西川善司の大画面☆マニア

255回

ついに出た! 国産有機EL採用の“運べる”4Kディスプレイ。発色やHDR感は鮮烈だ!

60万円ディスプレイの実力や如何に!?~JOLED製有機EL採用モデルを徹底検証

ASUS「ProArt PQ22UC」

テレビだけでなく、パソコンやスマートフォンにも採用事例を増やし続けている、有機ELパネル採用製品。この有機ELパネル、40インチオーバーの大型パネルは、ほぼLGディスプレイの製造品で、青色有機ELパネルに蛍光体を組み合わせて作った白色の単色有機ELパネルに赤緑青のカラーフィルターを組み合わせた構造をとる。このLGディスプレイ方式は、有機ELパネルの自発光特性によるハイコントラスト性は健在だが、発色特性は一般的な液晶パネルに対してそれほどよいわけではない。

では、赤緑青(RGB)の各色で発色/発光する有機ELパネルはないのかというと、あるにはある。ソニーやパナソニックなどの日本勢はテレビ用のRGB自発光する大型サイズの有機ELパネルの開発を2014年に断念してしまったが、中小サイズについては別のメーカーが開発製造を続けている。有名なのは、サムスンディスプレイ製が作る携帯電話向けの小型パネルである。そして最近、存在感を出してきているのが日本企業のJOLEDが量産化に漕ぎ着けた中型パネルだ。

このJOLED製の中型サイズのRGB有機ELパネルの採用製品は,昨今徐々に各メーカーからリリースされ始めている。今回紹介するASUSの「ProArt PQ22UC」はまさにその採用第一号製品だ。なお、最近では、日本メーカーのEIZOも「FORIS NOVA」として発売するアナウンスを行なったばかりである。

世界が注目する、このJOLED製有機ELパネル採用ディスプレイ製品。果たして実力はいかほどなのか? じっくりと評価してみることにした。なお、PQ22UCは、ASUSサイトからの直販のみで販売され、その価格は60万円となっている。

製品概要チェック~唯一無二のクリエイター用21.6型高画質モバイルディスプレイ

このPQ22UCという製品は「位置付け」的に非常にユニークな存在となっている。

というのも、60万円という価格を考えれば、業務用デスクの上に据え置き用として運用する製品…というイメージを連想すると思うが、実は、PQ22UCは携行を想定したモバイルディスプレイ製品なのである。

ディスプレイ部正面
ディスプレイ部背面
据え置き用スタンドに組み付けて設置した状態

PQ22UCは、製品ラインとしては「映像/画像のプロ」が使うことを想定したProArtシリーズの1製品である。ということは「色や光のプロ用途に耐えうるモバイルディスプレイ製品」ということなのである。これまでのモバイルディスプレイは、正直言えば「出先でそれなりにデスクトップが映れば良い」というコンセプトの製品が多かっただけに、PQ22UCはある種、唯一無二の製品ということになろうか。

さて、そんなモバイルディスプレイ製品と言うこともあって、商品パッケージには、据え置きを想定したスタンドの他に、ディスプレイ表示面を保護しつつ、スタンドにも早変わりするスタンドカバーも付属している。

スタンドカバーは、これまでASUSが20型未満のサイズで展開していたモバイルディスプレイラインの「MB」シリーズをそのまま大型化したものとなっている。たまたま筆者は2年間ほど、ASUSのモバイルディスプレイ製品のMB16ACを使っていたので、PQ22UCに付属していたスタンドカバーは少々懐かしく思えてしまった。

スタンドカバー。本体全体を囲うことが出来るカバーでありスタンドにも変身する便利グッズ的な付属品

このスタンドカバーは、持ち運び時には画面とボディの双方を覆い尽くす保護カバーとして活躍するが、ひとたび設置時には折り紙のように折りたたむことで変幻自在のスタンドへと変身する。

ただ、実際に使ってみると分かるのだが、安定度はあまりよくない。コーヒーカップを少しでも当てれば途端に積み木崩しのように倒れてしまうこともある。このカバースタンド、縦置きにも対応しているのだが、縦置き時はかなり不安定だ。高価な商品なので臨時用スタンドという位置づけで常用は避けたい。特に、机の端にこのスタンドカバーで設置するのは絶対にやめるべきだろう。

横置きスタイルはこんな感じで3段階の角度設定が可能
縦置きにも対応。安定性はいまひとつ(笑)

一方で、もう一つの据え置き用のスタンドはスタンドカバーと比べれば堅牢だ。ただ、ディスプレイ部とはマグネットでくっついているだけなので、スタンド側を持って移動すると、重いディスプレイ部が重心を高くする関係で接合部のマグネットが重みに耐えられず外れてディスプレイ部が落下してしまう。

今回の評価でも、評価室を移動中に接続ケーブルが足に掛かり、引っ張られたディスプレイ部が危うくスタンドから外れて落下しそうな局面があった。プロのカメラの撮影の現場などでは人の往来か激しいので、こうした状況は起こりうるはず。据え置きで使うことを想定した場合も、スタンド部とディスプレイ部はテープなどで補強した方が良いかも知れない。ASUSとしても、ビス止めできるオプションを用意する必要があるのではないか。

ディスプレイ部と据え置き用スタンドはマグネットの磁力で接合する。接続ケーブルが引っ張られると簡単に外れて倒れてしまうので注意!
据え置き用スタンド
据え置き用スタンドと合体させた状態を背面から見た様子

スタンドは、チルト調整に対応しており、2度~20度までの上向き方向への調整に対応。下向きへの調整には対応しない。また、スイーベル、ピボットといった回転機構には対応しない。なお、このスタンドは、重さは600g程度で、折りたたむことでコンパクトに収納できる。なので、モバイルディスプレイとして運用する場合も、このスタンドを携行するのがいいと思う。

表示面を上下方向に調整することにも対応する
据え置きスタンドはコンパクトに折りたたむことができる

ディスプレイ部の寸法は510.9×8.5×313.9mm(幅×奥行き×高さ)で、重さは1.5kg。画面サイズの21.6インチから連想されるだけのサイズ感はあるが、厚みは一般的なタブレット端末くらいで非常に薄い。大きめのアタッシュケースであれば普通に入れられると思う。

スマートフォン(PIXEL3 XL)とほとんど同等の厚みしかない
6.3インチのスマートフォン(PIXEL3 XL)とのサイズ比較。PQ22UCの画面サイズは21.6インチ
商品には専用キャリーバッグも付属

接続端子は、DisplayPort Alternate(DP ALT)モードに対応したUSB TYPE-C端子が2系統と、micro HDMI端子が1系統ある。

接続端子部のクローズアップ。上に2つ列んでいるのがDisplayPort Alternate(DP ALT)モードに対応したUSB-C端子。下側がmicro HDMI端子

電源は、商品に付属するUSB-C端子があしらわれた専用ACアダプタから、ディスプレイ部に2系統あるUSB-C端子のどちらかから供給することになる。ACアダプタの仕様表示を見る限りだと、USB-PD/45Wのように見えるので、対応のUSB-PD対応モバイルバッテリーなどで本機を動かせる可能性があるが、今回の評価では、確認できていない。ちなみに、USB-PD/18Wのモバイルバッテリーでは動かせなかった。

DP ALT対応のUSB-C端子は、まだ普及率はそれほど高くないが、いわゆるThunderbolt3対応のUSB-C端子や、GeForec RTXシリーズのブラケット側に実装されたUSB-Cは、本機と適合できる。実際に、筆者宅でGeForce RTX 2080Tiと本機をUSB-C接続したところ、ちゃんと映像を映し出すことが出来た(ただし、電源はACアダプタから供給)。

3系統の入力映像の任意の2つを選んでのマルチ画面機能を搭載
3系統の入力映像の全てを一度に表示することにも対応

本機に搭載されているHDMI端子は、micro HDMI端子。ビデオカメラやデジカメに採用されている端子厚の薄いタイプであり、一般的なHDMI機器と接続するためには変換が必要になる。本機には、その変換ケーブル(micro HDMIオス←→標準HDMIオス)が付属している。付属ケーブルは長さ1mなので、これより長い距離で機器と接続したい場合は別途ケーブルを用意する必要がある。

筆者は今回の評価にあたってはHDMI 2.0対応のHDMI延長ケーブルを用意して、商品付属ケーブルと組み合わせて接続したが、今回は無事に4K/60P/HDR接続が行なえた。経験上、延長ケーブルを用いると接点部で信号損失が発生するので、長尺ケーブルで本機を接続したい場合は、別途、一本のmicro HDMIケーブルを用意した方が無難かも知れない。

ところで、本機は、サウンド関連の機能は一切ない。内蔵スピーカーもなければ、ヘッドフォン端子もないので、このあたりの仕様には留意されたし。

上側が電源ボタン兼「選択」操作ボタン。下側は上下カーソル操作ボタン

それでは実際に、活用していて気が付いた使用感についても触れておこう。

まず、OSDメニューは、電源スイッチを「選択」ボタンとして利用し、メニュー選択を上下ボタンで動かすスタイルで、少々使いにくい。特に入力切換を行なうために、メニュー階層を下に潜っていかなければならないのが苦痛であった。

そうそう、1つ裏技を発見したのでレポートしておく。本機のOSDメニュー操作において、選択ボタンはあっても「戻る/キャンセル」ボタンがないため、メニュー階層を潜ったあと、上層に戻るためには「戻る」項目にカーソルを合わせて「選択」を押していかなければならないのだが、実は選択ボタン(=電源ボタン)は1秒程度の"短めの長押し"をすることで「戻る/キャンセル」操作に対応することを発見。これを知っておくと、面倒なメニュー操作が幾分か楽になるはず。

入力切換を行うために5回も[下]ボタンを押さなければならないのが苦痛であった。たとえば上ボタン長押しでDisplayPort入力系統選択、下ボタン長押しでHDMI入力系統選択…といったショートカット操作があるべきだ

それと、もう一つの注意点は、表示画面がしょっちゅう暗くなってしまうところ。

これはどうも、現状は液晶パネルよりも短命な有機ELパネルの寿命延命措置のようで、デフォルト設定では、最大限に省エネ動作が働くようになっているのだ。

これをキャンセルするためには、「ECO Mode:オフ」「省エネ:標準レベル」「ヒューマンセンサー:オフ」の設定にするといい。最後の「ヒューマンセンサー」は、いわゆる光学式人感センサーなのだが、暗い色の服を着ていたり、暗室では不在と判断されて画面が突然暗くなったりするので、オフにして常用した方がいいと判断した。

ここが光学式のヒューマンセンサーの実装部のようである
ヒューマンセンサーが誤動作することでしょっちゅう表示が暗くなってしまう。これを回避するためにはヒューマンセンサー設定をオフにする必要がある

さて、例によって公称遅延値約3ms、60Hz(60fps)時で0.2フレーム遅延の東芝REGZA「26ZP2」とのシステム遅延計測も行なってみた。

計測の結果、約16ms、すなわち60fps時で約1フレーム程度の遅延が計測された。有機ELパネルは、応答速度は、液晶に対して桁違いに高速だが、焼き付き防止のためのゲインコントロールフェーズが介入することで遅延が発生する特性がある。

具体的には、有機ELパネルのタイミングコントローラが、パネル駆動電力を計算するための有余時間のようなものなのだが、これは遅延の大小はあれど、現存する有機ELパネル採用のテレビ製品やディスプレイ製品では、共通の仕様のようだ。1フレーム遅延は、リアルタイム性の高いゲーミング用途にはつらいが、普通の映像視聴においては気にならないはずである。

左がPQ22UC、右が26ZP2。PQ22UCはsRGBモード、26ZP2はゲームモードで計測。なお、PQ22UCにはゲームモードはなく、全画質モードで遅延量は変わらず

画質チェック~文句なしの発色。リアル10ビット×RGBサブピクセルこその描写も

本機の映像パネルは、冒頭でも触れたようにJOLED製の国産の4K(3,840×2,160ピクセル)解像度の有機ELパネルを採用する。

JOLED製有機ELパネルは、赤緑青(RGB)それぞれに発光するサブピクセルを印刷技術で形成するところが最大の特長だ。このRGB有機EL材料を個別にサブピクセルサイズに形成させる技術難度があまりにも高かったために、各メーカーはRGBサブピクセル型有機ELパネルの研究開発を断念したという経緯がある。

対して、コストを重視し白色サブピクセルを一括形成させる白色有機ELパネル方式を採択したLGディスプレイは、この技術開発競争を回避して勝利したわけだが、やはり理想形として、このRGBサブピクセル型有機ELパネルがあるわけで、その実際の製品が21.6型サイズで登場することには感慨深いものがある。

RGBサブピクセル型有機パネルとしては、サムスンディスプレイが携帯電話向けに実用化しているが、画素配列がペンタイル(千鳥足配列)方式で、赤と青のサブピクセルが緑のサブピクセルの半分しかないという解像度の面で妥協があるのだが、今回のPQ22UCに採用されたJOLED製RGBサブピクセル型有機ELパネルはRGBサブピクセルがそれぞれフル解像度分あるRGBストライプ方式を採用している。

RGBストライプ方式とRGBペンタイル方式。ペンタイル方式は高精細化限界を超えて見かけ上の解像度を上げるためにしばしば用いられる。全てではないが、携帯電話やVR-HMDに採用される有機ELパネルはペンタイル方式の採用事例が多い

下に、実際にPQ22UCの表示を光学300倍デジタル顕微鏡で撮影した写真を示す。

美しく整然とRGBサブピクセルが並んでいる様が見て取れる。参考までにLGディスプレイ製4K有機ELパネルの写真も掲載するが、サブピクセルの開口率においても、PQ22UCのJOLED製パネルが圧倒的に高いことがよく分かる。サブピクセルを仕切る格子の太さとRGBサブピクセルの大きさの比率を比べるとPQ22UCの方は格子線が圧倒的に細い。それだけ画素開口率が高いということである。

PQ22UCの表示面を光学300倍デジタル顕微鏡で撮影した写真
一般的な有機ELテレビに採用されているLGディスプレイ製有機ELパネルのクローズアップ写真(参考)。このように輝度を稼ぐために白色のサブピクセルがあるのが特徴である。ちなみにRGBサブピクセルも液晶パネルと同様のカラーフィルターを組み合わせることでRGB光を生成している。有機ELパネルの発光層としては白色単色なのがLGディスプレイ製有機ELパネルの特徴である

パネル表示面はノングレア加工されており、周囲の映り込みは最低限である。ノングレア加工の場合、表示光が若干拡散するため、表示のシャープさ、鮮烈さが鈍って見える場合があるが、本機の場合は、液晶機と違って自発光有機ELパネルなので、そうした感じはほとんどない。

視野角も広く、公称上下左右±178度と謳われているように、掠め見ても液晶とは違い色変移はほとんどない。

応答速度は公称値0.1ms(100μs)とのことで、一般的な液晶パネルの100倍高速ということになる。ただ、前述したようにパネル駆動の特性から遅延が約16msほどある。ここは本当に惜しいポイントだ。

本機はHDR表示に対応。その対応フォーマットはHDR10、HLG、Dolby Visionの3タイプ。まあ、現在流通しているHDRコンテンツを視聴する際に困ることはあるまい。なお、スペック上はピーク輝度が330nit、ネイティブコントラストは自発光画素の強みから「100万:1」を謳っている。

HDR表示はHDR10、HLG、DolbyVisionの3タイプに対応。最上部の「HDR_ASUS」はHDR10対応モードを表す。ピーク輝度330nitの輝度性能の範囲でHDR10表示を最適化したモードが「HDR_ASUS」モードというわけである

発色性能については、sRGB色空間カバー率100%、AdobeRGB色空間カバー率99.5%、DCI-P3色空間カバー率99%を謳う。なお、Rec.2020の色空間カバー率は非公開となっている。

特記しておきたいのは、一般的な液晶パネルと違い、本機のパネルは各RGBがネイティブ10bit駆動に対応するという点だ。一般的な液晶パネルでは、ネイティブ8bit駆動であり、FRC(Frame Rate Control)技術を応用して時間方向のディザリングを実践して10bit駆動を行なっているが、本機では真の10bit駆動に対応している。

ユニフォーミティを検証。輝度ムラはほとんど感じられない

スペック的なおさらいはこのあたりにして、実際に筆者が様々な映像を見たり、計測機器で調べた結果を報告していくとしよう。

まずは、0nitから10,000nitまでのテストパターンを段階的に表示させるHDRカラー階調テストを確認した。本機は公称ピーク輝度が330nitだが、ピーク700nitまでのカラー階調テストパターンでは飽和なしでちゃんと見るに堪えうる表示が行なえていた。1,000nitに達するとやや飽和を感じるので、高輝度なHDR映像のマスタリングには力不足かもしれない。

下に画質モード「標準」「sRGB」時の表示映像と、カラースペクトラムを示す。青と緑のピークが微妙に重なっている以外は、理想的なカラースペクトラムを出せている。これだけピークが鋭くなおかつ、分離していれば、公称スペックで謳われている広色域性能にも納得がいく。

標準モード
sRGBモード

実写系のHDR映像の画質チェックはいつものように、4K Ultra HD Blu-ray(UHD BD)「マリアンヌ」と「ラ・ラ・ランド」を視聴した。「マリアンヌ」は社交場にブラッド・ピットが辿り着くシーン(チャプター2)を、「ラ・ラ・ランド」は夕闇のもとで主役二人が歌い踊るシーン(チャプター5)をチェックした。

UHD BD「マリアンヌ」「ラ・ラ・ランド」

「マリアンヌ」での路上の街灯やネオンの煌めきのHDR感は秀逸。一方で、夜の街の暗闇が自発光のキレの良さで漆黒に沈んでいるため、2D映像なのに吸い込まれそうなくらいの奥行き感が感じられる。社交場に入ってからのシャンデリアのクリスタルの煌めきも鮮烈だ。

そして「ラ・ラ・ランド」は、おなじ夜のシーンでも日が沈んだ直後の空に赤紫が残る時間帯なので、街灯は「マリアンヌ」同様にHDR感溢れる輝きを示すが、二人が歩く舗装路や茂みには微妙な明るさを残している。

このシーンでは、液晶テレビやプロジェクターでは、この舗装路と茂みが、微妙な黒浮きで何が描かれているか分かりにくいのだが、本機の場合は、びっくりするほど情報量の多い「暗がり」が描かれる。そう、赤紫の空が浮かび上がらせた暗がりの中の情景がちゃんと描画できているのだ。この表現はLGディスプレイパネルを使った各社の有機ELパネルでも描けなかった表現で、筆者も思わず「おお」と声を上げてしまったほどである。これは「ネイティブ10ビット駆動」×「RGBサブピクセル構造」だからこそ描き出せているのだろう。

明るいHDR映像としては沖縄県の慶良間諸島などを4K/HDR収録したUHD BD「GELATIN SEA」もいつも通りチェック。チャプター6の「Shadow」を視聴した。

海辺に浮かぶクルーザーが浮かんでいる紺色に近い水深の深い海面から水深の浅いシアン色の海辺付近までのグラデーションが美しく再現されていた。緑方向のパワーがない難しいシアン付近の色あいもバッチリだ。

UHD BD「GELATIN SEA」
PQ22UCの泣き所は輝度の“振る舞い”。暗いシーンでは色の被りも

非常に優秀なディスプレイ製品だっただけに、普段の評価よりも念入りにいろいろと細かく調べてしまったのだが、その結果、いくつか本機の(あるいは現状のJOLEDパネルの?)特質的なものにも気が付いてしまった。これらについても記していくことにしたい。

まず、暗いシーンを見ていて気が付いたのだが、暗いシーンでは肌色が灰色に潜るような偽色現象に見舞われる。これは「マリアンヌ」のチャプター2のアパート屋上で主役二人が語り合うシーン(映画開始から13:00あたり)で分かりやすい。ブラッド・ピットの肌が完全に赤味を失い灰色に落ち込んでしまっている。これは他のテレビやプロジェクターではこの色にはならないので、JOLEDの有機ELパネルの発色特性か、あるいは本機の暗色のカラーボリューム設計のミスだと思われる。

それと、暗い背景の中を明るい動体が動くようなシーンで、明るい動体の面積の大小が変化すると、その輝度が劇的に上下してしまう現象にも気が付かされた。

試しに、黒背景に対して画面内に全白四辺形を表示させ、その面積を変化させて、その輝度を照度計で計測してみたところ、2.5倍の輝度格差が確認された。確かに一般的なHDR対応液晶テレビ製品でも「この傾向」が無いわけではないが、ユーザーが気が付かないように調整されている。さすがに2倍以上も輝度格差があると違和感があるので、チューニングを要するのではないか、と感じる。

黒背景のデスクトップに600×400ピクセル程度の全白四角形を表示させる。この時の全白四角形中央のピーク輝度は照度計の実測で499luxだった
この全白四角形を画面の大部分を覆うほどに大きくすると、この時の全白四角形中央のピーク輝度は照度計の実測で201luxまで下がってしまう。つまり、最大輝度がピーク時の40%にまで落ち込んでしまうと言うことである。この輝度低下に引っ張られ、右上の人物写真の映りはかなり暗くなってしまった
右上の画面の人物写真部分を拡大したもの。PQ22UCでは画面内に明るい輝度表現があると、別の場所にある輝度表現がここまで変わってしまうことである。HDR映像表現に関してはより深いチューニングの必要性を感じた

また、やはりピーク輝度が330nitということで、明るいHDR映像においてはハイコントラスト感を感じにくかった。

たとえば「GELATIN SEA」のCHAPTER「FERRY」において、陽光を照り返す"さざ波"達の煌めきが1ピクセル単位で細かく描かれるのだが、本機では煌めきに高輝度感が感じられず、SDR映像のような表現となっている。

最近別の仕事で評価した同じASUS製ProArtシリーズの高輝度液晶モデルの「PA32UCX」では、ここが非常にハイコントラストに見ることが出来て感動したばかりだったので、その落差もあって気になったのかもしれない。上のHDR階調カラーテストでも述べているが、HDR対応機としてはもう少し高輝度表現に安定したパワー感が欲しい気がする。

モバイルディスプレイにおける“新風”。据え置きモデルの登場にも期待

これまでにはなかった“高画質を持ち歩く”という発想は、新しいディスプレイ装置の活用の機会を創出しそうで、PQ22UCの存在は、モバイルディスプレイ市場に新しい風を持ち込んだと思う。

プロの写真家が撮影現場に持ち込む用途にも最適だし、CGデザイナーやWebデザイナーを初めとした色を取り扱うアーティスト達が集うスタジオにおけるリファレンスディスプレイとしても役立ちそうだ。実際にカバンに入れて持ち運ぶのもありだが、作業場で必要なアーティストが自分のデスクトップに代わる代わる置いて使うような共用ディスプレイとしての使い方もあり得そうだ。

まあ、「それだけ移動を頻繁に行うような活用をして耐久性が大丈夫なのか」といった心配はある。高価な製品だけに、購入時は長期保証サポートなどに加入した方が良いのかもしれない。

「モバイルディスプレイ」という括りを超えた視点で見ると、今回の評価では改善すべきところも見つかったと思う。

発色性能は概ね良好なのだが、暗色にやや難があると言う点が1つ。そしてピーク輝度が330nitとやや暗いこともあり、HDR映像表現に弱さを感じるという点が2つめ。これに起因して、ピーク輝度に近い表現物が画面内に占める面積割合に応じて、明るさやコントラスト感が不安定になるところもチューニングして欲しいポイントだ。

こうした特性ではHDR映像編集には向かない製品と言うことになるので、裏を返せば「モバイルディスプレイ」という製品ジャンルにこだわらない、最初から据え置き活用を想定した製品にも期待したいと思った次第だ。

トライゼット西川善司

大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。3Dグラフィックスのアーキテクチャや3Dゲームのテクノロジーを常に追い続け、映像機器については技術視点から高画質の秘密を読み解く。3D立体視支持者。ブログはこちら