藤本健のDigital Audio Laboratory
第808回
パソコンの音を“いい感じ”に、NECが搭載するヤマハ「AudioEngine」の仕組みとは
2019年5月20日 10:30
NECのPC「LAVIE」に、ヤマハの「AudioEngine」という信号処理技術が搭載されているのをご存知だろうか? この技術を使うことで、床面に向けた小さな内蔵スピーカーでも音が悪くならないようにしたり、再生しにくい低音を感じられるようにしたり、テレビや映画のセリフを聴きやすくすることなどができるという。実際にどんな処理をしていて、どうしてそんなことが可能になっているのだろうか。AudioEngineを開発しているヤマハの電子デバイス事業部へ、話を聞きに行ってきた。
普段、筆者はNECのノートPCを常に持ち歩いている。それはオーディオ用とかDTM用ではまったくなく、取材先でのメモ用であり、外でのメールのやりとり、Webブラウズ用としてだ。とにかく薄くて軽いということで5年以上「LAVIE Z LZ550HS」というモデルを使っていたが、さすがに寿命で1年ほど前に「PC-NM150AW」という機種に乗り換えた。用途は同じなので、Chromeと秀丸しか使っておらず、オーディオ機能はほぼ使ってもいなかった。
一度、PC-NM150AWのヘッドフォン出力をミキサーに接続して、筆者が定期的に行なっている「DTMステーションPlus!」というニコニコ生放送の番組で流したところ、かなり音が悪かったというか妙な音だったので、それ以来使っていなかった。ただ、音が妙だったのは、AudioEngineを用途外で使ってしまったことが原因だったのを知ったのはつい最近のことだった。そもそもAudioEngineという技術そのものをまったく知らずにLAVIEを使っていたからだ。
先日、第796回の記事「『パソコンの音が悪い』は当たり前? オーディオ出力性能を数値で比較」で、このLAVIEをそのまま測定したら、かなり異常な結果となった。が、「それはAudioEngineが原因なので、それをオフにすれば本来の結果になる」とNECから連絡をもらったため、再測定したのが、第802回「パソコンの音質測定で予想外の事実と、『Macは音が良いのか』実験」の記事だった。
でも、そもそもAudioEngineとは何のための機能で、どんなメリットがあるのか、いろいろと疑問が湧いてくる。そこで先日、LAVIEの製品企画担当者であるNECパーソナルコンピュータの商品企画本部マネージャーの石井宏幸氏に同行してもらって、AudioEngineの開発チームがあるヤマハ本社に行ってきた。
話を伺ったのは、ヤマハ IMC事業本部 電子デバイス事業部 戦略企画部 企画グループ リーダーの石田厚司氏、UX開発グループ 主事でサウンドマイスターの山木清志氏、そして技術部ソフトウェア開発グループ 主事の石原淳氏だ。
「AudioEngineは小型オーディオ機器向けに開発した信号処理のスイートパッケージで、2014年以降NEC製品に搭載されています。スペースがあって大きくて高品質なスピーカーが載せられる機材であれば問題ないのですが、とくにノートパソコンのように省スペースなマシンの場合、どうしても内蔵スピーカーのプライオリティーは落ちてしまいます。そのようなスピーカーであってもそれなりにいい音で聴こえるように信号処理で対応しようと開発したのがAudioEngineなのです」と説明するのは石田氏。
アンプ用途など、一部の半導体の取引はNECからの「PCの音を向上させたい」という要望を受け、ヤマハがPC用の小型スピーカーの供給を行ない、2009年に出たVALUESTAR VWシリーズというデスクトップのフラグシップマシンに搭載したのが、いまの流れのスタート。「ヤマハさんのスピーカーとウーファー、それにアンプを内蔵し、ヤマハさん側で社内認証をとってもらった上で『sound by YAMAHA』というロゴも付けるといった、アナログなところからスタートしました」と石井氏は振り返る。
その後、両者間で協議を続けるなか、ヤマハが持つDSP技術、AudioEngineをソフトウェア的に搭載して音を向上させようというアイディアが出て、2014年に当時のデスクトップのハイエンドマシンに搭載。さらにノートPCへと展開を進め、現在はほぼすべての製品にAudioEngineが搭載されている。先週発表されたLAVIE Pro Mobileシリーズをはじめ、NM、DA、NXの各シリーズにはヤマハのスピーカーも入っており、スピーカーとAudioEngineがセットになっているものには「sound by YAMAHA」のロゴが入る形になっているのだ。
