藤本健のDigital Audio Laboratory

第775回

無料ソフトでオーディオ分析。「Sonic Visualiser」で何ができる?

 「Sonic Visualiser」というフリーのオーディオ・音楽データの分析ソフトをご存知だろうか? Windows、Mac、Linuxでも動作するソフトであり、ロンドン大学のCentre for Digital Musicというところで開発されたもの。かなり昔から存在していたものなので、使ってみたことがある方は少なくないだろう。

Sonic Visualiser

 筆者も10年以上前に触れたことがあったが、そのときはピンと来ずに、あまり使うこともないままだった。が、その後も少しずつバージョンアップを繰り返しているようで、現在は3.1というバージョンに。先日、SNS上でちょっと話題になっていたので、久しぶりに試してみたところ、結構面白い機能をいろいろ持つソフトだったので、改めて紹介してみよう。

シンプル画面で色々な分析に対応

 Sonic VisualiserはGNU General Public Licenseの元、フリーで配布されているソフト。Sonic Visualiserサイトから誰でも自由にダウンロードして使うことができる。GNUというところからも想像できるように、Linuxでの動作をメインとするものではあるが、WindowsでもMacでも利用可能で、誰もが気軽に使えるツールでもある。ファイルサイズ的にはWindows版もMac版も18MB程度と最近のソフトとしては、非常に軽いものであるのも事実だ。

Sonic Visualiserのサイト

 そのSonic Visualiserは先日紹介したMAGIXのSound Forgeや同じくフリーウェアのAudacityなどと同様、オーディオデータを読み込んで波形表示ができるが、それを編集していくのが目的ではなく、それをさまざまな形で分析することに主眼が置かれたユニークなツールだ。このDigital Audio Laboratoryにおいてもオーディオを分析するケースがよくあるが、普段は市販のソフトであるSound Forgeのほか、SteinbergのWaveLab、また国産フリーウェアであるWaveSpectraなどを使うことが多い。でも、もしSonic Visualizerが便利に使えるソフトであるなら、今後、この連載用にも活用できるのでは……というのが今回試してみた狙いでもある。

 誰でも追試できるように、なるべく情報を公開しながら記事を作っているわけだが、無料のソフトが利用できるのであれば、多くの読者の方にとっても有用なはず。しかもWindowsでもMacでも、Linuxでも同じことができるのなら、なおさらのことだ。

 というわけで、さっそく使ってみたのだが、ここでは、Linuxではなく、Windowsで試してみた。そのWindows版には32bit版と64bit版がそれぞれ存在しているので、Windows 10の64bit版を使っている筆者としては、もちろん64bit版をダウンロードし、インストールして試してみた。

32bit版と64bit版がある
インストール画面

 起動してみると、オープニング画面に続き、ほぼ真っ白でシンプルな画面が登場してくる。ここにオーディオデータを読み込んで分析していくというわけだ。読み込めるファイル形式としてはWAV、MP3、AIFF、FLAC、OggVorbisと、一通り揃っているようにも見えるが、GNUライセンスというのが関係しているのだろうか、AACやWindows Media Audioなどに対応していないというのは、ちょっぴり不便にも感じるところだ。もっともWaveSpectraだとWAVしか読めないのだからファイルフォーマットの対応数をとやかくいうつもりはないが……。

起動画面
初期の画面はシンプル
対応フォーマット

 これで192kHz/24bitステレオのオーディオファイルを読み込んでみたところ、普通に波形が表示される。試しに5.1chのWAVファイルを読み込んでもしっかり6chのデータとして表示されるのは優秀なところ。

192kHz/24bitのファイルを読み込んだところ
5.1chのWAVファイルは、ちゃんと6chのデータとして表示された

 改めてステレオのデータを読み込んだ状態で再生ボタンをクリックしてみると、音が出るとともに、画面も動き出す。目的のオーディオインターフェイスから音が出るようにしたいと思って、FileメニューからPreferencesを選択。すると、各種設定画面が出てくるが、Audio I/Oタブを見ると、ここで目的のオーディオインターフェイスが選べる。

再生時の画面
Audio I/Oタブでオーディオインターフェイスを選択

 ただしSonic Visualiserがまったく日本語対応していないこともあり、とくにWindowsの場合のフォントも文字化けしてしまった。せめてASIOには対応しておいてもらいたかったが、見たところMMEドライバのみ。これもGNUの制約で無理なのかも。同様にWASAPIにも対応していないので、再生ツールとしてみると、ちょっと時代遅れな気もしてしまう。MacならそもそもがCoreAudioなので、もう少しまともに使えそうではある。もっとも、Sonic Visualiserは再生ソフトではなく、オーディオを視覚化していく解析ソフトであり、見るべきところは再生性能ではない。実際どんな表示ができるのか見ていこう。

 デフォルトでは波形表示となるが、Pane(ペイン)メニューから選択することで、基本のスペクトログラム表示、音階ごとに見えるスペクトログラム表示、ピーク周波数で見るスペクトログラム表示、さらにスペクトラム表示といろいろな表示方法が用意されており、それを瞬時に表示できてしまうのが最大の特徴。

 なお、「スペクトログラム」は、音声の周波数分布(周波数、信号の強さ)を時間軸に沿って表示するもので、言葉は似ているが「スペクトラム」は、横軸が周波数で、縦軸が強さ(大きさ)を表す。

