樋口真嗣の地獄の怪光線

第11回

「こいつ…動くぞ!」。17年ぶりのサラウンド革命始まる(たぶん)

(C)BONES・樋口真嗣・岡田麿里/「ひそねとまそたん」飛実団

いやはや本当にすいません。

 正直に告白すれば仕事がものすごく下手なんです五十過ぎてもう取り返しがつかないんです潰しも効かないし普通にやればすぐ終わるような作業にとてつもなく時間がかかってしまうんです。そんな言い訳でしかない弁解を並べたところで許されるわけはないのですがご無沙汰してます。

 間も無く最終回を迎えるテレビアニメ「ひそねとまそたん」の作業が存外にかかってしまい、全部お任せで楽をしようとした魂胆はどこかへ飛んでいってしまいました。

何よりもこれだけは自分でやると宣言してしまった音楽演出。

 何処にどの音楽をあてるか? どうエディットするか? 普通は専門の選曲家やミュージックエディターがやるところを、直しを出したり説明したりするのが面倒なので自分でやることにしたんです。

 これがまあ始めたら楽しいったらありゃしない。シンドいし、これだ!ってところに持っていくまでの出口のないトンネル感も半端ないけど、楽しい。

(C)BONES・樋口真嗣・岡田麿里/「ひそねとまそたん」飛実団

 だからといってこの連載のことを全然忘れていたわけではなくキチンと次のお題と次の次のお題を考えてリサーチも済ませていたにもかかわらずいかんせんまとめる時間が、ない。

のでこんな時期になっちゃいましたすいません。

 しかもそれに並行して今年の頭に大団円を迎えたNHK大河ファンタジー「精霊の守り人」最終章の4K-HDR化の作業もやっと終わりまして、その確認を4kモニターで見るんですけども、いや自画自賛になっちゃうけどスゴイっすよ4K-HDR!

大河ファンタジー「精霊の守り人~最終章~」

 光源から暗部までの豊かな階調の情報量は解像度以上のエモーションを生み出してます。ます、ますが、こうなると、それまで全く気にならなかった音の情報量が足りなく感じちゃうんですよどうしよう?大勢の人間の息遣い、足音、怒号、それぞれの甲冑のぶつかり合いが画として積み上げられているのだからそれと同等の音の密度が欲しくなりますが、その密度を表現できるのか?ただでさえ音が多過ぎて整理しきれなくなりがちなのに、どうやって密度をあげていけばいいのか?単なる音量とか音圧じゃない気がします。答えはすぐに出ないけど、解決したらかなり面白いことになりそうな気がします。誰かやりましょうよ。

で、やっぱり音ですよ音。何年に一度か訪れる音ブーム到来です。

 思い返せばバブルの頃にあちこちで開催された地方博覧会のパビリオンで流す展示映像のコンテでとんでもない額のギャラが振り込まれたもんだから調子に乗って買ったのが当時最大級のサイズだった29インチブラウン管のテレビなんだけど、シャープの製品にはドルビーサラウンドのデコーダーが内蔵されていたんですよ。1980年代後半ごろですよ。

 ドルビーサラウンドといってもまだビデオテープやレーザーディスクに入っているアナログ・マトリックスの信号をデコードしてリアチャンネルを左右に別けたスピーカーで鳴らすだけなんだけど、それだけでもう映画館と同じような包囲感にシビれて、世界に先駆けて日本で発売されたワイドスクリーンのスペシャルコレクション版「スターウォーズ・ジェダイの復讐」←帰還じゃないぜ!のスピーダーバイクで森の中を疾走するチェイスシーンを何度も再生してサラウンドスピーカーを近づけて加速音を耳元で炸裂させて大興奮してました。

 そのうちマトリクス記録が改良されたドルビーサラウンド・プロロジックが登場し、 センタースピーカーに対応し、それとは関係なく独自の進化を遂げていたルーカスフィルム推奨のTHX規格に準拠したパッケージがアメリカで登場しました。

 ジェームズキャメロンの「アビス」です。無限音階で上昇するトーンで始まるリーダー聴きたさに字幕もないのに渋谷にあった輸入LDショップのディスクアンドギャラリーで買っちゃいましたよ。日本ではターミネーター2まで待たなきゃならなかったんですけど、それでも自宅の環境がどんどん映画館に近づいていく気分が味わえるのは嬉しいもんでした。その頃は地下鉄と私鉄の接続駅のすぐ脇に住んでいて、既に防音がちゃんとしてる部屋住まいだったので大音量でぶっ飛ばしても誰からも文句も言われませんからやりたい放題だったのです。

 1990年代に入った頃でしょうか、レーザーディスクのデジタル音声トラックに加えてアナログ信号の片チャンネルを潰してドルビー研究所が開発した音声信号のデジタル圧縮第3号、Audio Coding Number 3 略してAC-3によって当時最新鋭の劇場用サラウンド…5.1チャンネルのデジタル音声が圧縮されるようになりました。もう2チャンネルのアナログ信号に隠された帯域の狭いサラウンド音声に妥協しなくていいのです。映画館に限りなく近い重低音、ハイトーン、包囲感があなたのご家庭に!

そう、我が家のリビングが映画館に!

 AC-3に対応したレーザーディスクプレーヤーと、その圧縮したサラウンド音声をデコードできるRF端子がついたAVアンプがあれば!これぞ夢です!夢が目の前に!

 頑張って働いて一揃え手に入れて当時最も音が凄そうな映画、「ツイスター」をこれまた輸入盤で手に入れてお話そっちのけで竜巻の猛威を再生しては悦に入っていたものです。

 ところが時を同じくして我が家は違った意味で充実の時期を迎えていました。

子供が生まれたのです。

 まだ赤ん坊の子供がいると、寝た子が起きたらどうする? と脅され、起きてる時なら大丈夫だろうと爆音再生をすればうるさい、近所迷惑だから音量を下げろと親子揃っての大ブーイング。

 映画館みたいにスゴイ音でレーザーディスク見れるんだぜ? と同意を求めてもそんな大きな音は映画館で見りゃいいじゃんと常識的な返事が返ってくるばかり。夢やロマンはどこに行ったんだ? おかげでせっかく揃えたドルビーデジタル5.1チャンネルシステムは開店休業状態。

 再生するソフトがレーザーディスクからDVDになっても状況は好転することはなく、音声信号を再生することのなくなったサラウンドスピーカーやスーパーウーファーは観葉植物の鉢を置く台になってしまう21世紀を迎えてはや17年。

ここにきていよいよ第二次サラウンド革命が勃発です。

 仕事場に設置した4Kの液晶テレビに見合った再生環境ってなんだろう? と薄ぼんやり思い始めてネットを漂えば、どうも最近はサウンドバーというテレビの下に設置するだけでサラウンド環境が手に入る便利なものがあるらしく、でも、それなら20年前に揃えたスピーカーがあるんだからAVアンプがあればよくね?

 さらにネットを漂い調べていくと一部劇場に導入されて抜群の音場を形成しているドルビーアトモスが再生できるAVアンプがあるじゃないか。歴史は繰り返す。簡単に済ますつもりで出発したのに調べれば調べるほどどんどん本気になっていく。サウンドバーで簡単に済ますつもりじゃなかったのか俺。

 そんな私のもとに編集部から送られてきたのが五月末に発売になったばかりの最新鋭機「RX-A780」です。この機種名がもうすでに連邦の新型の試作機めいています。

「こいつ…動くぞ!」

ヤマハ「RX-A780」

なんせ仕事場ですから文句を言う家族もここにはいません。

5倍以上のエネルギーゲインがあるかどうかはまだわかりませんが、21世紀になっての音ブーム再燃、第二次サラウンド革命の幕開けなのです。

《続く》

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。