樋口真嗣の地獄の怪光線
第28回
キャメロンとフィンチャーのUHD問題と、NHKの8Kドラマがすごい話
2021年3月11日 08:00
ヤフオクでUHD BDの値段が上がってきましたよ。
ちょっと前までは3Dのディスクを抜き取ったやつが安い値段で落とせたのに、もう違う。欲しい人が増えてきたってことなんでしょうか?
配信全盛のご時世だけど、確実にいつでも観れるお皿がほしいひともいっぱいいるってことなんでしょうなあ〜そうでしょうそうでしょう。競争相手が増えて値段が上がる事よりも、同好の士が増えることの嬉しさの方が大きいですよ。
そんな中、これだけ大作を手がけていながら、なぜかUHD BDがまだ一本も出ていない監督が2人もいるんですよ。他にもいるけどまずこの2人を差し置いてどういうことよっていう監督がいます。いるじゃありませんか!
最近CSの映画専門チャンネルムービープラスで放送した「SF映画術」という対談番組で豪華すぎるSFにゆかりのある映画監督たちと意見を戦わせたジェームズ・キャメロンと、Netflixで市民ケーンの脚本家を描いた長編「Mank/マンク」を撮ったデビッド・フィンチャーです。
2人とも、かたやロジャー・コーマン率いる製作会社ニューワールド・ピクチャーズの特撮部門出身、かたやジョージ・ルーカスが作った視覚効果ファシリティ、ILM(まだデジタルエフェクト中心になる前の時代の)出身だから、ひとかたならぬクオリティにはこだわり以上の執着があるはず。なのに、なぜかブルーレイ以降の高画質……まあ4KのUHD BDなんですが、一本も出ていない状態なんですよ。
かたやアグレッシブなエンターテイメントの王道を爆進し、かたや誰も表現していないジャンルを一作ごとに切り拓き、どちらも精度の高い視覚効果を文字通り効果的に盛り込み、新技術を誰よりもいち早く積極的に取り込んできたのですから、一刻も早くクオリティの高い再生プラットフォームで拝見したいのにも関わらず、出てないんですよ一本も!
……いや、ジェームズ・キャメロンは「ターミネーター2」だけ出てましたな。
でもこれは製作会社のカロルコの全作品をフランスのスタジオ・カナルが買い上げて商品化している中の一本という紆余曲折の結果であって、キャメロンの他の作品はあの歴史的興行成績を叩き出したにも関わらず、出ない。
フィンチャー作品も出す気配すらない。
それも近年に至るまでの2人の殆どの映画の配給元になるスタジオ・二十世紀フォックスがディズニーに買収され、その直前まで発売予定にタイトルが並んでいたにもかかわらず、UHD BDの発売そのものが配信事業にシフトして全作品白紙撤回で中止。泣きてえ。
企業の買収ってこういうことが起きるから信用できないんだよなあ。
そんなディズニーが運営する配信サービス「Disney+」にもやっと昨年末から二十世紀フォックス作品がラインナップされるようになったけど、わずか30本足らず(21年3月現在)。
しかもストライゾーンを巧みに外したチョイスが悩ましうございます。だったら出してよUHD BDを〜!
って誰に言えばいいの?
NHKの8Kドラマがすごかった
もう去年の話になりますが、NHKの8Kドラマがすごかったです。
そもそも自分で作るときは「そんなオーバースペックは俺の演出に必要ない」とか天に唾するような事ばかり申しておりましたが、そのイノベーションを前にして前言撤回掌返しでございます。
「坂の上の雲」や「八重の桜」を手掛けた加藤拓ディレクターが、大正時代(1921年)に上海を訪れた芥川龍之介の日々を渡辺あや脚本で描いた「ストレンジャー~上海の芥川龍之介」。そして第二次大戦が近づく神戸を舞台にした、黒沢清監督の新作「スパイの妻」。
それが単発とはいえ普通にオンエアされるとは、すごい時代ですが、どちらも高画質を武器に既成のドラマを突破しようとする試みが凄まじく、それを高解像度の大画面上映で体験すると、もはや映画館と比較するのが間違っているのではないかと思えてきます。
「ストレンジャー」は8Kの大画面上映を浴する機会を得て、横浜みなとみらいにある資生堂ショウルーム(S/PARK)の壁面に埋設されたソニー製の大型LEDパネルと、原宿のイベントスペースでのプロジェクター映写で拝見しましたが、戦前の上海の街並みを再現した中国のオープンセットを行定勲監督や三池崇史監督の映画等を撮影してきた北信康さん(1995年の「ガメラ 大怪獣空中決戦」の本編撮影部もやってた♪)が幻惑的に切り取り、私も何度もご一緒した扮装デザインの柘植伊三夫さんの凄まじいディティールの作り込みで8Kの画素を埋め尽くします。
変わりゆく国家、揉まれながらも逞しく生きる人々の眼差し――――高解像度は目の表現が凄いのです!――――その先に見える戦争。絵画のように美しい世界が儚く見えて、遠い昔のノスタルジアだけではない緊張が通奏低音のように響いてきます。この映画として通りづらい主題は単なる高画質ドラマに留めず、揺るぎない価値を放ち続けるでしょう。
一方の「スパイの妻」は、NHK在籍時代の大友啓史演出作のチーフキャメラマンとして、あの先鋭的な演出の一翼を担った佐々木達之介さん(私は「精霊の守り人」を回してもらいました♪)が担当。奇しくも映画界とNHKドラマチームが交換留学というか、交流試合の様相で製作された2本の8Kドラマ。
「スパイの妻」はその完成度の高さもあって劇場公開が決まったものの、一回だけの8K放送以外は再放送も、そしてパブリックビューイングでの上映もされないまま。しかも劇場公開版はDCP規格にダウンコンバートされた状態なので、あの薄暗い倉庫の中の引き絵から気付かないうちに人物とキャメラが寄り添い離れていくだけなのに異常な緊張感を醸すワンシーンワンカットを8Kで観たい! のに観れない!
そのローキーの画面、浅いフォーカスの世界に浮かび上がる高橋一生くんの表情、これが面積比で16倍の高解像度高精細だとどう見えるのか、おそらくこっちの想像を凌駕し、圧倒するに違いないのに……!!
「ストレンジャー」は、国内外のコンクールで数々の賞を獲り、文化庁芸術祭ではテレビドラマ部門の大賞を得ているのに、劇場映画として公開された「スパイの妻」は日本アカデミー賞の規定に適っていないためにノミネートもされません。
編注:ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)受賞
幸いにして、その後「キネマ旬報ベスト・テン」の日本映画第1位に選ばれたので溜飲もちょっとは下がろうってものですが、こういう事態ってこれからどんどん増えていくでしょう。劇場映画を凌ぐ規模で製作されている作品が、配信プラットフォームでどんどんリリースされています。
そもそも、映画館でしか体験できない映画の価値って一体なんでしょうか。
感染症対策で映画館の営業時間も短縮され、それを見越して大規模な映画は損失を避けるために公開時期を軒並み見直され、興行収入ランキングに並ぶタイトルを見るとなんとも暗澹たる気持ちになります。
それでも、そのうち、いつか、きっとという心構えで作り続けないとダメになっちゃいます。よねえ。