西田宗千佳のRandomTracking

第426回

Netflixの'19年はどこへ向かう? 首脳陣が語る競合対策、「コンテンツ削除」への考え

3月18日と19日(米国時間)、Netflixは同社の取り組みをプレス関係者に伝える年次イベント「Netflix Labs Day 2019」を、ロサンゼルスの同社オフィスにて開催した。2回に分けて、同イベントの取材で語られた内容をお伝えする。

Netflix・ロサンゼルスオフィス。主にコンテンツ制作の拠点で、「Netflix Labs Day 2019」はここで開催された

今回は、同社のリード・ヘイスティングスCEOや、チーフ・プロダクト・オフィサー(CPO)のグレッグ・ピーターズ氏、プロダクト担当バイスプレジデントのトッド・イェリン氏のQ&Aセッションやラウンドテーブル取材で得られたコメントを中心に、「Netflixが今年どこへ行こうとしているのか」を見ていくことにしよう。

Netflixのリード・ヘイスティングスCEO

ライバルは「すべてのエンターテインメント」

Netflixの創業は1997年のこと。日本参入が2015年なので最近の会社のように思われるかもしれないが、実は21年以上の歴史をもつ会社である。

DVDレンタルからスタートした同社がストリーミングサービスを始めたのが2007年。そろそろ13年が経過しようとしている。

「Amazonと同じ時期にストリーミングを始めたことになる。だから、もう13年も、彼らとは直接競合していることになるね」

リード・ヘイスティングスCEOは、彼と記者団のQ&Aセッションの冒頭、自社をそのように説明し、笑顔をみせた。

ヘイスティングスCEO(以下敬称略):私たちは1.4億人を超える契約者を得ており、幸福なことに、毎月10ドル程度の額をお支払いいただいている。ということは、だいたい、毎月14億ドルずつ収入がある、ということになる。これはほんとうに大きな額で、だからこそ、私たちは、最高のエンターテインメントを提供しようと努力している。そのために多額の投資もしているのだけれど、本当に大変だ。

多くの人々は、「ストレンジャー・シングス」や「The Crown」のようなタイトルがあるからお金を払ってくれる。だからこそ、我々のメインフォーカスは、それらのような素晴らしいエンターテインメントを、サービスが続く限り提供し続けようとすることにある。

ありがたいことにこの20年、弊社は成長を続けている。非常にたくさんの競合に囲まれている。Amazonはその中でも大きな競合で、彼らは年間50億ドルをコンテンツに投資している。私たちはその倍、投資している状態だ。そして、ディズニーやワーナーメディアなどの新しい競合も生まれている。

しかし重要なのは、弊社は長く「あらゆる娯楽産業」と競合する位置付けにある、ということだ。YouTubeはコンテンツマーケティングでは大きなパートナーだが、時には彼らも大きな競合だ。

我々の(映像)産業全体が大きく成長している。なによりも大きいのはそこであり、多くの人々がコンテンツを楽しみ、その情報をシェアすることを楽しんでいる、ということである。

とはいえ、ヘイスティングス氏は、この事業が「まだまだ成長の余地がある」と考えているようだ。

ヘイスティングス:コンテンツのクオリティを上げることで、もっと視聴時間を稼ぎたい。本音として、他のエンターテインメントではなく、Netflixを使って過ごして欲しい。 もっともシェアが大きいアメリカですら、テレビの視聴時間のうち、Netflixは、わずか10%を占めているに過ぎない。モバイルでの視聴時間はよりはるかに短い。

以前から彼は、「競合は映像配信ではなく、他の娯楽である」と主張している。2018年度第4四半期の業績発表の中では、オンラインゲームである「Fortniteがライバルだ」と名指しで指摘したこともある。だが、これは彼流のレトリックだ。

ヘイスティングス:ご存知のとおり、我々はより良い映画やテレビ番組を作ることによって差別化している。ゲームを作ろうとは思っていない。我々がやりたいのは、可能な限り最高のエンターテインメントを提供することだ。

Fortniteとの競合は、我々が「デジタルスクリーンで時間を使う、すべてのものと競合している」ということ。つまり、NetflixとAmazonのストリーミングが競合しているだけでなく、もっと広い範囲の戦いだ。

あなたがある夜、Netflixを見れないとしたら、代わりになにをするだろうか? 当然そこには、非常に幅広い競合他社がいる。その例としてFortniteを挙げたに過ぎない。

繰り返すが、我々がそこで競争力を発揮するには、最高のシリーズ、最高の映画を作ることしかない。

ヘイスティングスCEOは「あらゆるエンターテインメントが競合」とコメント

アップルのサービスには「不参加」、重要なのはコンテンツの「多様さ」

一方で、映像配信事業者同士の競合はさらに加速する。ディズニーはアメリカで年内に「Disney +」をスタートさせ、アップルも25日(現地時間、日本時間26日深夜)に、新しい映像配信事業を発表する、と噂されている。これらについてはどう考えているのだろうか?

ヘイスティングス:我々は常に大規模な競争相手と戦っている。 Amazonとはビデオストリーミングに関し、12年から13年間、競合し続けている。そのために多額の投資も必要とされている。

一方で、これは素晴らしいことだ。競合が大きいからこそ、最善の仕事を続けられる。

競合が素晴らしい番組を作るだろう。我々もうらやましく思うが、同様に良い作品を作る。競合が素晴らしいアイデアを思い突いたら、そこから学びたいと思う。競合が増えることが、業界全体をよくしていく。

一方で、結果的にコンテンツ投資額は上昇の一途をたどっている。作品調達にかかるコストの上昇も問題だ。だが、そのことをヘイスティングス氏は、必ずしもマイナスとは捉えていない。

ヘイスティングス:間違いなく、コンテンツ調達費用は上がっている。Amazonも投資して入札額は上がっているし、アップルも投資し始めている。すべての地域のコンテンツプロバイダーで、価格の上昇は起きている。

だがそれは、世界中のクリエイターにとっては素晴らしいことだ。

「コンテンツが多すぎる」と感じる日はあるだろうか。いや、そんなことはない。

こうした点は、音楽と比較する必要がある。音楽では年間100万曲以上の曲が公開される。だが、ビデオコンテンツはずっと少ない。

私たちが本当にやりたいことは、あらゆる種類のストーリー、素晴らしい象徴的なストーリーの作成に投資することだ。

アップルは各ケーブルTV局や番組制作会社に対し、自社サービスへの参加をよびかけている、と言われている。では、Netflixはどうするのだろうか? 答えは「参加しない」だった。

ヘイスティングス:アップルは素晴らしい企業だが、我々は、我々のサービスの上で、我々が作ったコンテンツを見てもらいたい。だから我々は、彼らのサービスに参加しないことを決めた。

我々にとって重要なのは、「私たちの顧客」に焦点を合わせることだ。

競合から学ぶことはできるが、競合とともにビジネスをしようとは思わない。自らの素晴らしい作品に集中し続ける。

チーフ・プロダクト・オフィサー(CPO)であるグレッグ・ピーターズ氏も、「競合」について、次のように説明する。

Netflix・チーフ・プロダクト・オフィサー(CPO)のグレッグ・ピーターズ氏

ピーターズ:率直にいって、競合が現れなくても、どの国であろうとも、我々の仕事は変わりません。投資をし、我々の仕事が適切で価値があるものであるかを確かめつつ、会員にもっとも良い番組を提供できるよう、努力することです

重要なのは、技術とコンテンツは、お互いに影響を与え合っているということです。番組を作って提供する時、どのような形でお客様とのつながりを作るのか。それが、番組をもっと価値のあるものにします。

すなわち、コンテンツの価値をサポートするのが「技術投資」です。そして、コンテンツの価値がうまく機能すれば、より多くの購読者を獲得できます。それは、さらに技術へと投資する余力が生まれることを意味しています。

結局、すべてはつながっているんです。「どの部分の投資が重要か」をコメントするのは、かなり難しいことです。

同社でレコメンデーションやアプリのUXなどを統括するトッド・イェリン氏は、「競合が増える中で、ストリーミングビジネスにおいて契約を継続してもらうために重要なこと」を問われ、次のように答えている。

Netflix・プロダクト担当バイスプレジデントのトッド・イェリン氏

イェリン:もちろん、コンテンツの内容は重要です。

でも「コンテンツを持っている」ことが重要なんじゃないんですよ。いい作品がちょっとあっても、あまり意味は無い。「多様で質の高いコンテンツを持っている」ことが、なにより重要。特に「多様である」ということが大切です。

例えば……アメリカでは、英語以外で話す、他国の作品を見る人は非常に少ない。でも、魅力的な作品は山のようにあるんです。吹き替えを行ない、アメリカ人も興味を持つよう提示することで、見てもらえるようになる。そもそも、英語をネイティブに話している人々は、世界中でたった5%しかいない。だから、吹き替えや字幕には力を入れなければいけません。結果、「Netflixには他にないコンテンツがある」と理解して、ずっと使ってもらえるようになるんです。

Netflixの世界中の顧客のうち、英語をネイティブな言語としている人々は5%。だから英語からの吹き替えにも、他言語で作られたコンテンツの英語吹き替えにも積極的に対応

多様なもの、しかも品質の良いものを提供し、「Netflixをオンにすれば、興味深いものがすぐに出てくる」ことを担保することが重要なんです。そして、それを、席をリクライニングして、楽に楽しめる環境がね(笑)

私たちは、そのための環境作りにずっと投資し続けてきました。いかにすぐ、適切なコンテンツが見られるようになるか、という環境作りが重要なんです。

Netflix Animation Studioに掲げられたアート。アーティストが「N」のロゴをモチーフに、自由に描かれている。こうしたことも同社の「多様性」重視の表れだ

「コンテンツの人気」について情報開示を検討中

Netflixは各国でコンテンツ投資を続けている。一方で、映像配信には、「会員にどれだけ映像が見られたのか」を知るすべが少ない、という問題もある。

映像配信、特にNetflixは、サービス上で「視聴ランキング」を出さない。視聴数も表示しない。評価を表す「レーティング」もない。サービス上表示されるのは、あくまで「あなたにとってのオススメ度」である。これは、「他人の評価よりも、あなたにとっての適合度を示す方が、コンテンツのオススメとしては価値が高い」という同社内での分析に基づく。

だが、テレビなら視聴率があり、映画には興行収益ランキングがあり、DVDには売り上げランキングがある。消費者はもちろん、作り手も、そうした情報を見ることで「自分達の作品が評価されている」という手応えを掴む。

「Netflixでは作品を提供した後の手応えがわかりづらく、虚空に手を差し出しているようだ」

そんな風に表現した制作者もいる。この問題を、Netflixはどう考えているのだろうか? ピーターズCPOは次のように答えた。

ピーターズCPOとはラウンドテーブルの形でも、色々な話題を議論した

ピーターズ:そういう意見があることは、理解しています。

ですから我々は、作品がどのようなパフォーマンスであったのか、クリエイターと直接共有することがますます必要になる、と考えています。そうした情報の共有について、現在検討しているところです。

一方で、実験的な試みとして、人気番組の情報を公開しようとしています。どんな番組が人気なのか、ユーザー同士でも話したいですよね。DVDの売り上げランキングに似たものですが。それ自体が、とても人気があるものです。

単純に開示するのではなく、彼らが知りたいこと、一番の人気はなにか、現在の「あなたへのオススメ」とどう組み合わせるべきか、そのバランスを理解しようとしているところです。その過程ではたくさんの実験が必要ですが。

ビジネス方針は概ね継続、コンテンツは「よほどのことがなければ引き上げず」

競合は増えるものの、「やらない」ことも明確にある。その点は、これまでと戦略を変える予定はないようだ。

ヘイスティングス:広告ビジネスはまったく考えていないし、スポーツやニュースのライブコンテンツも、これまで同様、一切考えていない。

現在、同社は190カ国に進出しており、ほぼ世界中すべての国への展開を終えている。例外となっている国は少ないが、そのうち、もっとも大きいのが「中国」である。だが、同社は当面、「中国進出」を考えていないようだ。

ヘイスティングス:中国進出は、長い間阻止され続けている。これは我々だけの話ではない。YouTubeはブロックされているし、Facebookもブロックされている。ディズニーはストリーミングサービスを停止したし、アップルも映画の配信を閉鎖した。 だから、我々を含むどの企業も、今後数年間の間に、中国でビジネスを展開することはできないだろうし、そのつもりもない。

赤く塗られているのが、Netflixのサービス展開国。中国には進出できていないが、この状況は当面変わらないようである

Netflixの影響力は高まっており、劇場公開作品にもコンテンツは広がっている。サンドラ・ブロックが主演した「Bird Box」(2018年12月公開)は、劇場公開向けの企画からNetflix向けの映画へとスイッチして制作された経緯を持つ。そして、アルフォンソ・キュアロン監督が手がけた「ROMA」は、インディペンデントスタジオの出資による作品だが、Netflixのサポートによって配信と劇場公開が行なわれ、広く世に出て行くことになった。「ROMA」は第91回アカデミー賞にて、外国語映画賞・監督賞・撮影賞の3部門を獲得している。このことについては、ヘイスティングスCEOも「とてもうれしい出来事で、正当に評価された結果だ」と笑顔を見せる。

ROMAのアカデミー賞受賞もあり、オフィスには「オスカー像」を含めた多数の受賞トロフィーが飾られていた

一方で、既存の映画界との軋轢もある。スティーブン・スピルバーグ監督が「アカデミー賞からNetflixを締め出すよう、アカデミー賞の理事会に対し、ノミネート資格の変更を提案する予定」と伝えられてもいる。

これまで、ヘイスティングス氏は「映画館との対決姿勢」を強く示してきたこともある。だが、今年のコメントは比較的平穏なものに止まった。

ヘイスティングス:賞の対象になるか否かについては、ケースバイケースで考えたい。 現状、我々は(アカデミー賞などの受賞に必要な)ルールを完全に順守している。なにより、「ROMA」はオスカー品質の映画であると、確信している。きっとあなた(質問者)もそうだろう。だから我々は、受賞したことをとてもうれしく思っている。

イェリン氏は、「Bird Box」から色々な学びを得た、とコメントしている。

イェリン:一番の学びは……サンドラ・ブロックの人気はまだ巨大、ということでしょう。いや、冗談です(笑)

同作品はとてもよいパフォーマンスを示しています。やはり我々自身で映画を作り、映画館と配信で同時に公開することには、大きな意味があるし、もっと広げて行くべきだ、ということを学んでいます。

個人的にも気になっていることがある。それは、映像配信から「コンテンツを削除する」条件だ。配信契約期間が終了する場合はしょうがないが、ピエール瀧氏が違法薬物の摂取で逮捕された結果、作品が次々と引き上げられているように、「なにか起きた時、作品が見れなくなる」のは大きなリスクだ。現状Netflixは、ピエール瀧氏の作品を積極的に撤去する意思はない、としている。こうした関連の判断について、どう考えているのだろうか?

ヘイスティングス:我々の指針は「クリエイティブ・フリーダム」。だから、我々がライブラリーからコンテンツを引き上げるのは、非常にまれなことだ。

もちろんいくつかの例外はある。ハサン・ミナージュ(アメリカのコメディアンで、イスラム教徒)のコンテンツが、サウジアラビアで、裁判所の命令により同国内で削除された例はある。

だが、本当に、ほんの一握りのケースだ。我々は、世界中でコンテンツを提供するために、よほどのことがない限り、コンテンツを削除することはない。

今後の技術的な難点はなんだろうか? そう問われたヘイスティングス氏は「まだまだやることがある」と答えている。

ヘイスティングス:技術的課題については、何百ものリストがあるよ。クラウドインフラストラクチャを営むすべての会社がそうであるように、我々は常に、より効率的な運用を目指している。

クリックしてから再生されるまでの時間ももっと短くしたいし、パーソナライズやレコメンデーションの精度も高めたい。すべてのサービスを使いやすくしようと努力中だ。あまりメモリーの総裁されていないテレビや、低価格なスマートフォンでの体験改善は必須だ。

結局、改善リストは、終わることなく、どんどん更新され続けていくんだよ(笑)。

Netflixは「インターネット・エンターテインメント」。従来のテレビ放送以上のことができる。改善はこれからも進む

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41