西田宗千佳のRandomTracking
第501回
圧倒的な画質! ミニLED採用「iPad Pro 12.9インチモデル」を試す
2021年5月19日 22:00
アップルが5月後半より出荷を予定している「iPad Pro 12.9インチモデル」のレビューをお届けする。
AV目線で見た時、今回のiPad Proは見逃せない製品だ。ディスプレイ光源が「ミニLED」になったからだ。
テレビの世界では「コントラスト向上こそがハイエンドの証」のような部分がある。それがついにタブレットにも載ってきた。
PCではハイエンドなゲーミングPCやクリエイターモデルで、有機ELやミニLED搭載の流れもあるが、アップルはiPad Proから、その流れに入ってきた部分がある。
新iPad Proはどんな使い勝手になっているのだろうか? 同じデザインである「2020年モデル」を1年間使い倒した筆者が、自前の2020年モデルと比較しながら比べてみた。
ミニLEDのコントラスト向上の利点とは
2021年のiPad Proを語る上でまず何が重要か? それはもちろん、冒頭でも挙げた「ミニLED」の存在だろう。AVメディアとしてはなによりそこをチェックしないわけにはいかない。
2021年モデルの中でも、12.9インチ版のiPad ProはミニLEDをバックライトとして使った液晶ディスプレイを採用し、コントラストが大幅に上がったことが特徴となっている。
というわけで、実機の写真をご覧いただきたい。どれも、左が2021年モデル、右が2020年モデルである。違いは一目瞭然だ。
まず、照明が鋭いほどに明るく見える。これは輝度が上がっているということだけでなく、周囲の暗い部分がちゃんと暗くなっているためにそう見えるのだろう。
発色に着目すると、白を中心とした明るい色の伸びがとても良くなっている。液晶自体の発色も、多少色温度が高い方へ変わっている印象があるが、それよりも明るい色の純度が上がっているように感じる点が大きい。
コントラストと発色が両方良くなった結果、立体感が増して感じられるようにもなっている。特に石畳や雲など、テクスチャ感の強い部分ではそうした効果がわかりやすい。
そうした画質傾向は、有機ELを使った「iPhone 12」に近いところがあるが、面積が広い分、当然iPad Proの方が見栄えはする。
では、カメラのISO感度を2000まであげ、「黒の部分だけ」を撮影してみよう。そうすると、2021年モデルと2020年モデルの差がわかりやすくなってくる。2020年モデルは液晶のバックライトによって「全黒でもぼんやり明るい」のがわかる。フレームの黒と比較すると明確だ。だが2021年モデルでは、同じ条件まで明るくして撮影しているのに「全黒は黒」なのだ。
結果として、ミニLEDを採用した2021年モデルは、画質が大幅に向上したと結論づけることができる。
HDR対応映画やウェブでも効果を発揮
こうした効果はもちろん、HDRで配信される映画やドラマなどのコンテンツにも効いてくる。
映像を実際にお見せするわけにはいかないので、文章でなんとか表現してみよう。みたのは全て「4K・HDR」で配信されているコンテンツだ。
シンプルにわかりやすいのは「宇宙もの」だろう。
Apple TV+で配信中のオリジナルドラマ「フォー・オール・マンカインド」では、月面が舞台となるシーンが多い。大気のない月で鋭く光る星々や白い月面などは、眩しいと感じるくらいはっきり差が出る。これも2020年モデルと横に並べてみると、輝度が上がっているというより、黒が沈んでいる効果が有効に働いている印象だ。
次に「グレイテスト・ショーマン」。オープニングは暗いシーンから始まり、赤いジャケットを着たヒュー・ジャックマンが踊る。ジャケットの色の変化、照明が明るくなってショーが始まるシーンは、2021年モデルの方が「よりHDRらしい」感じで楽しい。
続いて「ボヘミアン・ラプソディ」。別にHDR的なわかりやすい明暗の多い映画ではないのだが、最後のライブエイドでのパフォーマンスシーンでは、ディスプレイのコントラストの高さが効いてくる。ウェンブリーのライブエイドステージに集まった群衆が、一人一人立体感を持って感じられやすくなっているのだ。
映像視聴デバイスとして、iPad Proは非常に優れた存在になったのは間違いない。
それだけでなく、文字などの表示にもプラスだ。
といっても、輝度をいっぱいにして使うなら、2020年モデルも2021年モデルもそこまで差はない。2021年モデルはコントラストが良くなっている関係で、輝度を絞っても全体的な見やすさが維持される。液晶ディスプレイは一般的に、輝度を絞るとコントラストがぐっと下がり、発色も見やすさも低下していく。ミニLEDでももちろん下がってはいくが、2020年モデルに比べると良好なまま維持される。
結果として、画面の輝度を少し落とせるので、バッテリー動作時間が実質的に長くなる……と期待もできる。
課題は「光漏れ」の大きさ
では、2021年モデルが採用したミニLEDには、どこにも問題がないか?
じっくり試していると、そうでもないことわかってきた。
それは「ヘイロー」(光漏れ)が目立ちやすい、ということだ。
ヘイローとは強い光が出るシーンで、輝度が強い場所と暗い場所が隣り合っていた場合、本来は映像に存在しない光が暗い場所に光が漏れてくる現象のことだ。暗いシーンの中の照明やロゴ、字幕などの周囲に出やすい傾向にある。
iPad Proの場合、バックライトは1万あるが、エリア分割数は2,500程度になっている。この辺はテレビと同じような世界だが、その場合、エリア分割と画像の間での最適化が必須。テレビメーカーなどはそこで長く苦労して、結果を出してきた。
それらに比べると、iPad Proでのヘイロー制御はまだ熟成が足りないようだ。
M1はMacと同じもの、前年モデルより4割高速に
映像表示を支える性能の方はどうか?
