本田雅一のAVTrends

アバターBlu-ray 3D対応で改善するVIERAの3D画質

3D VIERAで「キャメロンセッティング」が可能に




パナソニック3D製品の特典用Blu-ray 3D版「アバター」(非売品)
(C)2010 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 11月1日、昨年大ヒットを飛ばし3D映画ブームの立役者となったアバターのBlu-ray 3D版が、パナソニック製品へのバンドルという形で世に出ることが発表された。まだ市販のBlu-ray 3Dが少ない中にあって、このニュースは大いに話題になった。

 3D製作の映画作品は、意外にも過去の作品も多く、また今年はハリウッドだけでも年間50本を超える作品が3Dで作られている。ソフト不足は解消されるのか? といった批判もよく耳にするが、3D対応ソフトを作るためのシステムは現状限られているというだけで、いずれ3D対応エンコーダなどのシステムが拡充されれば、順次、3D対応ソフトは増えていくだろう。

 3D対応ソフトは2Dでの再生も可能であるため、3D製作されたものはそのまま3D発売した方が映画スタジオにとっては利が大きいからだ。

 こうした事に加え、Blu-ray 3Dはこの年末は3Dテレビを販売する各社が、3D映像を楽しむためのバンドル作品をかき集めたため、市場で販売すべき3Dソフトがなおさら減ってしまったというのが現状だろう。実際、良いソフトから順にバンドルで確保しているため、その作品を見たいがためにテレビやブルーレイのメーカーを決めてしまったという方もいるかもしれない。

 たとえばTHIS IS ITの3Dエンハンスト版はソニー製品にしかバンドルされないし、パナソニック製品のバンドルには上記アバターや、シルク・ドゥ・ソレイユのZED(これがなかなか素晴らしい出来!)がある。現状、これらの映像を自宅で楽しみたければ、バンドル製品を買う以外に方法はない。それぞれ市販の可能性も、将来はあるのだろうが、当面はないと聞いている。


【3D版アバター プレゼント対象製品】
3D VIERA「TH-P54VT2」3D DIGA「DMR-BWT3100」

3D対応VIERATH-P65VT2、TH-P58VT2、TH-P54VT2、TH-P50VT2、TH-P46VT2、TH-P42VT2、TH-P46RT2B、TH-P42RT2B
3D対応DIGADMR-BWT3000、DMR-BWT2000、DMR-BWT1000、DMR-BWT3100、DMR-BWT2100、DMR-BWT1100
3D対応BDプレーヤーDMP-BDT900

 


■ アバターがパナソニック製品にバンドルされる理由

 とはいえ、初期の段階でバンドルソフトが必要なことも否定はできない。致し方ない面もあるのだが、アバターの3D版がパナソニック製品にバンドルされるようになった経緯だけは、上記のようなマーケティング戦略とは全く異なるものだったようだ。

 映画ファンならばよくご存じのように、アバターを作ったジェームズ・キャメロン監督は、細かなディテールまでこだわり、何度でもやり直しをする完璧主義者で知られている。アバター撮影の際も、撮影が終了して本編編集の真っ最中……というタイミングでハリウッドのオフィスを訪ねた時は「ジム(ジェームズ)は、気に入らないところを見つけたので、撮影し直しするため、ニュージーランドに行ってるんだよ」と、いった具合だ。

 キャメロン監督の完璧主義者ぶりは、市販ソフトの品質にも及んでいる。アバターのBlu-ray版(2D版)を作成する際にも、自分自身で映像を見て、映画館にできるだけ近い体験ができることを確認してから最終のゴーサインを出した。言い換えれば、キャメロン監督本人が、品質に関してOKを出さなければ、決して彼の製作したソフトは市販されないということだ。

 実はアバターの3D版がパナソニック製品でバンドルされるようになった経緯も、このキャメロン監督の完璧主義と無関係ではない。同氏は2D版と同様にできるだけ映画館に近い体験ができることを望んだ。クロストークの出方など3Dの基本的な画質要素だけでなく、メガネを通して見た際の画質など、トータルでの見え方も含めて映画館と同等レベルの映像でなければ、自分の作品の魅力が伝わらないと考えたのである。

 2D版アバターのエンコード、オーサリングを行なったのは、本誌ではすでにお馴染みのパナソニック・ハリウッド研究所(PHL)である。この頃から20世紀フォックスはBlu-ray 3D版アバターの制作を検討していたが、いずれにしろキャメロン監督に一度は見せる必要が出てくる。

 そこで20世紀フォックスは2D版アバターの制作期間中に、3Dでエンコードしたアバターが、どのような仕上がりになるのかを確認しようと考えた。このとき、全2時間46分の中から動きの激しいシーン、少ないシーン、あるいは明るいシーンや暗いシーンなど、動画として異なる特徴を持つ複数のシーンの集めた20分の評価用クリップを作り、これをPHLが3Dエンコードしたのである。

 Blu-ray Discは3D映像に限り、最大ビットレートが1.5倍に拡張されているため、理屈上は2D版と同じ高画質は確保できるが、50GBという最大容量を超えられるわけではない。どのぐらいのビットレートを割り当てれば、キャメロン監督が納得できる品質を出せるかは、実際の映像で評価しなければならなかった。ビットレートが決まらなければ、1枚あたりに入れられるオーディオトラックの本数も決まらず、ワールドワイドでいくつのバージョンを作る必要があるかといった計算もできない。

 20世紀フォックスとPHLで複数のエンコードを評価し、結果として平均32Mbpsのエンコードにするべきだとの結論になった。これならば誰も文句は言わないというぐらいの高画質だ。おそらくキャメロン監督も納得するだろう。しかし、それでもまだ、ひとつ懸念があった。それが色再現である。

 ハリウッドでは、こだわり派の監督のために市販する映画ソフトの画質確認プロセスを経て製作が進められることは珍しくない。しかし、色再現に関してクレームが付く事はほとんどないそうだ。色調整は基準となる色に合わせられたマスターモニターを用いて行ない、評価する場合にもマスターモニターが使われる。

 しかし、キャメロン監督は家庭環境で自分の映画がどのように再現されるのかにこだわった。3D映像ソフト黎明期の今、意図した体験が得られなければ、自分の作品を見せたくないという気持ちもあったのだろう。

音展2010では、アバターのBlu-ray 3D版を使った3D VIERAのデモを実施

 特に3Dテレビの場合、アクティブシャッター方式の3Dメガネを通して映像を見ることになる。このときの色や明暗のトーンは、裸眼で見た時とは変化する。メーカーは裸眼の時と同じに見えるよう補正をしているが、キャメロン監督が想定している“劇場に近い見え味”と判断してくれるかどうかは、最初の事例ということもあって予想できなかった。

 6月に行なわれた最初の評価の場に現れたキャメロン監督は、3Dテレビでの見え味をチェックするために、自分が信頼するカラリスト(映画の色を調整・管理する役割のエンジニア)を伴って現れた。

 このときに使ったテレビは、北米でパナソニックが販売するVIERA VT25というモデルだった。これは日本で言うところのVT2に相当するモデルだが、実はキャメロン監督に見せるため、あらかじめ20世紀フォックスの担当者とPHLが共同で、VT25の色調整パラメータを変更し、色を合わせ込んでおいた。

 当然、キャメロン監督は喜び「これは凄い。まさに自分たちが作り、世の中に送り出した映像そのものだ」と話し、「パナソニックの3Dプラズマを購入して、アバター3Dを手に入れられた皆さんは、その投資に満足するでしょう。あなたが今まさに体験するものは、あたかも劇場にいるような臨場感なのです」というコメントまで残したほどだ。そして、3D版のアバターをパナソニックが独占バンドルすることを許したという。


■ VIERAに「キャメロンセッティング」を追加

 しかし、ひとつ条件も付けた。それは「誰もが簡単に、キャメロン監督へのデモで行なった設定の絵を見れるようにすること」というものである。

 実はここからが大変だった。というのも、デモ時に使った設定は20分の切り出したクリップに合わせたセッティングだったからだ。キャメロン監督が全編で色をチェックし、合わせ込むのは大変な作業になるが、それをしなければ信頼を裏切ることになる。

 キャメロン監督が求める理想的な色再現にキッチリと合わせ込むには、単に映像調整を行なうだけでなく、ファームウェアの変更をかけてパネル駆動の元の部分から改良を施さなければならなかった。

 ハリウッドで関係者に意見を聞きながら色調整を追い込み、その様子を伝えて日本でファームウェアを改良した。対策ファームウェアは1カ月間でバージョン4まで版を重ねたそうだ。ひとつの映画のためだけにファームウェア変更を伴う色再現の改善を行なった例というのは、おそらくこれが初めて(そして最後)だろう。この時点でキャメロン監督はOKを出したが、PHLではさらに改良を続け、バージョン5+αまで開発を続けて北米版の更新ファームウェアが完成した。

 ただし、プリセットモードでキャメロン監督のアバター3Dセッティングに切り替えられるわけではない。さらにパラメータを変更する必要があり、その設定値がWebで公開されているという形だ。これはVT25を購入した顧客が、従来のCinemaモードと同様の見え味になるよう、デフォルト値を設定してあるためである。そこからキャメロンセッティングに変更するか否かは、ユーザー自身で決めて欲しいということだ。

 プラズマで、ここまで大胆な色再現設定の変更を行なうと、設計目標値から大きくずれて、グラデーションに段ができたり、色相変化が不安定になるなどの弊害が出てくる。しかし、3D向けに開発されたパネルは階調特性が改良されており、問題はまったく出なかったそうだ。

 さて、上記は北米版の話なのだが、ファームウェア変更を伴う色再現性の向上が必要になったのは北米版のみ。日本版は北米版よりも3週間発売が遅かったこともあり、ファームウェア変更の必要はなかったそうだ。このため、“日本版キャメロンセッティング”は主に明暗のトーンを、キャメロン監督のイメージと同様に合わせ込むだけとなっている。開発時期の違いもあるが、目標値(マスターモニターと同様の色再現)は、元より開発陣とキャメロン監督の間で相違はなかったということだ。

 日本版では、キャンペーンに申し込んだユーザーに配布される「アバター」3Dディスクに、設定方法を記したメモが封入されている。具体的には、ピクチャーをプラス方向に大きく振り(白ピークを持ち上げて明るくコントラストを上げる)、ガンマカーブの設定を2.5に設定する。かなり深いガンマカーブだが、全体に明るくなるようピクチャーを上げているため、これでちょうど良くなるのだという。一方で色相変更が伴う設定変更はない。

 実際に推奨するセッティングでアバターの3D版を見たが、デフォルト値よりもずっと明るくダイナミックな映像だ。コントラスト感を大幅に増強したからだ。こう言ってはなんだが、キャメロンセッティングで見始めると、アバター以外の3D作品も、すべてこの設定で見たくなる。

 では、なぜキャメロンセッティングそのものをデフォルト値にしないのか? それは多様な環境に対応するためだ。キャメロンセッティングでは、真っ暗な映画館と同じ環境(すなわち遮光した暗い部屋)で見た時に、劇場と同様の映像再現となるよう作り込まれている。しかし、ほとんどの人は完全に真っ暗な部屋では見ない。ある程度は明るさを残している。このため、デフォルトの設定が違っているのだとか。

 パナソニックでは、この経験を経て映画モードの絵作りを見直す事も検討しているようだ。監督自身が詳細までチェックした3Dテレビというのは、おそらくVT2シリーズが初めてである。この経験を活かし、次の製品の絵作りへとフィードバックをかける。

 たとえば明るさセンサーと連動し、真っ暗な環境下であればキャメロンセッティングに、ある程度の部屋に明かりが残っているならば、もう少し明るめに補正した映像をユーザーに見せる事が可能だ。

 キャメロンセッティングとは、見た目のイメージをBT.709という色空間の規格に近づけるという取り組みでもある。今回の取り組みをフィードバックし、製品の画質モードに反映すれば、映画視聴のための新たなアプローチも可能だろう。

 今回明らかになったのは、映画、特によく画質が検討された映像ソフトを見る際には、映像製作者自身が確認をしているモニターに近い色味で見ることが最も良い、というある意味当然の結論だったように思う。

 無論、それは暗く照明を落とした部屋においてのみ通用するストイックな設定で、万人向きではない。国内向けVIERAの設計を担当する藤田雅也氏は「画質モードを増やしてしまうと、ユーザーが設定を迷う原因になってしまう。シネマモードの想定する視聴環境の範囲内において、照度センサーに連動し、ピュアな映像を見せるという考え方を導入してもいいかもしれない」と話した。

 アバターを劇場と同様の画質で見せるという今回の取り組みは、もちろん今年購入したユーザーにとって有益なものだ。しかし、それだけに留まる話でもないだろう。

「北米版はファームウェア変更を伴い、日本版は調整だけでイメージ通りになったのは、開発時期の違いもありますが、日米の市場向けに異なる絵作りの差も大きい。今回、キャメロン氏のイメージする映像が日本仕様に近かった事で、今後の絵作りの骨格とすることはできそうだ」(藤田氏)

 今回の取り組みの成果、経験がさらに次の世代へと受け継がれる事にも大いに期待したい。

(2010年 11月 26日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]