西川善司の大画面☆マニア

256回

成熟の東芝4Kレグザ「X930」は弱点なし!? 放送、映画、そして「デススト」にもベストマッチ

'19年最後の大画面☆マニアは、東芝の4K有機ELレグザ「65X930」

4K有機ELテレビ「REGZA 65X930」

いまや「ハイエンド薄型テレビ製品=有機ELテレビ」というイメージが定着してしばらく経つ。毎年、各社から有機ELテレビの新製品が発表され、2019年も様々なモデルが登場した。

今回、東芝映像ソリューションから「“自信作”なので、最新製品を評価してほしい」との申し入れがあり、期間限定ながら、筆者宅に運び入れてみっちり評価することができた。

2019年も、もうすぐ終わり。今年最後の大画面☆マニアは、東芝の有機ELレグザ「65X930」で行くことにしたい。

なお「X930」シリーズの実勢価格は、65型の「65X930」が約40万円前後、55型の「55X930」が約30万円前後となっている。

REGZA X930シリーズ

製品概要チェック~HDMI入力がまさかの7系統。全て4K/60p/HDR対応だが機能差あり!?

普段は自身で設置することが多いのだが、今回は東芝側が手配した配送スタッフによって設置が行なわれた。ディスプレイ重量が28.5kg、スタンドを合わせると47.5kgにもなるので、確かに一般的な体格の男性1人では、階段を昇って2階の部屋に設置するのは難しいだろう。

最近の薄型テレビは軽量なモデルも多く、なかには60型オーバーで20kg未満という製品もあるのだが、日本メーカーの製品はハイエンド機を中心に“重め”の製品が多い。地震などで転倒し難くするための低重心化に加え、設置・運搬時に働く応力でパネル部が曲がってしまうことを避ける意味合いもありそうだ。

というのも、新品の大画面液晶テレビを購入して設置したばかりなのに、画面最外周に限って光漏れが妙に多い……というような場合は、設置時に“曲げてしまった”パターンが考えられる。しばしば友人達から「画面端の黒浮きが妙に気になる」といったような相談を受けることがあるが、実際に見てみると、設置時に画面端を強く持ちすぎて曲げた疑いのある事例が数件あった。「薄い大画面テレビ」の「運搬・設置」は無理に一人で行なわない方が無難である。

筆者宅のテレビ台に設置された「65X930」

ディスプレイ部の寸法は144.7×6.8×84.4cm(幅×奥行き×高さ)で、スタンドを取り付けた場合の寸法は144.7×26.7×84.6cm(同)となる。スタンド部が台に接地する領域は、中央部分(幅64.6×奥行き26.7cm)だけなので、画面のはみ出しや音を無視すれば、大きな設置台を用意しなくてもOK。

額縁幅は上辺・左右辺は約9mm、下辺は約12mmとなっている
後ろから見たスタンド部分

ディスプレイ部は約2~3度の仰角が付いており、角度は固定。ディスプレイ部下辺と接地面との隙間はわずか16mm程度。厚めのブルーレイパッケージが1つ入る程度で、表示面の下辺がかなり低い位置に来る点は留意したい。

ディスプレイ下部と設置台面との距離は16mm程度。厚めのブルーレイパッケージが1つ入る程度

サウンドシステムは、X910から続くフルレンジ+ツイーターの2ウェイシステムを採用。出力はフルレンジが15W+15W、ツイーターは若干パワーアップして10W+10Wの、総合出力50Wとなった。スピーカーはディスプレイ部の下部左右に下向きにレイアウトされている。X930では、接地面との隙間が狭いが、音響処理によって画面から音が出ているような聴感を作り出せている。

薄型テレビ内蔵スピーカーとしては、音質はかなり頑張っていると感じた。テレビ放送番組はかなり大きめの音量でもビビらないし、音楽ソースもX920時より中音域の伸び、低音のパワー感、ステレオのワイド感が改善されている。パワーアップしたツイーターが担当する高音域もいい感じで、ハイハット等の音の輪郭がクリアになった。

