樋口真嗣の地獄の怪光線

第21回

新型レグザが事務所襲来。X930はプロフィール・プロみたいなものですよもう!

レグザプロ「X930」が樋口事務所に上陸…!

やはり一度美味しいものを食べてしまうと後戻りはできなくなるのでしょうか。その甘美な味わいに陶酔してしまうとそれをもう一度、と求めてしまう。それが成長であり進化であると思いたい。いや思わせて!

すいません、2021年公開の映画「シン・ウルトラマン」の撮影準備と撮影で原稿が書けず、遅くなっちゃいましたが、もう大丈夫デス。書きますね。

事務所に東芝の4K有機ELレグザ「X920」がやってきて、その表現力に打ちのめされてお試し期間が終わり運び去られてから1年が経ち、遂に新型レグザ“プロ”「X930」がお目見えです。

バンドの練習スタジオに貼ってあった、メンバー募集のポスターに書かれていた「当方プロ志向」という文言にすげえ! と唸った高校時代から、プロという言葉に弱いです。思えば、ジョグダイヤル/シャトルリングを搭載したビデオデッキ「SL-HF900」も“ベータ・プロ”でした。

“ベータ・プロ”「SONY SL-HF900」

プロと名付けるからには、それなりの覚悟があるんだろうと思いきや。そもそも最近のテレビは、良かれと思ってAIだ画像エンジンだので色調やコントラスト、挙げ句の果てにはフレーム補間までして、あれこれいじって本来その映像ソースが持っている欠点も隠蔽してしまう傾向にあります。コンシューマー向けであれば、それでもう充分なんでしょうけど、仕事で使う場合、例えばCGや合成、果ては編集後のグレーディングのチェックをする際にはハッキリ言って邪魔だったりするわけです。

ただ、X930には映像モードに「ディレクター」という、そういう仕事している人であればざわつく名前のモードがございまして。これにすると、もうほとんどマスモニ。数百万円するマスターモニター同様の表現力と言っても言い過ぎじゃないよこれ。設定メニューも「仕事でないと、使わないじゃん」ってぐらい深い階層まで掘られてて、輝度のヒストグラム表示とか、プロモニター設定とかコンシューマー向けに必要なの? モチのロンで俺はウエルのカムだけどね!

今までプロ向けに販売していたカスタムモデルをやめて、コンシュマー向けに一本化したものがレグザプロ。つまりプロ向け機材が一般量販店で買えちゃう…かつてソニーが出していたプロフィール・プロみたいなものですよもう!

レグザX930の「映像分析情報」

十代の桜井さんが目の前にいる衝撃。配信コンテンツの高画質っぷりに悶死

それんしても有機ELの大型パネルって一社が作っているはずなのに、どうして差が出るのか? それはパーツ単位での供給であって、OEMではないから、結局画像処理のための設計は各社それぞれがやらなきゃいけないそうなんですな。その結果、ここまで業務用向けに振り切れたってことなんでしょうか。

大きさじゃ劇場に敵わないけど、その表現力はドルビーシネマを彷彿とさせ遂にここまで来たかと思わせる画力。

早速最近出たばかりのパッケージを観るけど…凄い。

最近のマーベル映画はどれもハイスペックにチューニングされているけど、そんな中デジタルで生成したアニメーションとして自由にアプローチした結果、新しい表現域に突入したんじゃないかと羨ましいことこの上ない「スパイダーマン:スパイダーバース」の絵の切れ味と音のハッタリの聴かせ方は刺激的。

4K放送時のマスターを使用したと思しき「ウルトラQ」も凄い。50年以上前のフィルム撮影素材のポテンシャルもあったとは思うけど、それだけでは説明できない美しさ。特に江戸川由里子役の桜井浩子さんの可愛さ。

それまでのフィルムグレインとコントラストというフィルター一枚通した向こう側の世界の住人だと思っていた桜井さんが(それも十代の)目の前にいる! ような衝撃なんですよ、これがもう。

「ウルトラQ」
©円谷プロ
UHD BD「ウルトラQ」 70,000円(PCWE-52001)

同じようなことは地上波の朝の情報番組をみても同様なのです。液晶の大型テレビがやってきた時は、みのもんたさんや小倉智昭さんのゴルフ焼けした照り焼き感のあるスキントーンに刻まれた皺のディテールが目に飛び込んできて正直そんなご利益いらないなあ…と思ってましたが、4Kはどういう訳か女子アナが目の前にいる錯覚から引き起こされる多幸感。これはディスプレイの進化だけでなく自分の加齢もあるのかもしれませんが。

UHD BDのソフトだけでなく、最近は一部配信コンテンツがドルビービジョンにも対応していて、その高画質っぷりに悶死ですよ。

思えば、10年以上前にSEDという電子放出素子ディスプレイを使ったテレビをキヤノンと組んで開発していたのが東芝でした。

モニターそのものが画素数分の発光体で構成されている光源の眩しさ、闇の深さを同時に表現できるスペックに驚愕し、SEDにこそ液晶やプラズマでも到達できないテレビの未来があると興奮したものの、コストを下げることが難しく製品化は断念。開発部門も解散と相なって幾星霜、遂にあの時と同じぐらいの眩しさが事務所にやってきたのだと、感慨もひとしおのうずしおでありますなあ。

そういえば、ブルーレイ・ディスクを貸したら「見れないのウチじゃ」って突っ返された案件が立て続けに起きまして。そうかあ、みんなブルーレイで観たりしないのか…と淋しくなっちゃいます。自分たちが思い入れるほどみんな高画質を求めてないのかなあ。すごく良いのになあ。

次回はそんな高画質を追求し続ける現像所のお話です。

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。