では、もう少し具体的にみて、AudioEngineがあるとどんなメリットがあるのだろうか? ここには大きく以下の7つの機能が用意されている。
Acoustic total-linear EQ(AEQ)
Spacious sound 3D/HP(S3D/SHP)
Harmonics enhancer Exteneded(HXT)
Clear voice(CLV)
Adaptive volume(ADV)
Imaginary speaker(ISP)
Sound space optimizer(SSO)
これらを簡単に紹介していくと、まずAEQはヤマハ独自のトータルリニアフェーズ音響補正技術。ここでは周波数だけでなく、位相まで補正することで、音質をより自然に改善し、ソースに忠実な音像位置を再現するというもの。これによって従来の補正技術では実現できなかった自然な定位が得られるのだという。つまり、実際にはPCの下のほうから音が出ているのに、液晶がある正面から音が聴こえてくるような効果が得られる、とのこと。
S3Dは試聴位置にとらわれることなく、自然で美しいサラウンド空間が得られるという技術。ヤマハが持つ実測データに基づく仮想音源を用いた音場創生技術を応用し、奥行方向に立体感を与える効果や人間の聴覚特性に適したサラウンド効果を実現する。これをヘッドフォン向けに最適化したのがSHPだ。
HXTは小さな内蔵スピーカーでは出せない低域を聴こえるようにする技術。基本周波数を抽出し、その倍音成分を強調することで、あたかも低域の音が再生されているように錯覚させるもの。HXTでは付加される倍音の大きさや比率で音質が変化することに注目し、奇数次と偶数次の倍音を巧みに組み合わせることで実体感をより高める効果を実現しているとのこと。
CLVは人の声を聴き取りやすくする音声強調処理で、セリフやナレーションなどの音声の通りを改善することで、BGMや効果音などに埋もれがちな人の声を聴き取りやすく強調する技術。中心に位置する人の声と背景音とを分離処理することで輪郭を整え、フォルマントに着目処理することで、嫌味のない自然な押し出し感を実現するという。
ADVはさまざまなソースの音量レベルを適正化する技術で、人の聴覚に基づいたレベル検出手法を用い、コンテンツごとにバラつきのある音量感を自動調整する。従来の自動調整機能で課題とされてきた、音ゆれ、反応の遅れ、音質の変化などの弊害を排除した自然な補正を実現する
ISPはヘッドフォンでも画面付近から音が聴こえるかのような立体音場創生処理。ヤマハ独自の立体音総合技術ViRealで培われた高性能HRTF(頭部伝達関数)を活用することで、視聴画面の両脇におかれたスピーカーで聴いているかのような音場を作り出すという。
そしてSSOは設置された音響機器の特性をスマートフォンやタブレットを用いて計測することで、その環境に適した音響特性に自動的に補正する技術。計測結果を解析することで判明した不要な周波数の凹凸やレベルバランスの乱れ、位相ずれなどを整えることで、視聴環境を改善する、というもの。
ひとことでAudioEngineといっても、これだけ多くの機能がセットとなっているのだ。「ピュアオーディオ的な、高品位な音を実現させるのとは異なり、内蔵スピーカーでどこまでリアルな音を再現できるかを目指した技術なのです」と語るのはサウンドマイスターの山木氏。さらに、先週発表されたLAVIE Pro Mobile、LAVIE Note NEXTの各シリーズからは、上記7機能に加え、Meeting機能というものも追加されているという。
【訂正】記事初出時、一部AudioEngne非搭載の機種も誤って言及していたため、該当機種名を削除しました(5月21日17時14分)
