藤本健のDigital Audio Laboratory

第700回 連載700回! 5つのテーマで“オーディオの疑問”検証を振り返る

連載700回! 5つのテーマで“オーディオの疑問”検証を振り返る

 「藤本健のDigital Audio Laboratory」は今回で第700回目の記事となった。初回が2001年3月12日だから16年8カ月。よくこれだけ長期に続けられてきたものだと自分でも思うが、それもひとえに多くの読者が支えてきてくれたおかげ。改めて感謝申し上げたい。700回という記念すべき機会なので、自分として記憶に残る記事のベスト5をピックアップして、振り返ってみたい。

連載初期の「CD-Rメディアによる音の違いを検証」でテストに使った太陽誘電のCD-Rメディア

16年半の記事から、特に思い出が深かった記事は……

 毎週月曜日に掲載しているこの連載記事。スタートした時は5~6回の連載くらいのつもりで、気軽に引き受けたのだが、まさかこんなに続くとは考えてもいなかった。もはやライフワークという感じでもあり、完全に自分の生活のリズムともなっているわけだが、ほぼ同時期にスタートした「小寺信良の週刊 Electric Zooma!」のほうはすでに第780回となっている。これは筆者がサボったからというわけではない。実際、16年8カ月の中で休載したのは2011年に大けがをして2週間ほどの入院をしたときだけなのだが、この差ができたのは、ちょうど連載スタートの2001年に導入された「ハッピーマンデー制度」の影響。小寺氏の連載が水曜日なのに対し、筆者の連載は月曜日だから、休みが多く、結果として約10%ほどのスローペースで進んでいる。

 さて、その長期の連載の700回分のすべての記事がバックナンバーのインデックスから今も誰でも読めてしまうというのは、改めてWebの凄さを実感する。またAV Watchというメディアがこの間ずっと元気でいてくれたことに感謝するところだ。この700回記事執筆にあたって、先日、過去の記事をいろいろとめくっていったら、懐かしさもいっぱい。ベスト5どころかベスト30に絞るのも難しいところだったのだが、あえてピックアップした思い出深い記事が以下の5つ。これらを順に振り返っていこう。

第1回:迷信だらけのデジタルオーディオ
【CDにまつわる噂を徹底的に解体!】
~ 第1回 そもそもオーディオCDって何だ? ~

第528回:「Windowsオーディオエンジンで音質劣化」を検証
~ASIO/WASAPI利用時と比較。劣化回避の方法は? ~

第10回:パッケージソフト全盛時代の「現代MP3事情」
~その2:MP3エンコードの設定でどれだけ音が変わるのか?~

第83回:PC用オーディオデバイスの音質をチェックする
~ 序章:ノイズ、レベル、波形変化の検証法 ~

第164回:RolandのWAVE/MP3レコーダ「R-1」を試す
~ 24bit/44.1kHzのPCM録音が可能 ~

原点は“オーディオの迷信”解明

 やはり、Digital Audio Laboratoryの原点ともいえるのが、第1回~第7回に渡った「迷信だらけのデジタルオーディオ」の記事。スタート当初は、「オーディオのオカルトネタをかたっぱしから暴いてやろう!」なんて意気込んでおり、今もその考えがベースにあるのだが、最初にテーマとしたのは、「CDをコピーしたら音質は変化するのか? 」という疑問に対して実証実験をしていくものだった。

 今でこそ「ビットパーフェクト」なんて言葉が当たり前に使われるようになったが、当時はそうした言葉を聞くケースはほとんどなかったし、コピーすればメディアによってデータが変わるなんてことが平気で言われていた時代。それが完全に嘘であることを、S/PDIFからのデータストリームをキャプチャするなどして第1回~第6回までで実証していったのだ。

 ただ、データは一致したのに、実際に聴いた音は違うという難しい問題にぶつかったのが、ここで経験した大きな問題であり、連載をいまだに続けている原動力ともなっている課題でもある。