東芝によれば、ツイーターの出力アップ以外に、X910/X920から使い続けてきたバスレフ構造をパッシブラジエーターに置き換えるモディファイを適用したとのこと。低音が増強されたような聴感はこのあたりの恩恵かも知れない
非可逆圧縮オーディオの高品位化を初めとするデジタルサウンド処理はX920以前から使い続けてきた東芝内製のものではなく、Eilex製に切り替わっているのもトピックである

接続端子は、正面向かって左側面と左背面側にレイアウトされている。

HDMI入力は、国内メーカー製の現行有機ELテレビ製品としては最多の7系統! これだけあれば入力切換器の追加も不要だろう。しかも7系統全てが18Gbps、4K/60p/HDRをサポートするのだから恐れ入る。

側面側の接続端子パネル。側面のHDMI端子系統番号は2、3、4となっている。側面側HDMIは全てフル12ビット入力対応。アナログビデオ入力も側面から
X930のメインボード

ただ、7系統のHDMI入力には若干の機能差が存在する。分かりやすいところでは、ARC(オーディオリターンチャンネル)はHDMI 1しか対応しない。

そして、ややマニアックなのは、HDMI 1~4とHDMI 5~7とで、レグザの映像エンジンへと繋がる“パイプライン構造”が変わる点だ。

ここは取扱説明書にも掲載されていない情報なので、詳しく解説したい。

実は、HDMI 1~4に入力された映像信号に限っては、X930の映像エンジン側へフル12ビット伝送できるようになっている。つまり、7系統全て4K/60p/HDRの12bit(36bitカラー)の入力はできるものの、“フル12bit処理”はHDMI 1~4のみ、ということになる。HDMI 5~7の3系統は、メインプロセッサ(SoC)側の方に入力されるため、12bit入力しても内部的には一度10bitに丸めて処理されるのだ。

実際のところ多くのテレビが、HDMIの入力で「12bit→10bitへの丸め」を実践しているので、むしろX930のHDMI 1~4は“プレミアムHDMI入力”というような認識でいいかもしれない。ただ、最も普及しているHDR規格「HDR10」はソースが10bitなので、HDMI 5~7でもなんら問題はない。

分かりやすい活用スタイル視点でいうならば、高品位な12bit信号が生成できる4K/HDR映像機器を接続する場合はHDMI 1~4、それ以外の映像機器はHDMI 5~7に接続……ということになるだろう。

「HDR10+」規格には静観の立場と見られたレグザだったが、X930/X830で初めてサポート

音声入出力端子が充実しているのも、X930シリーズの特徴。光デジタル音声出力、ヘッドフォン端子兼用のアナログ音声出力、そしてPC接続で重宝する(音声無しのHDMI映像とペアで使う場合など)アナログ音声入力があるほか、同軸デジタル音声出力端子までを備える。

背面側の接続端子パネル。HDMI端子系統番号は1、5、6、7。HDMI 1はARC対応でフル12bit処理対応。音声出力端子は光と同軸両対応

光・同軸デジタル端子は同時出力される。例えば片方を旧型のAVアンプに接続して映画や音楽ソフトをサラウンドで、もう片方はサウンドバーやヘッドフォンアンプに接続する…といった活用スタイルが可能になる。光より同軸を好むオーディオファンも多く、X930の“デュアルデジタル音声”は歓迎されそうだ。

この他の接続端子としては側面にアナログビデオ入力、汎用のUSB 2.0端子、背面側にLAN端子、USB×2(タイムシフトマシンHDD用のUSB 3.0×1と通常録画用USB 2.0×1)、地デジ用アンテナ端子、BS/110度CS用アンテナ端子、スカパー! プレミアム アンテナ端子などが並ぶ。

タイムシフトマシンでは2台のHDDが接続可能。確実な動作を保証するものではないが、設計上は1ポートにつき16TBまでのHDDが認識できるとのことで、2ポート合計で32TB・約640時間分のタイムシフトが行なえるという。ちなみに通常録画用のHDDも、USB 3.0ハブ(電源供給必須)を利用することで同時に4台まで認識可能。1台あたり最大8TBまでサポートし、8TB×4台=32TBまで接続できる(登録自体はHDD 8台まで)。1台のテレビにトータル64TBのHDDが接続出来るテレビは、レグザだけだろう(笑)。

