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第428回

視聴者の選択で物語が変化? Netflixが賭ける「インタラクティブショー」とは

3月18日と19日(米国時間)に開催された「Netflix Labs Day 2019」。2本目のレポートは、同社が現在力を入れている、新しいタイプのコンテンツの話を中心に解説したい。

Netflix社内のカフェテリアのコンテナ。こんなところにもNetflixロゴ

それは「インタラクティブショー」。アドベンチャーゲームのように分岐するドラマやアニメだが、2017年以降テストを続けており、2018年末に、本格的な大人向けインタラクティブドラマ「ブラックミラー:バンダースナッチ」を配信し、話題になった。

2018年12月より配信開始された、本格的なインタラクティブドラマ「ブラックミラー:バンダースナッチ」。世界中で高い評価を受けている

2019年にはさらに多数のインタラクティブショーを制作予定で、4月10日からは、大人向けインタラクティブショーの第二弾となる「You vs. Wild」を配信する。ディスカバリーチャンネルの人気シリーズだった「Man vs. Wild」(邦題:「サバイバルゲーム MAN vs. WILD」)のリニューアル版で、ディスカバリーチャンネル版と同じく、冒険家のベア・グリルスが出演する。

4月10日から配信される「You vs. Wild」
You vs. Wildトレイラー。実はこれ自体にちょっとした「インタラクティブ」な仕掛けが……

Netflixがインタラクティブショーのどこに魅力を感じ、どのような制作を進めていくのかをまとめた。なお、Netflix首脳陣が語る'19年の戦略などについては、25日掲載の記事でレポートしている。

Netflix・ロサンゼルスオフィスの受付は、プロジェクションマッピングとLEDディスプレイを使い、その時に同社が推している作品で装飾されるようになっている

「ブラックミラー:バンダースナッチ」を見よ!

まず、インタラクティブショーがどんなものか、解説しておきたい。

実のところ、どんなものかを知るには、昨年末に配信された「ブラックミラー:バンダースナッチ」を見るのが近道だ。初期にはiOSとウェブブラウザ視聴のみに対応していたが、今はスマートテレビやゲーム機、Androidなど広いデバイスで視聴できる。

「ブラックミラー:バンダースナッチ」は日本でも配信中

この作品は、Netflixオリジナル・ドラマシリーズとして展開している「ブラックミラー」(シーズン3まで公開済み)の1エピソードになっている。とはいえ、「ブラックミラー」は一話完結型のアンソロジー・シリーズなので、「ブラックミラー:バンダースナッチ」だけを見ても問題はない。インタラクティブコンテンツではあるが、制作はドラマシリーズのオリジナルクリエイターであるチャーリー・ブルッカーが直接手がけている。

中央に座っているのが、「ブラックミラー」のオリジナルクリエイターであるチャーリー・ブルッカー。本格的なインタラクティブドラマ制作のために、直接彼に依頼されたという

「ブラックミラー:バンダースナッチ」は、1984年のPCゲームシーンが舞台になっている。ある小説に基づくゲームを開発しようとしているのだが、それに基づく現実と幻想が入り交じるストーリーが展開する。

ドラマとしての映像クオリティは、通常のNetflixドラマとしての「ブラックミラー」とまったく遜色ない。ただし違うのは、時々「分岐」が起きることだ。2つの選択肢がいきなり示され、どちらを選ぶかによってストーリーが変化していく。

「ブラックミラー:バンダースナッチ」の分岐例。どちらかを選ぶとストーリーが変わる。そのまま放置しても、時間が経過すると片方が自動的に選ばれてストーリーが進む

いわゆるアドベンチャーゲームやサウンドノベルのような構成だが、あくまで「ドラマ」なので、ストーリーを選択する際にも、映像が静止するような感じではない。選択後にも、非常にスムーズに移行していく。選択肢を一定時間「選ばない」と自動選択されて進んでいく。

構造としてはシンプルなものなのだが……この完成度が高い。インタラクティブ性のそのものがドラマに大きく絡んでおり、ストーリーのネタバレは一切したくない。そのため、Netflixの会員ならば、ぜひやってみていただきたい。その価値があると筆者は断言する。

インタラクティブショー成功の理由は「時期と技術のマッチ」にあり

実際、同作品は大きな驚きと好評をもって迎えられた。Netflixは正式な視聴数を公開していないが、インタラクティブショーの責任者でもあるプロダクト担当バイスプレジデントのトッド・イェリン氏は「何百万もの視聴者がいる」と話している。

Netflix・プロダクト担当バイスプレジデントのトッド・イェリン氏。レコメンデーションやUXなど広い部分を担当しているキーパーソンの一人。インタラクティブショーの責任者でもある

イェリン氏(以下敬称略):なぜNetflixがこれに賭けているのか? 理由は、これがエンターテインメントの未来のひとつと考えているからです。

作ってみるまで、どのくらいの人が「ドラマを選択しながら見たい」と思っているのかすらわかりませんでした。まあ、そういう「やってみないとわからない」のがエンターテインメント事業の美点なんですけどね。

実際にやってみると、なんと90%もの人々が「選択しながら」見ています。そして多くの人々が、選択した内容についてソーシャルメディアなどで話しています。

私は最初から「ブラックミラー」のファンでしたけど、「バンダースナッチ」で初めて「ブラックミラー」に触れた、という人もいて、多くの視聴者を「ブラックミラー」に引き込みました。

同社のチーフ・プロダクト・オフィサー(CPO)であるグレッグ・ピーターズ氏も「現状の結果には満足しており、これからさらに作品を増やしていきたい」と話す。

Netflix・チーフ・プロダクト・オフィサーのグレッグ・ピーターズ氏

ピーターズ:目標としている視聴者数があったわけではないのですが、統計を見ると、非常に優れた結果が得られています。この結果をクリエイターと共有していますが、「大丈夫、もっと色々試していい」という話をしているところです。

どのくらい新しいコンテンツを作るのか、数は定めていません。しかし、さまざまなジャンルにまたがって試してみるつもりです。クリエイターが異なればウケるマーケットも異なるでしょう。そういう意味では、現状は「テスト段階」であることに違いません。

伝統的なストーリーテリング、直線的なストーリーテリングに最適なものもあれば、一方で、インタラクティブに最適な、異なるストーリーもあります。ただ、それがなにか、私たちにはわからないんです。ですから、みなさんの行動から学ぼうとしています。

一方で、なぜ「ブラックミラー:バンダースナッチ」が成功したのか、なぜ特別なのか、よくわからない人もいるのではないだろうか。

インタラクティブショーといっても、冒頭で述べたように、その本質は古典的なアドベンチャーゲームだ。テレビドラマなどでも「分岐があるドラマ」の企画は多数あった。だが、それがなぜ「ブラックミラー:バンダースナッチ」で変わったのか。そこがポイントだ。

「いい質問です」とイェリン氏は答えた上で、次のように説明した。

イェリン:Netflixは13年前にストリーミング・ビジネスを開始しましたが、その時ですら、「ストリーミング」「オンデマンド」というアイデアは新しいものではありませんでした。飛行機の中では、15年から20年前には使われていましたしね。

ですが、一般向けに提供する技術はそれまでありませんでしたし、消費者側でも受け止める準備ができていませんでした。

技術とニーズは網の目のようなもので、「ちょうどその時代に合う」ことが重要です。

インタラクティブなストーリーは、1980年代の「ドラゴンズ・レア」からあるものですし、他にもいろいろありました。

今回なにが違ったかというと、私たちが持っている規模で制作に投資できること、そして、必要な技術が、構築できたからです。タッチパネルでも、テレビのリモコンでも、PCでもプレイできます。

しかし、重要なのは「ストーリーテリングを推進するのはテクノロジーではない」一方、テクノロジーを駆り立てるのはストーリーテリングだ、ということです。「ブラックミラー:バンダースナッチ」は素晴らしいストーリーを備えていました。それが重要なんです。

独自ツールを開発して「分岐による制作費高騰」に備える

Netflixでのインタラクティブショーに対する取り組みは、「ブラックミラー:バンダースナッチ」が最初ではない。

2017年頃から、まずは子供向けのアニメーション・ストーリーからスタートしている。理由は「子供たちが一番、新しいものに躊躇なく取り組んでくれる」(イェリン氏)という分析があったからだ。

「ブラックミラー:バンダースナッチ」以前に提供された、子供向けのインタラクティブ番組

だが、実際に作っていくと色々難点も見えてきた。ストーリーが分岐していくということは、それだけシーンが増えていく、ということだ。

「ブラックミラー:バンダースナッチ」より前の、子供向け番組での「分岐」のフロー。意外とシンプルなのだが、これでもかなりの量だ

初期の子供向けアニメーションは比較的シンプルだったのだが、本格的なストーリーである「ブラックミラー:バンダースナッチ」では、分岐数は直感では把握しきれない量になっている。

「ブラックミラー:バンダースナッチ」のフロー。細かすぎて以前の作品とは複雑さのレベルがまったく違う

インタラクティブショーの制作コストは「撮影するシーンの量による」(イェリン氏)とのことだが、結果的に、ストレートなドラマの数倍のコストになっている。なにより、分岐の増大は、制作のための情報整理を困難なものにする。そのままでは、ストーリーを練り込むのが難しくなる。

そこでNetflixは、オリジナルのツール「Branch Manager」というツールを作った。

インタラクティブショー制作用のNetflixオリジナルツール「Branch Manager」。分岐とそれに伴うコンテンツの管理ができて、ここから作品の「テストプレイ」も可能

Branch Managerは、シーンの遷移をわかりやすく管理するだけでなく、撮影に向けた情報の管理や、配信に必要なデータの整理なども行なう。単純にシナリオを書くだけでなく、そこから制作全体を簡素化・高効率化するツールを用意して「インタラクティブショーを増やしていく」基盤を用意することが、Branch Managerを開発した狙いである。

逆にいえば、インタラクティブショーを「普通のドラマやアニメ並」のクオリティを維持して作っていくには、特別なツールのサポートが必須だ、ということなのだ。

一方で、制作の初期はツールにこだわらず、付箋をひたすら紙に貼り付けるという、非常にアナログな手法が使われている。写真は、Netflix Animation Studioで制作されている、タイトルや概要が未公開のインタラクティブショーの制作現場である。

Netflix Animation Studioで制作初期段階にあるインタラクティブショーの「シナリオ開発室」。背景にあるのは分岐のアイデアだが、付箋を壁中にはりつけ、イメージをふくらませている

「まだ内容が固まっていないから、とにかく一覧性を重視している段階。ストーリーや設定などのおおまかな内容が固まり、本格的に制作が動き出してからが、Branch Managerの出番」と、担当者は語る。

ツールによる「映像制作現場の働き方改革」は進行中

Branch Managerに限らず、Netflixの制作手法のひとつの特徴は、「テクノロジーによって困難を打破する、効率化する」という思想にある。

最後にぜひ紹介しておきたいのが、同社内でオリジナルコンテンツの制作に使われている「PRODICLE」というツール群だ。これは昨年のNetflix Labs Dayの記事でも紹介しているのだが、今回はより応用範囲が広がり、詳しい説明が行なわれた。

PRODICLEが目指しているのは「紙を中心としたワークフローの放逐」だ。映像業界では、洋の東西を問わず、あらゆる場面で紙が多用されており、重要な通信手段はいまだにファクスである。そして、ファクスなどのドキュメントをスキャンしてデータ化してクラウドストレージでシェア、という作業も日常茶飯事だ。

ファクスが多い理由は、映像制作の多様性にある。現場では、多数の人々が働いている。上流にあたる制作会社だけでなく、大道具制作や移動用の自動車運転、食事の手配に至るまで多彩な人々が関わる。その働き方も、どのような通信手段を使っているかも不統一。さらには、現場では様々な変更が常に起こっているため、書き込みや修正が日常的に起きる。従来は、それをデジタルの文書に反映し、シェアするのは大変であったため、結局は「紙とペン」が活躍し、その結果として、ファクスが多用される……という流れだった。