 それを検証するため、その後もときどき、このCDのコピーやCDの音質に対して記事にしているが、正直なところ16年8カ月も経過しているのに、まだ完全な答えが出ていない。筆者の仮説としてあるのは、CDの場合、誤り訂正のためのC1エラー、C2エラーの補正システムにおいてサーボモーターが動作すると、そのモーターによる電磁波がアナログ回路に入り込んで、結果としてノイズとなったり、音に影響を与えるのではないか……ということ。つまりプレーヤー側に起因するものだから、使うプレーヤーによっても音の変化の仕方は異なるはずだと考えているし、アナログ回路とデジタル回路を完全に分離でき、デジタル回路側も独立したクロックを積んでいればCDによるジッターの影響は受けないはずだと考えている。しかし、なかなかそれを実証することができないのはもどかしいところだし、まだまだ続いていくこの連載のテーマのように思っている。

第1回:迷信だらけのデジタルオーディオ
【CDにまつわる噂を徹底的に解体!】
~ 第1回 そもそもオーディオCDって何だ? ~

“Windowsでの音質劣化”を検証

 なかなか実証が難しい音の違いであるが、やはりよく言われている話に、「Windowsは音が悪い」という話がある。確かにいい加減なアナログ回路が搭載されたPCだと、ひどい音だし、ノートPC内蔵のスピーカーで聴いていれば、音質が劣るのは当たり前。でも、そうではなく、同じハードウェアを使ってもWindowsのほうが音が悪いとしたら、これは大きな問題だ。

Windows 7 64bit版のPCで検証

 にわかには信じられないところではあるが、iTunesで比較すると、やはりどうしても違うように感じられる。その理由を追及していった結果、Windowsの根本における仕様の問題点が発見されたのだ。ちょうど、この記事を書くちょっと前から、オーディオループバック機能を搭載したオーディオインターフェイスが何社からか登場するようになったので、それを使って再生した音をキャプチャするとともに、原音と比較した結果、勝手にピークリミッターを掛ける仕様になっていたことが判明したのである。

 もちろん、複数の音を同時に鳴らすことができる仕様だから、ピークリミッターが必要な理由が分からないでもないが、音楽を聴く場合も、強制的にリミッターがオンになるのは納得のいかないところ。マイクロソフトはWASAPIの排他モードを使えば回避できるとは言っているものの、いまだにWindows標準のプレーヤーであるWindows Media PlayerもGrooveミュージックも対応していないのは納得いかない。しっかりしたオーディオインターフェイスやUSB DACなどを接続した上でASIOドライバを使えば回避できる問題ではあるが、社会インフラとなっているWindowsだからこそ、ちゃんとしたサウンドが鳴らせるシステムを作ってほしいと、言い続けている。

テストとして用意したサンプルで発生したノイズ(波形を拡大したもの)

第528回:「Windowsオーディオエンジンで音質劣化」を検証
~ASIO/WASAPI利用時と比較。劣化回避の方法は? ~

MP3など圧縮音源の“音の悪さ”を測定で確認

 いまのハイレゾブームの背景には、YouTubeサウンドも含め、MP3やAACなどによるサウンドが氾濫し、CDより劣化した音が一般的になってしまったからだろうと考えている。では、そのMP3の何が悪いのか。それをいち早く追及したのも、Digital Audio Laboratoryがスタートしてすぐのときだった。

オリジナル(WAV)と、96~320kbpsのMP3音声のWaveSpectra測定結果を重ねたあわせたグラフ

 いまでこそ、圧縮音源は高域がそぎ落とされていることはよく知られているが、当時はあまりそれに言及する情報はなく、筆者もかなり手探りではあったが、周波数分析を行なうことで、それを実証していったのだ。一言でMP3といっても、ビットレートによって音は変わってくるし、同じビットレートであってもエンコーダーによっても音が微妙に違ってきたりもする。この回で使った手法は、いまでも有効であり、最新の圧縮フォーマットやエンコーダーが登場したら、チェックして比較してみると面白い。

