藤本健のDigital Audio Laboratory
第776回
ノイマンのマイク銘機「U67」復刻。DSP搭載モニターやゼンハイザー無線マイクも
2018年7月30日 12:49
7月25日にゼンハイザージャパンが新製品発表会を行ない、Neumann(ノイマン)ブランドの60年代のコンデンサマイクの銘機「U67」を復刻させることを発表。同時に、Sennheiser(ゼンハイザー)ブランドのワイヤレスマイク「evolution wireless G4」も発表した。さらに、ノイマンブランドのスタジオモニタースピーカー「KH120」をはじめとするKHシリーズも改めて説明があったので、今回の発表内容と注目した製品についてお伝えする。
7月より日本法人が新体制に
発表会に先立ち挨拶に立ったのは、7月1日にゼンハイザージャパンの代表取締役社長に着任したばかりの宮脇精一氏。宮脇氏といえば、ヤマハでPAを引っ張ってきた人物としてこの業界では有名な方だが、今後はゼンハイザーの顔となっていくようだ。
この発表会においては、ゼンハイザーの本国ドイツからゼンハイザーブランド製品のプロダクトマネージャー Juergen Kockmann氏および、ノイマンブランドのプロダクトマネージャー Andrew Goldberg氏も登場し、製品の詳細が語られた。
具体的な製品の前に少し整理しておきたいのが、ゼンハイザー、ノイマン、KH(Klein+Hummel/クライン・ウント・ハンメル)の関係について。ゼンハイザーとノイマンはともにドイツのマイクメーカーとして競合のように思えるし、事実以前はそうだったと思うが、1991年にノイマンをゼンハイザーが完全子会社化したことにより、グループ会社となっており、国内ではノイマン製品を2013年よりゼンハイザージャパンが販売しているという関係。ただ、現在も会社組織としては別々にあるようで、ゼンハイザー本社はドイツのハノーファーに、ノイマンはベルリンにある。
一方、クライン・ウント・ハンメルもドイツのシュツットガルトの老舗メーカーで設立は1945年。設備音響や測定器、そして放送局用のスピーカーを手掛けてきたメーカーであり、KHブランドのスピーカーは国内の放送局でも数多く導入されている。そのクライン・ウント・ハンメルも2005年にゼンハイザーによって買収されており、こちらはすでに会社としてはなくなっているようで、2009年に組織的には設備音響部門がゼンハイザーに、スタジオモニター部門がノイマンの中に組み込まれている。そのため、現在のKHシリーズはノイマンブランドの製品となっており、当然国内ではゼンハイザージャパンが扱っているわけだ。
銘機「U67」がそのままの仕様&特性で復刻
さて、今回の新製品発表の中で一番、個人的にも一番関心が高かったのは、ノイマンの真空管コンデンサマイク「U67」の復刻版。発売は秋で、価格は80万円程度になるだろうとのことだったが、これを中心に少し細かく見ていこう。
ご存知の通り、ノイマンのコンデンサマイクはレコーディングの世界では幅広く使われており、現行製品であるU87AiやU89i、TLM102などのほか、ビンテージマイクであるU47、M49、U67…といったものがいまも広く使われている。その中でも人気の高いU67はもともと1960年に発売された真空管マイク。
単一指向、無指向、双指向の3つのモードを切り替え可能にした最初のマイクであり、音楽的に優れたU67のサウンドの評価は高く数多くの著名作品のレコーディングにも使われてきた。生産は1960年~1971までだったが、いまも多くのスタジオでは現役マイクとして使われ、中古市場でも高値で取引されている。一度1992年に限定生産されたことがあったが、音が少し明るく、オリジナルと特性が異なったため、いまもオールドモデルが人気が高いのも事実だ。
そのU67が復刻されたことから、世界中のレコーディングに関わる人たちから注目を集めている。これはデジタルでのモデリングなどではなく、1960年代のオリジナルの仕様をそのまま再現させたアナログの真空管マイクだ。そのため、部品のハンダ付けも手作業で行なっているという。
実売価格が80万円とのことなので、一般ユーザーに手が出せるものではないが、発売されるのはU67 Setというもので、マイク本体とともに、専用電源、マイクホルダー、そしてアタッシュケースがセットとなっている。
とはいえ、なぜマイクがここまで高い値段なのか。それはノイマンのほかのマイクと比較してもU67の製造コストが非常に高いからだという。ここには大型カスタム設計の出力トランス、大量の真空管の中から特別に選別した高品位な真空管部品、そして再設計された大きなトロイダルトランスを備えた電源など、非常に高価な部品が多く含まれていることとも関係しているようだ。もちろん、製造もドイツ・ベルリンで行なっているのだが、このU67を製造する資格を持った職人的な従業員は3人しかいない、とのことなので、やはり大量生産は不可能。それも当然コストに跳ね返ってくるのだろう。
