藤本健のDigital Audio Laboratory

第906回

名スピーカーの音を再現する、エフェクトソフト「PC Audio FX」とは?

PC Audio FX

7月28日、ソフトウェア開発を手掛けるインターネットから「PC Audio FX」という、Windows専用のマルチエフェクトソフトがリリースされた。各種オーディオプレーヤーはもちろん、ストリーミング再生、DVDやBlu-ray再生、さらにはYouTubeをはじめとする動画再生など、Windowsで音を出すソフトすべてに対してエフェクトをかけることができる、これまでにないユニークな発想のソフトだ。

“オーディオスピーカーの音”も再現、PC用エフェクトソフト

イコライザーやコンプレッサ、マキシマイザなどが用意されているほか、スピーカー・シミュレーターという機能が搭載されており、名機のサウンドに仕立て上げることができるのも大きな特徴となっている。

実際に使ってみるとともに、開発者である同社代表取締役の村上昇氏にも話を伺ったので、どんなソフトなのか紹介してみよう。なおPC Audio FXはダウンロード価格で13,200円、8月27日15時までは9,900円で購入できる。

Windowsから出力する音全てにエフェクトをかける

PC Audio FXだが、“マルチエフェクトソフト”と聞いて「ふ~ん」と受け流す人も少なくないかもしれない。確かにマルチエフェクト自体、いまや珍しいものではないし、さまざまなエフェクト機能を搭載したプレーヤーも存在する。

DAWであれば数多くのエフェクトが搭載されているのはもちろん、プラグインで自由に追加することができるから、ソフトウェアでエフェクトがかけられること自体は当たり前にできる時代ではある。

しかし、このPC Audio FXが画期的なのは、どんなアプリケーションに対してもエフェクトを掛けることができるという点だ。簡単にいうと、“Windowsをハッキングする”ことによって、オーディオ出力機能を乗っ取り、エフェクトを実現したソフトなのだ。

どうして、このようなソフトを開発したのか、村上氏に聞いてみたところ「前々からアイディアがあり、作ってみたいと思っていました。確かにオーディオデバイスを横取りするというのは、他社製品でもありますが、Windowsを起動するたびに手動で設定しなくてはならず、使いにくかった。なので、自動でできないかなと模索していたのです。もちろんMicrosoft標準のWindows APIでは、そうした関数は用意されていないので、いろいろと模索した結果、うまい方法を編み出すことができました」と話す。

“乗っ取る”といっても、自分のPCにPC Audio FXを組み込む方法自体はいたって簡単だ。

ダウンロード購入したPC Audio FXのインストーラーを起動して、指示にしたがっていくだけで基本はOK。PC再起動後、すべての音は常駐しているPC Audio FXを通して音が出るようになる。タスクトレイにあるアイコンをクリックすると、PC Audio FXのパネルが開き、音にしたがってメーターが振れるのを確認できるはずだ。

タスクトレイにあるアイコン
PC Audio FXのパネルが開いたところ

使いたいUSB-DACやオーディオインターフェイスがある場合、歯車アイコンの設定画面を開き、出力先を設定すれば任意のデバイスから音を出すことができるようになる。デフォルトでは、この設定画面の「Windowsの起動時に自動で起動する」にチェックが入っているが、このチェックを外せば、次回起動時はPC Audio FXは自動起動せず、通常の音の出方に戻るようになっている。

出力先を設定すれば、任意のデバイスから音が出せる

PC Audio FXが組み込まれたらどうするのか。

画面左側にボリュームノブがあるので、ノブを動かすことで音量調整ができる。ちなみに、PC Audio FXが組み込まれているときは、Windowsのサウンド設定で音量を動かしてもまったく機能しない。あくまでも音量調整はPC Audio FX上で行なう。また、左右のバランスをとるPANも搭載されている。

ノブを動かすことで音量調整ができる

PC Audio FXの左上にあるパワーボタンをクリックしてオフにすれば、PC Audio FXは機能しなくなり、信号は完全にバイパスされる。一方、PANの右にBYPASSボタンがあるが、こちらはPC Audio FXに搭載されているエフェクトはバイパスするけれど、ボリュームやPANに関しては機能するという形になっている。

パワーボタンをオフにすれば、信号は完全にバイパスされる

名機の音を再現するエフェクト“スピーカー・シミュレーター”

さて、ここからが本番だ。

一体どのようなエフェクトがあるのかだが、一つ一つを個別に設定する前に、まず試してみて便利に使えるのがプリセットだ。Classic、Fusion、JAZZ、POPS……といろいろなプリセットがあるので、プレーヤーで楽曲を再生しながら、いろいろ試してみて気に入ったものがあれば、それでOKだ。

Classic、Fusion、JAZZ、POPSなどのエフェクトがプリセットされている

プリセットは、PC Audio FXに搭載されている8つのエフェクトを設定したものなのだが、その中の目玉が“SPEAKER=スピーカー・シミュレーター”だ。

スピーカー・シミュレーターとは、まさにその名の通りで、著名スピーカーの音をシミュレーションするもの。スピーカー選択のメニューを見るとJB 67、TA CB-GR、SONU CRE、BW 02D、GEN 31の5つがあり、それぞれを選ぶと画面に表示されるスピーカーのアイコンも切り替わるようになっている。

JB 67
TA CB-GR
SONU CRE
BW 02D
GEN 31

村上氏も「それぞれが何であるかは、ご想像にお任せします」とのことで詳細は教えてはくれなかったが、まあ、この名称とアイコンを見れば、おそらく「JBL 4367」、「TANNOY Canterbery/GR」、「Sonus faber Cremona」、「B&W 802D」、「GENELEC 1031A」のそれぞれではないか、と思う。

とはいえ、自分のスピーカーやヘッドフォンが何であるのか、どこにどのように設置しているのか、などの情報を与えていないので、リアルにシミュレーションするのは難しいのでは……とも思うが、その点について村上氏に質問してみた。

「このPC Audio FXを開発するに当たって、完全に新たに作ったのが、このスピーカー・シミュレーターです。これは各スピーカーのIRを測定して再現したものであり、あくまでもフラットな理想的再生環境を前提にシミュレーションする、というものです。当然、どんなスピーカーで聴くかによって、音は変わってくるので画面下にあるBASS、TREBLEを使って調整したり、必要に応じて8Band EQを立ち上げるなどして、調整してみてください」と村上氏。

ヘッドフォンボタン

ここで気になるのが、ヘッドフォンボタンだが、これは何なのだろう?

「このボタンはヘッドフォン使用時に、スピーカーで視聴したような定位で音を再現するというものです。普通、ヘッドフォンで音を聴くと、左右から音が入ってくるわけですが、このボタンをオンにすると、前にあるスピーカーから音が聴こえてくるような効果が楽しめるのです」(村上氏)。

ヘッドフォンで聴く際、スピーカーの位置が近くにあるのか、遠くになるのかで音の聴こえ方も大きく変わってくるので、その位置をシミュレーションしようというのが、SPEAKER POSISIONというパラメーター。これによっても、かなり音の雰囲気は変わってくる。

ちなみにヘッドフォンで聴いてみると、確かに落ち着いた音にはなるし、高級スピーカーで聴いている感じにはなるけれど、普段聴いている音との大きなギャップに違和感を感じる人もいるかもしれない。

この点について村上氏は「今回、各スピーカーのIRをとるに当たって、50kHzまで録れるソニーのマイクC-100を使いました。とはいえ、名機スピーカーは、そもそもそんな高域まで音が出るわけではないため、こうしたスピーカーではハイ落ちした感じにはなってしまう。スピーカーの音は好みの問題もあるので、適度にTREBLEなどを調整してみてください」とのこと。

ちなみに、このIR測定はマイクの位置を6か所変えて録るとともに、44.1kHz、48kHz、96kHz、192kHzのそれぞれのサンプリングレートで録っているのだとか。

「マイクは基本的にオンマイクで録るようにしていたのですが、近すぎるとツイーターとウーファーのバランスをとるのが難しい。そのため、6か所ほど測定して試してみて、一番それらしい音になるものを選びました」と、かなり試行錯誤を繰り返しながら作っているようだ。

スピーカー・シミュレータ以外にも多数のエフェクトを用意

PC Audio FXで使えるエフェクトはスピーカー・シミュレーターだけではない。ほかのエフェクトついても簡単に紹介しておこう。

PITCHSHIFTは名前の通り、ピッチシフトであり、音程を変更するもの。オーディオ鑑賞で使うものではないが、たとえばカラオケを再生する際、これを使うことで自分のキーにあった音程にすることが可能だ。

PITCHSHIFT

8Band EQは、6バンドパス+ローシェルフ+ハイシェルフの計8バンドのパラメトリックイコライザ。各ノブを使って調整することもできるし、グラフ上の点を動かして調整することも可能になっている。

GRAPHIC EQは、計15バンドのグラフィック・イコライザ。各バンドごとのゲイン調整ができるほか、画面下にも15バンド分のパラメーターが用意されている。これはQの調整、つまり該当周波数を中心とした帯域幅を調整するもので、一般的なグラフィックイコライザより、さらに積極的な音作りができるようになっている。

8Band EQ
GRAPHIC EQ

CHORUSは、サウンドにコーラス効果をつけ、音に厚みや広がりを加えるエフェクト。これも、音楽鑑賞においてあまり使うものではないが、効果音用のエフェクトとしては気持ちよく使えるはずだ。

REVERBは、音に反響音効果を加えるためのもの。部屋の広さや反響時間などのパラメーターを細かく調整できるようになっている。設定によってルームリバーブ、ホールリバーブ、プレートリバーブなどを実現することができる。

CHORUS
REVERB

ENHANCER=エンハンサーは、倍音成分や位相を補正して、メリハリあるシャープなサウンドに仕立て上げることができるエフェクト。楽曲によって、また古いテープやレコードなどを元にした楽曲の場合、エンハンサーを効かせることで、クッキリしたサウンドになる可能性がある。

S.ENHANCER=ステレオ・エンハンサーは、ステレオサウンドに左右の空間的な広がりを負荷したいときに有効に機能するエフェクト。リバーブとはまったく違った感じで空間の広がりを演出することができる。

ENHANCER
S.ENHANCER

MS GAIN EQは、ステレオ信号をMID(センター)とSIDEに分解した上で、MIDとSIDE個別に音量調整を行なったりEQを掛けることができる、やや特殊なエフェクト。これにより、ステレオイメージの補正やアンビエント感の調整、ステレオイメージでのEQ補正などができるようになる。

そして最後のMAXIMIZERは、マキシマイザー兼リミッターとなっており、THRESHOLD値でリミッティングしたサウンドを設定したレベルまで持ち上げて全体の音量、音圧を上げることができるもの。これを利用することで、かなりガツンと音圧を上げることができる。

MS GAIN EQ
MAXIMIZER

「スピーカー・シミュレーター以外はすべて、当社のAbility Proに搭載されているエフェクトを切り出して、ここに搭載したものです。必ずしも、音楽鑑賞用にマッチしたものばかりではないですが、必要に応じて、いろいろと試してみてください」と村上氏。

PC Audio FXをどう使うかはアイディア次第ではあるが、普段Windowsで音楽を聴いたり、ビデオを見ている人にとっては、非常に強力で便利なツールであるのは間違いない。

一定期間ほぼすべての機能を試すことができる試用版も用意されているので、まずは試してみてはいかがだろうか?

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto