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第427回

アップルが「オリジナル制作」加速する狙い。Apple TV+などの発表会で見えたもの

アップルは25日(米国時間)、クパチーノにある本社内のSteve Jobs Theaterで発表会を開催。「Apple TV+」や「Apple Arcade」、「News+」という新たなサービスを発表した。

発表会の会場となったSteve Jobs Theater

そもそも、今回の発表会は「発表前の週」から異例だった。新iPad miniなど、いつもなら注目されるであろうハードウエアは先に発表されてしまっていたからだ。Steve Jobs Theater内でハンズオン・エリアもがらんとした状態だった。

発表会場内
iPhone発表会では記者の戦場となるハンズオン・エリアも今回は静か

今回のアップルの発表は、完全に「サービス」が主軸だった。これまで同社の発表は「ハードとソフトとサービス」がセットになっていたが、今回はかなり趣が異なっていた。

発表会のオープニングは、コンテンツの発表会らしく、映画のオープニングを模したものに

すでに第一報記事は掲載されているので、細かな部分はそちらも併読していただきたい。本記事では、こうした展開が生まれた背景を含め、現地での取材をベースにし、特に「プレミアムコンテンツ施策」についての情報をお伝えしたい。

「テレビ体験」をアプリ刷新でリニューアル

AV Watch的に大きな注目なのは、映像系サービスが「Apple TV」としてリニューアルされ、オリジナルコンテンツを軸にしたサブスクリプションサービスである「Apple TV+」がスタートすることだろう。

Apple TV+を発表するティム・クックCEO

これまで、Apple TVといえば同社のセットトップボックス(STB)を指す名称だったが、これからはそうとは限らないものになる。

これにはもちろん背景がある。

日本では展開されていないものの、アメリカなどでは、iOS向けのビルドインアプリケーションとして「TV」というものがあった。これは、テレビの番組表や各種番組の情報をまとめたアプリだった。

今回発表された「Apple TV」アプリは、この「TV」アプリとこれまで映像視聴およびストアとして使っていた「Movie」や「iTunes Store」アプリをうまく統合し、UI/UXを大幅に刷新したのが「Apple TVアプリ」、ということができる。

新「Apple TVアプリ」。テレビ系からムービー系までの「映像視聴」系機能を統合し、UIを再整理したもの。Apple TV+もこの上で視聴するサービスになる

アプリが複数に分かれていて使い勝手が良くなかったこと、情報の一覧性が悪かったことなどが、アップルの映像系アプリの問題だった。後述するように、そこにさらにサービスとしての付加価値を持たせるのであれば、「統合と再整理」は必須だ。

今回の変化として、対応プラットフォームについての幅が広がった点も大きい。これまでアップルの映像関連事業は、主にiOSアーキテクチャを軸にしていた。iPhone・iPadはもちろん、iOSベースであるtvOSを使ったハードとしてのApple TVが前提だったためだ。もちろんPCやMacからも購入した動画の視聴は行なえたが、メンテナンスペースはゆっくりで、iOSが軸である、という印象が強かったのは事実だろう。

今回のApple TVアプリでは、同じものがMacにも提供される。アップルは現在、iOSとmacOSで同じアプリを動かす仕組みを開発中だ。2019年後半からプレビューが開始され、最新のmacOSである「Mojave」にもこの仕組みを使ったアプリがいくつかある。おそらくだが、Apple TVアプリについても、この仕組みを使って「アップル製品全体への提供」が行なわれているのではないだろうか。

Apple TVアプリはMacにも対応。Mac上での動画視聴体験が改善する

また、テレビ向けのApple TVアプリは、Apple TVだけでなく「スマートテレビ」や「他社STB」にも提供される。具体的には、サムスン・LG・ソニー・VIZIOのスマートテレビにアプリが提供され、さらにRoku・AmazonのFire TVにもアプリ提供が行なわれる。これは、1月のCESでの「スマートテレビへのアップルサービスの開放」の流れを受けての方針、と考えていいだろう。CESでは、iTunesでの「テレビ内からの動画購入」「単独での動画視聴」に対応するのはサムスンだけ、という説明だったが、新たにアップルがアプリを提供する姿勢になった結果、対応プラットフォームが大幅に拡大した……ということなのだろう。

サムスン・LG・ソニー・VIZIOのスマートテレビにApple TVアプリが。サムスンは今春、それ以外の3社は年内に提供の予定
Apple TV以外のSTBとして、アメリカでメジャーな「Roku」とAmazonの「Fire TV」にも対応する

この方針は、「映像作品を見る」という体験において、アップルが直接的に提供していない「大画面への体験」を補完するために重要なものだ。Apple TVは良いSTBだが、それだけでは広くテレビ市場をカバーすることはできない。本気で映像サービスビジネスを拡大するには、複数のデバイスに対応することが必須の状況だ。

Appleのテレビサービスは「4レイヤー」ある

では、Apple TVアプリでアップルはなにをしようとしているのか?

サービスの建て付けは4つの構造に分かれる。

まず、従来から存在するiTunes Storeによる映像の単品販売およびレンタル。これはそのままApple TVアプリの中に組み込まれるが、サービスとしての位置付けは変わらない。

それに加えて組み込まれたのが、他社の映像配信サービスを統合して扱うための仕組みだ。

アメリカの場合にはCATV局での番組視聴をそのままインターネット経由で視聴できるようにしたものや、自社のコンテンツを自由に視聴できるようしたサービスが多い。

例えば、写真にある「PlayStation Vue」は、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)がアメリカで展開中の「CATVと同じサービスをインターネット経由で、複数のデバイスで視聴可能になるサービス」だし、CATVの老舗であるDirecTVも同じようなサービス形態をもっている。HBOは「バンド・オブ・ブラザース」「ゲーム・オブ・スローンズ」などで日本でもお馴染みのプレミアムCATV局だし、「CBS All Access」は、テレビ局であるCBS系列の番組がすべて見られるストリーミングサービスだ。

PlayStation Vueなど、アメリカの「ネットTV系サービス」に対応。ライバル・Googleの「YouTube TV」の名前はない
アメリカのテレビ局系が有料で提供するチャンネル・ネット配信などにも対応

それらはこれまで、iOS上のアプリやウェブサービスを経由して視聴していたわけだが、契約がバラバラで大変であること、番組情報がバラバラになって確認しづらいことなどの問題を抱えていた。

そこで、同じApple TVアプリ内から視聴・管理・契約ができる仕組みを整えることで、こうした問題を解決した。特に、契約まで密に結合し、UIを整えたのが「Apple TVチャンネル」と呼ばれる存在である。各契約をテレビのチャンネルのように扱い、テレビのネット経由での視聴を簡便化する。各サービス側から見れば、アップルが窓口として機能することで、契約を容易にしてユーザーを誘引する効果が見込める。

実はこうした仕組みはアップルの発明ではなく、AmazonもPrime Videoの中で「Prime Videoチャンネル」として展開しているものだ。アップルの場合には、Apple TVアプリへの統合による使い勝手の向上を軸に、他社との差別化、そして自社の過去との差別化を図りたい、ということなのだろう。

スピルバーグもJJも、Apple TV+は「ハリウッド的」にスタート

iTunes Storeでの動画配信はそれぞれ有料だし、Apple TVチャンネルでの追加契約にもそれぞれ追加料金が必要になる。

そして、それらに加えて月額料金制のサービスとして提供されるのが「Apple TV+」という、アップル自身によるプレミアムサービス、という位置付けになる。

Apple TVアプリのリニューアルとApple TVチャンネルのスタートは5月だが、Apple TV+の提供開始は秋を予定しており、その点も差別化されている。

Apple TV+の特徴は、「著名クリエイターのオリジナル作品」にこだわっていることだ。プレゼンテーションでは、スティーブン・スピルバーグ監督やJ.J.エイブラムズ監督、「セサミ・ストリート」のビッグバードに、アメリカでは非常に著名なテレビ司会者であるオプラ・ウィンフリーなどが登場し、オリジナル作品の制作をアピールした。

Apple TV+のトレイラーには、J.J.エイブラムズにロン・ハワード、M・ナイト・シャマランにスティーブン・スピルバーグと、大物監督が相次いで登場
トレイラーが終わり、ステージに照明が戻ると、そこにはスピルバーグ監督本人が
J.J.エイブラムズ監督は、シンガーソングライターのサラ・バレリスと共に作品を制作
ビッグバードもゲストとして登場。「セサミ・ストリート」を使った幼児向けプログラミング番組を制作するという
最後のゲストは、アメリカでは非常に著名なテレビ司会者であるオプラ・ウィンフリー

いかにも派手で目を惹く演出だ。一方、アメリカのテレビ文脈に非常に偏った発表内容であったため、日本からの目線でいうと、どうにも落ち着かないものがあったのも事実である。

映像配信を巡るビジネスの事情は、国によって大きく異なる。もっとも規模が大きく、また変化も大きいのがアメリカ市場であり、アップルもまたアメリカの会社だ。そうなると、どうしても「アメリカ目線」からスタートするのもわからない話ではない。

実は画期的、「オリジナル」にこだわるApple Arcade

次に注目の「プレミアム系」サービスはゲームだ。「Apple Arcade」と名付けられたゲーム系サブスクリプションサービスは、Apple TV+同様、秋のサービス開始を予定している。

ゲームのサブスクリプションとなる「Apple Arcade」を発表

Apple Arcadeは、100本以上のゲームが遊び放題になるサブスクリプションサービスだ。ゲームのサブスクリプションは、これまでの場合、言葉は悪いが「過去のゲームのディスカウント」的なイメージが強かった。だが、Apple Arcadeは他と違い、「ほとんどがオリジナル作品」になる。しかも、その開発出資元は「アップル自身」も含まれる。

100本以上のオリジナルゲームが提供される

発表会でも流れたトレイラーの中では、「ファイナルファンタジー」シリーズのオリジナルクリエイターの一人である坂口博信氏の姿も確認できたし、「シムシティ」で知られるウィル・ライト氏も新作を手がける。実績あるクリエイターとアップルが組んで、Apple Arcadeのためだけのゲームを提供する、という形になっている。

「ファイナルファンタジー」シリーズのオリジナルクリエイターの一人である坂口博信氏もApple Arcadeに参加

Apple Arcadeで提供されるゲームアプリはiOS・tvOS・Mac向けであり、いかにも「AppStoreで配布されるゲーム」という印象が強い。実際、Apple Arcade自体、AppStoreのタブのひとつとして実装される予定になっている。だが、AppStoreとApple Arcadeは、同じOSプラットフォームで、同じストアアプリで提供されていながら、まったく異なるビジネスモデルで運営される。

AppStoreは、デベロッパー登録すれば誰でもアプリを作って販売できる「マーケット」のような場所だ。自由で広がりが大きく、特にアイテム課金制の「F2Pモデル」がうまくいっている場所だ。

それに対してApple Arcadeは、AppStoreに提出されたアプリが使い放題になる場所「ではない」。アップルと契約を交わしたパブリシャーのタイトルや、アップルが出資して開発したタイトルが並ぶ場所になる。

ゲームデベロッパーは色々なアイデアをもっているが、現在のスマホアプリ市場や単品売りのゲーム市場になじまない、開発にコストがかかるなどの理由で、実際には制作に至れない例も多い。そうした企画にアップルが出資し、「サブスクリプション限定」のコンテンツとして制作していくのが、Apple Arcadeの軸となる考え方だ。

アップルのパートナーとなるデベロッパーは、これまでのゲーム開発者としての実績や、AppStoreのおすすめラインナップを考えるエディターの推薦によって選ばれる。またこれから、AppStore向けアプリ開発を行なうデベロッパーのサポートページの中に、「Apple Arcadeのための企画書を売り込む窓口」もできる予定だという。デベロッパーはいきなりアプリを作って売るのではなく、そうやってアイデアの段階からアップルとコラボレーションし、開発を進めていくことになる。

「企画を精査して制作に入る」という意味では、Apple Arcadeは過去のゲームプラットフォーマーの考え方に近い。プラットフォーマーが出資するという意味では、中でも「ファーストパーティー」「セカンドパーティー」と呼ばれるデベロッパーのタイトルとの親和性も感じる。

だが、こと「サブスクリプション」という観点で見るならば、この10年のほどの間、映像において進んできた「プレミアムコンテンツを軸にした月額制サービス」の発想に近い。

例えばHBOのようなプレミアムケーブルTV局は、比較的高額な月額料金を提示した上で、そこで集まった収益をコンテンツ制作に投資し、「お金のかかった作品」をヒットさせることで支持を集めてきた。Netflixも、収益の大半をオリジナルコンテンツに投資しているという意味では、「月額制という安定的な収益基盤を活かし、コンテンツ投資額を増やしていく」ビジネスモデル、といっていい。この点は、Apple TV+も同じだ。

だとすると、Apple Arcadeでは「映像のサブスクリプションで起きているコンテンツ制作スパイラルをゲームに持ち込んだ」モデル、ということもできる。

Apple TV+とApple Arcadeは料金プランが示されておらず、「消費者にとってどのくらいお得なのか」が見えづらい部分がある。しかし、「安定的な月額制ビジネス」という構造自体が、プレミアムコンテンツを軸にするビジネスモデルの根幹であるのは間違いなく、メディア企業としての意味が大きくなるアップルの今を示している、といえそうだ。

「News+」まで続くアップルの悲願とは

プレミアムコンテンツ・ビジネスとして、もうひとつ発表されたのが「Apple News+」だ。こちらはアメリカでは、本日よりOSのアップデートとともに利用可能になっている。残念ながら英語圏が中心で、日本でのサービス提供予定は公開されていない。

Apple News+は、月額9.99ドルで提供される雑誌とニュースの読み放題サービス

アップルはこの10年、何度も「ニュースと雑誌」のデジタル化にトライしてきた。2010年にiPadが登場した時には、アップルが雑誌社などに持ちかける形で「次世代の雑誌アプリ」開発が積極的に行なわれた。2011年には、アップルとニューズ・コーポレーションが共同で、iPadオリジナルの有料ニュースアプリ「The Daily」を発刊した。

だが、初期の雑誌アプリもThe Dailyも、結局収益性が問題となり、2013年までには姿を消した。無料かつ広告で運営されるウェブメディアには結局勝てなかったからだ。

一方で、ウェブをキュレーションする「News」アプリは、2015年秋提供開始の「iOS 9」以降導入されてきた。

アップルは「より美しく、見やすいニュース表示」へのこだわりをもち、さらに「雑誌の表現力を維持したまま、そのマネタイズをネットに移行する」ことにもこだわっている。その結果が、The DailyやNewsアプリといったトライアルであり、今回発表された「News+」も、その系列に連なる存在、といっていい。アップルは、我々が思う以上に「雑誌のクオリティがウェブで失われた」ことを残念に思っており、それを覆すデジタルプラットフォームの提案を続けてきた。

Apple News+の画面

記事を有料でデジタル配信する、というビジネスはいまだ苦しい。ただし、過去と違い、有力な新聞や雑誌を軸に、「広告でなく会費で収益を得る」ビジネスモデルも広がってきており、「良い記事は無料では得にくい」という認知も出来てきた。News+は月額9.99ドルのサブスクリプションで、成功するかどうかの確証はない状況だが、過去に比べると成功の可能性は高くなっている。

ただ懸念があるとすれば、アップルは有望なプラットフォーマーだが、そこに全力でのりかかると、アップル以外のスマートデバイス上でのコンテンツ閲覧ができない、という点だ。本来は、映像でスマートテレビやFire TVに出て行ったように、あえてWindowsやAndroidにも対応する必要があるのではないか、とも思う。

また現状、News+は英語圏に限った展開であり、日本語化の予定は聞こえてきていない。表示やオーサリングの検討が必要であり、日本語の場合、やはり英語そのまま、とはいかない部分も多いからだろう。もちろん、パートナー開拓の問題も残っている。

現状、他のプレミアムコンテンツ系よりも先に進んでいるサービスだが、日本でのサービス展開の可能性については、むしろ映像やゲームより望み薄かもしれない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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