藤本健のDigital Audio Laboratory

第634回:約1万円のDAWソフトは“音楽プレーヤー”として使える?

第634回:約1万円のDAWソフトは“音楽プレーヤー”として使える?

Cubase Elementsで「ハイレゾ再生の音が良い」を検証

 ときどき「ハイレゾの再生はDAWを使うといい」なんてことを聞くし、「Cubase Elementsを使うのが一番いい音だ」なんてことが書いてある本も見かけたことがある。個人的には、「こんな使いにくいソフトで音楽を再生するなんてバカバカしい……」と思ってはいるものの、これで音がいいということに根拠がないわけでもない。ちょうど先日、Cubaseの新バージョン、Cubase Elements 8が発売されたところなので、これを使って少し考えてみよう。

Cubase Elements 8

DAWソフトで音質劣化が抑えられる理由とは?

 PCでハイレゾを再生するためのソフトとしてはWindowsならfoober2000、MacならAudirvana Plusなどが定番であり、そのほかにもAudioGateやHi-Res Audio Player、Media Monkey、VLC……とさまざまなものが存在する。こうしたソフトなら曲データの管理もしやすいし、プレイリストが利用できるし、何よりユーザーインターフェイスが分かりやすく、誰でも気軽にハイレゾサウンドを楽しめる。もちろん、WindowsにおいてはASIO、WASAPIが利用できるので、音質的にも心配ない。Windows Media PlayerやiTunesを使うと、せっかくの高音質サウンドも劣化してしまうので、お勧めしないが、その辺の理由については、以前も何度か検証記事を書いているので、そちら参照いただきたい。

 では、今回のテーマであるDAWとは何なのか。これは、あまり一般のユーザー、リスナーが使う類のソフトではないのだが、Digital Audio Workstationの略であり、音楽制作用のソフトのこと。いわゆるDTMにおける中心的役割を果たすソフトであり、これがあれば、レコーディングから編集、ミックスダウン、マスタリングまで可能というものだ。今回取り上げるのはCubaseという独Steinberg(親会社は日本のヤマハ)のソフトだが、ほかにも米CakewalkのSONAR、米Avid Technology社のPro Tools、独Ableton社のLive、米Apple社のLogic、米PreSonusのStudio One……などさまざまなソフトが存在し、アマチュアのミュージシャンからプロのレコーディングスタジオまで、こうしたソフトを使って音楽制作が行なわれている。

 音楽制作向けといっても、価格的にはかなり安くなってきており、ソフト単独でみれば5万円程度も出せば入手は可能。多くのDAWでは上位版から下位版までいくつかのグレードが用意されていて、それによって値段も異なってくるが、今回紹介するCubase Elements 8などは、実売1万円前後で入手できてしまうほど手頃なものだ。とはいえ、使うにはそれなりの知識が必要であり、DTMの経験のない人、音楽制作に特に興味のないリスナーにとっては、かなりハードルの高いソフトであることも事実。それを、音楽再生用に用いてしまうというのだから、かなりマニアックな使い方であることは間違いない。

Cubase Elements 8

 さて、このDAWは音楽制作ソフトではあるが、当然、オーディオデータを読み込んで再生することくらいはできる。そのためにはプロジェクトファイルを、オーディオフォーマットと同じものにした上でオーディオトラックを作成し、そこへ目的のファイルを読み込ませるのだ。すると、トラック上にはオーディオファイルが波形で表示され、ここで再生ボタンをクリックすれば再生できる。この際、ファイル名くらいは表示されるが、オーディオファイルに埋め込まれているアーティスト情報や曲名、ジャンル名、アルバムジャケット……といったタグ情報はことごとく無視され、本当に再生されるだけ。しかも1曲ずつ、このような手順を踏まないと再生することができないという面倒くささであり、プレイリスト機能なんてものも基本的に存在しない。

オーディオデータを読み込んで再生している画面

 ただし、この再生の際、ミキシングコンソール画面に表示されるレベルメータがカッコイイというのはあるし、必要とあらばEQで周波数特性をいじることもでき、コンプレッサやマキシマイザをかけて音圧を調整するといったこともできる。つまり、ここで自分なりのマスタリングができてしまうわけであり、それが目的であれば、まさにDAWを使う価値は出てくるのだが、再生させるだけが目的であれば、単に面倒で複雑なだけのように思える。では、なぜ、そうまでしてDAWで再生しようなんて人がいるのだろうか? それはオーディオエンジンの性能が高いこと、そして一般のオーディオプレーヤーがサポートしていない32bit-flaot(32bit浮動小数点数)がサポートされていることがあるのだと思う。

 今回使うCubase Elements 8も32bit-floatを使うことができ、プロジェクト再生時に32bit-floatを指定しておくのがポイント。96kHz/24bitや192kHz/24bitといったいわゆるハイレゾのデータに限らず、44.1kHz/16bitのCDサウンドであっても、読み込んだ後に、プロジェクトのビット解像度を32bit-flaotに指定すればいいのだ。

ミキシングコンソール画面
プロジェクトのビット解像度を32bit-flaotに指定

 32bit-floatがどういうものなのかは、以前、第572回の記事で詳しく紹介しているので、そちらに譲るが、音量操作をしても音質劣化しないのが大きなポイントとなっている。一般的にデジタルオーディオプレーヤーでの再生においては、「ソフト側で音量レベルをいじらない」ことが常識とされている。ソフト側で操作すると、ここでの音質劣化が生じてしまうからだ。音量を操作するのであればDACを経たアンプ部分で行なうのがいいとされている。確かにその理屈はわかるが、ここには「ソフト側は音質劣化を起こすが、アンプは音量操作をしても音質劣化しない」という暗黙知のようなものがある。でも、それは本当なのだろうか? オーディオ機器、アナログ回路の崇拝的な考えから、それが常識のように言われることもあるが、アナログ回路だって、そんなに優れたものばかりではない。というよりも、下手なデジタル回路よりも歪んだり、ノイズが入ったりするものが多いのではないだろうか? またアナログのアンプが最大の力を発揮できる音量レベル近辺であれば、いい特性が出せるかもしれないが、小さな音で聴くような場合、かなり性能的に劣っている可能性が高い。

 それだったら、ソフト側でできる限り高品位に音量調整したほうがいいのではないか……、という考え方があってもいいと思う。ただ、多くのプレーヤーソフトの場合、音が劣化することが確実であるだけに、あまり積極的にいじりたくないのが正直なところ。でもDAWで32bit-floatを用いれば、そうした問題から解放され、極めて高品位な音量レベル調整が可能になるのだ。つまりCubaseのフェーダーをいじって音量を変えた際の音質劣化は、ほとんど無視できるレベルとなるのだ。

32bit-floatと24bitの違いを検証

 ここで、Cubase Elements 8を使った、簡単な実験をしてみたいと思う。まずe-onkyo musicで購入した96kHz/24bitのFLACデータをプロジェクトに読み込む。この際32bit-floatのプロジェクトにしたものと、24bitのままのプロジェクトそれぞれで実験していくことにする。

32bit-floatのプロジェクト
24bitのプロジェクト

 その後、オーディオの書き出し機能を利用してトラック2へとバウンスするのだが、この際の音量をフェーダーを用いて極めて小さく設定しておく。ここでは-120dBとしてみた。すると、32bit-floatのプロジェクトも24bitのプロジェクトも、ほとんど無音状態となり、再生してもまったく音が聴こえないほどだ。

書き出し機能でトラック2へとバウンス
音量を-120dBに設定
32bit-floatのプロジェクトも24bitのプロジェクトも、ほとんど無音状態となった

 その後、このバウンスしたトラックを0dBへノーマライズする。つまり、歪まないギリギリの音量レベルへと増幅させるのだ。まあ、実態としてはもともとのデータも最大が0dBなので、そこに戻すわけだ。その状態で32bit-floatのプロジェクト、24bitのプロジェクトを拡大して比較してみたところ、32bit-floatの場合、ほぼ元の状態に戻るのに対し、24bitはかなり音質劣化しているのが見た目でもよくわかるが。拡大してみると、より違いがはっきり分かるだろう。

バウンスしたトラックを0dBへノーマライズ
32bit-floatのデータ
24bitは、音質が劣化している(波形が変わっている)
32bit-float
24bit

 反対に+12dBと完全に音が割れるレベルにフェーダーを上げた状態でバウンスすると、トラックの表示は完全にクリップした状態になるし、再生するとひどい音になっている。が、この状況から最大を0dBへとノーマライズをかけると、32bit-floatの場合は、完全に元の状態に戻すことができるが、24bitではクリップした状態から変化していないのがわかる。これが32bit-floatの実力を現すひとつの例であり、音がいいとされる理由なのだ。

+12dBまでフェーダーを上げた状態でバウンス
32bit-float
24bit
32bit-floatの場合は、完全に元の状態に戻せる
24bitではクリップしたまま

 では、Cubase Elements 8は、32bit-float対応だから音質面で無敵なのかというと、実はひとつ注意すべき点もある。それはDAWからUSB DACもしくはオーディオインターフェイスへ受け渡す際に、それらの機器が32bit-floatに対応していないと、24bitに落とされてしまうというボトルネックがある。WindowsのASIO自体は32bit-floatはもちろん64bit-floatも通す規格となっているし、MacのCoreAudioも32bit-floatを通すことができるのだが、デバイス側で32bitに対応している機器を選ばないと、結果として24bit化してしまうので、ここで多少劣化はしてしまう。まあ、どこかで目をつぶらなくてはならないというのが実情なわけだ。操作性から考えて、DAWをプレーヤーとして使うというのは、やはりお勧めはしないが、32bit-floatでどの程度の音の違いがあるのかを確認するために、DAWを使った再生を試してみるのも面白いかもしれない。

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Cubase Elements 8

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto