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プライベート・ライアン塗り替える!? ドルビーサウンドコンサルタントが語る“戦場を再現する音”。A24「ウォーフェア 戦地最前線」
2026年1月16日 08:00
確実にDolby Atmosで観るべき“戦闘”映画
映画「ウォーフェア 戦地最前線」が、1月16日から全国の劇場で公開されている。近年、ヒット作を連発している米独立系映画スタジオ「A24」の新作で、イラク戦争に従軍した米軍兵士たちが置かれた極限状況を描く戦争映画だ。
脚本・監督は、2024年に公開された「シビル・ウォー アメリカ最後の日」が世界的にヒットしたアレックス・ガーランド。さらに、長年の従軍経験と特殊部隊教官の経歴を持つレイ・メンドーサが共同監督として名を連ねている。
……というのも実は本作、メンドーサが所属したアメリカ海軍特殊部隊、ネイビーシールズが直面した実話を元に、可能な限り当時を忠実に再現することを狙った映画なのだ。2000年代初頭に勃発したイラク戦争のひとつの姿を振り返るコンテンツとして、貴重な位置付けにある一作である。
そして、実はもうひとつ大きな価値がある。実話を元にしたストーリーをただ観せるだけではなく、観客が“戦場に居合わせる感覚”を生み出す演出がなされていることだ。その軸にあるのは、「音響」。
聞くところによると、メンドーサは「戦場の記憶は音である」という旨を語っており、本作ではDolby Atmosフォーマットを駆使して、メンドーサや当時の隊員たちの記憶にある“戦場の音”が設計されている。
それは、単に音が派手な戦争映画とは一線を画している。スクリーンに映る情報だけではなく、音によって空間性や緊張感が構築されていて、まさにタイトルの「Warfare=戦闘状態」の中に観客が放り込まれるような体験価値を生んでいるのだ。劇場のDolby Atmos環境で鑑賞することが、作品体験の核になる映画と言っても良い。
今回は、日本アカデミー賞協会特別賞の受賞歴を持つドルビーサウンドコンサルタント・河東努氏に、この[ウォーフェア 戦地最前線」のサウンドについて解説していただく機会を得た。30年以上にわたり映画の音響制作に携わってきたプロが、本作の音響的スゴさを語る。
1992年にコンチネンタル ファーイースト社のドルビーフィルム製作部に入社。先任者の森幹生氏と共にDolby Laboratories Inc.認定のドルビーサウンドコンサルタントとして30年以上にわたり実写・アニメを問わず1000本以上の邦画作品の音響制作に関わる。現在はフリーランスとなり、日本で唯一のドルビーサウンドコンサルタントとしてDolby Japanと技術提携して活動中。
その仕事は多岐にわたるが、映画制作者の意図した音響演出が映画館の観客に適切に伝わるための技術サポートを信条として、Dolby DigitalやDolby AtmosなどDolbyの映画音響フォーマット採用作品のマスタリング、ダビングステージや映画館の音響特性の維持管理への協力、その他新旧の映画音響技術のコンサルタントとして、日本の映画産業に貢献している。第48回 日本アカデミー賞 協会特別賞。
冒頭からエンドロールまで、一貫して音がコントロールされている
「ウォーフェア 戦地最前線」の音響的なポイントに触れるとき、一般的には銃声や爆発音、航空機の通過音といった“わかりやすい戦闘音”が象徴的だ。もちろんそれらの音の迫力も踏まえた上で、河東氏は「本作の音響的にすごいところは、そういうありがちなシーンだけではありません」と語る。
河東氏(以下敬称略):個人的に印象に残っているのは、冒頭からエンドロールまで、作品全体が音で持続的に一貫してコントロールされていたことです。
本作は、冒頭で戦場とはまったく関係のないエアロビクス映像が流れ、「なんだこの映像は?」と観る者に違和感をもたらして始まる。
河東:冒頭でいきなり映るエアロビクスの音楽から、イラクの街中を兵隊たちが進むシーン、本格的な戦闘状態に入ってからのカオスな音声、そして最後に流れるエンドロールまで、全てのサウンドが“当時のイラクの状況に観客を引き込むもの”として計算されているんです。
本作には、いわゆるBGMや劇伴がない。つまり音楽の旋律でシーンを盛り上げる演出が基本的になく、冷静に状況を描写する環境音やセリフなどの“音声”があるのみだ。大きな音も小さな音も人のセリフも、常に淡々と“現実の音”として鳴り、観客の感情を煽りすぎることはない。
