樋口真嗣の地獄の怪光線

第22回

フィルムのデジタル化が急務なんです! 映画保存の最前線・東京現像所に潜入した~その1

ネガが切り刻まれた、いわくの“チャンピオンまつり”がどうして高画質に?

前回の見出しが「新型レグザが事務所襲来。」なんてえので始まるもんだから、なんか偉く物騒な記事に誤読できてビビりますな。

前回の襲来記事。事務所に4Kレグザが…!

さて、4K環境になったとはいうものの、世に流れるソースはいまだにHDサイズがほとんど。昭和期の映画なんて、SDフォーマットでテレシネされたものばかりですから、4K/HDRの新作が居並ぶ配信プラットフォームの中に揃えるだけ揃えた感の旧作は、軒並み画質が悪く感じます。

その理由事情、私とてオトナの端くれとして突っ込むつもりはございません。

しかしそんな中、衛星放送・日本映画専門チャンネルにおいて、東宝特撮シリーズの中でも異端視されている「東宝特撮王国~東宝チャンピオンまつりver.~」が放送されたのは昨年8月のことでございました。

日本映画専門チャンネルのホームページより

東宝チャンピオンまつりとは、約50年近く前に行なわれていたゴジラ映画とテレビアニメの抱き合わせ興行です。

邦画の斜陽化に歯止めが効かない1960年代終盤の1969年、予算規模を切り詰めざるを得ないゴジラシリーズ新作に興行的価値を付加するべく編み出されたもので、当時テレビで人気を博していたスポ根(スポーツ根性)アニメを映画用に(今風に言えば)アップコンバートして(滅多に新作では無く)抱き合わせ、春・夏・冬の学校の休み期間に“まつり”と称して上映したのが始まりです。

先行して成功を収めていた「東映まんがまつり」を追うように連作していくのですが、そのうち新作だけでは足りなくなり、過去の作品をリバイバル公開するように。結果、上映時間の関係で短く編集しなければならなくなり、(そこから先はその時代の杜撰というか後先考えていない時代だったのでしょうが…)原版であるオリジナルネガを直接カットしてしまったのです。

今だったら当たり前のようにコピー&ペースト出来ますが、フィルムの場合、複写するだけで画質は劣化するし、それ以上にコストがかかるので予算を掛けられない逼迫した当時の経営状態から察するに原版を切るのも止む無し、という雰囲気だったのでしょう。

それから10年近くの年月が経ち、「スター・ウォーズ」とかが始まった時代に'60年代の東宝特撮の再編集じゃ太刀打ちできないことに気づいたのと、そもそも上映できる子供向け映画の底が尽きてしまいました。

なにしろチャンピオンまつりは、1969年から1978年までの間に19回行なわれるも、最後の頃は今では考えられませんがディズニーアニメ(「ピーターパン」など)や「天才バカボン」を同時上映するなど、どん詰まり感がハンパないです。とはいえ、そんな流れの番組編成の間隙を縫って、監督・高畑勲、原案/脚本/画面構成・宮崎駿のオリジナルアニメが二本も生まれるのだから、油断も隙もないんですけれどもね!

もっともその頃になると、危機に瀕していた映画界の経営状態も持ち直すのですが、過去の資産を活用できるビデオソフトという新しいビジネスが立ち上がったとき、ネガを切ってしまった事の重大さに気づくのです…。

テレビで放送される時は時間の都合で間違いなくカットされるけれども、ビデオソフトは原則ノーカットでリリースされます(それでも初期のソフトはカットされていたり、シネスコの左右が断ち落とされてスタンダードサイズもザラでしたが…)。つまり映画館で見たものと同じものが見ることができるのがビデオソフトなわけで、そういうマーケットの期待に応えるべく、今度はカットした部分を探して戻し始めます。

そのおかげで1962年のゴジラシリーズ最大動員を誇る「キングコング対ゴジラ」に至っては、長い間カットされたネガが散逸していて、やっと完全な状態に修復できたのはつい最近のことだったりするんですが、それはまたの話。

「キングコング対ゴジラ<東宝Blu-ray名作コレクション>」
2019年5月22日発売 品番:TBR29082D 3,500円 発売元:東宝

つまり、我々好事家にとって“チャンピオンまつり”というのは、数々の名作の原版をズタズタにした元凶である、忌まわしい言葉だったのです。

ところが今回、日本映画専門チャンネルで放送された新マスターを観て、その映像に驚きました。

1964年公開「モスラ対ゴジラ」を1970年に再編集したバージョンは、私の記憶に残る“劇場で最初にみた怪獣映画”ですが、まさか、と思うほど鮮明なのです。これまでソフト化されていたノーカット版よりも綺麗ではありませんか。もしやこれが原版…オリジナルネガの力なのでしょうか?

おそらく、ノーカット版は当時量産用に作られていたコピーのネガからテレシネが行なわれていて、他のものもそうなっていたのでしょう。長い間、1世代経た原版から作られた画質に「こういうものだ」と慣らされてきたのかもしれません。だからこそ、目からウロコが落ちるような驚きがありました。

倉田浜干拓地から出現したゴジラが四日市工業地帯の工場群に進撃します。

ロケで撮られた実景に片マスクの合成でゴジラがやってきます。マスクの精度よりも現像ムラが気になりますが、これも今までは気になっておらず、画質が良くなったがゆえにそんなところまで目につくようになります。

続くカットでは、ミニチュアで組んだ工場群に入ってくるゴジラを横移動で捉えるのですが、ここがもう特撮現場の空気感が直に伝わるほどの高精細。イタズラに高画質を追求すればいいってわけじゃないけど、この放送には今まで見たことないものが見ることができる発見がありました。

編集部注:日本映画専門チャンネルでの「東宝特撮王国~東宝チャンピオンまつりver.~」の放送は終了しています

「モスラ対ゴジラ<東宝Blu-ray名作コレクション>」
2019年5月22日発売 品番:TBR29083D 3,500円 発売元:東宝

チャンピオンまつりの疑問を解消すべく、いざ東京現像所へ

どうやってこんな事ができるのか? というか誰がやったの?

この疑問を解消すべく、1955年の発足以来、東宝作品の現像を一手に受けてきた東京現像所を訪れました。

そこには、ゴジラが好きで東宝へ入社し、助監督として数々のゴジラ映画に参加、さらに私の映画の演出部として一緒に作品を作ったこともある清水俊文さんがいたのです。

清水俊文氏が助監督、樋口真嗣氏が監督を務めた、2008年の映画「隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS」

現場は離れましたが、今は映画を完璧な状態で保存するための“最後の砦”を構築し、日夜素晴らしい名作をデジタルデータ化しているのです。

阪急阪神東宝グループ十数万人の中で、もっともゴジラ愛のある社員といっても過言ではない清水俊文さんに、どうやって過去の名作を最高の状態で保存しているのか、昔のよしみで図々しくも押しかけてお話を伺いました。

東京現像所 営業本部 営業一部 部長の清水俊文氏(写真左)。ゴジラ戦略会議(GODZILLA CONFERENCE、通称ゴジコン)のプロジェクトメンバーでもあります

東京現像所は、京王線調布駅から歩いて10分ぐらい。ジェンダーを超えたミスコンが学園祭の目玉となっている電気通信大学の隣にあります。

都内に残るフィルム現像所は、IMAGICA Lab.(旧東洋現像所)、東映資本の東映ラボ・テック(旧東映化学工業)、そしてここ東京現像所がありますが、社名を変更せず今も残るのは東現だけ。私も数々の作品でお世話になった現像所です。

東京・調布市にある「東京現像所」。昭和30年(1955年)に設立
長年のノウハウを活かした高品質なフィルムサービスほか、上映用のDCP、合成やグレーディングなどのデジタルサービス、ポスプロなどの事業を展開。調布本社内には、2つの試写室もあります

撮影されたフィルムの現像はもちろん、現像上がりのフィルムを確認するための試写、最終的な色調整の打ち合わせなどに加えて、完成した最初のプリント、つまり初号試写も、この現像所の奥にある試写室で行なわれるのです。

いざ現像所に到着すると、工場らしく紺色のジャンパーを翻して清水くん…いや、清水俊文営業本部部長がフィルムをデジタルデータに残すためのメンバーをずらりと従えて待ち構えていました。積もる話もあるんですが、早く取材しないと、みんな残業になっちゃうから、さっさと取材に出かけましょう。

昔は外国映画の現像もやっていたことから保税工場になっていて、一般の来客は一切入る事ができなかった“ブラックボックス”だったため、所内に踏み入れるのは私も今回が初めてです。

デジタル映像処理の設備と同時に、60年前のフィルムを現像するための設備がそのまま残っていて、いまでもフィルムにこだわりを持つ巨匠が撮った映画の現像が行なわれているそうです。

所内に設置された現像機

フィルムによるプロセスは基本的に化学反応によって行なわれるため、独特の温度と湿度と薬品の匂いが立ち込めたタイル張りの内装。歴史を重ねているので、その外観はさながらマッドサイエンティストの実験室のよう。

その奥の一室で、昔のフィルム編集室のような手動の巻き取り装置を使い、これからデジタル化するネガフィルムを検査が行なわれていました。

工程1.フィルム検査~フィルムの健康状態をチェック&補修

映像本部 映像部 アーカイブ1課 フィルムメンテナンスグループ長 係長の伊藤岳志氏

伊藤:ここでは、定期的にフィルムの状態をチェックし、痛んでないかどうか、例えばビネガーシンドロームに侵されていないかどうかを確認しています。

ビネガーシンドロームというのは、フィルムを構成する素材「セルローストリアセテート」そのものが有する酢酸成分がフィルム自体を劣化させてしまう現象です。発生条件にはいくつかの説がありますが、高温・高湿度の劣悪な環境下ではわずか数年程度で発症することもあります。

はじめはフィルムから酢酸臭が出て、フィルムの伸縮がはじまります。さらに波打ちや変形、フィルムから水分がにじみ出るなどの劣化がおこり、画像を形成する乳剤が剥離しフィルム自体の崩壊が始まります。ビネガーシンドロームが一度起こってしまうと、それを完全に止めることは不可能で、劣化によって失われた画像を修復、再現することはできないという恐ろしい現象なのです。

この現象が、日本中、いや世界中に保存されている全てのフィルムで製作された映画の「原版」に忍び寄っているのです。そうなる前に検査をする…検査は人間ドックみたいなもので、さながら伊藤さんはフィルムのお医者さんというわけです。

伊藤:ビネガーシンドロームを測定するには、A-D strips(エーディーストリップス)と呼ばれる測定紙……“リトマス試験紙”のような紙片を用います。これをフィルム缶に入れて、色を見ることで、フィルムの健康状態を把握します。“青”だと健康。フィルムの状態が悪くなるにつれ緑っぽく変化し、本当に危険な状態は黄色になります。

フィルムの上に置かれた測定紙「A-D strips」。状態は“緑色”(普通)
状態の参照するためのカラーチャートペンシル。青色が良好、黄色が危機的状況

伊藤:基本的には、設置して48時間後の色をチェックするのですが、本当に“酸っぱいフィルム”の場合は、測定紙を置いた直後に黄色になります。一通りの作業を終えると、作業服がさながら寿司屋の職人さん、酢飯のような匂いになることもあります。

樋口:危険な状態になった場合、どのように対処しますか?

伊藤:ビネガーシンドロームは、一度発症すると進行を止めることはできません。延命治療としては、フィルムの巻き返し作業により酢酸成分を飛ばす。あとは低い温度のところに保管するといったことしか方法はありません。あくまで対処療法であり、徐々に劣化が進みますが「デジタル化しましょう」と働きかけても、なかなか動いてくれないというのが現状ですね。

樋口:デジタル化も無料ではありませんからね。フィルム状態の確認頻度はどれくらいですか?

伊藤:フィルム缶内の酢酸ガスの充満が致命的な状態になる前に確認し、修復を行っています。結構古い作品ですと…

樋口:スプライスが外れたりとか……?

伊藤:はい、そうです。スプライスが剥がれていたり、あとは各カットの色補正をするためのノッチからパーフォレーションが切れていたり、酷いときはボロボロになっているときもあります。あとはですね、昔の方の修復って……荒くてですね(笑)。修復作業のうち、半分は劣化が進行してしまったフィルムの修復、もう半分が過去に修復された箇所の再修復という感じです。

スプライスとは、カットの編集点でフィルム同士をつなぐ方法のこと。つなぎ目がわからないよう、フィルムそれぞれの末端を薄く削って接着剤を薄く塗り固着させます。しっかり止めようとすると接着剤がはみ出てしまって画面に写ってしまうし、薄すぎると固定が弱く外れやすくなります。

伊藤:この作業台で修復しつつ、ネガの状態の確認します。例えば人気作品ですと、途中事故ったりしたところの複製もあります。

フィルムとフィルムのつなぎ目“スプライス”

樋口:事故というのは、プリントだけじゃなくネガでもあるんですか?

伊藤:ネガの場合でもあります。あとは東宝のロゴを変更する場合もありますね。他にはフィルムのエッジコードを調べて、年代を特定したり。フィルムを修復し状態をチェックし終えたら、スキャニングのチームに情報を渡す、という流れになっています。スキャニングチームは、情報を見て「これはインターネガだな」等を把握します。アーカイブコーディネーターの小森から「ここ1コマ飛んでるみたいだけど、再度チェックしてみて」といった指摘を受け「ここ差し替えてますね」みたいなやりとりをすることもあります。

樋口:警察(笑)がいるんですよね。「キングコング対ゴジラ」とかで、1フレーム画が足りないとか!

伊藤:昔の作品だと、画音で尺が一致しないなどもよくあります。じゃあ結局、どこで“摘まれ”ているのかを確認するため、音ネガと一緒にフィルムを転がして「あ、ここで摘ままれてる」といったことを特定します。昔の映画のオリジナルネガは可燃性フィルムだったため、もう存在していないんです。そのため、デュープ(複写)したネガが複数あったりします。我々はオリジナルに一番近いネガはどれか、一番キレイなネガはどれかをチェックして、小森がどれをアーカイブに使うかを考えます。総じて人気作品ほど、フィルムが痛んでいる場合が多いですね。

樋口:昔は焼き増しがたくさんあった?

伊藤:たくさんありました。日本の場合は、オリジナルネガから焼き増しする場合が多かったため、オリジナルもボロボロですね。

小森:作品によっては、インターネガが2つ存在したり、マスターポジがあったり。このような場合は、一体どれがオリジナルに近いのかを把握する必要があります。オリジナルはどれか? となれば、それはオリジナルネガを指すのですが、オリジナルネガにないコマがマスターポジにある場合があります。それはマスターポジを作成した後に欠損・破損してしまったのだと思います。

樋口:オリジナルが絶対ではない場合もあると?

小森:例えば、オリジナルネガが一部'80年代製のコピーネガで差し替えられていたとします。こうなると、その差し替えられた箇所に関しては'60年代作成のマスターポジの方が世代的にオリジナルに近くなるわけで。こうしたフィルムの出自を各ロール毎に把握することが求められます。

伊藤:実際の確認作業ですが、フィルムを手動で走らせながら、劣化の有無をチェックするのですが、目視というより、フィルム端に触れている指の感触や、音のわずかな変化で分かります。

樋口:なんとデリケートな! 指の感触なのですね…

伊藤:手袋を付けると、繊維が引っかかりフィルムが切れてしまいますから、素手で行なう必要があります。モノクロ作品だと、指に銀が付きますね。作品1本で、おおよそ1万フィートくらいの長さがあり、画・音だけでなく、字幕スーパーもありますから、ある程度のスピードが要求されます。そうしないと、こなしきれない量がありますからね。視覚だけでなく、触覚と聴覚も動員します。

樋口:音の変化を聞き取る必要があるので、作業中に音楽も流せないし、単調な作業だけれども、本当に大事ですよね。

伊藤:デジタル化するためのスキャナーにも様々なタイプがあるので、スキャナーに合わせた修復をしています。ここでは、あくまで物理的な修復、確認がメインですね。

貴方の思い出の映画に忍び寄る加水分解の恐怖!

人気のある映画は大丈夫だけど、自分しか好きな人がいないような、かわいそうな映画に救いの手は差し伸べられるのでしょうか? 手遅れになる前になんとかして欲しいものです。

というわけで、調布の迷宮探訪、続きます。

次回はフィルムのデジタル化、スキャン編です

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。