藤本健のDigital Audio Laboratory
第822回
PCオーディオやDTMを“自然な音”に。「ARC System 2.5」の強力な補正効果
2019年9月9日 11:48
AVアンプやサウンドバーなどで幅広く使われている音場補正技術。これをPCオーディオ環境で使えるシステムがいくつか出てきている。正確にはPCオーディオ用というよりも、音楽制作用というかDTM環境で使うためのものであり、Sonar WorksやIK Multimediaなどがマイクとソフトをセットにした製品を出している。先日、IK Multimediaの「ARC System 2.5」という製品を自宅で試してみたところ、抜群な効果があったので、これがどんなものなのか紹介しよう。
部屋の環境で変わりやすい音を、ソフトウェアで補正
オーディオはちょっとしたことで音が変わる。アンプを変えても音が変わるし、スピーカーを変えればさらにもっと音が変わる。場合によってはケーブルを別のものに交換したり、電源を変えることで音が変化する可能性もあるから、面白いのも事実であり、結構お金をつぎ込んでしまうのが辛くもあり、楽しいところでもある。
でもお金をかけなくても、スピーカーの位置をちょっと変えるだけで、結構な音の変化は得られ、その設置の仕方も非常に重要なポイント。さらにいえば、スピーカーをいい位置に固定したとしても、部屋の模様替えをすることで、かなり音は変わってくる。もっと単純なところでいえば、カーテンを開けるか閉めるか、さらには部屋のドアを開けるか閉めるかでもスピーカーからの音の聴こえ方は大きく変化する。なぜなら反響による音への影響が非常に大きいからで、こだわりだせばキリがないほど。
そうした部屋の中での反響音をチェックするとともに、音の伝わり方を測定し、その部屋に最適なサウンドになるよう自動調整してくれるのが音場補正システムだ。一般的に音場補正システムは、オーディオ機器を設置するときに、スピーカーからスイープ信号を流し、それを測定用マイクで捉えて分析し、自然な音になるように補正してくれるのだが、1回設定したら終わり。でもPCオーディオを使っているユーザーであれば、さまざまなスピーカーで音場補正をしたいとか、オーディオインターフェイスやUSB-DACを切り替えた状態の音場を補正したいなど、要望はいろいろあるのではないだろうか? そんな要望に応えてくれるのが、今回取り上げるIK MultimediaのARC System 2.5だ。
音場補正システムとしての考え方は、各オーディオ機器のものと同様で、予め測定した上で、オーディオ再生時に補正をかけるのだが、補正のかけ方がオーディオ機器のものとちょっと違う。オーディオ機器の場合、内部に搭載されたDSPによるEQなどで補正するのに対し、ARC System 2.5ではプラグインを使って補正をかける形になっており、PCの処理能力を用いてソフトウェア的に補正を行なうのだ。通常版の実売価格は26,500円前後。
では、実際の操作手順などを紹介していこう。まずARC System 2.5を購入するとパッケージの中に、黒いペンのようなものと、そのホルダーが入っている。これが測定用のマイクで、MEMS microphoneと呼ばれるもの。
ダイナミックマイクやコンデンサマイクではなく、MEMS(Micro Electrical-Mechanical System/微小電気機械システム)型のマイクとなっており、扱いが簡単で高精度な測定を可能にしてくれる。ただし、このマイクはXLR端子となっているので、XLRケーブルとそれを接続可能なオーディオインターフェイスが必須。またコンデンサマイクと同様に+48Vのファンタム電源も必須なので、これらは別途用意しておく必要がある。ファンタム電源をONにするとマイクのLEDが緑に点灯する。
一方、ソフトウェアのほうはWindows版、Mac版があり、いずれかをWebからダウンロードしてインストール後、シリアル番号を入れてアクティベーションする形になっている。このソフトウェアは計測のためのARC System 2 Measurementというスタンドアロンのソフトとプラグインがセットとなっている。Windowsの場合は、VST、AAX、RTAS、Macの場合はAudio Units、VST、AAX、RTASのそれぞれのプラグイン環境で使えるので、DAWを利用していれば、ここに組み込んで使えるはずだ。
測定開始。複数のスピーカーの結果を保存可能
さっそく計測ソフトを起動してみるとロゴが表示された画面が出てくる。このままNEXTをクリックするとマイクの選択画面が出てくる。現状のARC System 2.5にバンドルされているのが右の黒いマイクなので、これを選択して次の画面へ進む。
今度は、マイクを接続するオーディオインターフェイスを選ぶ。Windowsの場合、ここで選択できるのはASIOドライバに限られるのだが、マイクだけでなく、スピーカーも測定時には同じオーディオインターフェイスに接続しておく必要があり、その出力先を選ぶのだ。
準備ができたら、測定テスト。PLAY TESTというボタンを押すと、かなり大きな音で「チュン、チュン、チュン…」とスピーカーが鳴り出す。この際、入力レベルを調整し、適正な音量になると、次へと進めるようになる。
そして、ここからが本番の測定。リスニングポイントでマイクを構えた上で、「TAKE MEASUREMENT」をクリックすると、左右順番に「チュン」という音が出て測定を終了。ただ1回で終わりではなく、場所を変えながら繰り返し、最低7回以上測定する必要があるのだ。測定する位置はどこでもいいようだが、測定中は動かないようにしておくか、可能であればマイクスタンドを活用して固定しておくのがベスト。
7回以上の測定を終えたら、NEXTをクリック。測定結果に名前を付けて保存しておくのだ。この際、スピーカーのアイコンをつけることができるので、わかりやすいものを選んでおくといいだろう。この測定に関して、1つのスピーカーだけでなく、設置している別のスピーカーも測定しておけば、あとで切り替えて使うことが可能になる。
補正を行なうと音はどう変わる?
では、この測定結果を元に、ARC System 2.5を使うと、実際に音はどのように変化するのか。たとえばDAWであるCubaseにオーディオデータを読み込むとともに、マスターチャンネルのエフェクトスロットにARC 2を挿す。そしてこれをONにすると、スピーカーからの音が劇的に変わった。どう変わるかというと、とても“自然な音”になるのだ。これまで普通に聴いていて特に不自然さを感じていたわけではないのだが、ARC 2が入ると、音の左右がハッキリと分離された感じになり気持ちのいい音なのだ。そして、これをオフにして、元の音にすると、なんとも気持ち悪い音に感じてしまうのは驚きだった。
最初に、普段よく使っているヤマハの「MSP 5 STUDIO」というモニタースピーカーで試してみた後、サーモスの小さなスピーカー「VECLOS SSA-40」という製品でも試してみた。ARC Systemに関係なく、普通にスピーカーを切り替えると、まったく違う音になるのだが、ARC Systemでそれぞれに最適化した音にすると、それぞれでかなり近い音質というか音場に変わる。もっとも、VECLOSの場合、低域は物理的に出にくいので、補正しても音に差があることは間違いない事実だが、何もしないときと比較すると、非常に近いサウンドになるのは面白いところだった。
ところで、「ARC System 2.5が便利なのはわかるけれど、音楽を聴くのにイチイチ、DAWを起動してられない」、「PCを使って音場補正できるのは良さそうだけど、DAWなんか持ってないし、使い方がまったく分からない」という方も少なくないはず。確かに、普段DAWを使っていない人に「音楽再生のためにDAWを使って」というのは無理がある。
しかし、普通の音楽再生ソフトの中にも、VSTなどのプラグインが利用できるものは存在する。たとえば、WindowsでいえばFrieveAudio、J.RIVER MEDIA JUKEBOX、MusicBeeなど。さらに、PCオーディオユーザーで使用率の高いfoobar2000も、コンポーネントを追加することで、VSTプラグインの利用が可能になる。
VSTを利用するためのコンポーネントはいくつか存在するようだが、試してみたのは「George Yohng's VST Wrapper for Foobar2000 player」というプラグイン。これをfoobar2000のcomponentsフォルダにコピーしたのち、foobar2000のDSP Managerを開き、George Yohng's VST WrapperをActiveにすることで、VSTプラグインが利用可能になるのだ。
その後は、foobar2000を起動するたびに、VSTプラグインの設定画面が現れるので、ここでARC 2が入ったフォルダを指定した上で、ARC 2を指定すれば、利用できるようになり、測定結果を読み込めば、Cubaseで得られたのとまったく同じサウンドをfoobar2000でも再現することが可能になった。
なお、このARC System 2.5のプラグインでは、音をフラットにすることだけでなく、さまざまな音作りも可能。いくつかのEQプリセットが用意されているので、これらを選ぶこともできるし、自分でパラメータを動かして音作りすることも可能。さらに、再生コントローラとしてボリュームを調整する機能なども用意されている。
ピュアオーディオを求める方にとって、「EQ補正など邪道」と考える方は少なくないと思うし、その思いもよくわかるが、ここでのEQ補正は好みの音に変えるための補正ではなく、部屋の空間やスピーカーの性能によって歪められてしまった音場を本来のものに戻すための補正。騙されたと思って試してみると、この自然さを実感できると思うのだが、いかがだろうか?