藤本健のDigital Audio Laboratory
第987回
アプデで32bit float対応USBオーディオに!? TASCAMレコーダの新機能を試す
2023年6月5日 08:30
今年2月の本連載で取り上げた、TASCAMの32bit float対応リニアPCMレコーダー「Portacapture X6」(54,780円前後、以下X6)。このX6に、最新ファームウェアV1.10が先日リリースされた。
最新ファームのアップデートにより、32bit floatに対応したUSBオーディオインターフェイス”としても利用でき、TASCAMの上位機種「Portacapture X8」、そして競合のZOOM製リニアPCMレコーダー「F3」などと同じ機能が追加される。
実際どんなものなのか、手元にあったX6のファームウェアをアップデートしテストしてみた。
最近話題の32bit float。機能そのものは10年前から存在
最近、さまざまなところで話題になる“32bit float”。
中でもZOOMとTASCAMの2社が競い合うように、さまざまな製品を出していることから注目されるようになったのだが、32bit float自体は、昔からあるものであり、DAWなどは10年以上前から対応している。
実際、ちょうど10年前に掲載した第572回の記事でも32bit floatとはどういうものなのかを紹介しているので、ぜひそちらも参考にしていただきたい。
とはいえ、32bit float対応のオーディオインターフェイスが登場してきたのは、つい最近のこと。まだ数えるほどの製品しかない中、今回X6がアップデートにより、その仲間入りを果たしたわけだ。
もっともX6は当初から6in/2outのオーディオインターフェイスとして使うことができ、それが「32bit float対応として使えるようになる」ということは、この製品が発表された1月からアナウンスされていた。そして、そのアップデート時期は2023年春とされていた。
このようなざっくりとした時期のアナウンスに関しては、ユーザーとメーカーにギャップがあるのが常。私自身は勝手に「3月中に新ファームウェアが登場する」と思い込んで待っていたが、結果的にV1.10のファームウェアがリリースされたのは5月24日だった。すでに東京では30度を超える真夏日も経験した後ではあったが、一般的に5月はまだ春なので、約束通りということになるだろう。
アップデート内容とファームの更新
さて、そのV1.10のアップデート内容は、オーディオインターフェイス機能の32bit float対応だけでなく、以下のような主な機能が追加される。
- Atomos社のAtomX SYNC、UltraSync BLUEおよびATOMOS CONNECTやSHOGUN CONNECTなど
互換性のある製品とのワイヤレスタイムコード同期に対応 - PODCASTアプリでUSBミックスマイナス機能が使用可能
- PODCASTアプリ使用時、本体マイク入力以外にPADまたはUSBの入力の選択ができる
- ローカットフィルター、コンプレッサー、リミッター、オートゲインコントロール、
ノイズゲート等のエフェクト機能を含む入力設定をプリセットとして最大3個まで保存し、 各録音アプリで呼び出しできる - 本体設定および録音アプリ設定をUSER SETTINGSとして最大3個まで保存し、LAUNCHER画面から1タップで呼び出し可能
- リモートコントロールアプリ"Portacapture Control"の本体との接続性向上
機能の追加だけでなく、機能の修正や動作の安定性向上も含まれるが、なかでもワイヤレスタイムコード同期は試してみたい機能の1つだ。
ただ、手元にUltraSync BLUEなどの機器がないのと、そもそもX6にBluetoothアダプタの「AK-BT1」を取り付ける必要があり、こちらも手元にない。というわけでここでは、32bit floatに対応したオーディオインターフェイス機能のみにフォーカスを当てて見ていくことにする。
まずは、ファームウェアのアップデートが必要になるわけだが、このファームウェアのアップデートにはいくつかの方法がある。
もっともシンプルなのは、X6でフォーマットしたmicroSDカード内のUTILITYフォルダに、TASCAMサイトからダウンロードしてきたアップデータを入れて実行する方法だ。HOMEボタンとRECボタンを押しながらPortacapture X6の電源を入れるとアップデート画面が起動し、画面の指示にしたがってボタン操作していくと、3分程度で完了する。
ファームが新しくなったX6を、WindowsおよびMacで試していくことにするが、Windowsで使う場合は、ファームウェアと同時にリリースされたASIOドライバV1.30もインストールする必要がある。
もっともUSBクラスコンプライアントになっているので、普通にオーディオの入出力をするだけであれば、このASIOドライバを入れなくても認識されるし、入出力ともに動作する。
ただし、32bit floatに関してはWindowsのOS側ではサポートされていないため、ASIOドライバを利用した上でDAWなどのソフトを使う必要がある。また、ASIOバッファサイズは44.1kHz、48kHz、96kHzの各サンプリングレートにおいて、64~2,048 Sampleの範囲で設定可能だ。
Macで使う場合は、ドライバのインストールは不要。標準のドライバで認識され、Core Audioデバイスとして使用できる。
ただ、そのままUSBで接続したところ、「USB FSが一致していません」という警告メッセージが出た。これは、どういうことか? と思い確認してところ、WindowsやMac側とX6のサンプリングレートを合わせる必要がある、とのことだった。
それぞれを48kHz同士や96kHz同士に設定してみた結果、エラー表示はなくなり、使うことができるようになった。
一般のオーディオインターフェイスとはやや勝手が異なる
X6のオーディオインターフェイス機能を使う場合、ZOOM「F3」のようにあらかじめオーディオインターフェイスモードなどにする必要はなく、USB接続すればすぐにオーディオインターフェイスとして機能する。
ただし、6in/2outという仕様になっていることもあり、一般のオーディオインターフェイスとはやや勝手が異なる。少し戸惑うところがあったので、一つ一つチェックしていこう。
まず6in/2outとはどのような構成になっているかだが、下表のようになっている。
最初、マニュアルを読まずに使っていたら、これが分からずに少し混乱してしまった。X6のマイクの音をそのまま録音するのであれば、USB IN 3-4を選択すればいいのだ。USB IN 1-2でも録音することは可能だが、この場合はX6のミキサーを通した音になり、さまざまな音がミックスされる。
そのため、内蔵マイクのほか、3-4chからも入力が入るだけでなく、EQをかけたり、リバーブなどのエフェクトがかかった音としてDAW側に録音される形になる。
一方でX6をオーディオインターフェイスとして使う大きなメリットが、その3-4chの外部入力だ。
本体右側にXLRコネクタが2つあり、ここからの入力を32bit floatでレコーディングできるのだ。
ここにはダイナミックマイクが接続できるほか、+24Vもしくは+48Vのファンタム電源を送ることができるので、コンデンサマイクの接続も可能。USB IN 5-6をレコーディングすれば、こうしたマイクからの音を録れるわけだ。
このように、内蔵マイクも外部入力も使うことができるわけだが、一瞬あれ? と思うのは、内蔵マイクから入った音も外部接続のコンデンサマイクから入った音も、DAW側の設定とは関係なしに、X6に接続したヘッドフォンでモニタリングできていること。一方で、DAW側で録音した音を再生してみても、ヘッドフォンには聴こえてこないのだ。
一般的なオーディオインターフェイスであれば、DAWを再生すれば、すぐに音が出るけれど、このX6の場合、デフォルトの設定では音が出ない仕様になっている。
というのも、X6で音を出すためには、内部ミキサーを通す必要があり、そのミキサーの入力がトラック1-2、トラック3-4の4ch。そしてデフォルトではトラック1-2が内蔵マイクで、トラック3-4がXLRからの入力となっていて、USBからの入力がルーティングされていないから、音が聴こえてこないのだ。
これを設定するのがメニュー画面にある入力選択。
ここでUSBをルーティングすることで、初めてDAWからの音が聴こえてくる。
ただし、ここで気を付けなくてはならないことがある。もしトラック1-2にUSBを割り当てると、先ほどのUSB IN 3-4は内蔵マイクではなく、USBということになり、ループバックしてしまう。
そのため、内蔵マイクからの音をレコーディングして、DAW側でエフェクトを掛けた音をリアルタイムにモニタリングするのであれば、トラック1-2は内蔵マイクのまま、トラック3-4をUSBにすることで、可能となる。
もっともこうした設定をしなくても、X6内部でダイレクトモニタリングされているので、それほど気にしなくてもいいかもしれない。
もし、このダイレクトモニタリングをオフにしたいのであれば、ミキサーのフェーダーを下げてしまえばいいのだ。このミキサーを下げてもオーディオインターフェイスとしてDAW側へ音を送るところはミュートされないので問題はない。いずれにせよ、DAW側からは6in/2outのオーディオインターフェイスとして見えている。
32bit floatで録るための設定
さて、ここまでのルーティングの話は32bit floatでも24bitでも同様なのだが、32bit floatで録る場合には、正しく手順を踏む必要がある。
Windowsの場合は、組み込んだASIOドライバの設定画面において「32bit float Audio Interface」の設定をONにする。
Macの場合はAudio-MIDI設定において、X6の入力がデフォルトでは6ch24ビット整数となっているので、これを6ch32ビット浮動小数に設定しておく必要がある。
以上を準備した上で、DAWを起動し、プロジェクトを32bit floatに設定しておく。このようにしてから録音した際、もし“爆音”が入ると、一見クリップして、破綻してしまっているように見える。
しかし、この録音結果のゲインを下げていくと、クリップしていない、キレイな波形が戻ってくるのだ。これが32bit floatの威力である。
使い方に多少クセがある印象ではあったが、音質的には抜群で、爆音が入ったとしても事故らない32bit float対応のオーディオインターフェイスとしても使えるX6。一つ持っておいても損はなさそうだ。