樋口真嗣の地獄の怪光線
第23回
フィルムがダメになる前にスキャナーをフル稼働すべし!! 現像所潜入レポ~その2
2020年3月18日 08:00
今回も調布にある東京現像所さんからお届けいたします
フィルムに映っている映像を電気信号に変換すること。
古くは、フィルムで撮影されたテレビ映画や、ENG普及前のフィルム撮影しか方法がなかった屋外のニュース映像は、空中に結像させた(エリアル・イメージといって向き合った映写機とカメラの間の軸線上にコンデンサーレンズを置くことで得られる)映写画面をビデオカメラで撮影するという、いわゆるテレシネが主流でした。
その光源が電球からレーザー光発振器になり、画質は向上されるものの最終的な収録方式の解像度というボトルネックは如何ともし難い壁でありました。
やがてNTSCからHDになり、一気に画質は向上しますが、それでもフィルムの持つ情報量すべてを取り込んでいるとは言えない状態でして。当時のフィルム撮影中心でフィルム上映前提の映画製作体制であれば、デジタルデータで画像加工ができるようになっても、どうやってフィルムからデジタルに変換し、どうやって加工済のデジタルデータをフィルムに戻すか? が最大の関心事でした(まだ20世紀の終わりの頃の話ですが)。
そこにあらわれたのが、フィルムスキャナーです。
読んで字の如く、フィルムを投影したものを再撮影するのではなく、センサーで走査してデータを得る技術で、テレシネを凌駕する情報量が得られるのですが、一つだけ問題がありました。一コマずつ走査するので、どうしても時間がかかるのです。昔は1分スキャンするのに一昼夜かかったものでしたが、今では……?
ということで、東京現像所探訪の第2部は「フィルムスキャニング」。
酸っぱい香りがする昔のフィルム編集室のようなフィルム検査とはうって変わり、スキャンルームは巨大なフィルムスキャナーが鎮座しワークステーションがフル稼働する21世紀の現像所です。
ここでは、映像本部 映像部 アーカイブ2課 デジタルコンバートグループ長 係長の三木良祐さんに案内してもらいました。
日本に2台しか無いDigital Film Technology「SCANITY HDR」
三木:Digital Film Technologyの「SCANITY HDR」は、日本に2台しかないフィルムスキャナーです。HDRにも対応していますが、主にモノクロ用ですね。
樋口:♪象さんの~す~きゃん…
三木:“スキャニティ”です。Digital Film TechnologyはテレシネシステムSpirit DataCine(独ロバートボッシュが開発したシステム)の販売元。テレシネからフィルムスキャナーに移行した歴史も関係してか、SCANITYはフィルムのパーフォレーションを壊さないよう、送りも読み取り部分も全てローラーとなっているのが特徴です。スプロケットが無くネガに優しいので、古いフィルム作品との相性にも優れます。フィルム検査の工程でフィルムの状態は確認済みですから、スキャン中にパーフォレーションが切れるといった心配事もないですね。
1秒24コマの映画用フィルムは、等間隔かつ間欠的にフィルムを走らせるための穴(パーフォレーション)が設けられている。その穴に引っかけるのがスプロケットと呼ばれる歯車だ。フィルムの両脇、ひとコマあたり4つずつ穿たれた穴を撮影機、編集機、映写機問わず同じ規格で設計されたスプロケットが正確なコースに固定することで、フィルムは安定して給送されるようになっている。
ただし、時速2キロというスピードでフィルムが走ることになるため、穴に負荷がかかり、穴が劣化していた場合はそこからフィルムが破断する要因となる。SCANITYはパーフォレーションを用いず、ゴム製のローラーでフィルムを送り出すためフィルムへの負担が少ないのだ。
三木:読み取りセンサーの水平解像度は4,300ピクセルあるので、4Kスキャンが可能です。35mmフィルムは4K以上とも言われてます。解像度は感度によるところがあるため、一概には言えませんが、35mmフィルムのスキャンには十分なスペックだと思います。
樋口:パーフォレーションを使わずにフィルムを送るとなると、ある程度のテンションをかける必要があるのかな? と思いますが。
三木:我々が複数の異なるスキャナーを持っている理由は、それぞれに強み弱みがあるためです。このSCANITYの弱みは、テンションが他のスキャナーよりも大きいこと。ただ、フィルム検査チームと情報を共有し「今回の作品はSCANITYでスキャンするから、つなぎ目とか見ておいてね」等のやりとりは行ないますし、フィルム検査後は収縮率やネガに裂け目がある等の情報を細かく記載した“カルテ”を受け取ることで、スキャン中のトラブルを防いでいます。
三木:SCANITYのいいところは、スキャニングの速さです。例えば4K/10bit LOGでのスキャンも秒15コマで録れますから、映画1本のスキャンが1日で完了します。データ量は7TBほどにもなりますが、1日で取り出せるスピードは有り難いです。それから、読み取りセンサーが4板というのも特徴です。RGBの他にIRチャンネルが用意されていて、赤外光がフィルム上にあるゴミや傷を検知した場合、スキャンデータと同時に、アルファチャンネルに記録してくれるのです。
樋口:IR! インフラレッドですね。目に見えないものを白日の元に晒す赤外線。昔雑誌の裏表紙の通信販売の広告でそういうメガネがあって、クラスのみんなで金出し合って買ったらメガネのレンズに鳥の羽が張り付いていて……わかります?
三木:いえ。つまり、アルファチャンネルに記録された“ゴミ・傷リスト”はレストア工程で活用することが出来まして、自動でその検出した傷だけを消すことが可能になります。
樋口:赤外光で拾えない傷はありますか?
三木:ネガは、ベースの上にエマルジョン、いわゆるハロゲン化銀(銀粒子)を含むゼラチンが塗られているのですが(カラーでは現像工程で銀粒子が落ちRGBの色素が残る)、そのエマルジョンの部分(感光層)に付いた傷は検知し難いです。逆にベース側のカメラ傷は検知し易く、赤外光が検知してくれます。この検知機能があるだけで、後段の作業負担が大きく削減できますから、有り難いですね。
単板のモノクロセンサでスキャンするARRI「ARRISCAN」
三木:もうひとつのフィルムスキャナーが「ARRISCAN」です。弊社は3台保有しています。
樋口:おお! アリ! アリのままでいい! ではなくて、ARRI(ARnold & RIchter)。車のポルシェ、ぬいぐるみのシュタイフと並ぶ世界一ィィィィ! のドイツの会社ですね。
三木:我々が最初に導入したフィルムスキャナーは、このARRISCANです。その後に、先にお見せしたSCANITYが導入されました。SCANITYを追加した理由としては、デジタル化しないとフィルムが痛んでしまう、失われてしまうコンテンツが出てくるという状況になったとき、ARRISCANだけでは処理しきれないためです。というのも、ARRISCANは2K解像度でも、秒4コマしかスキャンできないのです。
三木:それでもARRISCANを導入したのは、当時の技術部のトップが“最も品質が高い”と判断したからでした。実際にスキャナーの比較テストをすると、やはりARRISCANはいい。テレシネを源流に持つスキャナーと、カメラ屋が作るスキャナーの違いを感じますね。スキャンに使うセンサーも他の中堅機とは違っていて、ARRISCANはベイヤー構造ではなくて、単板のモノクロセンサーを使っています。これでどのように取り込むかというと、LED光源をRGBに光らせて……
樋口:三色分解のテクニカラーのような……
三木:データを拡大すると、一度に全ての色をスキャンできる高速のベイヤースキャンとの違いが分かると思います。センサーのネイティブ解像度は3Kで、D-21を源流とした選別品のセンサーが使われているとか。更にスキャン時間を要しますが、センサーを微細駆動させることで最大6Kでのスキャンも可能です。
三木:SCANITYだと映画1本のスキャンが1日で済みますが、ARRIだと5営業日、約1週間はかかりますね。時間はそのままコストに直結しますから、普通であれば駆逐されるはずなのですが、それでもARRISCANが存在しているのは意味があるわけで。カメラマンによっては「ARRISCANを使ってくれ」と言う方もいらっしゃるほどです。ただ、我々スキャニングチームは、スキャナーがどれであっても、後世に使えるきちんとしたデータを残す、レストアやグレーディングの工程に使えるデータ、フィルムに記録された情報をありのままデジタイズすることを心掛けています。我々の仕事はフィルムと向き合うことでもあって、プレビューのヒストグラムを確認しながら、RGBがどれくらいで収まっているかとか、粒子感がどうかとか考慮しながら、同時にフィルムのコンディションも見ているんですよね。
樋口:今やデジタルでカバーできる部分は多いですからね。
三木:LOGデータにすると、RGBの一番アシ、濃度のDminからDmaxまでの全てが収まったものであれば、カーブの調整である程度までは出せてしまうんですよね。以前よりも後処理はし易くなったと思います。それから、我々スキャナー部隊が一番最初に画を見るわけなんですが、先日ある作品を4Kスキャンしたときも、フィルムの情報量に驚かされました。同時に過去の不燃化・複製作業が上手くいっていない作品の場合は、ガッカリするときもあります。
映画は当初、硝酸(ニトロ)セルロース・ベースのナイトレート・フィルムで作られていた。硝酸セルロースは発火点が異常に低く、化学構造上、一度火がつくと酸素を放出しながら燃える性質があった。さらに温湿度が上がると、密閉された缶の中でも自然発火してしまうほど可燃性が高く、水でも消すことができない。
この可燃性フィルムは、幾度となく火災を引き起こしている。日本でも昭和25年(1950年)の「羅生門」が公開直前の音響作業中に出火、昭和28年の「東京物語」のネガ原版も倉庫の火災で焼失している。そんな危険なものを保存するのはまかりならんということになり、昭和30年を前後して撮影用のフィルムは新たに開発された不燃性のベースに置き換わり、可燃性フィルムは難燃性フィルムに“複写”されてオリジナルフィルムはすべて廃棄されたのだ。つまり昭和30年以前の映画はすべて、複写されたネガフィルム以上の画質のものは残されていない。
樋口:フィルムの不燃化作業はいつくらいに行なわれたのでしょう。
三木:1970年代くらいかと。1955年くらいまではナイトレート・フィルムが使われていたと聞きます。つまりナイトレート・フィルム時代に撮影された映画作品は、実際にカメラに装填されたフィルムが存在していないわけです。ですから、もうカバーのしようがない。不燃化作業の質が悪いと、スキャンしてもガッカリなのですが、それでもLTOなどに入れて将来に残す必要があります。
LTO(Linear Tape Open)とは、大容量データストレージのための磁気テープ。現状、最大12テラバイト(非圧縮時)の容量を持つカートリッジが発売されている。今は最高画質でデータ化、タイムカプセル化しておき、未来に更に進化した復元技術が登場したときに作業すれば良い、というSF小説を彷彿とさせる遠大な構想……もちろん実現はしていない。実現して~っ!
三木:フィルムの場合、一度診て、それから何年後かに診ると状態が悪くなっていたりすることがあります。ARRISCANは1コマ1コマプレートで圧着して平面を出すのですが、フィルムが歪んでくると片ピンになってしまったりすることも。片ピンは後工程では修正できないため、“フィルムの状態がいいときにデジタイズ化する”のが非常に大事なんですが……
樋口:そのデジタイズするためのお金をどこが出すのかと……
三木:せめて有名なタイトルだけでもと、動き始めている映画会社も出てきました。でも、そうではない会社もあります。
樋口:フィルムの状態をどれだけ維持させても、時間の経過で劣化は避けられないわけですから、一刻もはやくスキャニングしなければならないのですが……偉い方にはそれがわからんのですよねえ……。
世界的に最先端の機材を使えても、それをどう使うのかを判断して推し進める人がいない限り、ダメなんだろうなあ……。
幸せ失うため息つきながら次のフロアへ、つづく!