樋口真嗣の地獄の怪光線

第12回

いざ、限界の向こう側へ! Dolby Atmosというか最新AVアンプすげえ

さて。

若者の特権といえばなんといってもルール無用の爆音暴走迷惑行為でしょう。

 とはいえ常識偏重コンプライアンス重視を盾に相互監視密告私刑が横行するこのご時世ではすっかり鳴りを潜めた感がありますネ。

自分の部屋で映画館と同じようにでかい音で映画を楽しむことの何が悪い?

そうしないと製作者の意図が伝わらないじゃん!

若さゆえの無謀が突き動かすその叫び声は虚しく虚空に消えていきます。

少ない数値を指さなくなったデジベルメーター。

沈黙するリアスピーカー。

うなりを忘れたスーパーウーファー。

レーザーディスクからDVD、ブルーレイと、高いスペックに反比例したお求めやすいプライスにどんどん下がっている。こんなに恵まれた環境だというのにそのスペックを十全に引き出しているか?

テレビにくっついてるスピーカーの直径をちゃんと把握して聞いているか?

デジタル信号補正でなんとなく量感を補正したそんなサウンドで満ち足りてはいないか?

そう。俺たちは未だ旅の途中なんだよ!

地獄への引返不能点・ポイントオブノーリターン、目指せたとえその翼が輻射熱で溶け落ちようとも蒼穹の高みへ、いざ、限界の向こう側へ!

で。

 まずはチマチマとした投資で済まそうとしてまず中古の7.1チャンネル対応のAVアンプをヤフオクで落としたのが2年前の夏。

 それまで使っていたスピーカーをつないで音を出した途端にまずサブウーファーが「バリッ」と聞いたことない重低音を響かせたのを最後にご臨終。

 思い返せば10年以上は鳴らしていなかったんだから仕方ない。

 しかもそのAVアンプ、THXサラウンドEXと当時最新鋭のHDMI入出力を搭載したYAMAHAの「DSP-AX2600」。

 当時の最先端モデルとはいえ10年前の機種なのでかなりリーズナブルに収取したものの総重量が20キロ近くもあり、セッティングをいじるたびにラックから出し入れしてたらやっちまいましたよギックリ腰。人生初です。これがギックリ腰か!

 そんな目にあっていても押してはいけないスイッチを自ら押してしまったのでしょうか?

 リア用にサラウンドスピーカーを二本買い足して新しいサブウーファーを買い換えて…って完全に引っ込みがつかない状態に。当初に予定していたチマチマした投資はどうした?

そこまでやったらその7本のスピーカー、ただの7.1チャンネルじゃ勿体なくないか?

Atmosでしょうここまできたら? そのスピーカーの配置を変えて天井に取り付ければ、AtmosだよAtmos! 気にしてみれば対応ソフトも意外に増え始めているではありませぬか?

 ちなみに7.1ch サラウンドは左右にセンター、リスナー後方左右の合計5本にサブウーファーで0.1の5.1チャンネルに加えてリスナーの背後左右に2本、その分後方のスピーカーを側面に持ってきての7.1チャンネルで2010年公開の「トイストーリー3」以降のブロックバスター映画に採用されたけど、それからわずか2年後の2012年公開の「メリダとおそろしの森」で新規格Dolby Atmos(ドルビーアトモス)に鞍替え。

 もちろん最大64本のスピーカーが天井にずらりと包囲するカタチで対応する劇場がなければ今まで通りの7.1チャンネルでしか聞こえないんだけどここがミソらしいんでございます。大は小を兼ねるというか、Atmos収録の上映データはAtmos対応の劇場でなくても7.1チャンネル準拠の劇場であれば従来通りのサラウンドで再生できるんだそうですよ。

 ちなみに家庭用のAtmosは最小で天井にスピーカー2本追加すればAtmosに、天井から爆音が降ってくるAtmosが、ドーム状に囲まれた音場のAtmosフィアが仕事場に!

 で、カタログを穴が空くほど凝視したものの、Atmos対応の民生AVアンプで、7.1チャンネルと切り替えられる機種が見当たらないんですよ。もしかしたら上位機種だったらあるのかもしれないけど、すでに目先の金に目が眩んだ挙句に銭失いの散財しているんでおいそれと手は出せません。

 どっちだ? 現状数が出揃っているのは7.1だけどそのうちAtmosが凌ぐだろう。できれば両方聴ける環境が欲しい。そんな悩みを量販店の絶対仕事を離れてもAVアンプ持ってそうな店員さんに打ち明けたら、頼りになるのは同好の士であります。

「Atmosにしておけば7.1チャンネルのソフトも自動的に適した音場に調整してくれますよ」

だと? マジですか。大は小を兼ねるだけでなく小を含めるのも大ですか。大バンザイ。

 ありがとう量販店。こういう時に相談できるのが量販店のいいところ。安さだけを追い求めて手を出すネット通販ではこうはいかない。4kに対応したテレビにしちゃったことだし、遠くない将来に4k HDRのプレイヤーを買うことが決まっているのだからもうAtmosにしちゃうか? しちゃえよ!誰だ俺の背中を押すのは?

と、気がつけば“当時”最新にして最廉価のAtmos対応機YAMAHAのRX-V581を買っちまいましたよその量販店で。

 どうしたんだ俺、どうするんだ俺、どこに向かうんだ俺。

かくして久々にやってきた爆音時代。ネオ・ルネッサンスの到来。

とはいえ遠慮がちなスピーカー配置では真のAtmos体験を味わうことはできない。

事務所の歪んだ部屋とそのスピーカー配置はこんな感じ↓

 だから、その辺のノウハウを御教示いただこうという下心で始めたこのAV Watchの連載も脱線し続けながらもなんとかやっとここにたどり着きましたよ!これでやっとAにしてVをウキウキウォッチンですよ!

 すると編集部経由でヤマハ様から最新型のAVアンプ「RX-A780」が届きまして。ドーンと!

ドーン。「RX-A780」

 もちろん借り物ですが、どうせレポートやるなら最新型でやれということなんですね、イエッサー! 俺の持ってる振り向けば愛・気がつけば型遅れのローコスト機(最高峰)よりもヤマハのフラッグシップの系譜AVENTAGEシリーズの入門機でやって欲しい、という配慮ですかわかりました聴き比べますよ配線面倒だけどこんなこともあろうかとスピーカーケーブルに全部バナナプラグつけときましたよ楽勝ですからねどうですか?

ヤマハ様に借りたので

まあAVENTAGEシリーズの入門機RX-A780と、現行のエントリーシリーズの最高位機種RX-V585との価格差は1.5万円ほど。どれ程の差があるのか?

左がRX-V581(とiPad)。右がRX-A780(とUHD BDプレーヤー)

その差を聞き分けられるのか俺?

試されてます。

映画監督として試されてます俺。

映画界を代表して俎上に乗せられてます。

 20世紀の終わり頃に「ガメラ」シリーズをドルビーデジタル化したレーザーディスクをとあるAV雑誌に取り上げていただいた時、その雑誌の誇るホームシアターで視聴、という段になり、立ち会った録音技師の橋本泰夫さんが突然センタースピーカーのサランネットを外してみてくれとオーダーして、聞き比べると「なるほど、やはり外した方が音が明瞭になりましたねえ」と同席していたAV評論家の方々といい感じで盛り上がっている傍で、まったく違いがわからなかったけどその場でそれが言い出せなかった特撮監督、それが俺ですよ!

違いがわからない男ですよ俺って男はシャバダー!

そんな逆ネスカフェゴールドブレンド男の俺ですらわかるほどの音の違い。

明確に分離されたそれぞれのチャンネルで堂々と濁りなく歌い上げている。

重心のしっかりした音の塊が空間を満たしている。その音圧に無理がない。マージが取ってあるので音量を上げた時の伸びが心地よいのがわかる。俺にもわかるこの違い!

思い出せ、AMのラジオからアンテナ付けて受信したFM音声の美しさ麗しさを!

思い出せ!モノラルのラジカセからステレオのラジカセを聞いたあの瞬間を!

思い出せ!友達のにいちゃんの部屋で初めて聞いたコンポのスピーカーから溢れ出る爆音を!

そうだ!これがハイのファイなんだよッ!

ここまで良いとはカタログデータだけではわからない。

一年の歳月で、ここまで音質を進化できるのか?

それともこれが1万5千円分の投資に対するリターンなのか?

すげえ。

 GUI等の操作系も刷新されていてファミコンがスーファミに…伝わりづらい。むしろイメージダウンだな。プレステ2から4ぐらいのジャンプアップしていて設定いじるだけで楽しい。なんの意味もないといえばそれまでだけど、いじり倒す愉悦はかつてのボタンやつまみやトグルスイッチがぎっしりついたメカニカル感覚満載のラジカセに通じます。

GUIすごくないですか?

 嬉しくなっていろんなソフトのドッカンドッカンした音を鳴らして悦に入る夢のようなひと時。夢はいつしか覚めるものであります。

 機材返却して機材を元どおりにしたら宴のあとのような切なくも寂しい気分に。

薄々感づいてしまっていたおそるべき事態です。

それまでのアンプの音では、満足できない!

こうやって地獄の門は音を立てて開き始めるのですね。

その音でスーパーウーファーがビリビリと空気を震わせるのでしょう!

アンゴルモア~っ!

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。