西田宗千佳のRandomTracking

第405回

AIに着目、“使うほど便利になる”を目指すソニーのカスタムリモコン「HUIS」

 ソニーの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program」から、「HUIS REMOTE CONTROLLER」(以下HUIS)が製品化され、3年目に入ろうとしている。電子ペーパーをディスプレイに使った学習リモコン、ということで注目された製品だが、3年が経過しても、モデルチェンジをすることなく販売が続き、しかも販売数は「毎年右肩上がり」なのだという。

HUIS REMOTE CONTROLLER。発売から3年が経過したが、いまだ売れ行きは好調だという

 HUISはソフトウエアの更新により進化しており、いまでは、発売当初とは大きく違ったものになっている。そしてこの先には、より大きな「ソフトウエア的なジャンプ」も予定しているという。

 発売以降の進化と今後について、HUISのプロジェクトリーダーである八木隆典氏に話を聞いた。

HUISのプロジェクトリーダー八木隆典氏

ハードは変えず、アップデートで価値を向上

 まず、HUISの特徴をおさらいしておこう。冒頭で述べたように、HUISは、タッチセンサーと電子ペーパーを使った学習リモコン。本体がOSとソフトウエアで駆動する一種のコンピュータとなっていて、ソフトの更新によって機能アップしていける。2015年7月にクラウドファンディングの形で事業をスタート、16年2月にはクラウドファンディング参加者へ製品を送付したのち、一般販売を開始した。

八木氏(以下敬称略):HUISでは「選べなかったものが選べる」ようになることを狙いました。

 リモコンはリビングの中心に置かれることが多いですが、それだけに、本当はいいものを置きたいはず。ですが、家電に付属して来るものを使わねばならず、一般には選べません。PCやスマートフォンと同じように「付属物でなく、いいものを選びたい」という気持ちがあるはずです。数年後、リモコンは「選べるもの」という意識になっていれば……という気持ちがありました。

 もう一つの要素が「パーソナライズ化」です。製品はどうしても「万人受け」が基本です。しかし、スマホも「その人にいかに合うか」に進化するものになってきました。ソニー社内でも「人に近づく」製品作りが大事だと言われるようになっています。自分が使うボタンだけを選んだり、PCのクリエイションツールでカスタマイズできるようにするのも、そのためです。

 発売以来、HUISはかなりの回数のアップデートを繰り返しており、機能も出荷初期とはかなり変わっている。八木氏も「出荷初期のものに満足できない部分があったことは、自分達が一番よく分かっています。今はかなり良くなっています」と状況を説明する。

HUISのこれまでのアップデートの流れ。3年でかなり細かなアップデートを繰り返しているのが分かる

 こうした「学習リモコン」の市場は過去から存在する。また、「交換用リモコン」の市場もあった。だが、それが広く一般のものになっているかというと、そうではない。HUISの登場によっても、その点は大きくは変わっていない。

 しかし、八木氏は「3年の間、HUISの販売数量は右肩上がりで成長していて、小さいながらも事業を維持し、発展させることができている」と話す。

 この種の「ガジェット的」製品は、確かに一時期には話題になる。そして、販売が伸びる。だが、ハードウェアとしての物珍しさがなくなると、売り上げは下がるものだ。だから、多くのガジェットは、定期的に「新製品」を出すことを宿命づけられている。機能やデザインなどを新しくし、「あの機種の新製品が出た」というニュースで市場を刺激する必要があるからだ。

 だが、HUISは、モデルチェンジを3年の間、行っていない。クレードルをセットにしたり、ボディを黒にした「Blackモデル」を用意したくらいで、ハードウェア的にはまったく同じものだ。

 八木氏は「すぐに新モデル、という形にはしたくなかった」と方針を話す。

八木:クラウドファンディングから始まり、すぐに一般販売を開始しましたが、社内的にも企画的にも、クラウドファンディングでの支持がなければ通らなかった製品です。アップデートで機能を改善し続けるというのは、クラウドファンディングに参加していただいた方々への恩返しであり、新しい機能をつかっていただけることも重視しています。

 この3年、販売は右肩あがりですし、製品への満足度も上がっています。

 そもそも、家電量販店の「リモコン売り場」に人が集まっている様子って、見たことがないじゃないですか(笑)。そもそも、大きなリモコン売り場コーナーがあるわけでもない。だから、新製品のニュースで売れるわけじゃないんです。「HUISがアップデートした、機能が変わった」ということを取り上げていただけるメディアの方々や、HUISを使っている方々の反響があって、3年の間に「HUISというのはこんな製品です」という記事がネットに蓄積されることによって売れていった部分があります。

 今後もHUISは、「ソフトウエアでの変化」を第一に考えます。ハードウェアを変えるのはなかなか難しい選択です。お客様にとっても、ハードウェアを変えるのが良いことなのか、考えるところがあります。ただ、ずっと「変えない」わけではありません。ドラスティックに変えることはしたくないです。

自動レイアウト機能がユーザー層を変えた

 アップデートを繰り返してきたHUISだが、その方向性は年度によって「3つに別れる」と八木氏は言う。

八木:初年度(16年)は、クラウドファンディングに参加していただいた方を含めた「アーリーアダプター向け」です。ガジェットとしての完成度を高めるアップデートが中心でした。17年度はガジェット層以外、ライフスタイル層に広げる活動です。中心となったのは、PCを使わずにより簡単に、自分好みのリモコンのレイアウトが作れる「自動レイアウト」機能です。

 18年には、より新しい層に向けたアップデートをしています。6月に、HUISの画面を、リモコンを使っていない時に「フォトフレーム」にする機能をつけました。これは、生活する中で、どうすれば「リモコンの存在」を消せるのか、ということを考えたものです。NetflixやAmazon Prime Videoなどの機能を呼び出すボタンを追加できるようにもなりましたが、これは、そうしたサービスを使うライフスタイルが増えてきたことに追従したものです。

 こうした各種変化の中でも、もっとも大きな意味をもっていたのが「自動レイアウト」だ。

昨年7月に実装された「リモコン自動作成機能」。誰でも簡単に、HUIS本体だけで「使いたい機能が使いやすく並んだリモコン」が作れる。実は内部では機械学習を応用している

 過去にも学習リモコンはあった。そして、AVファンの方なら、自分でも使っている……という人少なくないだろう。だが現実問題として、学習リモコンを使いこなせる人は非常に少ない。「自分にとって必要なボタンを抽出し、並べ変えて使いやすいUIにする」という作業が出来る人は、意外なほど少ないからである。たいていの人は、面倒臭くなって放り出してしまう。HUISの場合にも、PCで自分にぴったりなリモコンを作れる人は、相当にこだわりとスキルがある人である。

 HUISのTwitterアカウントには、個人の利用者が作ってTwitter上で公開しているリモコンをまとめた「モーメント」が公開されており、どれも力作だ。だが、それを誰もができるわけではないし、これまでの学習リモコンが、大なり小なり「使う側の圧倒的に高いリテラシー」を必要としており、それが市場拡大のハードルとなっていたのは事実なのだ。

主にPCアプリを使い、ユーザーがかなり細かくカスタマイズできるのはHUISの特徴
HUISの公式アカウントでは、ユーザーによるカスタマイズ例が示されている。非常にバリエーションが多いので、一見の価値がある

 そこでHUISは、2017年7月、HUIS単体でのリモコンのカスタマイズ機能を強化すると共に、「リモコン自動作成機能」を搭載した。HUIS内に登録済みのボタンから使いたいものを選ぶと、自動的にボタンをレイアウトしてくれる機能だ。これなら、ボタン配置のノウハウもなく、複雑な設定を続ける根気が出てこない人にも、「自分の好みに近いリモコン」を使うことができるようになる。

 リモコン自動生成は、機能搭載以降、HUISのウリになっている。だが、設定が出来る人には不要なものなので、あまり注目されていない。「パターンに当てはめるだけじゃないか」と思われそうだが、裏ではかなり細かな演算を繰り返してレイアウトを決定している。リモコンに組み込むボタンを選ぶと3つのレイアウトが提示されるが、あれはソニー内部で機械学習によって作られた情報を元にしており、意外なほど「ノウハウの塊」といえるものなのだそうだ。

価値は操作データ。「使うほど自動的に使いやすくなるリモコン」になる

 そして、HUISの「これから」を担うのも、「リモコン自動作成機能」に続くような機能になる。八木氏は「年度内の公表を予定しており、まだ詳細は明らかにできない」と前置きしつつ、次のように説明した。

八木:今年度中に準備しているのは、「自称、過去最大の進化」です。少なくとも、コード変更量は過去最大なので、我々的には最大級、なのですが(笑)

 リモコンの自動レイアウトには、満足しているお客様も多いです。量販店の方々からも、「これがあるから売れる」と言っていただけます。特にインテリア系の販路ではそうです。

 一方で、自動レイアウトの限界は意識しています。レイアウトを人が加工して機械学習させているので、「人がどうユーザーの作例を解釈するか」に依存してしまいます。

 我々の手元にあるデータとAIはもっと活用したい、と考えていました。

 まだ具体的にお約束できる段階ではないのですが、「使っているうちに、よりお客様が求めるUIに変わっていく」ものにしたい、と考えています。

現在、自動レイアウト機能を進化させ、「使うほどにUIが使いやすくなる」リモコンにするべく、ソフトウエア開発が進んでいる

 すなわち、「自分が使えば使うほど、自分にあったレイアウトに変わっていくリモコン」にしようとしているのである。その時、どのような変化があるかはまだわからない。あまり急激に変わると使っている人は不安に感じるだろうし、変化が小さくてはわかりにくい。具体的な形が見えるまで評価はしづらいが、考え方について、八木氏は次のように説明した。

八木:HUISは非常に「ユーザーに近い」商品です。リモコンをどう使っているか、中にデータが蓄積されています。「より人に近づくリモコン」を実現するため、ユーザーが内部に蓄積したデータを解析し、ユーザーに還元したいと思っています。

 AIに使うデータの量では、Googleなどにかないません。しかし、ユーザーの顧客価値に還元する部分では、Googleなどに負けちゃいけないし、勝てるところだと思います。

 どう新しいボタンが使われるのが正しいのか、いまは「人が解釈」しています。そのため、どうしても局所的な解に陥りがちなのですが、より広い目線で傾向を掴みたい。そこは機械の能力を使いたいと思います。そこで、細かな位置やデザインの美しさといった「深掘りする」ところは人間がやります。

 一方で、自動レイアウトに続く価値は、HUISのビジネスの拡大にもつながる。

八木:我々の強みは、画面の中で「ユーザーに最適なレイアウトのもの」を提供できることです。このことを冷静に考えると、このハードにこだわる必要がない、ということになります。

 あくまでプランの段階ですが、今年は「HUIS」という商品に閉じたユーザー最適化を行ないます。そしてその先では、個に閉じず、クラウドで一元管理するような形も考えます。より多くのユーザーの情報を元に、より多くのユーザーに還元できるかもしれません。

 そうやって作られた「アルゴリズムの提供」が価値なので、このアルゴリズムを他の製品に提供してもいいでしょう。例えば、スマホアプリへの搭載があってもいいです。要は、画面上での最適化アルゴリズムを今後どう駆使するか、という問題ですから。

 ただし、そのことが、「HUISのハードウェアを止め、スマホアプリにする」ということではないことに留意していただきたい。あくまで、使いやすいリモコンというハードである「HUIS」があって、その別の流れとして、形はわからないものの、「アプリに使う」という発想はある、ということだ。

 最後に八木氏は、この点を別の見方で語った。

八木:自動レイアウトは非常に多くの方に喜んでいただいたのですが、世の中からの注目度でいえば「Blackモデルの登場」の方が多いんです。本当に重要なのは「ユーザー価値」なので、それをどう伝えるか、という問題があります。ですから今後は、「AI」という流れもうまく使い、価値をユーザーの方々にわかりやすく伝えることがさらに重要になる、と思っています。

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西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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