全録機能のタイムシフトマシンを搭載。同機能を外したのが「X830シリーズ」となっている

USB 2.0端子はカメラ/ビデオカメラほか、USBメモリが接続可能。USBメモリ内に格納された静止画は16,384×16,384ピクセルまで、動画は最大4K/60Hz解像度、MPEG-4 AVC/H.264、HEVC/H.265の各形式の再生に対応する。

リモコンは、デザイン的には先代X920から大きな変更はないが、ボタン配置等が微妙に変更されている。「AbemaTV」「NETFLIX」「hulu」「U-NEXT」「YouTube」「dTV」といったネット動画サービスをダイレクトに呼び出すためのボタンが整然と列んでいる姿は、時代世相を反映していてなんとも感慨深い。

[字幕]ボタンがリモコンから姿を消した(サブメニューから呼び出す必要あり)。筆者は、仕事をしながら、テレビを音声を消して字幕オンで表示しっぱなしにする「ながら見」スタイルをよくやっており、興味のある番組やニュースが画面に現れたときに字幕オフ&音声オンとするため、字幕のオン/オフが迅速に行なえなくなったことは残念である

電源オン操作から地デジ放送の画面が出るまでの所要時間は、実測で約8秒。地デジ放送のチャンネル切換が約2秒、HDMIの入力切換が約3秒。まぁ最近のテレビ製品としては標準的な速度といった印象だ。

スマート系の機能は先代機をほぼ踏襲。ユーザーの興味がありそうな番組をタイムシフトマシンからピックアップする「ざんまい」機能、ユーザーが事前登録したテーマに準拠したコンテンツをまとめる「みるコレ」機能といった、録画機能とクラウド機能を相互連携させた便利機能を搭載する。

リモコンにも「ざんまい」「みるコレ」専用ボタンを用意するが、番組を見ながら“次に何を見るか”を提案してくれる「次みるナビ」ボタンが削除されている。取扱説明書からも解説が無くなり、また総合カタログでの対応機種欄にもX930が記載されていないが、所有のレグザリモコン(Z720X)から「次みるナビ」ボタンを押すと、呼び出せてしまった。ただ、東芝に問い合わせたところによると「サポート外扱い」とのことである。

ユーザーの興味のありそうな番組をタイムシフトマシンコンテンツからピックアップしてくれる「ざんまい」機能などのスマート機能はほぼ先代から継承
ユーザーの関心の高いものをお勧めしてくれる「みるコレ」機能。その範囲はタイムシフト録画番組から等が配信サービスまでに及ぶ
リモコンから姿を消した「次みるナビ」機能は、まだ機能としては生きている模様

ライブ、または録画番組を表示しながら、画面右・下に地デジ6チャンネルをサムネイル表示する「まるごとチャンネル」機能は引き続き搭載。「今、どのチャンネルで何を放送しているのか」を一目でチェックできるレグザだけの機能なのでザッピング派には堪らない機能と思う。

最近は搭載する機種も少なくなってきた2画面機能も備える。「放送+外部入力」「放送+放送」の組み合わせとなるが、'20年のオリンピック・パラリンピックでは、様々な競技が同時間帯で放送されるはずなので、きっと重宝することだろう。

2画面機能において、表示される各画面の倍率は3段階の調整に対応

使い勝手の面で感心したのは、音声操作の機能向上。独自のレグザボイスほか、Amazon Alexaを新たにビルトイン。テレビ本体にも内蔵マイクを搭載したことで、リモコン・テレビのどちらからでも、発話による各種操作が可能。声で文字入力もできるなど、音声操作がより実用的に使えるようになった。

「YouTubeで西川善司を検索」のような自然言語による音声コマンドもバッチリ通る!
番組表の検索において、文字入力が音声で行なえるようになった。「進撃の巨人」みたいな固有名詞もバッチリで、非常に便利

周波数ヒストグラムや輝度分布などの映像分析表示や、マスターモニター的な画質を再現するモードを備えたりするなど、プロフェッショナルユースを想定した機能の実装に拘ってきたレグザだが、X930ではこの系統の機能に新たなものが加わった。

それが「プロモニター設定」で、通常の活用ではHDMI伝送されてきたメタ情報に従って自動設定されるはずの「EOTF」(ガンマカーブ)、「色空間」、「MaxCLL」(Maximum Content Light Level:コンテンツ内に含まれる最大輝度値)を、マニュアル設定できるようにした。まあ、通常の映像視聴でいじる必要のない部分だが、映像製作現場、ゲーム開発現場などでは、メタデータが未設定の状態でテレビ(モニター)側に出力する場合が多々あり、EOTF/色空間/MaxCLLをマニュアルで強制設定できることが重宝される局面が多々ある。そのためのモードなのだ。

輝度ヒストグラムと出力階調特性の表示
周波数ヒストグラム
詳細信号情報

ただ、モニターとして活用される局面は視距離1m未満になることが多く、55/65型はやや大きすぎる気がするので、画面サイズの小さいモデルにも搭載を期待したいところだ。

有機ELレグザ「X930/X830シリーズ」はプロの映像製作現場に導入されているという
新搭載となった「プロモニター設定」。有効化すると3つの設定項目をマニュアル設定できるようになる
EOTFモード設定
色空間モード設定
MaxCLLモード設定

ゲーミングモニター的な機能も引き続き搭載。

パネル解像度は4K(3,840×2,160ピクセル)だが、2,560×1,440ピクセルのHDMI入力が可能なほか、フルHD(1,920×1,080ピクセル)/120HzのHDMI入力もサポートする。これら機能は筆者の長年のリクエストが採用されたものなので、反応がないと削除されてしまう危険性があり、今モデルにおいても告知させていただく(笑)。

フルHD解像度においてX930シリーズは、なんと120Hz(120fps)HDMI入力に対応する。ゲーミングディスプレイ的に活用したい人にはオススメ機能の1つ

入力遅延は、公称遅延値約3ms、1080p/60Hz(60fps)時0.2フレーム遅延の東芝レグザ「26ZP2」との比較計測を実施。計測解像度はフルHD(1,920×1,080ドット)。画調モードはX930、26ZP2共に低遅延モードに相当する「ゲーム」モード(「ゲームダイレクト」設定)で測定した。結果は約16msの遅延、60fps換算で約1.0フレームの遅延が測定された。

入力遅延は約16ms。60fps換算では約1.0フレーム程度の遅延に相当する

この結果を書くと「有機ELパネルの画素応答速度は液晶パネルに比べて100倍近く速いはず…なぜ?」と思う人もいるかも知れない。

「応答速度」と「入力遅延」はそもそも分けて考えなければいけないが、有機ELディスプレイ/テレビの入力遅延問題は、画素応答速度とは関係のないところに理由がある。

それは、有機ELパネルの駆動特性に起因した遅延だ。有機ELは焼き付き抑止や寿命延命のため、入力された映像信号の最大輝度や平均輝度に配慮して、映像パネル上の画素の駆動電圧を算定する工程(ゲインコントロール)が必要になる。言うまでも無いことだが、「この算定」は、有機ELパネルが映像データが完全に受け取り終わらないと行なえない。なので、60fps映像だろうが、120fps映像だろうが、表示までに1フレーム分の時間を要してしまうのである(≒有機ELパネルは映像データを取得しながらのオーバーラップ表示が行なえない)。

ちなみに、前回の大画面☆マニアで取り上げたJOLED製パネル採用のASUS「PQ22UC」でも入力遅延として1fps遅延があったが、理由は同じわけである。

この、有機ELパネルの駆動電力算定にまつわる遅延をなくすためにはどうすればいいかといえば、シンプルに「この算定をやめる」ことである。しかし、焼き付き抑止や寿命延命をあきらめるわけには行かないので、「この算定」をやめる場合には、最大輝度映像が常にやってきているくらいの想定をして、有機ELパネルを保護する駆動を常に行なう必要がある。

分かりやすく言えば、「常時、暗めに有機ELパネルを駆動する」こと…ということになる。そろそろ、有機ELテレビにおけるゲームモードについては、この「表示は暗くなるが低遅延となる」モードを搭載しても良いと思うのだが、どうだろうか。

近年のレグザでは「ゲームモード」と同等の「低遅延」動作を様々な画調モードと組み合わせて使用できるようになった。その動作設定を行えるのが「低遅延モード」設定

画質チェック~'19年パネルに刷新し、超解像も進化。漆黒の表現はあのゲームと相性がいい!?

有機ELパネルはLGディスプレイ(以下LGD)製で、東芝によれば“19年の最新パネル”とのこと。

ご存じの人も多いと思うが、LGDのパネルは赤・緑・青(RGB)の3色が自発光している訳ではなく、青色発光する有機EL材と赤緑(黄)蛍光体を組み合わせることで“白色”自発光する有機ELサブピクセルに、液晶パネルに用いられるようなRGBカラーフィルターを組み合わせることでフルカラー表現を行なっている。さらに、輝度を稼ぐためにRGBサブピクセルに加えて、白色(W)サブピクセルをも設けているのがLGD製有機ELパネルの特徴だ。

65X930の表示面を30倍と300倍に拡大撮影したデジタル顕微鏡写真を下に示す。

光学30倍拡大
光学300倍拡大

ご覧頂くと、RGBとWサブピクセルからなる“RGB+W構造”になっているのが分かるだろう。前述したようにX930は最新の'19年パネルで、X920のパネルと比較するとサブピクセルの形状が微妙に異なっている。ただ、RGB+Wの各サブピクセルのサイズ比は「W≒R>B>G」で、'18年パネルから大きくは変わっていないようだ。パネルの最大輝度も1,000nitで、X920から変わっていないという。

2018年モデル「X920」の光学300倍デジタル顕微鏡写真(参考)

映像エンジンは、'19年仕様の「レグザエンジン Professional」を搭載する。

特に変わったのが超解像の処理。Z730Xで初採用した深層学習(ディープラーニング)によるシーン適応型超解像処理を有機ELテレビ用にチューニング。アニメ放送や最近増えているドローン空撮映像などに対応させたという。

X930ではシーン適応型超解像処理の学習モデルが刷新された

もう1つが、デジタル放送の高画質化を実現する「バリアブルフレーム超解像」。“IBBPBBPBBPBBPBB”という15 GOP(Group of Pictures)から、動的に参照フレームを変化させることで、素材に最適な超解像とノイズ低減を行なうというものだ。

前機種では、Iフレーム(情報量:大)、Pフレーム(情報量:中)、Bフレーム(情報量:小)の登場周期に合わせ、超解像の参照フレームを同種フレームで行なうアルゴリズムを導入。例えば、現在Bフレームだとしたら、参照先の過去、そして未来もBフレームを選択して超解像処理を行ない、参照距離を単純に“3フレーム離す”仕組みとしていた。

新機種では、画面全体の動き量に基づいて、参照距離を1~3フレーム離す可変型のアルゴリズムへと変更した。フレーム距離の算出は、補間フレーム挿入/倍速駆動ロジックが算出した画面の動き速度に基づいているという。

ゲームグラフィックスにおけるGPU処理で最近流行している「テンポラルフィルター処理」のような、ピクセル単位のベロシティベクトル量に基づいた処理にはなっていない。ただ東芝によれば、着目している現在ピクセルから過去・現在・未来のフレームを参照する際、現在ピクセル位置からどのくらい離れたピクセルを参照するかは、ちゃんとMPEGフレームに含まれるピクセル単位の動きベクトルを吟味して実践しているとのこと。なお、過去3フレーム離し、未来1フレーム離し…というような非対称参照はできない。

4K放送と地デジ放送で処理の場合分けをしている。地デジ放送の場合は超解像処理のための参照フレームとは別に、ノイズ低減(NR)処理のための参照フレームの選定も行なわれる。地デジ放送の処理の方が参照フレーム数が多い図版となっているのはこのため。なおNR処理用の参照フレームは超解像処理の参照フレームが±1の時には±1と±3を参照。±2の時には±2と±4を参照。±3の時には±3と±5を参照する

これらを踏まえデジタル放送を鑑賞した。4K放送はもともとの映像がキレイなこともあり、新しい超解像の劇的な効果は分からなかったが、地デジ放送においては、それこそ4K映像に肉迫した解像感が得られていると感じた。昨年、X920を評価した際に「地デジの映像にスタビリティがある」という表現を使ったが、まさにそれと同じ印象だ。

地デジ、BSの2K放送はMPEG-2でエンコードされていることもあり、モスキートノイズやブロックノイズが散見され、カメラが固定されている映像であっても、各所が時間方向に“揺れるような見え方”をする。いわゆる「ちらつく」「ノイジー」な見え方をすることが多いわけだが、X930では、地デジ映像がまるでH.264でエンコードしたかのような「揺れない映像」に見える。揺れない映像…すなわち“スタビリティの高い映像”というわけだ。

新搭載の画調モード「リビングAI」についても軽く触れておこう。X930では、新たにRGB色温度センサーが搭載され、室内照明の色温度に合わせ表示映像の色温度を調整する機能が搭載された。これまでのレグザでは、ユーザー自身が設置した部屋の照明タイプを設定する必要があったが、X930ではリビングAIモードを選択している限りは自動調整がリアルタイムに行なわれる。

照度センサーがRGB色温度センサー(REGZAロゴの横側の四角い部位)へとグレードアップ
「リビングAI」モード。昼間はカーテンを開けて陽光を取り入れているが、夜は蛍光灯照明になる…といった一般家庭のユースケースにはマッチする機能である
UHD BDで画質をチェック。暗色領域のカラーボリューム設計は優秀。階調描写も素晴らしい

まず最初に、1万nitまでのHDRカラーグラデーションパターンをチェックした。

本機の最大輝度は1,000nit。1,000nit付近はもちろん、1,500nitくらいまでの最明部は色階調もそれなりに表現できている。それ以上の輝度になると、緑・青色系の階調が飽和してくるが色味はそれなりに残る。対して赤色は白へのシフトが急速だ。まぁこれは、LGD製有機ELパネルの特性なので、仕方がない部分ではある。

ユニフォーミティ(輝度均一性)も良好

続いて、恒例の「マリアンヌ」「ラ・ラ・ランド」「GELATIN SEA」の4K Ultra HD Blu-ray(UHD BD)を視聴。

「マリアンヌ」からは、チャプター2冒頭で描かれる夜の街のシーン、アパート室内での会話シーン、そして屋上で夜景を見ながらのロマンスシーンなどを視聴した。

夜の街のシーンは、街灯とそれらが映り込むクルマのボディへの描写が興味深い。街灯は自発光なので妙に明るく、そしてボディに映り込む街灯は幾分か減衰した輝度になっているので、同じ暗闇に映えるハイライト表現でもその輝度の違いから、画面内に描写されている材質の違いがとてもリアルに感じられる。車のテールランプも同様で、赤く自発光するテールランプの光は、当然だがボディ上のハイライトよりも明るい。

こうした現実世界では当たり前の印象も、映像として「ハイライト表現の輝度の違い」として実感できる機会は意外と少ない。その意味でX930のHDR表現能力は良好だと感じる。

夜景でのロマンスシーンは、一部の製品では暗がりの中のブラッド・ピットの肌が灰色に沈んで、“肌色”感が消失してしまうことがあるが、X930ではカラーボリューム設計がしっかりしていることもあり、そうしたことはない。

「ラ・ラ・ランド」では、夕闇の下で主役二人が歌い踊るシーン(チャプター5)を視聴。ヒロインの黄色のドレスと朱色っぽいカバンが、暗がりの中でも色味を維持できていることを確認。更に、エマ・ストーンが履いているエナメルっぽい靴が、暗がりの中にあっても鮮烈な青だったことに気付かされた。暗色領域のカラーボリューム設計はX930でも優秀なようだ。

UHD BD「マリアンヌ」(写真左)、「ラ・ラ・ランド」(右)

明るい映像主体の「GELATIN SEA」で感心したのは、チャプター「Nightfall」の夕焼け雲のシーン。沈み行く陽光を受けてオレンジに輝く雲と、そこから離れたところにある暗く赤味を帯びた雲へのグラデーションが、とても美しく描画出来ている。LGDの有機ELパネルは赤のダイナミックレンジがそれほど広くはないはずだが、それを感じさせない「オレンジ(明)→赤(暗)」への色&輝度の階調遷移が素晴らしい。

いつもの、昼間の海のシーンも視聴したが、ここも問題なし。水深の深い海の紺色から浅いシアンまでのグラデーションは完璧であった。

下記にいつものサンプル画面の写真と、色度計で計測した全白画像のカラースペクトラムを示しておく。X930は画調モードが多いので、利用頻度が高いと思われる「標準」「映画プロ」「ゲーム」「モニター/PC」の4モードを計測している。

モード:標準
モード:映画プロ
モード:ゲーム
モード:モニター/PC

カラースペクトラムは白色サブピクセルで輝度を稼ぐ調色特性の関係上、どうしてもこのような緑と赤のスペクトラムピークが消えてしまうような形状となる。実際、最大輝度1,000nitはまさにこのスペクトラム状態での表示となる。このため、赤と緑の純色のダイナミックレンジそのものは、実は一般的な液晶パネルと大きく変わらない。

X930でゲーム「デス・ストランディング」が恐ろしさ100倍に。クリア前に返したくなかった…!!

有機ELテレビは、以前と比べれば身近な存在になった。

第一に価格がだいぶ安くなった。65型の65X930が約40万円前後、55型の55X930が約30万円前後で、「ちょっと頑張れば買える価格」になってきた。大画面液晶テレビが安価になり過ぎたために感覚が麻痺しているが、わずか5年前の65型4K液晶テレビが約70万円(レグザ65Z10X)していたのだから、発売されたばかりで約40万円は「むしろ安い」と言ってもいいと思う。フルHDテレビからの買い換え時期にあるユーザーは「今度は有機ELにしようかな」と検討してもいいと思う。

最初期の有機ELテレビは輝度性能において、液晶テレビに水をあけられていた感が強かったが、近年のモデルは最大輝度が大きく改善。黒が沈んでいることもあって、HDR映像時のハイコントラスト感は液晶に勝るとも劣らないレベルに到達している。

焼き付き防止のため、ちょっと放置しておくと、すぐにスクリーンセイバーモードになったりして、ときどき「素人お断り」的な表情を見せることもあるが(笑)。

他社の有機ELテレビ同様、X930にも焼き付き低減機構「パネルメンテナンス」が搭載されている

個人的には、最近の有機ELテレビは「発色がだいぶまともになってきた」という印象を持つ。LGDは赤色サブピクセルの面積を拡大させた新パネルを昨年から投入しており、ハードウェア面の改善はもちろん、セットメーカー側のカラーボリューム設計もRGB+W型有機ELパネルとの最適化が進んだと感じる。

さて今回は、視聴のタイミングがたまたま「超大作ゲームの発売日」と重なったこともあり、X930のテストではいつもの画質評価に加え、ゲームプレイに時間を割いたことを告白しておく。

その大作ゲームとは、世界に誇る日本のゲームクリエイター・小島秀夫氏の新作「デス・ストランディング」だ。

現実世界と死後世界が交錯してしまったディストピアの近未来を舞台にした独特な世界観の本作は、全編がトーンの暗い映像で創られている。そして、このゲーム世界に出現する敵性存在としての“霊体”は漆黒のコールタールのような材質でできているため、ディスプレイは黒色や暗部階調の表現力が求められる。

その点において、X930との相性は抜群であった。人型を始めとした様々な形状の漆黒霊体は、草花を枯らせ地面を底なしのコールタールに変えて、プレイヤーを「あの世」に引きずり込もうとするのだが、この「漆黒の闇」が「有機ELの漆黒表現の深さ」と相まって恐ろしさ100倍なのである。

10日間ほどのX930貸し出し期間の中で、一通りの評価は終えた筆者ではあったが、このゲームをクリアする前に本機を返却しなくてはならないことが、唯一の心残りである。もう少し、65X930で遊びたかった(笑)。

「X930はデス・ストランディングをプレイするのに、最適な有機ELテレビである」という一言を加え、本稿を締めくくることにしたい。

トライゼット西川善司

大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。3Dグラフィックスのアーキテクチャや3Dゲームのテクノロジーを常に追い続け、映像機器については技術視点から高画質の秘密を読み解く。近著に「ゲーム制作者になるための3Dグラフィックス技術 改訂3版」(インプレス刊)がある。3D立体視支持者。
Twitter: zenjinishikawa
YouTube: https://www.youtube.com/zenjinishikawa