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Jリーグ無きスカパー、逆転の施策は「オリジナル作品」と「IPリニア」

 スカパー!は、現在微妙な立場に置かれているように見える。昨年で開局20周年を迎え、サービスとしての認知度は高い。一方で、先進的なイメージを保っているかといえば、そうとも言いにくい。NetflixやAmazonプライムビデオといったネット配信が隆盛し、それらとの厳しい戦いにさらされ、“守る側”のように見える。その象徴ともいえるのが、2017年度より、Jリーグの中継放送権を、ネット配信のDAZNに奪われたことだ。

スカパーJSAT 取締役 執行役員専務・有料多チャンネル事業部門長 兼 放送事業本部長 小牧次郎氏

 スカパー! を代表するコンテンツでもあったJリーグ。今後、「スカパー!」というサービスは、どのように新興の企業と戦っていくのだろうか? 実際のところ、Jリーグをとられたことは、経営にどんな影響を与えているのだろうか?

 スカパーJSAT株式会社 取締役 執行役員専務・有料多チャンネル事業部門長 兼 放送事業本部長の小牧次郎氏に話を聞いた。そこで出てきたのは、スカパー! という存在に対する固定観念への戦いともいえる「変化への宣言」だった。

Jリーグ・ロスも「想定内」のこと

 スカパー!は2007年以降、ずっとJリーグの全試合放送・中継を行なってきた。それが、今年は放送権を失い、放送できなくなってしまった。もちろん、YBCルヴァンカップや天皇杯、欧州サッカーなどはこれまで通り中継されるが、「Jリーグ」を目当てにスカパー!に加入していた人には、大きな魅力ダウンである。実際2016年度末から1月末までにかけて、Jリーグ中継終了に伴うパック商品の改変に伴い、大幅な利用者の減少も見られた。

 このことはスカパー! にとって非常に痛手で、経営に大きな影響を与えるのでは、スカパー! はダメになってしまうのでは……と推測される。その影響を問うと、小牧氏はこう切り返した。

小牧氏(以下敬称略):まったく、そんな危惧はないです。

 なぜなら、私たちも過去には「獲る」立場だったんですから。ワールドカップ(の放送権)を獲り、セリエAを獲り、チャンピオンズリーグを獲り……。それは、「獲られる」こともありますよ。

 特にスポーツの放送権契約は複数年契約ですから、必ず別の権利を獲る機会が巡ってくるんですよ。その時、まったく違うプレイヤーが出てきて権利を獲る、ということは私たちもやったことです。それは「あること」と思わなくていけない。

 Jリーグは10年、本当に一体になってやったつもりだったので、その権利を失ったことは大きかった。しかし、そういうことは起きないものか、というと「ある話」なんですよ。

 私たちは(スカパー!というビジネスを)100年やるつもりでいます。ですから、その間に権利が獲れた、なくなったという話はままあることで、それでダメになるようではいけないんです。事実、そうなってはいません。

 すなわち、スカパー!にとってJリーグの放送権を失ったことは「ショック」ではあるが、経営上想定しうるリスクであり、それだけを軸足に臨むような経営はしていない、という趣旨である。

ネット配信との競争で「停滞の10年」が動き出す

 一方で、スカパー!という「衛星放送ビジネス」が、今の消費者の目から見て、明るく希望に満ち、伸び盛りの「新星」のように見えるのか、というと、そうではない。それは小牧氏も認める。

 では、20年を経た「衛星放送」というビジネスのどこに問題があるのか? そこを考えるには、まず、スカパー!が20年どのようにビジネスを進めてきたか、その現状認識から始める必要がある。

小牧氏:1996年に弊社は「パーフェクTV!」としてサービスを開始しました。それからもう20年です。

 最初の十年間はほぼまっすぐ伸びていた、と思ってください。全世帯の2割までは。

 日本は世界にも類を見ないほど地上波の無料放送が強い国です。そもそも、プライムタイムの無料放送が全部新作、という国は他にありません。1990年代には、日本の有料多チャンネル放送の市場はほとんどありませんでした。その当時ですら、アメリカは7割が有料放送で、ヨーロッパでも4割を超えていたと思います。当時はGNPも世界2位で、勢いもある国でしたから、「これは誰が見ても伸びる」と思ったので、色々なプレイヤーが現れました。おそらく、当時のニューズ・コーポレーションやソフトバンク、ソニーなどもそう思っていたでしょう。

 私は当時フジテレビにいて、衛星放送と両方見ていたのですが、まあ、夢のある市場でしたね。

 もはや昔話なので知らない人もいるのでは、と思うのだが、1996年、日本でCSによるデジタル多チャンネル放送がスタートする時には、複数の事業者が名乗りを上げた。現在「スカパー!」と呼ばれるサービスは、「パーフェクTV!」と「JスカイB」が一緒になり、「スカイパーフェクTV!」になった、という経緯もあるし、「プラット・ワン」や「ep」、「ディレクTV」といったライバルサービスもあった。あるものは合併し、あるものは淘汰されることで今の市場が出来上がった。

 ただし、それは「バラ色の市場」になることではなかった。

小牧:ですが、その伸びは10年前に、世帯数の2割でピタリと止まった。あと10年は、きれいな台形を描いています。

 この2割、という数字は、当初はまったく予想がつかなかったですね。

 日本のように可処分所得の多い国で有料放送の市場が根付けば、そこには大きな市場ができる。2割、というのは決して小さなものではないが、10年間で伸びなかった、ということは、多くの関係者にとって「想定通り」というわけではない。

 だが、今、その「フラットな10年」を変えるかも知れない状況がやってきた、と小牧氏は分析する。

小牧:OTT(Over The Top、インターネット上でサービスを展開する事業者のこと)をまったく違う勢力だと考えれば、衛星放送は衰えていく局面、という見方になるでしょう。

 これは、普通に考えればネガティブな話です。しかし、ポジティブにも考えることができます。

 この10年、顧客獲得のためにあらゆる施策を行なってきましたが、そんなに伸びなかったわけです。しかし、規模が「兆」の企業が海外から入ってきて、大きなプロモーションをしているわけです。結果的に、この10年で「動かなかったもの」が動けばチャンスです。これをプラスに捉えたいです。

 配信の経路で事業者を選別し、「インターネット対衛星」という風に捉えれば、ネット配信とスカパー!は対立軸になる。しかし、「家庭への映像の有料配信」という軸で見れば、両者は同じ土俵で戦う相手と言える。「10年の停滞」に変化を与えてくれる可能性をプラスと捉え、新たな競争軸に入る……というのが、小牧氏の考え方だ。

小牧:日本の有料放送も、最初は多数の企業がいました。スカパー!もご存じのように、合併で今の形になった歴史があります。ケーブルテレビにしても、J:COMが半分を占めるようになった。今は、スカパー!・J:COM・ひかりTVの3つに集約された、といっていいでしょう。

 OTTについても、現在はたくさんあります。しかし、この先には、放送・通信合わせた10以上ある事業者が、いくつになるのかはわかりませんが、3なのか4なのか5なのか、まあ、そのくらいの寡占状態に、まとまっていくことになるでしょう。

 例えば、有料配信全体の市場規模が倍になって、事業者の数として「倍以下」の寡占であれば、今よりも成長した、と言えますよね? この10年間動かなかったものが動くかもしれません。だからプラスに捉えたいんです。

「停滞の10年」、原因は「オリジナルコンテンツ不足」

 では、衛星放送の「停滞の10年」はなぜ生まれたのだろうか? そして、ネット配信系が脚光を浴びている理由はどこにあるのだろうか? キーワードは「オリジナルコンテンツ」だ。

小牧:コンテンツ的に見れば、我々“有料放送軍団”は、この20年でどれだけ「オリジナルのもの」を生み出してきたんだろう……と思うんです。

 コンテンツにはおおざっぱに3通りあります。「出来上がったものを調達すること」と、「権利を調達して作ること(スポーツやコンサート中継など)」と、「最初から作ること」です。

 最初の2つまでは、まあ、できる。ノウハウはある程度決まっていますし、なんとかなります。ここまではがんばって、費用もかけてやってきていました。

 しかし三番目の「オリジナルで作る」ということに関しては、有料放送側がどれだけのものを作り出してきたか、というと、大変心許ないわけです。

 10年くらい前にWOWOWがドラマを作り始め、連続ドラマになり、ここにきてようやく、そうしたものが地上波のドラマに伍し、時には役者や監督もそちらを選ぶものになった。それがごく最近のことです。そういう例外を除くと……、例えばバラエティなどで地上波を凌駕するものを残してきただろうか、ドキュメンタリーやドラマでそれができたか、というと、そこが弱かったわけです。

 しかし、OTTが急に現れて「オリジナル番組競争」になっている。しかも、宣伝はそれしかしないのでなおさらそう見えます。数はまだそこまで多くないですが、いかにゼロから作ったオリジナルで差別化していくか、という競争が始まったわけです。

 これは、ある意味で「やっと」と言えます。

 日本がアメリカのようになるかわかりませんが……。ハリウッドでドラマは、過去には映画より下に見られていましたし、脚本家にしろ監督にしろ俳優にしろ、一段下に見られていた。そこが、「ザ・ソプラノズ(1999年~2007年。HBO制作)」あたりから質の高いものが生まれ始め、「連続ドラマがテレビの黄金期の中心」と言われるようになってきました。連続ドラマという表現形式は、もはやレベルではハリウッドの映画を超えてきています。ビジネス的にも大きなものになったので、なおさらお金をつぎ込むことができます。アメリカの芸術表現を、オリジナルドラマがリードするようになりました。しかし……そういうことが日本では起きなかった。

 これは、「衛星放送事業者」から出た言葉としては、非常に辛辣なものだ。自らが「やるべきことを出来ていなかった」という反省であり、同業者にもその視線は向いている。

 では、なぜ衛星放送はそれができなかったのだろうか? ネット系では、オリジナル番組への投資が続く。NetflixやAmazonのような例はもちろんだが、無料のAbemaTVも、オリジナルのニュースやバラエティにコストをかけるようになった。現状ではそれらが収益に見合った投資か、というと疑問はあるが、とにかく、オリジナルコンテンツが回りはじめている。

 一方で、衛星放送は「再放送のメディア」というイメージが強く、オリジナル放送は「お金が掛かっていない」印象だった。実際には、有料放送系コンテンツの製作費とネット系コンテンツの製作費とでは「単純にネットが多い、というわけではない」(小牧氏)というが、ネット配信の方が手軽であり、ネット配信のオリジナルコンテンツが、より多い視聴者を獲得しているように見える。では、なぜ有料放送では、これまで「良いオリジナルコンテンツ」が生まれなかったのだろうか。

小牧:違いがあったとすれば、有料側は比較的早期に黒字になり、そこそこいいビジネスになっていったにも関わらず、そこで製作という再投資を選ばなかった、ということです。そこは、メディアに対する姿勢の問題だったかも知れません。

 衛星放送に参加したのは、元々が商社やメーカーが中心で、「仕入れて売る」考え方。新しい作品を創って売るとなると、当時はハリウッドで失敗した例もあり、そんなに得意ではない。だから、大きな投資をするようにはならなかった。

 もうひとつのプレイヤーである地上波キー局の方々を見ても、この時期に地上波の調子が悪くなっていった。地上波製作費を増やさず減らす、という中で、同じ会社の一部門である有料放送部門が少し利益を上げていたとしても、有料放送の方に高い製作費を出そう、というメカニズムがなかなか働かなかった、ということはあると思います。

 結果、再投資に回って質に転化する、アメリカで起きた正のスパイラルが起きなかった、ということでしょう。

「有料放送は日本ではもう伸びない。この量では新しいものはできない」と言われてきました。

 でもですね、映画や音楽パッケージなどと比較すると、数十万でヒット、百万はミリオンで大ヒットで、(有料放送と)「桁」としてはかなり似ています。有料でコンテンツを楽しむ人々は同じような量なんですよ。

 じゃあ、映画で新しい、面白いものが出来ていないか、というと、まったくそんなことはない。新しいものが生まれる方向にビジネスが伸びなかった、ビジネスに対する考え方が停滞を産んだ、とも言えます。

コンテンツ製作を加速、事業者再編も前向きに捉える

 では、そうした問題を解決するにはどうしたらいいのか?

「人を引きつける良いオリジナルコンテンツを作ること。喫緊の課題はなによりもそれ」

 そう小牧氏は断言する。ネット配信が採っているアプローチ、アメリカで起きた正のスパイラルを日本でも起こすことが、有料コンテンツビジネスにとってプラスであり、有料放送のこれからに必須のことだ、と考えているのである。

小牧:ここにきて、OTTがオリジナルコンテンツで攻勢をかけてきています。また、ちょうど同時期に、地上波が弱くなってきています。強いことに変わりはないのですが、10年前・20年前のバリエーションに比べると、同質化しています。

 そこに、WOWOWやスカパー!、OTTがオリジナル番組を作り始めていて、以前に比べても質が上がり、名前を聞いただけで「見てみようかな」という番組が増えてきました。ここで、10年停滞した有料系が大きく伸びるきっかけになるのでは、と思います。

 スカパー!は2011年10月からBSで「BSスカパー!」を展開しており、現在はここを中心にオリジナルコンテンツの製作を行なっている。特に2年半ほど前から、オリジナルコンテンツ作成を加速した。スカパー!は各チャンネルを運営する放送事業者との協業関係にあるが、そことは食い合わない形を考えるのは前提となる。スポーツのビッグライセンスを取得するのは、規模が大きく放送事業者とバッティングしないからであり、過去Jリーグを手がけてきたのも、そうした発想に基づく。現在は完全オリジナル番組を増やし、製作能力を強化しているところだ。

小牧:各番組製作会社の方々と協力して作っていきます。要は我々が強力なプロデューサー集団になれば、できます。2年半前に体制を新たに作り、そこは機能強化していかないといけません。

 ただ、すぐには出来ず、育てないといけないので、これから広げていきます。今はBSスカパー!で主にやっていますが、これはどこでやってもいい、と思っています。

 一方で、スカパー!にチャンネルを提供する事業者の側でも、再編が始まっている。2月24日には、有料放送の中でもトップクラスの人気を誇るアニメ系チャンネルの2社、アニマックスとキッズステーションが経営統合することになった。このことを小牧氏は「非常に前向きに捉えている」という。

小牧:これまでは、アニマックスのようにトップのチャンネルでもなかなかオリジナル作品が生まれなかった。事業規模が大きくならないといけません。事業の幅・ボリューム的共に強くなることだと理解していますので、とてもいいことです。

 そもそも、なぜこの10年間にそうしたことがなかったのか。衛星放送がスタートした時、150以上のチャンネルができましたが、その3分の2がいまでも残っているとは、我々も、当のチャンネル事業者の方々も思っていなかった。ものすごい淘汰の時代がやってくる、とみんな思っていたのに、意外にみな小粒な事業者のまま残り、結果、経営が「守り」に入った部分があります。

 チャンネル事業者の方々とも、「オリジナル作品を増やしていただくこと」を中心に話し合いをしています。

4Kでの「アンテナ問題」は、実は「追い風」?!

 現在、家庭からはテレビが減ってきている。2011年以降、個室のテレビは急速に減って「一部屋に一台」の時代ではなくなった。逆に、リビングのテレビは4K化・大型化が進んでいる。個人が映像を見る機会として、テレビだけにこだわることはマイナスになりつつあり、それが、ネット配信の隆盛を後押ししている。このようなことも、「衛星放送」には不利な条件に思える。

小牧:確かに、小さなテレビには意味がなくなる、という見方があります。一方で、スマホとテレビで見ることの差が大きくなり、リビングにおけるテレビを若い子達が「発見」してくれて、そこにけっこういいものがある、と思ってもらえれば、と思います。

 今後4Kを軸にした放送は増えていく。だが一方で、「誰がアンテナにコストを払うのか」という問題が立ちはだかっている。特にBSでの4K放送は、左旋円偏波(左旋)を使ったチャンネルが増えるため、アンテナ変更が必要だ。ユーザー側の投資が必要となると、かなり利用のためのハードルはあがる。だからこそ、衛星放送に冷ややかな目が集まる……という部分もある。しかし、「これを活かせる」と小牧氏は言う。

小牧:我々はアンテナを自分で作っています。BSとCSがマルチで受信できるものを、契約してくれる方々に安価に、もしくは無料に近い形で提供する、というやり方をずっとしてきました。そのアンテナでBSの民放を見ていただいてもかまわない。でも、そこでスカパー!のサービスにも入ってくれるのであれば、それが「顧客獲得コストである」という考え方ができるわけです。これは、NHKにはできないやり方です。

4月から4K・8K放送対応のマルチアンテナを販売開始

 この4月から、我々は左旋にも対応したアンテナのみを作ります。なにもアンテナをもっていなくても、「オリンピック来るんだよね」とか「NHKが見たい」とか「WOWOWの左旋も見たい」という人にだって、このアンテナを供給して顧客獲得につなげることができます。

 これは確かにひとつの武器だし、アンテナ設備に関して悩んでいた人には、朗報ともいえるものだ。

2017年度中に「放送・配信」融合の「ハイブリッド・スカパー!」が登場

 冒頭で述べたように、スカパー!はJリーグをDAZNに取られた。一方で、DAZNは品質の面でまだ不安を抱えている。ここでは、放送と配信の差が出ている。配信は「いつでも見られる」「少ない量の配信コストが非常に低い」という利点があるものの、たくさんの人々が一斉に見ると輻輳が起きやすく、慎重なインフラのコントロールをしながらの運営が必須である。また、ネット回線は収益性の良い都市部から中心に整備されるため、地域による差が生まれやすい。「輻輳やディレイという面での放送の優位性は、当面ある」と小牧氏は言う。「だから、放送『も』持っているスカパー!は有利と言えます」

 小牧氏は「も」とあえてつけた。

 衛星放送が中心のビジネスだが、スカパー!はずっとネット配信もやってきている。

小牧:放送のメリットがあり、ネット配信についてはこれからライバルに追いつけると確信しています。ハイブリッドカーが電気自動車に比べて持っているようなメリットを打ち出せるはずです。

 そこで気になるのは、海外での動きだ。

 2月28日、Googleは、アメリカで「YouTube TV」を発表した。ABC/CBS/FOX/NBCといったメジャーネットワークの番組を、放送と同じようにネット経由で見られる有料サービスだ。ハードディスクレコーダなどを用意することもなくネット上に「録画」していつでもタイムシフト視聴できる。

YouTube TV

 同様のサービスは、2016年からソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が「PlayStation Vue」として、北米でサービスを行なっている。こちらも、ネットを介してケーブルテレビ網の番組を配信しつつ、過去番組も自由にオンデマンド再生できる仕組みになっている。簡単に言えば、EPGが「過去にも未来にも」広がっていて、現在のように「未来」へ行けば録画予約になり、「過去」に行けばオンデマンド視聴になる。いわゆる「全録レコーダ」に似た仕組みだが、ネット経由ならば「録画」すらいらないことになる。

PlayStation Vueの画面。ネットテレビでありながらEPGがあり、すべての番組を「さかのぼって」視聴できる

 PlayStation Vueを取材して記事化した時、読者からこのような反応が多く寄せられたのを覚えている。

「日本にも欲しい。こういうものは、スカパー!にあるといいのに……」

 そのことを小牧氏にぶつけた。すると、次のような答えが返ってきた。

小牧:実はすでに準備中です。インターフェースとしてEPGを使い、放送とインターネットがハイブリッドになったサービスを作ろう、と計画しています。放送は放送として見て、EPGで過去に行けばそこからストリーミングになります。

 スカパー!では再放送も多いわけですが、それは悪いことではない。未来の番組表にある番組がすでに放送済みのものの再放送であった場合、そこから録画予約してもいいし、ストリーミング再生が始まってもいいわけですから。

 また、「生」も全部放送じゃなくて、IP(インターネットプロトコル)によるリニア(生配信)があってもいいです。今の衛星放送にないものは足せばいい。IPの方にいけばディレイがあるでしょうけれど、放送も担保すれば問題も解決できますよね?

 例えば、法律が変わって地上波のIP再配信が行なえるようになったら、それもスカパー!の中でやってしまえばいい。極論、AbemaTVをチャンネルとしてスカパー!の中に並べてもいい、と思うんです。ぜんぶまとめてしまってもいい。

 どういうビジュアルになるか、といった部分の公開はまだ先ですが、こういう環境が2017年度中にはスタートできるよう、準備中です。

スカパー! オンデマンドでもIPリニアを推進している

 要は、いままでの「衛星放送のスカパー!」から、こうした放送・通信がハイブリッドになったものが「スカパー!」になり、ひとつになる、ということです。

 もちろん、問題はまだまだたくさんあります。しかし、スタートがプリミティブな(素朴な)形になったとしても、さっさと始めてしまいたい、と思っています。

 衛星放送がなくて、IPだけでスカパー!を使ってもらってもいい。どこから入ってもいいんですよ。スカパー・インターフェースの中で見てくれれば。もちろん、「放送」もあるハイブリッドが一番いいですよ……という考えですが。

 ストリーミングとIPリニアまで含め、すべてのサービスを展開するには、チャンネル事業者の方々との話し合いが必要で、プラットフォーム側が自由に決められるものではありません。色々ご事情はあると思うのですが、先ほど述べたような「数年後の寡占状況」があるとするならば、「最低限こういうことはやっておかねばいけないでしょう」と、少しずつご説明させていただいています。少なくともIPリニアの世界には入ってきていただけるように……と思っています。

 これが実現すれば、日本の放送に大きな変化が現れることになる。スカパー!としても、イメージが大きく変わることになる。

小牧:確かに、遠くないうちに「リ・ブランディング」みたいなものは必要かも知れません。とはいえ、「スカパー!」という名前はそのまま使いたい。認知度は90%以上ある名前ですから。

 幸運にも、若い層には「古い」印象はあるかもしれませんが、「悪い」印象はないブランドです。「テレビなんか見ないよ」と言っている人々に、「スカパー!を発見してもらう」形になれば、と思います。

 やっぱり、リニア(生)は強い。リニアだからこそ出会いがある。見るつもりがなかった番組に、「たまたまチャンネルをつけていた」から出会った番組があるはずです。AbemaTVも、リニアだから見られているのだと思います。TwitterやFacebookにしても、タイムラインを全部見るのではなく、新しいものをまず目にする構造だから見ていられるのだと思います。

 この構造をうまく活かして戦っていきたいです。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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