そこでまずNetflixは、毎日の作業のスケジュールや内容、関わる人々などをオンラインで簡単に一覧できる「PRODICLE:MOVE」というアプリケーションを作った。

スマホのアプリなので、全員が簡単に使えて、情報の変更もリアルタイムに反映される。例えば、「雨が降って午後の撮影が中止になる」という連絡や、「シナリオが書き換わり、今日の撮影では出演者が変わる」といった情報が、アプリ上で一覧できるようになっているわけだ。

制作現場のワークフローやスケジュール伝達用アプリである「PRODICLE:MOVE」。スマホ上で動くもので、関係者がすぐに「自分に関する情報」だけを確認できる

PRODICLE:MOVEは2017年に開発され、いくつかの現場で試用され、2018年には本格利用フェーズへと移行した。・

その上で新たに開発されたのが、「PRODICLE:SCHEDULE」と「PRODICLE:DISCLIPTION」である。

映像制作では、まずシナリオを読み込み、作業のために分解する必要がある。それはストーリーの流れのことではない。「どのシーンに誰が出る」「どのシーンはどのような場所で撮るのか」「どのシーンにはどんな小道具が必要なのか」といった情報のことだ。それを抽出すると、今度はそれを元にスケジュールを組み立てる必要がある。

通常、この工程では紙のメモと格闘するのが常だ。これを改善するのがPRODICLE:SCHEDULEとPRODICLE:DISCLIPTIONの狙いである。

まず、シナリオツールであるDISCLIPTIONで、シナリオを書く。誰がどこで出てくるのか、という出演者に関する情報などは、文章からなかば自動的に抽出される。そうすると、「どのシーンにどんな人物が出てくるのか」ということが容易に把握できるようになる。

シナリオ管理ツール「PRODICLE:DISCLIPTION」。登場人物などが自動的に抽出され、「どのシーンに誰が出てくるか」などが整理。内容を書き換えるとデータ同士の関係も変わる

次に、シナリオ内の各シーンに対して、「ここでは誰が出てきて、どこで撮影し、どんな小道具が必要か」といった情報を書き込んでいけるようになっている。

その情報は、自動的にSCHEDULEに反映される。SCHEDULE上では、どの日にシナリオの何ページを撮影するのか、といった情報が整理して表示され、さらにMOVEへと引き継がれる。

シナリオのどこでなにが必要かを書き出し、それを撮影スケジュールと連携して管理できる

DISCLIPTIONで内容を書き換えればすべてが玉突き式に、現場ツールであるMOVEに反映されていく仕組みだ。もちろん、SCHEDULEで予定を並びかえ、効率的な撮影を目指せる。

こうしたツールは、一般的なビジネスの世界でいう「営業支援ツール」にあたるものだが、それを映像制作に特化して作っているわけだ。Netflixは世界中で多数の作品を制作しており、国をまたいで、制作状況とスケジュールの把握をする必要がある。まず「数」の面で効率化が必要であった上に、「国際化」のために、ある程度共通化されたワークフローも必要になる……という事情がある。

PRODICLEのツール群は現在ローカライズ中で、日本語やスペイン語への対応が進められている。まだ実運用はされていないようだが、2019年中にも、各国の現場へと導入される予定だという。

PRODICLEにしろ、インタラクティブショー向けのBranch Managerにしろ、「ツールを自ら作り、業務支援する」という発想は、いかにもシリコンバレーのIT企業的なものである。Netflixの本社は、シリコンバレーのロスガトスにあり、まさにIT企業そのものである。

PRODICLEはオープンソース技術で開発されており、のちのち「広く公開する予定がある」と同社は説明する。ただし現状は、自分達で使うものを素早く開発していくために、開発を社内に集中させている、という。

コンテンツが命である一方、その制作サイクルの改善を「テクノロジーで進め」つつ、それを外部にもアピールしていきたい……というあたりが、ある意味でNetflixの特徴といえるのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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