでにユーザーの自主制作ビデオでは、YouTubeやニコニコ動画のコメント機能、USTREAMのTwitter連携などで、“映像を楽しむ場”をコメントを通じて共有するのが当たり前だ。

 リビングの大画面テレビでは邪魔なポップアップのメッセージやTwitterのタイムライン表示も、自分だけで占有するパーソナルなテレビでは、映像をより楽しむためのツールになってくる。テレビ放送やダウンローダブル(あるいはストリーム)ビデオのタイムコードに同期して、仲間内でメッセージを共有できるようになれば、テレビ番組の楽しみ方も一歩変わっていく。

 似たような事をデータ放送でやろうとしたテレビ局もあったが、こうしたコミュニケーションのツールは、みんなが使っているサービスでなければ魅力が薄い。たとえばUSTREAMはTwitter連携を始めるまでは、よく似たコンセプトを持つ他サイトと大きくは変わらないビデオ中継サービスのプロバイダだった。

 それが現在のような隆盛を迎えたのは、Twitterを結び付けて自社サービスの強みとして活用することができたからだ。“テレビを楽しむ”という行為がパーソナルな方向に向かうのならば、それ(よりパーソナルなテレビ)はリビングテレビに比べ、コミュニケーション端末としての能力が求められることになるだろう。 


■ それぞれの最適機能を求めて模索

 さて、このような話をテレビメーカーにすると、一部の人は“う~ん”と考え込むが、商品企画の最先端にいる人たちならば、十中八九は「僕もそう思う」という答えが返ってくる。

 どのメーカーも薄型・大画面・フルHDに人が集まる時代ではなくなるだろうと考えている。もちろん、リビングでリラックスしながら楽しむテレビのカテゴリがなくなるというわけではない。しかし、道は2つに分かれていくのではないか。そう考えているわけだ。

 10インチサイズぐらいのパーソナル端末的な製品となると、短期的にはiPadがマジョリティになることは間違いない。iPadはテレビチューナを内蔵しているわけではないが、海外ではiPad向けのVODが今よりずっと盛んになっていくだろう。

 将来的にもテレビチューナを内蔵することはないだろうが、“テレビ的”な映像を楽しみながら使えるコミュニケーションツールになっていく。VODで番組アーカイブを受信したり、あるいはダウンロードコンテンツを見たり、ストリーム放送を見たり。さらにはDLNAでのコンテンツ共有なども合わせると、様々な可能性が広がっている。

 ならばパソコンでもいいのではないか? と思う人もいるはず。もちろん、パソコンでも同様の楽しみ方ができるようになるが、20インチ前後の小型テレビにも、別の可能性が出てくるのではないだろうか。

 ソニーがグーグルと共同開発しているAndroidベースのテレビというのも、そうした個人の部屋において一人で楽しむ事を想定した作りになっている、あるいは将来的にそうしたアプリケーションの開発を模索していきたいと考えているのかも知れない。

 小型のパーソナルなテレビに対する要求(もちろん予算や設置スペース次第では小型である必要はないが)とはどんなものなのか。iPad的なものではなく、パソコン的でもなく、しかしリビングテレビでもない。しかし、その領域に合った別の製品が何かを、各メーカーは模索している最中だ。

 今日どうなる、明日どうなる、という話ではないものの、従来とは異なる次世代のテレビに求められてるものは何なのか。すでにメーカー担当者の苦悩は始まっている。

(2010年 4月 9日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]