樋口真嗣の地獄の怪光線

第27回

ディズニー動画配信が2K/2chでションボリな件。“カプセル怪獣計画”後日談

新作映画としては、久々の劇場公開作品となった「TENET テネット」。9月27日までの累計では興行収入12億円を超えるヒットとなっている
(C)2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved

そろそろ元に戻ろう、という気持ちのあらわれでしょうか。

秋口に向け、映画の公開が決まり始めて試写が回り始めましたが、一席ごとに間隔を空けて座らなきゃいけないため、すぐ満杯になります。しかも試写室の中って昭和の発想のままフリーズしたような大先輩たちが、フリーダムなご様子なのでわざわざ足を運びたいか? って気分になります。そんな気分も見越してか、オンライン試写会ってやつをちらほら見かけるようになりました。

とはいえ、複製防止のウォーターマークが数分おきに画面のど真ん中を横断していくと、まるで斬新すぎて誰にも伝わらない演出ではないか? とさえ思えるけど、まあ試写室で見る印象とはかけ離れてます。

どんなに自宅の試聴環境をアップグレードしたところでソースの段階で桁違いに低いレートだったりしたら、もう映画を作った人たちに申し訳なさすぎです。どうせならちゃんとした画質で見たいけど、それが映画館よりも手軽に、映画館より先に見ることができていいのだろうか? って考えちゃいますよね。

画質はフルHDで音声は2chて、それプラスじゃなくてマイナスです

出しづらい結論を保留にしているあいだに、本来なら6月に全米公開って予告ガンガン流してたトム・ハンクス主演の潜水艦映画……じゃなくて、潜水艦に狙われた護衛船団映画「グレイハウンド」が劇場公開を断念してアップルがやってる配信サービスApple TV+で公開し(この映画、劇場で見たいほどメチャクチャおもしろい…というか大好物!!)、ディズニーの超大作「ムーラン」もディズニープラスで配信。

トム・ハンクス主演のアクション映画「グレイハウンド」。コロナウイルス感染症の拡大を受け、ソニー・ピクチャーズが配給権をアップルに売却。Apple TV+独占コンテンツとして、7月10日より世界同時配信されている
(C)2020 Apple Inc.

「グレイハウンド」は、Apple TV+会員なら追加料金無しで4K/Dolby Vision & Dolby Atmos、「ムーラン」は追加料金(2,980円)を払う形で配信してるんだけど、「ムーラン」のプラットフォームであるディズニープラスが4K配信に対応していないではありませんか。

ホームページによると……(以下原文まま)

画質はFull HD(1920×1080)で音声は2chです。
将来的には米国同様4K,HDR画質、5.1ch音声も検討しております。

……ですと。

フルHDだけでなく、5.1chを検討しているってことは、アトモスどころかただの2チャンネル。パッケージも出す気がないのに、なんということでしょう(編集部注:海外ではUltra HD Blu-ray盤の発売情報あり)。

これでは本当にプラスではなくマイナスです。お金出すなら最高のスペックで見たいではありませんか。本国というか日本以外は4Kでやってるんだから、検討してないで早く実行してほしいものですプリーズ!!

ディズニープラス会員が追加料金を払うことで視聴できる映画「ムーラン」。マイナス配信よりも、ぜひ4K Ultra HD Blu-ray版で発売をおねしゃす!
(C)2020 Disney

そういえば、昨年の各賞を総なめした韓国映画「パラサイト」も日本のパッケージはブルーレイどまり。海外は4K UHDで音声もアトモスなのに、国内はサラッと5.1チャンネル。

世知辛いご時世です。と嘆いていたら悪魔の囁きが。Amazonプライムで6月19日から「パラサイト 半地下の家族」の4K UHD版がセル/レンタルで配信が始まっているというのです。しかもセルでも2,500円。今までパッケージメディア最高と声高に訴え続けてきたこのわたくしが、遂に配信の軍門に下る時がきたのです。

Amazon Prime Videoにて、「パラサイト 半地下の家族」(4K UHD版)がセル/レンタル配信されている。セルは2,500円で、レンタルは500円

思い返せば、今までだって勝利を信じて疑わなかったベータマックスが遂に撤退を宣言、途方に暮れつつもVHSに鞍替えとか、稼いだ金のほとんどを注ぎ込んだレーザーディスクが生産中止、その定価の半分以下の値段で登場した超コンパクトで高画質と欠点が一つもないDVD、それもわずか数年の三日天下でその座をさらに高画質のブルーレイに明け渡し……その局面に立たされる度にコロッと態度を変えて軍門に降り、それまでせっせと集めてきたコレクションを手放しては新たなプラットフォームで再び集め直し、そして時は21世紀。

小型化が進みすぎて、とうとうパッケージそのものが消滅してしまうのでしょうか。

ARRI ALEXA 65カメラで撮影されている「パラサイト 半地下の家族」。日本ではBD/DVDのみ
VAP 7,800円 VPXU-71816

「パラサイト 半地下の家族」が初めてのダウンロード購入かと思いきや、既に購入済みの映画が一本自分のフォルダに入っていました。

1962年の日活映画、宍戸錠さん主演の「硝子のジョニー・野獣のように見えて」です。

硝子のジョニー・野獣のように見えて

いっとき日活女優の芦川いづみさんにメロメロになった時期がありまして、むさぼるように出演作を探しては観まくっていました。そんな中にこの映画。

内容は、まごうことなきフェリーニの「道」なんですけど、芦川いづみさんの思い切りのいい芝居が素晴らしい、というのでDVDを買おうとしたら既に発売終了でとんでもない中古価格がついていて(さっき調べたら今では“HDリマスター版”が今年の4月に発売されてます。健全な価格で)、途方に暮れていたらAmazonから悪魔の囁きが。ダウンロード販売ならありまっせダンナ。

DVD「硝子のジョニー・野獣のように見えて」HDリマスター版
ハピネット 3,200円 HPBN-183

パッケージには拘りたいけど、手に入れづらいのであれば致し方ない。この諦めの連鎖が、愛して止まないパッケージを葬り去る原因なのでしょうか。

ちなみにセルで買うとAmazonプライムにログインできれば、出先でもどこでも観れるんですな。配信だと、このあいだまで普通にラインナップされていたのが、気がついたら配信停止になってたりすることがあるので油断も隙もありません。でも購入しちゃえば、オラのもんヅラよ。とりあえず今のところはね。

「カプセル怪獣計画」皆さまのご協力に感謝! でも、とってもハードでした

で、いま前回の連載を見直したら(この項つづく)で締められているではありませんか。続きをやらねば、ってことですね。気がつけばもう4カ月前のことです。何もしてないのに時間だけが過ぎていきますなあ。

今にして思えば、まだ何にも解決してないのに、既に懐かしくさえ思えるあの緊急事態宣言で世の中が静まり返って、これからどうなるんだろうって空気だったあの時期「する事ないから仲間内でなんかしよう」と言い出して、そんな言い出しっぺの責任でガイダンスビデオを事務所で自撮りしたけど評判がすこぶる悪くてもう一度撮り直して、つくづく世の中に溢れるYouTuberの皆さんの溢れる才能に気づき打ちのめされてしまいました。

ダテになりたい職業ナンバーワンに君臨はしてませんよ。やってみてわかるけど誰でもできることではございません。マジで尊敬します、YouTuber。

カプセル怪獣けいかく せつめいビデオ

で、集まった――とは言っても直接会うわけじゃなくてLINEで、それもわざわざ顔を見てするほどでもないし声が聞きたい間柄でもないので、テキストベースのやりとりで粛々と進めました。

メンバーは、私とはずっと一緒に映画とかいろいろ一緒に作ってきて、去年はNHK大河ドラマ「いだてん」のリードVFXスーパーバイザーを務め、明治から昭和にかけての日本橋界隈を超大型ミニチュアで再現した尾上克郎(以下敬称略)。

平成世代の特撮映画監督として、今や「ウルトラマンZ」のメイン監督として時代を牽引する田口清隆。押井守監督に発掘され、実写版パトレイバーの「THE NEXT GENERATION -パトレイバー-」や「バイオハザード:ヴェンデッタ」、「HiGH & LOW season2」等で日本で一番銃器を美しく撮る男、辻本貴則。

「のぼうの城」からずっと樋口組演出部でその調査力から陸軍中川学校と恐れられ、私費を投じて「怪獣の日」を自主製作し、その勢いでユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のアトラクション「ゴジラ対エヴァンゲリオン」や、'20年10月に淡路島にオープンする「ゴジラ迎撃作戦」の映像演出を担当する気鋭の34歳、中川和博。そして、もうじき55歳の俺の5人です。

この5人で手分けして……

  • 1.誰もが知っているような、あの人この人に趣旨を説明して動画の自撮りをお願いして
  • 2.動画をピックアップしてフォーマット変換、サーバーにアップロード、
  • 3.Twitterの貼り付け動画の限界時間2分20秒に収めてリレーする様子を4~5人に選んで編集して、投稿者の名前、肩書き、二つ名の字幕をレイアウトしてスーパーインポーズ。推挙した怪獣等のキャラクターもインパクトのある形でテロップ処理
  • 4.そのアクションやキャラクターに合わせて効果音を入れ、定形の音楽を入れて完成したら
  • 5.YouTubeとTwitterにアップロードして
  • 6.その公開時刻をTwitterで告知
  • 7.出演者に公開時期を伝えつつ参加に感謝の意を伝え
  • 8.公開時期になったらデータをバックアップしつつ決まってそのタイミングで発覚するスペルミス、間違いを修正
  • 9.それを見た一般投稿者をハッシュタグで検索をかけて地引網方式で収集
  • 10.そこから「2」に戻って、無限につづくループからみんな抜け出せなくなる――

おかげさまで話題になって、大勢の人たちに動画を上げてもらいました。

その量を、当時そこまで乗り切ればコロナから抜け出せると誰となくみんな願っていたゴールデンウィーク終わりまでにまとめてアップロードするために、5人全員で馬車馬のように働く羽目になりました。

これって普段の仕事よりも全然忙しいし、責任重大だし、こんなんだったら普段の仕事に戻りたいと本気で思いましたよ。というか、監督やっていると監督の仕事だけしてますが、世の中の映像を企画し立ち上げて準備をして、撮ってまとめて音つけて送り出して、宣伝してフォロー入れて……それは自分たち監督が中身のことを考えているあいだに、みんながやってくれていたんだなと。決して忘れてたわけじゃないけど、思い出して改めて感謝ですよ。ホント。

でもいろんな投稿がありまして。

知人に橋本じゅんさんという、名前と違っておっさんの役者さんがいまして。最近だとテレビドラマ「MIU404」の班長やってたんですけど、じゅんさんが役者仲間に声かけていろいろ動画を集めてきてくれまして。

と言っても、じゅんさんガラケーだから俺のところに直接いろんな人から動画が来るわけですよ。

そんな中にじゅんさんの役者仲間に市川さんって――市川猿之助さんですよワンピースのルフィですよ。上下スウェットの筋トレ最中みたいな格好で手にしたノートパソコンに千葉真一さんの画像を開いてそれを怪獣だと言い張って。丁寧に紹介してくださってメチャクチャいい発声で「サニィィィ千葉!」って。

千葉真一さんのアメリカでの名前ですが、それ怪獣じゃないし。ご本人、怪獣と同等と信じて疑わないようなんですが、違いますから千葉さんは人間です。それにまつわるあの人もこの人も怪獣じゃありません。人間ですってば。

千葉さんの画像が映ったままのパソコンをまるで勧進帳のような流麗な動きで振り回して、さすが歌舞伎役者さんだなあ…! よっ! オモダカヤ! ……いやいやいやいや、これ、そのまんまじゃいくらなんでも流せないような内容なので、めっちゃくちゃ時間かけて気づかれないように編集しましたよ。徹夜して仕事でもないのに。もーっ!!

しばらくして始まったドラマ番組では、まあコニクラシイ役を楽しそうに演じてるではありませんか、東京中央銀行 証券営業部部長・伊佐山泰二として!

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。