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YouTubeからDolby Atmosへの挑戦。A24映画「バックルームズ」の21歳監督が語る“環境音の美学”
2026年9月10日 08:00
アメリカの気鋭映画スタジオA24が手がけた新作「バックルームズ」が、2026年9月4日より日本公開され、若年層を中心に大ヒットスタートを切った。配給はハピネットファントム・スタジオ。
1990年のアメリカを舞台に、家具ショップの地下の壁をすり抜け、「どこまでも続く黄色い異次元の空間=バックルームズ」へ入り込んでしまった登場人物たちの恐怖体験を描く、サスペンス スリラーだ。
どこか奇妙な現実世界の裏側=リミナルスペース(Liminal Space:境界空間)に迷い込む設定は、日本で大ヒットした『8番出口』の源流に繋がるものと言ってもわかりやすいかもしれない。
で、この「バックルームズ」、今年5月に全米公開されるやいなや、なんと、あの「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」の興収を上回り、全米興行収入1位を獲得。A24作品史上最高となるグローバル興収4億ドルに迫る大ヒットを記録している。
さらに21歳の若手監督ケイン・パーソンズは、「全米興行収入1位を獲得した最年少映画監督」の記録を鮮やかに更新した。
そんな感じで色々と語りがいのある映画なわけだが、AV Watch目線ではやはりDolby Atmosを採用した音響表現が見逃せない。なぜならば、パーソンズ監督は自身で作品の音響を手がけるタイプで、アンビエントやエレクトロニカの音源をリリースするサウンドクリエイターでもある。
本作の音響演出にも、並々ならぬこだわりが詰まっているのだ。
今回はそんなパーソンズ監督本人にインタビューし、本作の音響にまつわるあれこれを訊くことができた。YouTubeから劇場音響への進化、ビンテージシンセやゲーム音響からのインスピレーション、そして彼が追求した「環境音の美学」について紐解いていこう。
ネット発の巨大フォークロアから、A24史上最高ヒットのスクリーンへ
さて、本作は実に語りがいのある映画だが、魅力を満喫するには多少の前提知識が必要となる。インタビューパートに入る前に、その作品背景について触れておきたい。
本作の元ネタは、2019年頃に海外のインターネット掲示板「4chan」の書き込みから生まれた“The Backrooms”という都市伝説=デジタルフォークロアである。
オリジナルの投稿は、「黄色い壁紙が続く不気味な部屋の画像」たった1枚。そこに「現実の裏側に落ちてしまった先の空間」「爆音で鳴り響く、終わりなき蛍光灯ノイズ(ハム音)」といった内容のリプライが添えられていた。
作者不詳のその投稿は、リミナルスペースの不条理さを醸し出すビジュアルとテキストにより、すぐさま世界中のネットユーザーの想像力に火をつけた。明確な著作権者が存在しないデジタルフォークロアだからこそ、有志たちが「実はこの空間には階層(Levels)がある」「こんな異形(エンティティ)が潜んでいる」と自由に設定を書き足し、巨大なシェアワールドへと成長していったのである。
このデジタルフォークロアを、2022年に実写映像化しオンライン上で拡散させたのが、当時わずか16歳のケイン・パーソンズだ。彼は自身のYouTubeアカウントで、“The Backrooms”の世界観を実写映像化した『The Backrooms (Found Footage)』を投稿。アナログホラー&モキュメンタリーの手法と独自設定を組み込んだその動画は、爆発的な再生数を記録した。
そして今回、A24のもと、パーソンズ自身が監督を務めて長編映画化を果たした……という流れだ。で、冒頭でお伝えした通り、映画は全米公開されるやいなや見事に大ヒット。YouTubeで世界を熱狂させたデジタルネイティブ世代の作家が、自らの手でネット発の都市伝説を全米の大画面スクリーンへ完全昇華させ、ムーブを生み出す————。YouTubeクリエイターが商業映画の監督になる時代が本格化する流れの中に、本作「バックルームズ」のケイン・パーソンズも立っている。
実際、本作のバチバチにキマリまくったビジュアルセンスは次世代感に溢れており、多様な表現やモチーフが点在しているので、観る者がこれまでの人生で触れてきた様々なカルチャーの記憶を掘り起こす効果もあるだろう。
筆者個人的には、シチュエーションスリラー「CUBE」やモキュメンタリーホラー「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」、さらにJホラーっぽい湿り気といったエッセンスを感じつつ、デ・キリコの形而上絵画やダリのシュルレアリスムなどの美術的感覚も湧き上がったりと、まあとにかく色々だった。