デフォルトの波形表示
paneメニュー
スペクトログラム表示
音階ごとのスペクトログラム表示
ピーク周波数でのスペクトログラム表示
スペクトラム表示

2つの表示方法を目的に応じて利用可能

 最初、ちょっと戸惑うのはSonic VisualiserにはPaneとLayerという2つの表示方法があることだ。簡単にいえば、Paneは複数並べたときにトラックのように縦に表示されていくもの。それに対し、Layerは複数の画面を重ね合わせていくというもの。また必要に応じ、複数のPaneを並べた上で、それぞれに複数のLayerを重ねるといったことも可能になっている。

Pane表示
Layerメニュー
複数のPaneを並べた上で、複数のレイヤーを重ねられる

 そのLayerがちょっとわかりにくいので少し補足しておくと、前述の通り起動したときには1つのPaneが開くのだが、画面右上を見てもわかる通り、最初から3つのレイヤーが重ねられている。Layer 1は画面をズームさせたり、一番下のグローバル表示から目的の部分を選びだしたり、画面スクロールを司るもの、Layer 2はルーラー表示、そしてLayer 3に波形表示のものとなっている。各Layerは画面右下のスイッチで表示するかどうかの切り替えも可能。ここにスペクトログラム表示やスペクトラム表示など、好きなLayerを重ねていくわけだが、Layerとして利用できるのはこれらのオーディオデータ解析結果だけではない。LayerのメニューにはほかにもさまざまなLayerが用意されているのだ。

最初から3つのレイヤーが表示
各レイヤーは画面右下のスイッチで表示切替可能
Layerメニューには様々な項目が用意されている

 具体的には、時間軸にマーカーを打てるTime Instants Layer、時間軸に沿ってオートメーションを描くように線を引いていけるTime Vaules Layer、ピアノロール的なMIDIシーケンスを描けるNote Layerがある。

Instants Layer
Time Vaules Layer
Note Layer

 そのほかにもリージョンを切っていけるRegions Layer、テキストを書き込めるText Layer、イメージを埋め込めるImages Layerなどがある。

Regions Layer
Text Layer

 何をどのようにLayerを重ねていくかは、アイディア次第だが、個人的にちょっと面白いと思ったのは音階ごとに表示するMelodic Range Spctrogram表示とNote Layerを重ね合わせるというワザ。このMelodic Range Spctrogramでは、縦軸が音階、横軸が時間となるわけだが、複数の楽器が交じり合ったサウンドでも、どんな音程の音が出ているのかが視覚化される。

Melodic Range SpctrogramとNote Layerを重ねられる

 実際には倍音なども目立って表示されるので、自動で音程だけを取り出して譜面化するというのは非常に難しいけれど、いわゆる耳コピのための大きな手掛かりにはなりそうだ。このMelodic Range Spctrogramでの目立っている音程を確認しながら、それをなぞるように、Note Layerに書き込んでいくことでMIDIデータを作り出すことができる。

 演奏すれば、内蔵のシンプルな音源で鳴らすことも可能だが、これをMIDIデータとしてエクスポートすることも可能なので、後でDAWに読み込ませて活用するなんていう方法もありそうだ。

音の解析を簡単に

 ところで、Sonic Visualiser自体は編集機能を持ってはいないが、プラグインを使うことで、音を変化させることは可能と書かれている。といってもGNUのルールからSteinbergのVSTプラグインはNG。一方、Audio Unitsはルール的には大丈夫だけど、現時点ではサポートされていない。それに対し、利用可能なのは、LinuxのDAWなどで利用されているLADSPAおよびDSSI。

 これらのWindows版なんてないだろうと思ったら、AudacityがLADSPAに対応していることもあって、存在しているのだとか。やはりフリーで配布されている90種類以上のプラグインをセットにした「LADSPA_plugins-win-0.4.15.exe」というものをインストールしてみた。

 インストール先のディレクトリが「C:Program Files (x86)AudacityPlug-Ins」となっていたので、32bit版だなと思って気になったのだが、案の定、64bit版のSonic Visualiserでは使うことができなかった。

プラグインは64bit版のSonic Visualiserで使えなかった

 そこで、改めて32bit版のSonic Visualiserをインストールして試してみたところ、新しいLayerを作るような感じでエフェクトがかけられるようだった。ただ、実際にはどのエフェクトを選んでも、その瞬間にSonic Visualiser自体が落ちてしまい、使うことはできなかった。改めて見てみると、LADSPA_plugins-win-0.4.15.exeのタイムスタンプは2006年。それ以降更新されていないのを見ると、やはりLADSPAをWindowsで使うのはあまり現実的ではなさそうだ。

32bit版のSonic Visualiserでエフェクトをかけられるようだが、今回の環境では使えなかった

 Sonic VisualiserのサイトにはVSTをLADSPAに変換するラッパーソフトも存在するとのことだったが、こちらもやはりうまく動かすことができず断念。Linuxであれば、プラグインも利用できるのだとは思うが、あまり複雑なことを期待してはいけないのかもしれない。

 いずれにせよ、Sonic Visualiserを使うことで、簡単にスペクトログラム表示ができることは確認できたので、今後記事の中でスペクトログラムでの解析が必要になるときは使ってみるのも面白そうだ。ただスペクトログラム表示は、特定のノイズを消す際には非常に便利に活用できるが、このソフト自体は編集機能を持っていないので、どんな活用法があるのかはまだ見いだせていないところでもある。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto