藤本健のDigital Audio Laboratory
第812回
無料で使える本格動画編集ソフトDaVinci Resolve、実は強力なDAW機能も!
2019年6月17日 12:08
「DaVinci Resolve(ダビンチ・リゾルブ)」というソフトをご存知だろうか。これはブラックマジックデザインが開発/販売するポストプロダクション用ソフトで、強力な動画編集機能を装備している。同社の各種ハードウェアと連携させることを基本としたソフトではあるが、PC単体でも使えて、強力な機能と性能を持っている。しかも「Fairlight」というDAW機能も搭載されているのだ。
完全に業務用のソフトだが、実はこのソフトは無償で提供されている。ネットワーク環境上でマルチユーザーで使って共同作業が可能なDaVinci Resolve Studioという上位版が有償とはなっているが、それでも33,980円という安価な設定。
DaVinci Resolveに搭載されている「Fairlight」も、ポストプロダクションにおいて使われる業務用のDAWなのだが、これも含めて誰でも無償でダウンロードして使えるようになっているのだ。このFairlightを少し触ってみたので、どんなものなのかレポートしたい。
DAW機能がDaVinci Resolveに統合されるまで
Fairlightと聞いて何を想像するだろうか? 40代中盤以上の方だと、Fairlight CMIを思い起こす人も少なくないはず。サンプラーの黎明期、オーストラリアのFairlightが1980年に発売したシンセサイザーであり、国内では1,200万円で発売された、当時多くの人が憧れた機材だ。その後Fairlightは、経営が大きく変わり、ポストプロダクション用のミキシングコンソールなどを作るメーカーへと変遷、その世界では強いポジションをとるようになった。そして2016年に、同じオーストラリアのブラックマジックデザインに買収され、現在は同社の一部門になっている。
そのブラックマジックデザインが長年、開発・販売してきたソフトがDaVinci Resolve。もともとda Vinci Systemsが開発したソフトだったが、2009年にはda Vinci Systemsをブラックマジックが買収したことで、同社のソフトとして引き継がれた。バージョンアップを重ねていく中、Version 14でFairlightのDAW機能を統合。現在のバージョンはDaVinci Resolve 15となっているが、パブリックベータという形で最新のDaVinci Resolve 16もリリースされている。今回は、そのDaVinci Resolve 16をダウンロードして試してみた。
このダウンロード自体、名前やメールアドレスなどの登録さえすれば、誰でも簡単に入手できるが、ユニークなのはWindows版、Mac版に加えて、Linux版も存在していること。どれを使っても機能的にはまったく同じであり、数多くのGPUを搭載し、高速なビデオ編集を行なうユーザーの場合、Linux版を使うケースが多いのだとか。
Windows版をインストールして起動、新規プロジェクトを立ち上げると、ビデオ編集ソフトの画面が表示される。
画面を見ても分かる通り、しっかり日本語対応もしている。試しにビデオファイルを読み込んでみると、タイムライン上にビデオデータとオーディオデータが展開され、切ったり、貼ったり、繋げたり……といったビデオ編集がいろいろできるようだ。
また、数々のビデオトランジションが用意されていたり、カラー調整やビデオエフェクトなども非常に充実している。Quick ExportによってH.264のファイルで書き出せるほか、YouTubeやvimeoへの直接アップロードなども可能となっている。もちろん、ほかにもさまざまなビデオフォーマットでの書き出しも可能だ。
無償ながらDAWの一通りの機能が揃う
今回紹介するのは、DAWとしての機能なのだが、ビデオ編集ソフトとは別にDAWソフトが用意されているということなのかと思ったら、画面下のタブで切り替えられるようになっていた。標準ではエディットタブが選ばれていて、ここでビデオ編集ができるのに対し、Fairlightを選択すると、DAWになるようだ。
さっそく切り替えてみると、読み込んだビデオがトラックに反映されたまま、DAW画面へと変わった。FairlightというDAWはビデオ編集機能と表裏一体となっており、ここでオーディオ編集ができるようになっている。DaVinci Resolveはそもそもポストプロダクション用のソフトなので、ここでビデオの音部分の編集を行なうというのが本来の使い方なのだろう。
