西川善司の大画面☆マニア
第284回
見えてきた“家庭用マイクロLED”時代。ガチのサムスン、どうする他社
2024年2月16日 08:00
昨今の円安&物価高の影響もあって、年開け早々にラスベガスで開催されるエレクトロニクスショー「CES」に、今年こそは行けなくなるかと思ったが、周りの支援もあってなんとか行くことができた。
というわけで、前編・後編の2回に分けて毎年恒例の「CESで見た最新ディスプレイ技術事情」をお届けしよう。
“有機ELの先”マイクロLEDディスプレイとは?
まずは、この分野に詳しくない人も少なくないと思うので、ここ最近までの直視型ディスプレイの技術動向を整理しておく。
技術的に成熟の域に達している液晶ディスプレイは、コストパフォーマンスに優れるが、各液晶画素自身は発光することができない。そのため液晶ディスプレイでは、背後に仕込んだバックライトと呼ばれる光源からの光を、液晶分子の旋光特性を用いた「光の透過加減」制御で各画素の明暗表現を行なう。
この時、黒画素の表現は“光を通さない”ことで実践するが、液晶分子の旋光特性だけでは完全な遮光ができないため、どうしても微量の光が表示画面に漏れてしまう。これが液晶ディスプレイパネルで黒表現が微妙に明るくなってしまう「黒浮き」の発生メカニズムだ。
近年、普及期に突入しつつある有機ELディスプレイは、電荷を掛けると発光する有機材質を各画素に用いた映像パネル。液晶ディスプレイとは違って、黒表現を“画素を光らせない”ことで実現できる。このため、明暗差のはっきりした、非常に高いコントラスト表現が可能な映像パネルとして人気を博しつつある。
しかし、有機材は長時間連続的な電荷にさらされることで痛み劣化する。一般的には「液晶ディスプレイに対して約半分程度の寿命しかない」とされる。さらに、この経年劣化に起因した「焼き付き」現象も課題となっている。
「焼き付き」現象とは、画面上の同一位置に同内容を継続的に表示させることで、たとえその表示を消したとしても、うっすらとその表示が意図せず映り続けてしまう、一種の残像現象のことだ。
液晶ディスプレイにおける焼き付きは、液晶画素を駆動するための電極に、継続的に表示させた表示内容を再現しがちな「偏った電荷特性」が残ることで起きる。この偏った電極特性に起因した軽度な焼き付きは、ある程度の長い時間、白色画面を表示し続けたり、あるいは有機ELテレビの場合であれば「パネルメンテナンス機能」を活用することで解消・低減させることができる。しかし、“重度”の有機ELディスプレイの焼き付き現象は、有機材そのものの劣化によって起きる場合が多く、基本的に回復は不可能とされる。
そこで、次世代映像パネルとして期待されているのが「マイクロLEDディスプレイ」パネルだ。これは、各画素が、我々の周りにある、ありふれた普通のLEDそのものでできているディスプレイパネルになる。
発光メカニズムは、普通のLEDも有機ELも同じといえば同じである。
LEDも有機ELも、正孔が多いP型半導体と電子が多いN型半導体がPN接合された半導体素子だ。これに電荷を掛けると、正孔と電子が衝突して再結合し、P/Nそれぞれの半導体素子のレシピによって特定の色の発光現象を起こす。これがLEDや有機ELの発光メカニズムになる。
発光原理は同じでも、現状の有機材は発光効率が普通のLEDと比較すると劣る。はっきり言えば、同じ消費電力で駆動した場合、有機ELディスプレイは、バックライトにLEDを活用した液晶ディスプレイに明るさでは叶わない。
しかし、発光効率に優れた普通のLEDは、明るさ、消費電力の面で液晶ディスプレイとほぼ同等。大消費電力を許容できれば、液晶ディスプレイを遙かに超えた輝度を絞り出すこともできる。
さらに、有機材を使っていない普通のLEDは焼き付き耐性に強く、さらに長寿命である。サムスンなどは「公称10万時間以上」を謳っており、これが事実ならば、有機ELの4倍~5倍は長寿命ということになる。
また言うまでもないが、マイクロLEDディスプレイは、各画素が個別に自発光できる自発光画素であることから、黒の締まり、コントラスト性能は有機ELディスプレイと同等だ。
応答速度も液晶画素の数十倍(100倍近く)は速く、リフレッシュレートは、冗談のような3,000Hzオーバーも余裕とされる。つまり、ゲームとの相性もすこぶる良い。マイクロLEDディスプレイはまさに夢の映像パネルだといえるのだ。
しかし、各画素となるLEDをマイクロメートル(μm)スケールで形成し、これをディスプレイパネルとして実現できるほどの個数、例えば4K解像度の場合「800万画素×赤緑青の3原色分≒2,400万個」のLEDを平面基板上に配置して実装する必要がある。この製造・実装工程を現実に行なうならば、猛烈に高い製造コストが必要になる。従って現状は、マイクロLEDパネルを、1枚パネルで製造するのは非常に困難だとされる。
家庭用のマイクロLEDディスプレイの実現に向けて
2024年時点では、マイクロLEDディスプレイは、大画面を単一の映像パネルとして、安価に製造することが難しいため、中小サイズの、ある程度の解像度を持ったモジュールを複数枚使って、縦横にタイル状に繋ぎ合わせて大画面を構成している。
現在、イベント会場やバーチャルスタジオなどで多数の実動稼動事例のあるソニーのマイクロLEDディスプレイ「Crystal LED」なども、まさにこのパターンだ。
こうした業務用のマイクロLEDディスプレイは、屋内用で2,000nitクラス、屋外用になると6,000nit以上の輝度を持ち、消費電力も発熱量も大きい。よって、大画面のマイクロLEDディスプレイの背面側には、多数の電動ファンが実装されていることも多い。システムとして仰々しくなりがちで、マイクロLEDディスプレイが大画面テレビとして実用化されるには、技術的なブレークスルーが待たれている状況だ。
ただ、マイクロLEDディスプレイの画質自体はかなり良いため、近年は富裕層からは「高くてもいいからホームシアター用途に導入したい」というニーズが出てきている。
そうした声に応えて、ソニーやサムスンが、そうした複数のパネルモジュールを繋ぎ合わせて構成した大画面マイクロLEDディスプレイを富裕層向けに少量に販売したことがある。しかし「リモコンから電源を入れられ、HDMIケーブルで直結した各種プレイヤーからの映像を簡単に見られる」テレビ的な使い勝手の製品にはなっていなかった。
ただ最近では、マイクロLEDディスプレイを富裕層向けのホームシアターユースに訴求するメーカーも出つつある。日本では、まだ認知度が低いが、中国の深センに本拠地を構えるLEDディスプレイ事業を手掛けるCreateLED社も、そんな一社だ。
最近、ホームシアター向けマイクロLEDディスプレイを世界市場に向けて2024年2月に発売することをISE 2024でアナウンスした。
CreateLED社が開発したリビング向けのマイクロLEDディスプレイは、単位パネルモジュールの解像度は768×432ピクセル。この単位パネルモジュールを縦5枚×横5枚で繋ぐと4K(3,840×2,160ピクセル)解像度の大画面が構築できる。
CreateLEDでは、この単位パネルモジュールをタイル状に繋いで大画面を構成する際の、パネルの継ぎ目を目立たなく構成できるような工夫をしているそうだ。
また、輝度も一般的なテレビと同等の800nit~1,000nit前後に抑えた設計になっており、家庭用電源から利用できるほどの消費電力で稼動できる。また同時に、電動冷却システムなしの無音稼動を達成。映像エンジンなどを内蔵したプロセッサ部は画面下部に統合されており、リモコンから使える「テレビライクな使い勝手」も実現したという。
単位パネルモジュールのドットピッチによって画面サイズや価格が異なり、ドットピッチ最小の0.635mmのモデルは136型で約16万ドル(北米価格、以下同)。ドットピッチ最大の1.25mmのモデルは217型で約20万ドル。これ以外に、約17万ドルの145型、約18万ドルの163型がラインナップされる(解像度は全モデル4K)。
価格はかなり高価だが「最初からリビング用として設計・開発されたマイクロLEDディスプレイが登場する」という事実は、今後の業界を動きを変えるきっかけとなる可能性がある。欧米からの先行販売となるが、日本での発売予定もあり、2024年内は国内(東京・台場)で実動デモ機を常設している。見学希望は「salesjp@createled.com」まで、とのことだ。
マイクロLEDパネルの製造が劇的進化!? 京セラから新技術
現実的なコストで、高解像度なマイクロLEDディスプレイを1枚パネルとして製造することは絶望的なのか……というと、どうやらそんなことでもなさそう。ブレークスルーをもたらしそうな技術は、いくつかの企業から提唱されている。
日本企業では2023年、京セラが驚くべき技術をサンフランシスコで開催された国際会議「SPIE Photonics West 2023」で発表している。
発表された新技術とはこんな新工法だ。まず、僅かな開口部を開けたマスクプレートを咬ました低コストな独自開発基板「EGOS基板」(シリコン基板やサファイア基板など)を使う。そして、そのマスクの厚み分だけ、窒化ガリウムなどの半導体デバイスを立体的に三次元的に積層させる。次に、このマスクの厚みを超えてからは、今度は二次元平面方向に積層させていく。
京セラの新工法では、マスク開口部の初期積層部に不良素子を意図的に集中させることで、それ以外の広い面積部に不良素子を形成させない効果があるという。また、初期積層部はもろくなっているため、積層させて形成させたマイクロLED部は簡単に剥離させることが可能。つまり、無数に形成した整然と列んだ大量のマイクロLEDを、比較的容易にベース基板への転写が可能になる。
マイクロLEDディスプレイでは、ウエハ上の膨大な数のマイクロLEDダイ(チップ)を、ベース基板にレーザー蒸着にて貼り付けていく製法が主流だが、その際の、ウエハ上のマイクロLEDダイの剥がれやすさは製造スピードに直結する。
なお、EGOSは「ELO GaN on Substrate」(GaNは窒化ガリウム半導体。Substrateは基板)の略。ELOとはEpitaxial Lateral Overgrowthの略語で、ELOは「横方向に過剰成長させた」の意味だ。
この新工法を用いると、わずか1mm×1mmの領域に340個という超高密度でマイクロLED画素が形成できる。これを配線などを形成させた半導体基板に転写すれば、計算上で17インチ程度のRGBフルカラーのマイクロLEDディスプレイを製造することができる。
このサイズが実現できればノートPC向けはもちろん、より大きい50インチクラス前後のテレビ向けのマイクロLEDディスプレイも製造できる可能性は高い。製造技術が成熟すれば一桁台インチクラスのスマートフォン、XR-HMD向けのマイクロLEDディスプレイだって実現できるようになるかもしれない。夢は広がる。
「マイクロLEDに本気です」をアピールするサムスン
マイクロLEDディスプレイがらみの話題を本連載で取り扱うのは久しぶりだったので、少し前置きが長くなってしまった。
では、ここまでを踏まえた上で、CES 2024で見たマイクロLEDディスプレイ近況をレポートしたい。
今年のCES 2024で最も、マイクロLEDディスプレイに力を入れていたのはサムスンだった。
映像系展示ブースの大半をマイクロLEDディスプレイ関連で埋め尽くし、「次世代ディスプレイの本命はコレ」という衆知と、その製造を支える技術解説パネルなども多数掲げており、少なくともCES括りでは、歴代、最もマイクロLEDディスプレイに力を注いでいた展示になっていたと思う。
ブースには、マイクロLED製造工程を解説するパネルと、パネル製造機械の模型展示などを広く展開。模型はかなり簡易的なものではあったが、前段で少し触れたレーザー転写の工程や、マイクロLEDならではのエイジング工程などの解説も興味深かった。
エイジング工程とは、膨大な数のLEDダイを基板に転写した後に、正しい動作を継続的に行なえるかのテスト動作をするもの。膨大な数のLEDダイが、正しく基板上の電極と接合されているかをチェックするとともに、十数時間、連続動作させたとき、熱に起因した脱落や動作不良を起こさないかを見極める。いうなれば、CPUやGPUの動作テストで言うところのバーンインテストに相当する。
マイクロLEDのウエハの実物も展示されており、しかも、RGB(赤緑青)の3色分のウエハが展示されていた。
ウエハ上に形成されているマイクロLEDには、不良品が混在している可能性があるので、製造工程導入前には、AI技術(≒コンピュータビジョン技術)を用いて、このウエハを撮影した顕微鏡写真から不良品チェックが行なわれたりもする。
実際のレーザー転写工程では、このRGB各色のマイクロLEDダイを、ウエハから基板に転写していくことになる。
この展示セクションで、一番人だかりができていたのは、マイクロLEDダイ(チップ)の「瓶詰め」だ。まるで砂が入っているようにしか見えないが、この1粒1粒がマイクロLEDなのだ。上のライブ顕微鏡写真と比較するとさらに感慨深いことだろう。
ブース内には、画面サイズの違う3種類の市販製品ぽい見映えの薄型筐体に収まった試作モデルが複数台が展示されており、「家庭にマイクロLEDテレビが来たらこんな感じなのだろうか」という未来像を来場者に予感させていたと思う。
「直近の市販の予定はなし」としながらも、かつてないほどの完成度の高い筐体にマイクロLEDディスプレイが収まっており、筆者は表示画質の高さよりも、筐体の完成度の方に先に驚いてしまったほどだ。
画面サイズは、サムスン側は非公開としていたが、ブースにいた説明担当者は、筐体に収められた試作機は85型、98型、110型だと教えてくれた。壁に埋め込まれた筐体なしの試作機は146型で、これは、2021年にリリースされたThe Wallブランドのものだと思われる。
前出のCreateLED社の製品もそうだったが、マイクロLEDディスプレイは、運搬とブース設営の関係で、展示会場の現場で目標の画面サイズにするための単位パネルモジュールの繋ぎ合わせを行なうことも多い。
そのため、そもそも、デモ機が筐体に収められておらず、背後の骨組を隠蔽した壁面スタイルで展示することが多い。しかし、写真を見てもらうと分かるように、今回のサムスンの展示では、146型デモ機を除いては、どの画面サイズのモデルも、「まるで普通の薄型テレビ」のように見えるのが凄いのだ。
画質面でも、今年、展示されていたサムスンのマイクロLEDディスプレイは、例年と比べれば画質はだいぶ良くなっていることが実感できた。具体的には発色や階調が洗練されてきており、さらに単位パネルモジュールのつなぎ目の隠蔽も格段に良くなっていた。
日本企業勢でマイクロLEDディスプレイに力を入れているといえばソニーが筆頭なワケだが、少なくとも今回のCES 2024のソニーブースでは、マイクロLED技術に関するアップデートの展示はなし。来年に期待しよう。
LGも参戦。民生向けマイクロLED「MAGNIT」
サムスンの永遠のライバル・LGは、昨年発表し、'24年の正式発売が決まった透明型有機ELテレビのアピールがメインとなっており、マイクロLEDディスプレイについては、MAGNITブランドの118型モデルの発表と展示を行なうのみだった。
118型の新モデルは、LGが2022年にブランドを立ち上げた、民生向けマイクロLEDディスプレイのブランドである「MAGNIT」シリーズの新モデル。北米価格は23万7,000ドルで、民生向けと呼ぶにはやや無理のある価格となっている。
LGとしては、80型以上の超大画面クラスでは、有機ELテレビが価格も熟れてきたため、マイクロLEDよりも有機ELに注力したい思惑が見え隠れする。
ブースでは、マイクロLEDディスプレイを水底に配置した「マイクロLEDプール」などの提案など、マイクロLEDディスプレイのユニークな業務用展開の提案展示が目立っていた。
マイクロLEDにも“透明型”が登場
サムスンは、透明基板にマイクロLEDで画素を形成した透明マイクロLEDディスプレイを今回のCESで初披露していた。
透明映像パネルは、液晶や有機ELでも実現可能であり、既にシャープ、JDI、LGなどが業務用、民生用に製品パネルをリリースしているが、マイクロLEDでこれを実践する事例はまだ珍しい。
サムスンによると「マイクロLED画素は非常に明るく発光できるため、透明基板上に実装するRGBサブピクセルは小さくてよく、その分、画素あたりの透明面積を広くできるため、透過率の高い透明映像パネルが構成できる」と主張する。
ご丁寧に、LG式の赤緑青白の4色有機ELパネルの図解まで掲示して、「透明パネルならばLGの有機ELより、うちのマイクロLEDの方がいいよ」とアピールしていた。
言うまでもなくこれは、今回のCES 2024で、LGが発売することを発表した「透明型有機ELテレビ」に対して、茶々を入れているのだろう。
そう、この連載を読んできた読者なら説明は不要だろう。毎年恒例の「サムスン vs LG」の「仲良くケンカしな」儀礼なのだ(笑)
まあ、発売に漕ぎ着けた製品と、まだ試作レベルの技術を比較するのはどうかと思うが、実際に、高い透明度のパネル上に眩しいほどに輝く自発光画素は大したものであった。
展示コーナーでは、奥側に設置した通常の液晶テレビにてサッカーの中継っぽい映像を流し、その試合展開に応じた解説情報を、展示コーナー手前側に設置した透明型マイクロLEDディスプレイで表示する、というデモを披露していた。
ただ、会期中、そんなサムスンにちょっとした不幸が訪れた。
会期2日目、この透明マイクロLEDパネルが動作不調に陥り、時間を経るごとに正常に動作する単位パネルモジュールが数を減らし、最終的には、ほとんど“非表示”になってしまったのだ。
「透明マイクロLEDディスプレイの非表示状態」とは、ただの「透明板」(アクリル板)にしか見えないため、来場者からは「どこが透明なんだ?」という質問が殺到。
ときどき、部分的に単位パネルモジュールが点灯することもあるが、完全な表示にはならず、歯抜け表示となってしまっていた。サムスン側も、これを全世界に報じられてしまっては面目が立たないし、図解パネルでいじったライバルのLGにもカッコが付かない。
……ということで、一番目立つところに展示されている透明型マイクロLEDディスプレイの前でサムスンスタッフが「写真を撮らないでくださーい」を連呼。来場者からは「本当に透明でオレには何も見えないぞ」のアメリカンジョーク的なヤジまで飛ぶ始末。軽い騒動になっていた。
なお、この事態をLG関係者がクスクス笑っていたかどうかは不明である(笑)
【後編へ続く】