樋口真嗣の地獄の怪光線

第30回

樋口監督のシン・オンライン会議発動! 問題はレンズじゃなかった

映えるリモート姿に触発された樋口監督(第29回参照)。今回は新しいオンライン会議システム構築のお話です

一年以上もその新たな環境に身を置き、順応するかと思えばなかなか柔軟に対応できないのは加齢のせいなのでしょうか?

それまでどちらかといえば新しいことを率先して取り入れてきました。新しさこそ正義であると鼻息荒く最新情報を漁り、その中で何を選べば一番イケてるか、エッジが立っているか、そんなことばかり気にしていましたが、いつしか今の安定した環境が維持できる安寧を求め、性急な革新を避けるようになってきました。

暴走族が出来ちゃった結婚して、ファミリーカーにベビーシート括り付けて赤ちゃんが乗ってますステッカーを後ろに貼って安全運転してるのと似てますよね。似てませんかそうですか。そうじゃないかと思ってましたよええ。

でも今回は違いますよ。

誰もに行き渡り、在宅勤務の基盤になっているオンライン会議環境。ズームやチームスで初期から実装されていたバーチャル背景と呼ばれる背景の入れ替え機能。

奥行き情報や人間の輪郭を自動的に認識して背景と人物を分離させてプリセットの背景画像でも任意の背景画像でも入れ替えることが可能で、最初の頃は部屋の中を見られたくないから隠蔽したり、オンライン飲み会でだんだん酔っ払ってきて背景画像で大喜利大会が始まったりしてましたが、これだけ長期にわたってお付き合いすることになるとだんだん嫌になってきます。

オンラインで何かをすることではなく、その背景を分離したマスクの精度が、です。

職業柄といえばその通りなんですけども人一倍マスクの抜けとかが気にしてきたので、オンライン会議をしながら誰かのろくろ回しの指が誤認識して欠落したり戻ったりとかが気になって話が頭に入ってきません。会議に集中できません。

そもそもなんでそんなふざけた背景選んでるんだよとか、どうでもいいことにイラ立ってきます。これもコロナ禍のストレス故なのでしょうか?

そんな時に筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター長の落合陽一さんに招聘されまして。招聘といっても大学の1、2年生向けの講義だったのですが、その時の落合准教授の写され方が凡百のデジタルネイティブのように自撮りされている意識が希薄な、緊張感のまるでない緩み切った顔ではなく、まるで報道番組。それもアメリカ東海岸に拠点を置く政府の動向や世界経済の行く末をクールな視点で斬るアンカーマンの如き映り方――まさしくトップオブデジタルネイティブに相応しい「見栄え」があるのです。これだ。今の俺に足りないものはこれだ!

もう一度その画像を見てみましょう。

現代の魔法使いこと落合教授が魅せるリモート姿

背景に連続して変化する画像が表示された複数のモニターが並び、高度な情報の集約や分析がイメージできます。しかもその背景にはフォーカスが合わず滲むようにボケています。

レンズです。レンズの仕業です。

さりげなくパソコンに向かって話しかけているように見えますが、これはパソコンやタブレットやスマホについているようなレンズでは撮れる絵では無いです。特に最近のデスクトップマシンに実装されているカメラはいつこんなに貧弱になってしまったのでしょうか? というよりも今のスマホが良くなりすぎたともいえます。

樋口監督のリモート姿。第一形態
第二形態

なるほど、そういう事か!

私は机の下でコロナ禍のせいでここのところサッパリ出番がなかったレンズ交換式のデジタルカメラ――いわゆるミラーレス一眼、しかもオリンパスがかつて一世を風靡したシステム一眼レフ「OM」シリーズをデジタルで復活させた記念碑的なOM-Dシリーズの第一号機、E-M5とマイクロフォーサーズマウントのレンズ群を引っ張り出した。

オリンパス「E-M5」

ほとんどは廉価な撒き餌レンズだけど、その中で一本だけ同じマイクロフォーサーズグループのパナソニックがライカと共同開発したパナライカの単焦点レンズがある。ボケ足の綺麗なツヤのある絵が撮れる値段以上のいいレンズだ。それをつけたミラーレス一眼から外部出力させてデスクトップ機に繋げばオンライン会議用のアプリケーションの外部映像として取り扱ってくれるのではないか?

買ってからそろそろ十年経とうとしているけど何一つトラブルも無いけど、流石にそろそろセンサー含めてもっといいやつにしたいなあ。ミラーレス一眼の余生の過ごし方としてもデスクトップに固定もなかなかいいのではないか?

しかしデジタルネイティブ電子の要塞化はそんなに甘いものではなかった。

何よりもまず私の持っているミラーレス一眼が古すぎてセンサに届いた画像をHDMIを介して出力できない。仮にできたとしてもそのための映像入力のためのインターフェイスが必要になる。そもそも机の下にあるものを組み合わせてなんとかしようとしている段階でデジタルネイティブの風上にも置けない。デジタルガジェットを舐めているのか、俺!

やり方は何通りかある。

まず絶対必要なのはマイクロフォーサーズのレンズ資産を活用することだけど、現状のミラーレス一眼ではパソコンに映像を出力すらできない。何せ10年近く前の最初期型だからね。

その段階で当初のしみったれた目論見は木っ端微塵に吹き飛んでいるけどそれでも諦めきれずなんとかしたい! ってあたりが俺の人間的な限界な気がする。あんたセコいよ!(byクェス・パラヤ)

HDMIを変換するためのコンバーターが結構なお値段いたしまして、ここでそんなにブッ込めないよズーム会議ぐらいに...とアンチデジタルな昭和体質が根強く残る俺内稟議が通らず、他の方法を探ると、デジタルカメラメーカー各社がパソコン接続用のユーティリティを無料公開しています。

これと接続用のケーブルがあれば、それで夢のオンライン会議のアップグレードが実現です。

で、オリンパスは去年経営譲渡されたばかりなのでそういうサポートやっているのかな? とヤキモキしましたが、ありましたよオリンパス(OM-D Webcam Beta ダウンロード)。がんばれオリンパス。負けるなオリンパス。

もちろん全てのカメラに対応しているわけではないのでサイトで確認しなければならないのですが、残念ながら初代OM-Dはサポート外でした。まあ仕方ないですね。

でもこれでだんだんハッキリしてきましたよ目指すべき道が。どうせ投資するなら単機能のHDMIコンバーターよりもミラーレス一眼の更新ではないか?

と鼻息荒く値段を調べるとうっひゃー!

すっかり忘れてるし思い出せば、そりゃそうだったけど、一大決心が必要な、俺の財力胆力が試されるナイスプライス!

レンズの資産を活かそうと思うとオリンパスかパナソニック、って事になるんだけど、最近本業の映画の撮影でサブカメラとしてよく使うのがパナソニックのGH5。どうせなら一台持っててもいいかなと探したらこれまた想像の斜め上(かなり急傾斜の)のナイスプライスで、これまたビックリ。いつも撮影で何台もあって当たり前みたいな気持ちで接していたことを大反省です。感謝を忘れずにいないとイカンですな。

途方に暮れていたんですが、オリンパスの対応機種の中にOM-Dの初代フラッグシップであるEM-1が入っていて、まあ今から8年前に発売されたので結構お値段がこなれてきているわけですよコレが。正直、HDMIコンバーターよりもお手頃。その上バッテリー周りはそれまで使っていたEM-5と共通なので資産はそのまま移行できるし、これだ! と即決です。

オリンパス「E-M1」

まあそのために接続用のケーブルや、電源供給のためのACアダプターとか机の上のいい感じの位置にカメラをセッティングするためのクランプだったり自由雲台だったり色々物入りになりましたが落合教授を超える絵作りのためなら惜しんでられませんよ。チョットだけですけどね。

そしてその再構築した画像収録システムで撮った絵がコレ。

新システムを使った映える樋口監督
映える前の樋口監督

しまった。問題はレンズじゃなくて被写体だったのかもしれない…。

そしてどうしても気になるのが目線。

モニターに映し出された会議メンバーを見ながら話すとどうしてもカメラ目線にできないのだ。もともとその傾向があるんだけど相手の目を見て話せない心の弱い人間に見えるではないか。お互いを近づけて攻め込んでわずか十数センチの視差なんだけど、めっちゃくちゃ気になる。そのためにはカメラの前に傾けたハーフミラーを置いて首相官邸の記者会見みたいなプロンプターを作らなきゃいけないのか?

その終わることない険しい道のりに途方に暮れてます。だったらレンズを見る練習をしろって事ですよね…。

以上です。

樋口真嗣

1965年生まれ、東京都出身。特技監督・映画監督。'84年「ゴジラ」で映画界入り。平成ガメラシリーズでは特技監督を務める。監督作品は「ローレライ」、「日本沈没」、「のぼうの城」、実写版「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」など。2016年公開の「シン・ゴジラ」では監督と特技監督を務め、第40回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。