では、2018年に登場するU67は、昔のU67とまったく同じものなのか?またはコピーとかクローンと呼ばれるものなのか?このマイク本体は1960年代に製造されていたU67とまったく同じ仕様のオリジナルのU67とのこと。出力トランスなどの主要部品はノイマンのアーカイブによる元の文書と生産図面にしたがって製造されている。また、もっとも重要な部品であるラージダイヤフラムコンデンサカプセルは、U67の後、U87、そして現行のU87Aiへと引き継がれ、いまも生産されているので、音響設計および造形品質は当時のまま全く変わっていない。その結果、当時のU67と現代のU67の周波数特性はまったく同じだという。
一方、このコンデンサマイクは真空管を使っていることもあり、+48Vのファンタム電源では動作させることができず、専用の電源が必要となる。この電源自体は1960年代のものよりも高性能にはなっているが、もちろんスイッチング電源を使っているわけではない。1992年のモデルでの電源と同様、トロイダルトランスを備えたリニア電源となっているのだ。もちろん電源としての互換性はあるので、この新製品の電源を古いU67用として使うのは可能。ヒーター部分であるフィラメント電流能力が高いため、フィラメント電圧を一定に保ちながら真空管が必要とする電流を供給可能にしているのだ。ただし逆の互換性はないのだとか。つまりこの新しいU67を駆動させるのに、1960年代の電源は使えない。同じ仕様ではあるけれど、なぜか現行の真空管ではわずかに高いフィラメント電流が必要となるため、未調整の古い電源は使えない。無理に使うと新しい真空管を著しく加熱し、過剰ノイズが発生する可能性があるそうだ。
ビンテージ機材の場合、コンディションが大きな問題となるが、そのビンテージ機材そのものが最高のコンディションで新たに生産されることに期待が大きくなっているが、これが実際どのくらい作られるのか、日本のスタジオにも入るのかなど、これから注目されそうだ。
モニタースピーカー「KHシリーズ」やワイヤレスマイクなど
一方、同じノイマンブランドのモニタースピーカーKHシリーズは、すでに国内でも発売されており、最新モデルであるKH80DSPも発売されて1年以上経過している。気になっていたポイントとして、KH80DSPは再生する部屋の特性に応じて、DSPで補正してくれる機能をもっているのだが、そのDSPを利用するためのコントロールソフトがまだ出ていなかった。このタイミングでリリースされるのかと思ったのだが、現在最終調整中とのことだったので、今後に期待したい。
そしてもう一つ発表されたのが、ゼンハイザーブランドのevolution wireless G4というアナログのワイヤレスマイクだ。約20年前に誕生したG1からG2、G3を経て、第4世代となるG4となったのだが、これらは一貫して免許不要のB型ワイヤレスマイク。
ライブステージをメインとした100series、会議や授業、演説などに利用する設備向けスピーチモデルの300series、映像制作など使うハイグレードの500seriesと、シーンに特化した3種類のシリーズが展開されている。また、それぞれのラインナップに合わせたポータブルハンドマイク、ラベリアマイク、ヘッドマイク、据え置き型レシーバー、ポータブルレシーバーなど数多くの製品が用意されている。
電波法の改正により、携帯電話用の周波数帯域拡大のため700MHz帯での周波数移行が進められている。これに伴い、以前使われていた770~806MHzのA型ワイヤレスマイクを使うには無線局免許が必要となり、簡単に使えなくなった。そこで、その少し上の周波数帯である806~810MHzで使う免許不要のB形ワイヤレスマイクが主流になってきており、このB型ワイヤレスマイクへのリプレイス需要が増しているのだ。今回の製品もそこに当てたものとなっている。従来製品もすべてB型ワイヤレスマイクではあったが、G4は最大8台を同時に使用可能で、赤外線シンクですばやくセットアップが可能。また、電波干渉を回避するスキャン機能をもっていたり、自然な音色のHDXコンバーターを装備しているなど、より便利で、簡単で、使いやすくなっているとのこと。
ワイヤレスマイクの世界は、設計思想の違いからアナログで製品展開する会社とデジタルで製品展開する会社に分かれているが、今後この辺がどのように変化していくのかも気になったところだ。
以上、ゼンハイザーの製品発表会についてお伝えした。今回の製品はヘッドフォン・イヤフォンなどのコンシューマ製品ではなく、プロオーディオ製品ではあったが、コンシューマ製品についても、新しい動向があった時にレポートできればと思っている。