河東:例えば、瞬間的に観客を驚かせるIED(即席爆発装置)の爆発シーン。あの瞬間から観客はずっと“戦闘の中”に入ってしまうわけですが、実はそこまでもそこから先もずっと細かい音の設計は続いています。
音量や周波数特性を駆使したサウンド設計によって、観客を戦闘そのものに巻き込み続ける仕掛けがされているのを感じました。
セリフの扱い方も、映画として重要な情報はきちんと聞き取れる一方で、爆発後や混乱の只中では、あえて聞き取れないような場面もある。
河東:現実に、爆発が起きた後の現場は、混乱しすぎて聞こえない言葉ってたくさんあると思うんです。本作ではそれも再現されているようでリアルでした。
私は日本語字幕付きで観たので、話している内容は文字で把握できたのですが、セリフ音声だけにフォーカスすると非常に混沌とした音になっていた。これは現場のリアリティを構成する音作りだと思いましたね。
Dolby Atmosのスゴさは銃弾や戦闘機が頭上を移動することだけではない
Dolby Atmosの強みは、単に音が立体的なだけではない。河東氏は「天井とサラウンドのスピーカー群の周波数特性が、低音域・高音域共に延伸されて、スクリーンスピーカーと同じ音色で鳴らすことが可能になった点が従来のチャンネルベースとは大きく異なる利点」とも語る。
河東:従来のチャンネルベースのサラウンドとは、例えば戦闘機が通るときの音色が違うと思います。戦闘機の接近や通過といったシーンで感じる“グン”という圧迫感や、“シュッ”と抜けていくような鋭い音色は、天井とサラウンドの低音と高音がしっかり出ているからこそリアルに表現できるもの。位相の変化もより細かく表現できるんです。
より広い帯域の周波数が利用できることで、持続的な視聴感をアップデートさせることができる。これはDolby Atmosならではのメリットです。
つまり観客は、聴いているという意識がないまま、音に影響されて状況に巻き込まれていくわけだ。また河東氏は、「静かなシーンにおける空気の揺らぎも、Dolby Atmosの真価が発揮されているポイント」という。たとえば序盤で、イラクの街中を映すシーン。
河東:おそらくここでは、低音域を使った風の音が、頭上をゆっくりと回るように配置されていると思います。観客はそれを音としてではなく、イラクの風や空気として感じられるんですよ。音が“どこから聴こえたか”という脳内定位ではなく、“そこに現場の空気がある”と感じられるよう音の位相を持続的にかつ細かく変化させ、Dolby Atmosのスピーカー配置をフル活用した空間定位が構築されているようですね。
天井スピーカーとサラウンド、スクリーンスピーカーの音色が揃っているからこそ、こうした表現が成立する。Dolby Atmosの良さが生きた演出ですね。
なお、イラクの街並みが映るシーンは、実際はイギリスにオープンセットを作って撮影が行なわれたという。しかし劇場で観客が体感するそれは“イラクの街並みの空気感”であり、それを実現しているのがDolby Atmosなのだ。音の質によって空気の密度や空間そのものが変わることで、映画の視聴体感は大きく進化する。それを表現できる劇場で観る価値があるということだ。
観客を“ゆっくり現実に戻す”エンドロールの音
さらに、河東氏が特に強く印象に残ったと語るのが、エンドロールの音響演出だという。
河東:黒地に白文字のシンプルなクレジット映像の中で、持続的なパッド音が鳴り続けるという少々違和感のあるエンドロールの楽曲。そのパッドのピッチが、時間とともに少しずつ変化していくんです。そして、最後の方で企業ロゴが表示されるあたりから、四分打ちのリズムが入ってくる。つまり、最後の最後で今っぽいリズムが入ってくるんですよ。
上述の通り、本編はBGMの演出が基本的にない。唯一、音楽らしいのは冒頭で流れるエアロビクス映像のBGMだが、これも2006年当時を描くシーンのため、20年前のサウンドとして作られている。
河東:つまり、エンドロールのラストで四分打ちのリズムが入ってくるのは、本作で初めて現代的な音が鳴った瞬間なんです。この演出は、それまで2006年のイラクの戦闘状態に巻き込まれていた観客の意識を、最後に現実に戻す効果を狙っているんじゃないかと。エンドロールに入った直後は、なぜこんな特殊なエンディングなんだろうと思ったのですが、そう考えたら納得できました。
さらに音だけでなく、「エンドクレジットの出し方も、Dolby Cinemaで観ると高純度な黒が活かされている」という。
河東:余計な装飾を排した黒地に白文字のシンプルなエンドロールのおかげで、本編視聴後の余韻に集中しやすかった。従来の明るい黒だと一気に現実に戻される感覚になりますが、純度の高い綺麗な黒の画面に、持続的なパッド音が合わさることで、観客はゆっくりと現実に戻っていく感じになる。
こういったエンドロールの演出については、ほかにどんな案があったのか、監督に聞いてみたいですね。なので、本作を視聴するならDolby Cinemaだとより良い体験ができると思います。
「プライベート・ライアン」を塗り替える映画体験
最後に、河東氏は過去の戦争映画で強く記憶に残っている作品として、スティーヴン・スピルバーグ監督作「プライベート・ライアン」(1998年)を挙げた。ご存じ、第二次世界大戦の「ノルマンディー上陸作戦」を描いた戦争映画の超有名作である。
河東:有名な冒頭数十分にわたる上陸シーン。初めてあれを観たときは、本当にすごいと思いました。水中に潜ったときの弾の音の聴こえ方も表現されていて、当時、“これが戦争の音なんだ”と感じたものです。そして今回の『ウォーフェア 戦地最前線』は、そんな『プライベート・ライアン』の映画体験を塗り替えるレベルでした。
河東氏は「もちろん私は実際に戦場を経験したことがないので、作り手たちが表現したものとして観ていますが」と前置きした上で、
河東:『プライベート・ライアン』はひとつの戦争映画として成り立っていますが、『ウォーフェア 戦地最前線』は、その感覚とは全く違う作品ですね。単に映画で“戦争や戦場”を描いたというより、“戦闘”そのものを再現した作品になっていると感じました。
本作では、戦争の大義名分は描かれません。ただリアルに“戦闘”がある。そして、戦闘の中にいるのは兵士だけではなく、巻き込まれてしまうイラクの普通の家族の姿もあります。“戦争の現実ってこういうものだよ”という描き方で、それを支えるサウンドが最初から最後までしっかり計算されているのがすごいです。
鑑賞はぜひDolby Cinema/Dolby Atmosの劇場で
「ウォーフェア 戦地最前線」は、Dolby Atmosというフォーマットを、単なる立体音響ではなく、人間が経験した現実を再構築する手段として使用した例とも言える。実際、本作を鑑賞した米国退役軍人・家族の多くが、「戦場の地獄を最も正確に描いた作品」「まさに現実の(戦場の)音」と、そのリアルさを絶賛しているそうだ。
河東氏は、本作について「できればDolby Cinema/Dolby Atmosで観てほしいし、そのあとで他の映画館でも観てほしい」と語った。
河東:両方を体験したら、“あれ? 同じ作品なのに視聴感が違うな”ってなると思います。長年この仕事に携わってきた者としては、同じ作品で聴き比べることができる状態はとても面白いので、ぜひ体験してみてほしいですね。
なお多くの日本人にとっては、これまでフィクションの中でしか知らなかった“戦闘”を、初めて生々しく追体験する作品ともなり得る。そう考えると、本作が日本で公開されること自体にもまたひとつの意義があるだろう。
河東氏をして「『プライベート・ライアン』の映画体験を塗り替える作品」と言わしめた一作。その音のリアリティを体感するべく、ぜひDolby Cinema/Dolby Atmos対応の劇場に足を運んでほしい。
2006年、イラク。監督を務めたメンドーサが所属していたアメリカ特殊部隊の小隊8名は、危険地帯ラマディで、アルカイダ幹部の監視と狙撃の任務についていた。ところが事態を察知した敵兵から先制攻撃を受け、全面衝突が始まる。反乱勢力に完全包囲され、負傷者は続出。救助を要請するが、さらなる攻撃を受け現場は地獄と化す。本部との通信を閉ざした通信兵・メンドーサ、指揮官のエリックは部隊への指示を完全に放棄し、皆から信頼される狙撃手のエリオット(愛称:ブージャー・ブー(鼻くそブーの意))は爆撃により意識を失ってしまう。痛みに耐えきれず叫び声を上げる者、鎮痛剤のモルヒネを打ち間違える者、持ち場を守らずパニックに陥る者。彼らは逃げ場のない、轟音鳴り響くウォーフェア(戦闘)から、いかにして脱出するのか。
『ウォーフェア 戦地最前線』公式サイト:https://a24jp.com/films/warfare/