試しに新たにプロジェクトを作り直した上で、マルチトラックのWAVファイルを読み込ませてみた。すると、当然ながら一般的なDAWと同様にマルチトラックを同期させて再生できる。
ミキサーを表示させると、ここでバランス調整などもできるし、EQの調整もできれば、ダイナミックスの調整なども可能。パンを見てみると単なる左右を振るだけでなく、前後もサブウーファーも調整できる3Dのサラウンドパンナー。こんなすごいものが無料で配布されているとは驚きだ。
ここで「エフェクト」と書かれている部分をクリックしてみると、FairlightFXというメニューとVSTというメニューの2つがあることに気づく。
FairlightFXは、このDaVinci Resolveに標準で用意されているエフェクト群であり、コーラス、ディエッサー、ディレイ、ディストーション、リバーブ……などなど21種類ものエフェクトが標準で搭載されている。どのエフェクトも、結構使える仕様になっており、見た目にもカッコイイ。
VSTにも対応しているので、ここにさまざまなプラグインを追加して拡張することができる。無料のDAWというと、こうしたプラグインに非対応だったりするものだが、DaVinci Resolveでは、そうした制限もない。
波形編集に関してみてみると、専用のエディターが用意されているわけではないようで、トラックの幅を広げて、ここで直接編集ができる。さらに時間軸を広げていくと、1サンプルごとにエディットするといったことまでできるようになっていた。
強力なタイムストレッチ「Elastic Wave」。“音楽制作用”ではない違いも
さらに強力なツールとして用意されているのがElastic Waveという機能。この名前から想像できる人も多いと思うが、これはタイムストレッチを自由に行なうツール。WindowsならCTRLキー、MacならCommandキーを押しながら波形上でクリックをするとストレッチポイントが設定できるので、あとはその位置を左右に動かせば、時間を伸縮することができるのだ。スペルから見て、elastique proとはまったく関係ないものだとは思うが、使い勝手はとても良かった。
もちろんボリュームに対してオートメーションを描いていくことはできるし、ボリュームに限らず、パン、EQ、コンプ、ゲート、リミッターなどのオートメーションも可能だ。オーディオに関する処理は、一通り何でもできてしまうソフトのようだ。ということは、このDaVinci Resolveは無料でありながら、CubaseやStudio One、Pro Toolsなどと同等のDAWなのだろうか。
確かに、マルチトラックでレコーディング、編集、ミックスと、ある程度一般的なDAWとして使うこともできるが、1つ決定的に異なるのはDaVinci ResolveにはMIDIトラックが存在しないこと。つまり、ここで打ち込みをしていくとか、MIDIの演奏情報をレコーディングして、エディットして……といったことはできない。ただ、まったく何もできないのかというと、なぜかVSTエフェクトだけでなくVSTインストゥルメントもサポートされている。外部キーボードなどを弾いてVSTインストゥルメントを鳴らし、それをオーディオとしてレコーディングしていくということであればできなくはない。
MIDIトラックの概念がないだけに、タイムルーラーも時間やフレーム、さらにサンプルでの表示はできても、小節・拍といった表示はできない。この辺を見ても、DaVinci Resolveはポストプロダクションにおけるオーディオ編集のDAWであって、音楽制作用としてのDAWというわけではないようだ。
もう一つWindows版を使っていて、なぜ? と感じたのはASIOをサポートしていなかったこと。MacであればCoreAudioで使えるから困ることはないのだが、WindowsでASIOをサポートしていないために、オーディオポートの自由度が低くなるし、音質的な問題も生じるし、レコーディング時にモニターする際のレイテンシーも大きくなってしまう。せっかくVSTまでサポートした非常に優秀なソフトなので、ぜひWindowsでのASIO対応だけはお願いしたい。
以上、無料で使えるポストプロダクション用のソフト、DaVinci ResolveのDAW機能であるFairlightの部分を簡単に紹介してみた。有料にすることで、Dolby AtmosやAuro-3Dなどイマーシブオーディオに対応できるという違いがあるようだが、とりあえず無料でここまでできてしまうというのは驚き。ぜひ一度試してみてはいかがだろうか?