そして、そんな次世代感を映画館クオリティへ引き上げている大きな要素が、監督の美学が注ぎ込まれた「サウンドスケープ(音響風景)」なのである。簡単に言えば、本作は「リミナルスペースの音を体験できる映画」。フォーリー(生音の擬音化)を駆使した不穏なサウンドの広がりが、観客を「現実世界の裏側」へ引きずり込み、延々続くバックルームズの圧迫感を与えてくる。
いよいよここからは、インタビューで語られた監督の言葉を交えながら、音にまつわる詳細を深掘りしていこう。
アコースティックな「リアリズム」と、有機的・機械的音のグラデーション
自身がサウンドクリエイターであるパーソンズ監督は、本作の音響を「劇場の音響システムのために特別に作り上げたサウンド」と語った。その音作りで追求したテーマを、「アコースティックなリアリズム」と表現する。
パーソンズ監督(以下パーソンズ):単に観客を驚かせるためのホラー的効果音を配するのではなく、画面に広がる無機質な空間そのものの質感を、音によって立ち上げようと試みました。
バックルームズに入り込んだときに存在する、その場所の年代感や少し安っぽい質感、あるいは素材そのものの材質が、観客にダイレクトに伝わるような音を作りたかったのです。
もうひとつ意識したのは、音のトーンが響く中で、耳に少し触るような『違和感』です。同じ音を単調に繰り返すのではなく、有機的な音と機械的な音の間を行き来するような、違和感が生まれるサウンドのグラデーションを作りたいと考えました。
また、通常の制作では広範なチームから多様な意見を採り入れることが多いが、本作は音響に関してのみ、監督を中心とする極めてミニマムなチームで制作されたという。
パーソンズ:制作期間が短かったので、サウンドだけは担当のエウジェニオ・バッタリア、作曲家エド・ヴァン・ブレーメン、そして私の3人だけで作り上げ、最終的な成果物をA24側に提示するという形で進めていきました。
ビジュアル面でもサウンド面でもインパクトの高い本作だが、特にサウンドに関しては、監督を中心とした音響チームのこだわりが一気通貫で作品へ注入されているのも注目ポイントだ。
YouTube版からの進化。劇伴と環境音の境目を曖昧にする「閉所恐怖」の表現
YouTubeのオリジナル版「The Backrooms (Found Footage)」と、今回の映画版の音の違いについて、パーソンズ監督は「サウンドパレットや使用しているソフトウェアの系譜こそ同一ながら、その指向性は違う」と語る。
パーソンズ:YouTube版がどこか息をつく余裕を残したコンセプチュアルで静謐な音作りだったのに対し、映画版では緊迫感を演出するためにより音のフォーカスを絞り込み、メロディのうねりを強調したドラマチックなものとしています。
映像と音楽の両面から、息が詰まる閉所恐怖的(クラウストフォビック)な空間演出を狙いました。
一般に映画の音声は、「セリフ(台詞)」「劇伴(音楽・BGM)」「効果音(SE)」「環境音(アンビエンス)」などいくつかのレイヤーがある。この中でも、「劇伴」と「環境音」の演出は、本作の世界観を形作る大きな要素と言えよう。
特に、劇伴と環境音の境目があえて曖昧になっているのは、本作の“バックルームズに迷い込む体験”を高めている要所だ。
パーソンズ:自分たちで作ったスコアを一度リミックスして音響・効果音として利用したり、まるで『隣の部屋から聞こえてくる』ような空間処理を施したりしました。劇伴と環境音が重なり合い、バックルームズ特有の不穏な臨場感を生み出しているのです。
なかでも、バックルームズという世界観を象徴するのが、黄色い部屋の内部に「ブーン」と響く不快な蛍光灯ノイズ(ハム音)である。
不安感を盛り立てる効果音として「低音の響き」を操るのはホラー映画の重要手法であるが、本作ではその低域SEと重なる形で、蛍光灯が発する低音の「ブーン」という雑音(ハム音)がひたすら無機質に鳴り響いている。ここには非常に大きな示唆がある。
そう、元ネタとなる4chanに投稿された「黄色い壁紙の部屋」の画像。上述の通り、そこには「爆音で鳴り響く、終わりなき蛍光灯ノイズ(ハム音)」という意味のテキストがリプライで添えられていた。つまり、“The Backrooms”というデジタルフォークロアには、初期段階で「サウンド」という成分がパッケージされていたことになる。
今回の映画「バックルームズ」における「蛍光灯ノイズ(ハム音)」という環境音の演出は、元ネタの“The Backrooms”が持つオリジンを再現する重要要素なのだ。
実際に映画の序盤、登場人物が壁を通り抜けて異空間へと侵入した瞬間から鳴り始めるこの「ブーン音」は、単なる環境音の領域を超え、空間の異常性を観客に刷り込む役割を果たしている。
パーソンズ監督は、このノイズについて「ただ均一に流すのではなく、登場人物の位置関係や心理状態に連動させて緻密に周波数をコントロールした」と語る。
パーソンズ:あの音はある種の電磁波ノイズのようなものとして、空間に響いています。周波数の数値目安をいくつか設定し、部屋のシチュエーションや緊迫感に合わせて、それを上げたり下げたりと複数のパターンで綿密に使い分けました。
登場人物が壁に近づくとそのノイズが強くなったり、部屋を移動するごとに周波数が少しずつ変化するように、細かく設定しています。
決して派手な演出ではないが、この微小な周波数の変化が、観客に無意識のうちに緊張と圧迫感を与え続けるのだ。いわば「黄色い壁紙の空間=バックルームズ」に入っている合図として、観客の耳には無意識のうちに不快な「ブーン音」が刻み込まれていく。
ちなみに筆者、この辺の音響体験にフォーカスした作品解説コラムを、本作の公式noteに寄稿している。もし良ければこちらも合わせて参照いただければ幸いだ。
【ネタバレあり】『バックルームズ』の狂気は音で決まる。「蛍光灯のブーン音」が神経を侵食するノークリップ体験
また、劇伴作りについても監督のこだわりは興味深い。本作では「Absynth(アブシンス)」や「Reaktor(リアクター)」といったビンテージのシンセサイザーやソフトウェアが活用されている。パーソンズ監督がこれらの音源を使う背景には、自身が影響を受けたゲーム音響からのインスピレーションが存在していた。
パーソンズ:オンラインコミュニティで長年親しまれてきたプリセット音源や、自分が遊んだゲーム、例えば「Portal」や「Half-Life」のような作品のサウンドが持つ特有の質感を取り入れたかったのです。
ローファイでありながら、浮遊感とリアルさがある質感ですね。そこにモダンな響きやリバーブを組み合わせ、独自のサウンドに仕上げました。これらのシンセは、2020年頃からずっと愛用し続けているものです。
YouTubeからAtmosへの挑戦。空間の身体性と生々しさ
さてもうひとつ、本作の音響体験を極限まで高めるのが、劇場用立体音響フォーマット「Dolby Atmos」だ。これまでYouTubeを中心に活動してきたパーソンズ監督にとって、マルチスピーカーで鳴らす立体音響のミックスは未知の体験であり、新たな発見が生まれた現場だったという。
パーソンズ:私はずっとYouTubeを中心に制作してきたため、劇場のハードウェアや音響システムについてはそこまで詳しくありませんでした。
今回、実際に制作しながら学んでいったのです。エディットやミックスをDolby Atmos環境が整った劇場スタジオで行なったのですが、その表現の可能性に驚かされました。
天井スピーカーも使用する立体的なオブジェクト音場はもちろん、スピーカー群の周波数特性が低音域・高音域共に延伸されることも特徴であるDolby Atmos。その表現を得たことで、パーソンズ監督は「空間の身体性を追求することができた」と語る。
パーソンズ:私は、その空間にいる人間の『反応』までリアルに体感できるようにしたかったのですが、今回は壁がまるで縮んでくるかのような圧迫感をもたらすサウンド演出が実現できました。
具体的には、先ほどの低域のハム音の広がりもそうですし、インダストリアルな質感、エイリアンが潜むジャングルのような生々しさ、アコースティックなウッド感のある響きなど、様々な響きの要素を融合させ、不気味で異質なサウンドスケープを構築することに成功しました。
言うなれば、YouTubeからDolby Atmosへ。パーソンズ監督は、映画「バックルームズ」で「映画館のための特別なサウンド」を設計し切ったと自信を見せる。最後に、日本の映画ファンへ向けて力強いメッセージを寄せてくれた。
パーソンズ:今やスマートフォンなどの小さなデバイスでも手軽に映像作品を楽しめる時代ですが、今回の映画版では『劇場の音響システム』のために特別なサウンドミックスを行ないました。映画館の環境で聴くことで得られる没入感と臨場感があります。
日本の映画館でこのサウンドが解禁され、日本の皆さんが『バックルームズの音』を経験をしてくださることにすごくワクワクしています。
というわけで本作を鑑賞される際はぜひ、Dolby AtmosまたはDolby Cinema対応劇場で、「バックルームズの音」を全身で浴びてほしい。すぐに映画館の座席ごと「現実世界の裏側」へ迷い込める。
タイトル:『バックルームズ』
公開:TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
配給:ハピネットファントム・スタジオ All Rights Reserved.
監督:ケイン・パーソンズ
出演:キウェテル・イジョフォー、レナーテ・レインスヴェ、マーク・デュプラス、フィン・ベネット他
2026|アメリカ|126分|英語|5.1ch|原題:Backrooms|字幕翻訳:佐藤恵⼦ | 映倫:G
(C)2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC.