 このDigital Audio Laboratoryで貫いているのは、音をできる限り言葉で表現するのではなく、データで見せていくということ。見えないものだから、感覚で捉えて言葉で表現するしかないからこそ、プラシーボやオカルトが出てくるわけで、そうならないようにデータで見せる手法を使っているのだ。この圧縮で音がどう変わるのかは、その後、AACやATRAC、OggVorbis……といろいろなものを連載の中でチェックしてきたし、最新のものだと、ほとんど高域が欠けないものも出てきている。

 ただ、データ上はほとんど違いはないけれど、聴いてみると明らかな差に感じるものが存在することも事実。ある特定の音色だけを聴き比べると音に明らかな変化が出て、ほぼ100%聴き分けられる点もあったりするのだ。ただし、これは筆者が何度も聴き込んでいる特定の音源だからであって、慣れていない曲、初めて聴く曲だったら、圧縮音源なのか、CD音源なのか、下手するとハイレゾ音源なのかの違いも分からなかったりするのも事実。筆者の耳が悪いといってしまえばそれまでのことだが、実際のところ確実に聴き分けられる人がほとんどいないようなので、それぞれをどう評価すべきなのかは、まだまだ難しいテーマとして残っていきそうだ。

 ちなみに、一連のオーディオ圧縮コーデックのテストをしてしばらくたってから、第504回「MP3圧縮で、どんな音が失われるのか」でもテストを行なった。

WAVとMP3 64kbpsの差分を波形で表示

 やっていること自体は極めて単純ではあったが、その差分の音を公開したところ、大きな話題になった。もっとも、その時は著作権問題を回避するため、差分の音をSoundCloudにアップしたのはちょっとした失敗。表示上はWAVとなっているけれど、実際には圧縮されているため、消えた音が完全な形では再生できていなかったのだ。とはいえ、聴いた印象はWAVで聴いてもSoundCloud経由で聴いてもほとんど変わらなかったことは改めてお伝えしておきたい。一方、それでも、これが本当の意味で消えた音なのかはハッキリしない点もある。というのは、確かに差分においては、この音だが、もし圧縮において時間軸上での操作を行なっていたとしたら、消えた音とは言えなくなってしまうからだ。この辺についても、さらなる検証ができればと考えている。

第10回:パッケージソフト全盛時代の「現代MP3事情」
~その2:MP3エンコードの設定でどれだけ音が変わるのか?~

オーディオインターフェイスの“音質を測定する”手法のこれまで

 据え置きのオーディオ機器を使っている人にとって、今の中枢はPCであるといっても過言ではないが、その環境の中で、いかにいい音で聴くか、いい音で録音するかはオーディオデバイスの性能によって大きく左右される。でも果たして、どの程度の違いがあるのか、その違いは何なのかを追究するのもDigital Audio Laboratoryが長年に渡って追ってきたテーマだ。その初回となったのが、この第83回の記事だった。

フリーウェア「Sound Engine」で再生し、Sound Forgeで録音してテスト

 まだ、いまほどUSBオーディオインターフェイスが普及していない時代、そもそもUSB DACなどという名前も聞いたことがない時代にテストを行なったのは、ここで生み出した独自の手法による実験。具体的には下の4つの手順だ。

  1. 入出力を直結し、無音をレコーディングする。発生したノイズレベルを計る
  2. 入出力を直結し、矩形波を再生・レコーディングする。信号の形がどのくらい正確に再現されるのかを見る
  3. 入出力を直結し、スイープ信号を再生・レコーディングする。原音とのレベルの変化を調べる
  4. 入出力を直結し、サイン波を再生・レコーディングする。歪みがどのくらいあるのか元波形と比べる

 実際にUSBオーディオインターフェイスと、マザーボード搭載の音源、さらにPCI接続の内蔵タイプのサウンドカードで比較してみたところ、それぞれで結構な違いも見えてきた。ただ、これらの実験には多大な手間暇がかかり、かなりの時間を費やしたのを覚えている。

 そんな話を色々な人にしていたら、あるとき、ロシアでRMAAというソフトがあり、これが筆者の行なっていた実験にとても近いことを簡単にしてくれるという情報を得たのだ。さっそく試してみると、まさに求めていたツールであり、しかもS/Nやf特などを細かく数値で表示してくれるとともに、それぞれを5つ星で評価してくれるのも嬉しいところ。そんなわけで筆者の独自の手法からRMAAのプロバージョン、RMAA Proに乗り換え、いまもその手法でオーディオインターフェイスを紹介している。なお、一般版のRMAAのほうは現在も配布はされているが、サイトを見ると2014年を最後に更新が止まっており、プロ版のほうは販売をやめてしまったようだ。

RMAA 5.3('04年当時)のメイン画面

 一方、途中からはレイテンシー測定ツールであるCEntranceのLatency Test Utilityの存在を知り、こちらもオーディオインターフェイスのテストの実験の1つに追加した。今もフリーで配布されているので、興味のある方は自分の使っているオーディオインターフェイスのレイテンシーがどの程度なのか調べてみると面白いだろう。

 今後も、気になるオーディオインターフェイスが登場したら、この手法でチェックしていくつもりである。

Latency Test Utilityを使った、ローランド「OCTA-CAPTURE」測定結果

第83回:PC用オーディオデバイスの音質をチェックする
~ 序章:ノイズ、レベル、波形変化の検証法 ~

「PCMレコーダ」の誕生と進化

第164回:RolandのWAVE/MP3レコーダ「R-1」を試す
~ 24bit/44.1kHzのPCM録音が可能 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20041018/dal164.htm

 最後に取り上げるのは、リニアPCMレコーダについて。Digital Audio Laboratoryでは、過去数多くのリニアPCMレコーダについて取り上げてきた。一時はまさにブームともいえる状況になり、家電量販店にはリニアPCMレコーダ専用の広い売り場も設置されたくらいだったが、以前に比べると、最近はちょっと下火になってしまった感じもする。

ローランド「R-1」(左)。VHSビデオテープ(右)とサイズ比較していた

 そのリニアPCMレコーダも、実はそれほど長い歴史があるわけではない。確かにテープメディアにおいては、以前DATウォークマンなども存在していたが、マイク内蔵でメモリーメディアに録音できるリニアPCMの初代機は、ローランドのR-1だった。当時は、まだ社会的にあまり認知されず、一部ユーザーの手に渡った程度で終わってしまったが、個人的には画期的なものが登場したと興奮したのをよく覚えている。

 この記事の中にはメーカー側でレコーディングしたサックスの音とともに、電車の音を捉えたMP3の音が残っている。この電車の音は、当時住んでいた線路わきのマンションのベランダで捉えた音なのだが、MP3とはいえ、今と比較すると、あまりにも貧弱。それでも、ポータブルレコーダで高音質に録音できるツールが誕生したのは感激した。

 その後、ローランド自らが大きく進化させ、96kHz/24bit対応させたのとともに、マイク性能も大きく向上させたR-09を発売したことで、大ヒットとなった。さらに、それを各社が追随していき、いまの状況へと変わっていったわけだ。もっとも、iPhoneのマイクでも、そこそこの音が録れるようになった今、リニアPCMレコーダの存在意義もなかなか難しいところに入ってきているようで、下火になってしまったのかもしれない。とはいえ、できるかぎりいい音で、できるだけリアルに音を録りたいという思いを持つ人が、今もいっぱいいるのも間違いない事実。そうした人の参考になるようなレポートを今後も作っていきたいと思っている。

人気モデルとなった「R-09」

第164回:RolandのWAVE/MP3レコーダ「R-1」を試す
~ 24bit/44.1kHzのPCM録音が可能 ~


 以上、16年8カ月間の700回分記事の中から5本の記事というか5つのテーマをピックアップしてみたがいかがだっただろうか? この先、この連載をいつまで続けられるのかは分からないが、まずは約2年後の第800回を目指しつつ、いつか第1000回が迎えられるよう頑張れたらと思っている。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto