藤本健のDigital Audio Laboratory

第986回

禁断の“iPhoneステレオ録音”が実現。100円アプリ「ステレオマイク」が面白い

アプリ「ステレオマイク」

カメラもマイクも、どんどん性能が上がってきているスマホの世界。オーディオ関係、DTM関係が充実していることから、筆者はずっとiPhoneを使ってきたが、iPhoneの音関係でも気に入らないところはいくつかある。

その一つが内蔵マイクを自由に使えない点。せっかくステレオ録音できる機能があるのに、レコーディング系のアプリにはステレオとしての利用を開放しておらず、モノラルでしか録音できないのだ。

そんな中、マイクを自由に選択して録音できるアプリを日本人エンジニアが開発。先日、「ステレオマイク」という名前で、100円でリリースされた。

今回はアプリ「ステレオマイク」がどのような使い方で、どんなことができるのか、そして実際どんな音で録れるのか試してみた。

4マイクのiPhone。でもビデオ撮影以外は“ステレオ録音”させてくれない

iPhoneやiPadは、これまでの進化の中でマイクの性能も向上させてきている。

当初は、内蔵マイクで録音すると“かなり貧弱な音”というイメージもあったが、最近はそこそこの音で録音できるため、ちょっとした録音であれば、内蔵マイクで録ることもしばしばだ。

また、そのマイク性能向上の過程で、搭載するマイクの数も増やしてきている。現在、筆者はiPhone 14 Proを使っているが、これにはなんと4つものマイクが搭載されている。

普段使っていて、それらのマイクがどこにあるのか、気にすることもないし、気にしなくても問題なく使えるのも面白いところ。パッと見では、どこにマイクがあるか分からないが、調べてみると、下部に2つ、上部に1つ、背面に1つある。

iPhone 14 Proのマイク。下部に2つ
上部に1つ
そして、背面にも1つある

ケースを取り付けて録音する場合、これら4つのマイクを塞がないようにするのが大前提。マイク穴を塞いでしまうと、こもった音になることもあるので注意が必要。でも注意するのはそのくらいで、普段は何も気にしなくても、うまいことやってくれるのがiPhone/iPadのスゴイところでもある。

では、これら4つのマイクが、それぞれどのような役割で、どのマイクをどのように使っているのか? というと、あまりよく分からないというか、ブラックボックスになっているのが実情だ。

しかも、一般のアプリに対してはモノラルのマイクとして認識されるようになっていて、ステレオとして使えないようになっている。ただ、標準のカメラアプリでビデオ撮影するときのみステレオ録音することができる。ステレオで使おうと思えば使えるはずなのだが、ビデオ撮影以外にはその機能を開放していないわけだ。

100円アプリで、禁断!? のiPhoneステレオ録音が可能に

そんな現状に風穴を開けるツールとして、5月18日にリリースされたばかりのアプリが、日本の開発者である雲英亮太(きらりょうた)氏が開発した「ステレオマイク」である。これを利用することで、iPhoneやiPadでステレオ録音できるだけでなく、アプリを介して各種レコーディングアプリでもステレオで録音できるようになるのだ。

100円のアプリとはいえ、かなりいろいろな機能、設定、パラメータが搭載されていて正直驚く。リリースから4日後の5月22日には、AI型ノイズリダクション機能も搭載されたバージョン1.1が登場するなど、2,000円くらいしても悪くないと思う内容になっている。というわけで、どう使えばいいのか、雲英氏とメールで何度かやりとりしつつ、試してみたので順に紹介していこう。

アプリを起動すると、マイクの選択画面が現れる。ユーザーはそこから選択するわけだが、iPhoneの場合とiPadの場合で少々異なる。

iPhone 14 Proの場合
・iPhoneマイク-下(Omnidirectional)
・iPhoneマイク-前面(Omnidirectional)
・iPhoneマイク-前面(Cardioid)
・iPhoneマイク-前面(Stereo)
・iPhoneマイク-背面(Omnidirectional)
・iPhoneマイク-背面(Cardioid)
・iPhoneマイク-背面(Stereo)

11インチiPad Pro(第6世代)の場合
・iPadマイク-上(Omnidirectional)
・iPadマイク-背面(Subcardioid)
・iPadマイク-背面(Stereo)
・iPadマイク-前面(Cardioid)
・iPadマイク-前面(Stereo)

Ominidirectionalは無指向性、Cardioidは単一指向性、Subcardioidはより指向性の広い単一指向性マイクであることを表している。

今回の一番の目的は“ステレオ化”なので、前面(Stereo)か、背面(Stereo)を選ぶことになる。前面と背面は、“どちらに向けて音を拾うか?”を示している。つまり、背面であればディスプレイと反対側、前面であればインカメラのビデオ撮影と同じ扱いで録ることになるため左右が反転する形になる。

選択画面で画面上のマイクアイコンをタップすると、斜線が消え、音が入力されるとともに、画面には左右それぞれステレオでリアルタイムに波形表示されるようになる。

リアルタイムモニターされるようになるため、スピーカーから音が出る状態だとハウリングを起こしてしまう。モニタリングには、ヘッドフォン/イヤフォンを接続するのがいいだろう。

モニター出力のミュートも可能で、画面の上にあるフェーダーはマイク入力調整、下のフェーダーはモニター出力調整用になっている。

いったん、マイクアイコンをタップし直してミュートした状態で、画面下のアイコンで録音に切り替えると、赤い丸いアイコンが出てくる。これをタップすると3秒カウントした後に録音がスタートする。再度タップすると終了だ。たったこれだけでiPhoneのステレオ録音ができるのだ。

“録音”に切り替えると、赤い丸いアイコンが出てくる
タップすると、3秒カウントした後に録音がスタート

ファイルアイコンをタップすると、ファイルアプリに遷移し、録音済みファイルの一覧を見ることができる。日時でファイル名が記録されており、目的のファイルをタップすれば再生できる。

録音済みのファイル一覧
ファイル名は日時で記録

ここで気になるのは、どんなファイル形式で録音しているのか? ということだが、「ステレオマイク」アプリでは、さまざまなファイル形式をサポートしている。

設定画面の上から2番目にあるファイル形式で切り替える可能で、デフォルトではAAC 44.1kHz/192kbpsとなっているが、画面のように最大PCM 48kHz/32bit Floatまで使えるようになっている。

様々なファイル形式での記録をサポート
PCM 48kHz/32bit Float記録も

その実力は如何に。ステレオマイクアプリで録音してみる

とりあえずiPhoneのマイク「背面(Stereo)」を使い、PCM 48kHz 32bit Float形式で、電車が通過する音を捉えてみたのがこちらだ。

【録音サンプル1】

1new.wav(12.65MB) 13,262,572Byte

※編集部注:編集部では、ファイル再生の保証、および再生環境についての個別の質問にはお答えできません。ご了承下さい

録音当日は、ある程度風が吹いている状況。ケースを取り外した状態で、ウィンドスクリーンなどはつけてないため、多少モゴモゴした風の吹かれノイズが入っているものの、ステレオにはなっているようだ。

聴いてみると分かる通り、一般的なリニアPCMレコーダーのステレオ録音などと比較すると、あまりステレオ感がない感じではある。この時はiPhoneを横位置にして構えているが、そもそも、前述の4つのマイクのどれが右マイクでどれが左マイクなのかよくわからない。

普通のステレオマイクであれば、マイクを触ってカリカリと音をたてれば、どっちが右でどっちが左かがハッキリするが、どうも判然としない。そこで、雲英氏に質問メールを送ってみると「iPhoneのマイクの方向は、4方向が指定できるのですが、このアプリでは画面の向きを指定しています。iPhoneのマイクは上下についているので、横持ちのときに一番ステレオ感が感じられます」との回答を得た。

なるほど、先ほどの4つのマイクが、それぞれの方向を示しているというわけではなく、それぞれのマイクからの音を捉えた上で、iPhone内部のDSP処理で、上下左右を割り出しているというわけだ。そして、内部にセンサーが入っているから縦置きした場合の左右と横置きした場合の左右は入れ替わるという仕組みになっている、ということなのだろう。

そこで、同じ背面(Stereo)を選択しつつ、iPhoneを縦に持って録音してみた。

【録音サンプル2】

2.wav(16.46MB) 17,257,772Byte

※編集部注:編集部では、ファイル再生の保証、および再生環境についての個別の質問にはお答えできません。ご了承下さい

そして、さらに前面(Stereo)を選んで、横位置、縦位置それぞれでも録音してみた。

【録音サンプル3、4】

3new.wav(14.95MB) 15,675,756Byte
4.wav(17.76MB) 18,626,636Byte

※編集部注:編集部では、ファイル再生の保証、および再生環境についての個別の質問にはお答えできません。ご了承下さい

いずれの場合も、モノラルではなく、ある程度のステレオになっていることはお分かりいただけただろうか?

【お詫びと訂正】記事初出時、WAVファイルの1と3が、設定ミスによりステレオ感が少ないものになっていたため、録音し直した新しいサンプルを掲載しました。(5月29日12時)

100円でもいろいろ遊べる。リバーブやイコライザー機能も

ここまでステレオマイクの基本機能に触れたが、これに留まらない、山ほどの機能が盛り込まれているのが、本アプリの面白いところだ。

まずはエフェクト機能。設定画面を下のほうにスクロールしていくとエフェクト1としてピッチシフターが入っており、リアルタイムに±2オクターブの範囲でリアルタイムにピッチシフトできるようになっている。

エフェクト2はコーラス、エフェクト3はリバーブ、エフェクト4はイコライザーが入っていて、それぞれプリセットを選択したり、パラメータを調整した上で、エフェクトを掛けた音で録音できるようになっている。

エフェクト2のコーラス
エフェクト3のリバーブ
エフェクト4のイコライザー

さらに前述したバージョン1.1で機能追加されたのが、ノイズ低減機能だ。

あらかじめ機械学習されたノイズ低減機能を組み込んだ、とのことで、設定画面でこのパラメータをオンにするだけで、街の雑踏などをほぼ完全にカットできるようになっている。実際に試してみると分かるが、低減するというより、完全に無音化されるので、まさに“ノイズゼロ”の状況になる。

雲英氏によると、これはオープンソースの「RNNoise」というものを組み込んだものだという。

スレッショルド設定などできないのか? と聞いてみたところ、「使用しているノイズリダクションのライブラリが、機械学習タイプで、パラメーターがありません。サンプルレートすら指定できないので、何をやっているのやらよく分からないまま、組み込んで使っています」とのこと。とはいえ、オンにするだけでノイズを激減できるので、結構便利に使えそうだ。

ほかにも、バッファサイズを指定したり、録音ボタンをタップしてから録音がスタートするまでのカウントダウンを何秒にするかの指定をしたりすることもできる。また、システムの音声処理モードとして通常、ボイス、オフが選択でき、ボイスにすると、さらにマイクモードの設定が可能になっている。

「ステレオマイク」のマイクがアクティブになっている状態で、コントロールセンターを表示すると、普段見慣れない「マイクモード」なる項目が出てきた。

これをタップすると標準、声を分離、ワイドスペクトルというのを選べるようになっている。

このモード自体はiOSが持っているもので、FaceTimeで使うオーディオ設定と同じもののようだ。

つまり「声を分離」では、通話における自分の声と周囲の音を分離した上で、自分の声が優先されて、周囲の騒音が遮断されるモード。「ワイドスペクトル」を選ぶと、自分の声と周囲のすべての音が聴こえるようになっており、どれを選ぶかで音の雰囲気が変わってくる。

ほかの録音アプリとも連携。ステレオ録音が可能に

さて、ここまでの使い方では、あくまでもこのステレオマイクというアプリ内で録音するためのものという感じだが、実は本アプリ、ほかの録音アプリとも連携できるようになっている。

例えば、DAWアプリである「Cubasis」の場合、オーディオインターフェイスを接続すればステレオ録音できるが、iPhone単体だとモノラルマイクでしか録音できない。しかし、このステレオマイクアプリを使うことで、ステレオ録音が可能になるのだ。

これを実現するためには、Cubasisの裏側でステレオマイクアプリを立ち上げるとともに、ライブ画面でマイクをアクティブにして、モニターをオフにしておく。こうすることで、ほかの録音系ソフトもステレオで録音できるようになる。筆者が確認したところ、「MultiTrack DAW」でもステレオ録音が可能になることが分かった。

以上、雲英氏開発のステレオマイクというアプリを紹介してみたがいかがだっただろうか? iPhoneのマイクにどこまで期待するかによっても、利用価値は変わってくるかもしれないが、100円でここまでの機能を引き出すことができることを考えると、一つ持っておいて損のないアプリだと感じた。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto