藤本健のDigital Audio Laboratory
第809回

ハイレゾの曲をソニー「LDAC」でBluetooth伝送した音質を波形で検証
2019年5月27日 12:11
先日の記事で、LDACでのBluetooth伝送に関する実験と検証を行なった。ややイレギュラーなワザではあったが、中国・深センのメーカーSHANLINGの小型オーディオプレーヤー「M0」を使うことで、Bluetoothで伝送されてきたLDACの信号をデジタルのまま取り出すことができるため、この仕組みを用いて解析した形だ。
前回は、SBC、AAC、aptXなどと比較することが目的だったため44.1kHz/16bitのデータを用いた。しかし本来LDACはハイレゾ音源で真価を発揮するコーデック。そこで今回は96kHz/24bitのデータで同じ実験に取り組んでみた。
LDACでハイレゾ伝送すると、接続モードによって音に違いはあるのか?
第807回の記事でも解説していたが、改めてSHANLINGのM0が持つユニークな特徴を紹介すると、この小さなプレーヤーにはBluetooth USBトランスポートという機能が搭載されている。これは先日のファームウェアバージョンによって追加されたものだ。
一般的にポータブルオーディオプレーヤーはBluetoothのホストとして、イヤフォンやヘッドフォンと接続することができるが、M0の場合、ホストとしてだけでなく、クライアントとして接続することが可能となっている。そのBluetoothで伝送されてきた音をM0のヘッドフォン端子から聴くことができるが、それだけでなくM0の持つUSB Type-C端子にUSB DACを接続し、DACからその音を出すことが可能になっている。
このとき、USB DACにS/PDIF(光デジタル音声)出力を持ったものを利用すれば、デジタルのまま信号を取り出せる。いろいろな実験をする筆者にとっては、まさにうってつけの機能。本来は、ポータブルDAC/アンプへの出力を想定したもののようだが、筆者の場合はオーディオキャプチャに使ってみるというわけだ。今回もこの機能を用いて実験していこう。
先日も紹介した通り、M0はさまざまなBluetoothのコーデックに対応している。SBC、AAC、aptXそしてLDAC。ソニー以外のDAPでLDACを搭載しているものは、あまりない中、これに対応してくれていたからこそ、こんな実験ができるわけだ。M0にUSB DACを接続すると、M0に電源供給する手段がなくなり、小さな内蔵バッテリーからUSB DACを駆動すると考えると、あまり大きな負荷をかけるわけにはいかない。
そのため、前回の記事においては、光デジタルのS/PDIF出力を持ちつつも、非常にコンパクトで小さいUSB DACであるオーディオテクニカの「AT-HA40USB」を使った。そして、ここから出力される光デジタルのS/PDIFをローランドのUSBオーディオインターフェイス、UA-101で受信してデジタルデータのまま取り出したのだ。
前回の実験では、LDACでデータを発信するプレーヤーに「Xperia X Compact SO-02J」を用いたが、少し変わった状況を確認することができた。それは44.1kHzのサンプリングデータを再生しているのにも関わらず、LDACの信号としては96kHzとして伝送されていたというもの。LDACには音質優先モード、標準モード、接続優先モードの3種類があるが、いずれの場合も96kHzで伝送されていたのだ。
これがLDACの仕様なのか、Xperia & M0の組み合わせにおいて発生する事象なのかはハッキリしなかったが、いずれにせよ44.1kHzでの伝送ができなかったため、PCに取り込んだあとで強制的に44.1kHzにリサンプリングして原音と比較するという、かなり回り道をした。読者の方からも「96kHzでテストしなければ意味がない」といった批判もいくつかいただいたが、これまで行なってきたSBC、AAC、aptXとの比較が目的であったので、その点をご理解いただければと思う。
そこで今回はSBC、AAC、aptXと比較するのではなく、単純に96kHzの信号を送って、どのような変化があるか、ストレートに比べてみることにした。
今回用意したのは、96kHz/24bitの3つのファイル。そのうち1つは44.1kHz/16bitのときと同様、1kHzのサイン波で、-6dBの音量のものだ。もう一つも44.1kHz/16bitのときと同様に-6dBのスウィープ信号だが、こちらはサンプリングレートが96kHzになったことから20Hz~48kHzまでの連続信号としている。そして3つ目は楽曲を用意。前回は以前にサッと作ったデモソングだったが、サンプリング素材とソフトシンセで作ったものだっただけに、しっかりしたハイレゾサウンドではない。かといって、すぐゼロから作る余裕はなかったので、既存曲を利用することにした。