「Meeting機能は、Skypeなどを用いて電話会議を行なう場合、スピーカーでより聴きやすくするための機能です。パーソナルモードとマルチユーザーモードの2つを用意しており、パーソナルモードではヘッドセットを使わなくても相手の声を聴き取りやすくするためのもの、マルチユーザーモードは、PCの正面にいる人だけでなく、周りにいても相手の声を聴き取りやすくするよう、ダイナミックレンジ圧縮とオートゲインコントロールを用いて受話音声レベルを一定化するとともに、指向性の少ない周波数成分のバランスを強調して、パソコンの周囲に自然に広がる音声空間を実現します」と石田氏。以前に発売されているマシンでもドライバーのアップデートによってMeeting機能が使えるようになるものもあるようだ。
ところで、なぜこうした技術をチップベースではなく、ソフトウェアとして組み込んだのだろうか? 実装を行なった石原氏は次のように語る。
「AudioEngineはテレビや小型のBluetoothスピーカーなどに搭載されているDSPチップであり、これを載せることも検討しました。しかしドライバーの構造上、Windows上で扱うのが難しくソフトウェアで実現させることになりました。ただAPO=オーディオ処理オブジェクトで実装する場合、CPUリソースが少ないので、とにかく軽く作らないといけないという制約はありました。サンプリング周波数が上がると処理量が増えるし、AEQはスピーカーで使う場合、常に動くから重たくなる。そうした問題をクリアしながらDSP処理よりも総合的にみれば機能強化したものを実装することができました」(石原氏)。
LAVIEにはRealtekのオーディオチップが搭載されているが、ヤマハはRealtekとも組んでいることから、Realtekのオーディオドライバーの設定画面上にAudioEngineの設定があり、ここから操作できるようになっていた。実際、筆者のPCもそのようになっているのだが、最新のものではRealtekの設定画面からは外し、「LAVIEかんたん設定」の画面で、AudioEngineの各機能を設定できるようにしている。
ここで気になるのは、AudioEngineはどんなソフトで利用可能なのか、という点。MMEドライバーに対応しているアプリであればいいのか、ASIOでも利用可能なのか、WASAPI対応だとどうなのかという点。
これについて石原氏は「AudioEngineはAPOでRealekのドライバーにアドオンする形で組み込んでいるので、MMEやWASAPI共有モードが利用できるアプリなら何でも利用可能です。ASIOの場合は、ここを通らないので、使うことができません」と解説する。一方で、AudioEngine搭載のLAVIEにはHiGrand Music Playerという音楽プレーヤーソフトも収録されている。
「AudioEngineをフルに活用できるプレーヤーが必要、という思いから作ったのがHiGrand Music Playerで、ハイレゾ認証も取得したプレーヤーとなっています。このソフトからAudioEngineの各種設定もできるようになっているほか、WASAPIの排他モードにも対応できるようにしています。あくまでもNEC製PCにだけプリインストールされたソフトですが、外部のDACも利用可能となっており、DoPを使ったDSDのネイティブ再生も可能にしてます」(石田氏)。
その話を聞いて、筆者のLAVIEで探してみたら、確かにHiGrand Music Player V2というものが入っていた。この機種を買う際に、カタログなどはざっとチェックしていたつもりだが、まったく気づかなかった、というわけだ。普段、秀丸とChromeしか使っていなかったが、これだけの機能があるなら、改めて使ってみなくてはと思った次第だ。
なお、筆者のPCでは使えないが、SSO対応の機種の場合、スマートフォンを使うことで、PCの正面にいなくても最適な音で聴けるように音響特性を補正してくれるのも体験することができた。もちろんNECのPCはあくまでもPCであって、オーディオ機器ではないので、過剰な期待は禁物ではあるが、この補正によって内蔵スピーカーでも結構いい感じで聴くことができるのに驚いた。
きっとNECのPCユーザーでも、AudioEngineの存在を知らずに使っている人も少なくないのではないだろうか? もちろん、知らず知らずのうちに、使っていたという人は多いだろうが、より積極的に活用することで、よりオーディオを楽しめるPCになっているのだ。もちろん、本気で高品位なサウンドを求めるなら外部にDACを接続して……という使い方にはなるが、カジュアルにいい音を楽しむPCを探すのであれば、NECのLAVIEを選択肢の一つに入れてもいいのではないだろうか?