こちらはよりシンプルな結果が出た。「M1搭載なので他のM1搭載製品と同じ」ということのようだ。
以下は、「GeekBench 5」でのベンチマーク結果である。
白が2021年モデル、黒が2020年モデルだが、おおむね4割くらい速くなっている形だ。M1搭載のiMacのベンチマークと比較しても、2021年モデルはほぼ変わらない。そして、M1搭載iMacのベンチマーク結果はMacBook Proと大差ないので、「使われているM1はすべて同じ」という結論が出る。
では、実際のアプリでの動作速度はどうか?
アドビのビデオ編集ソフト「Premiere Rush」と写真管理・編集ソフト「Lightroom」で試してみた。
Rushで2分30秒に編集した4K動画を書き出すまでの時間は、2020年モデルでは「約180秒」。それに対して2021年モデルでは「約113秒」になった。
また、Lightroomで144枚のRAW形式写真をJPEGで書き出すまでにかかる時間は、2020年モデルでは「約152秒」だったものが、2021年モデルでは「約96秒」に短縮された。
どちらも計算上、37~38%の時間短縮でベンチマークソフトとのずれもあまりない。
バッテリーでも動作速度が変わらず、長時間動作する機器でこの結果は十分以上。どんな場所でもこのディスプレイを使って作業ができると思えば価値は高い。
「センターフレーム」でビデオ会議時の課題を解決
もう1つ、2021年モデルの進化点がある。これはM1搭載同様、11インチモデルでも同じメリットが得られる。
それは「インカメラ(ディスプレイ側のカメラ)が変わったこと」だ。
iPadのインカメラは比較的性能が高く、PCよりもビデオ会議をした時の画質がいい。マイクも良質なので、絵も音もいいのだ。そのため、iPadをビデオ会議専用に使う人もいる。
しかし難点もあった。
ノートPCと違ってカメラの位置が「横」になってしまうことだ。iPadをビデオ会議に使う場合には、たいてい「横長」になるように設置して使う。そうすると、カメラ位置は「左端」。ノートPCのように「上」ではないので、机の上に置いて普通に撮影すると、次の画像のように、片方に寄ってしまうのだ。そのため、自分が座り直すか、iPadをずらすか、どちらかの対策が必要になった。
だが、2021年モデルでは必要ない。なにもしなくても次の画像のように、顔が真ん中に来るようになっている。
動画で見ると動作はもっとわかりやすいだろう。
これは、2021年モデルに搭載された「センターフレーム(英語ではCenter Stage)」という機能によるものだ。要は顔を認識し、それに合わせて画角を動的に変える機能である。だから、自分が動いても追随してくれる。センターフレームは、動画系のアプリでは基本的には自動で適応される。アップルの「FaceTime」はもちろん、ZoomやTeams、Google MeetにWebExと、主要なビデオ会議サービスでは問題なく動作した。Zoomは事前に対応を進めていたようで、設定切り替えなどが表示された。
なぜこういうことができるか? それは、2021年モデルのインカメラで広角が強化されたからだ。
カメラアプリには「画角を変える」ボタンが表示されるようになったので切り替えると次のような写真が撮れる。センターフレームでは、広角状態で映像を撮影しつつ、顔の部分にフォーカスして自動で映像を切り取るため、前述のようなことができていたわけだ。広角でない設定の場合、2020年モデルと2021年モデルの画角は同じになる。
なお、「画角を変える」ことができるのは純正のカメラアプリからだけで、サードパーティーのアプリからは、今のところ利用できないという。
「この価格やこの重さだけの価値はある」と思う人には最高の進化
最後にまとめだ。
デザイン面において、2021年モデルと2020年モデルの間には差異がほとんどない。ミニLED採用によってわずかに(0.5mmほど)厚くなっているものの、使っていても気づかない。重量も同じく若干増えたが、もともと12.9インチは大きく重いので、このくらいの変化だと体感するのは難しい。結果として、旧モデル向けのMagic Keyboardも特に問題なく利用できたのはありがたかった。
プロセッサーとディスプレイの性能向上を考えると、2021年モデルはとても良い進化だと考える。テクノロジー的にいえば、LiDARを採用した2020年モデルのジャンプは大きいものの、現状LiDARはすべての人にわかりやすい恩恵があるわけではない。そういう意味でも、LiDAR搭載のまま進化した2021年モデルは素晴らしい。
一方で、やはり問題は価格だ。
12.9インチモデルは12万9,800円(Wi-Fiモデル)からと、iPadの中でもひときわ高い。11インチモデルとの比較でも3万円近い価格差がある。iPad Airなどを視野に入れるとさらに差が広がる。
「性能が高いiPadは欲しいが、そこまで値段は出せない」「600g台は重すぎる」という人は、11インチモデルを選ぶことになるだろう。ミニLED光源は採用されていないが、一般的な液晶ディスプレイとしては、2020年モデルも11インチモデルも十分に美しい。
「13インチクラスで、コンテンツ視聴でも製作でも高画質が生きる」のがiPad Proの利点だ。そこを評価し、魅力に感じる人向けの製品である。筆者としては、「AVファンならばこの魅力がわかる」と思うので、可能なタイミングがきたら、ぜひ実機の表示を一度見ていただきたいと思う。
コストや製造量の問題もあるだろうが、他のノート型や11インチにも広げていって欲しいディスプレイである。