フォーマットだけ96kHzで、中身は48kHzという、いわゆるニセレゾだとまずいので、出所が明らかなものを採用。声優の小岩井ことりさんが作詞・作曲・編曲で192kHzの音源を筆者がマスタリングした、「運命の輪を廻す者 XX」だ。残念ながらCDは完売してしまったが、そのハイレゾ音源は各配信サイトで販売しているもので、これを実験用に短く切り出して使ってみた。

方法は前回と同様、この3つのファイルをXperiaに転送。XperiaとM0をLDACで接続の上、再生し、AT-HA40USBのS/PDIF出力をUA-101で受け取り、それをSound Forge Pro 12で録音するという流れだ。改めて試してみたが、やはりS/PDIFで出力されたのは96kHzの信号であった。また。LDACの3種類のモードでそれぞれ同じ実験をしたが、いずれも96kHzであった点も同様だ。LDACのモードによってデータ伝送ビットレートが異なり、上から990kbps、660kbps、330kbpsとなることから、ビットレートを下げると、AACやMP3などと同様、高域がカットされていくのではないかという仮説のもと、試してみた。
まず再生した音をSound Forge Pro 12で録音するまでのところでは、どのモードでも特に違いを感じることなく終了。このうちサイン波のスペクトル分析をしたものが以下の3つだ。これを見る限りどれもS/Nが121dBと非常にキレイな音となっており、ビットレートの差は感じられず、ほぼ原音のまま来ていると思われる。
続いてスウィープ信号の結果もチェック。こちらも3つのモードとも、ほとんど差はなく、きれいに20Hz~48kHzまでフラットに音が出ているのがわかる。念のためオリジナルとの差分を見てみると、微妙に違いがあった。
ところが例えば音質優先のものを拡大してみると、ノイズなどではなく、元の音を小さくしたような結果になった。まあ、単純な試験用のサイン波なので、とくにローパスフィルターなどをかけるまでもなく、そのまま通しているということなのだろう。
となると低域から高域まで一斉に音が出る音楽の場合、モードによってかなり違ってくるのではないだろうか? オリジナルの波形に対して、それぞれの結果を見てみたが、グラフを見る限り、目立った違いはない。接続優先モードは330kbpsなので、高域がバッサリ切られて、見た目にも大きく違ってくるはず……との予想は裏切られた。
実際の曲でオリジナルとの差分を比較した結果は?
4年前に海上忍氏がソニーのLDAC開発者にインタビューした記事「ソニーのハイレゾ対応コーデックLDACは何がスゴい? 開発者に疑問をぶつけた」を読んでみると、その理由が少し見えてくる。この記事によればLDACの圧縮において、MP3やAACのようにサブバンド分割をして、聴こえにくい高域を切るという手法ではなく、人間が鈍感になる部分のダイナミックレンジを荒くすることで、圧縮しているという。実際、今回の分析では、その違いはほとんど見えないというわけだ。
では、今回の音楽のデータとオリジナルのデータとの差分はどうなっているのだろうか? Sound Forge Pro上で表示させたものを見ると、音質優先モードにおいては、ほぼ差分ゼロ。ダイナミックレンジを少し荒くしただけだから、違いが出ないということなのかもしれない。
標準モードと、接続優先モードだと、少しノイズのようなものが見えるが、これを拡大するとこんな波形が見えてくる。ノイズが出ているのかと思ったが、増幅して聴いてみるとなんとことはない、ほぼ原曲そのものだった。今回は著作権の関係でこの差分ファイルを公開することはできないが、原曲の音がすごく小さくなったものと思ってもらっていい。ダイナミックレンジが荒くする際にDCオフセットなどが発生してしまったのかもしれない。
ややあいまいな結論にはなってしまったが、ハイレゾの再生においてLDACは非常に大きな威力を発揮できていることが分かった。ダイナミックレンジは狭まっている可能性はあるが、そこも簡単に聴いて判別できるものではなさそうだし、330kbpsでもかなりの表現力を持っていることが分かった。
これだけの力があるなら、Bluetooth用としてだけでなく、ファイルベースのオーディオ圧縮フォーマットとして使っても面白いのではないか……と思ったが、その辺はどうなのだろうか? ATRACが使われなくなってしまった今、LDACで再挑戦する可能性がないのか、機会があれば話を聞いてみたいところだ。