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第462回

Netflixが6人のアーティストと組む理由。制作体制の変化から始まる「新しいアニメ」の形

2月25日、Netflixは、アニメ作品の拡充に関する施策を発表した。その内容は、6名のアーティストと直接契約によるパートナーシップを締結し、そこからオリジナルアニメ作品を作っていく、というものだ。アーティストとして参加するのは、CLAMP、樹林伸氏、太田垣康男氏、乙一氏、冲方丁氏、ヤマザキマリ氏。発表会に基づく内容については、すでに本誌でも紹介している。

Netflixが直接契約を発表した6名のアーティスト。CLAMP、樹林伸氏、太田垣康男氏、乙一氏、冲方丁氏、ヤマザキマリ氏

Netflix、CLAMPや乙一、冲方丁らクリエイター6人と提携。日本発アニメ強化

2月25日には、東京のNetflixオフィスにて記者説明会も開催された

では、この施策は、Netflix自身やアニメ業界にとって、どういう意味を持つのだろうか? その点は、関係者に直接聞くのが一番だ。

Netflix・アニメ チーフプロデューサーの櫻井大樹氏と、パートナーシップを締結したアーティストである、樹林伸氏およびCLAMPの大川七瀬氏に単独インタビューした。

そこから、今回の施策の位置付けと、アニメ業界にとってのインパクトを探ってみよう。

Netflixが100%出資、「原作権」ももった完全オリジナル作品を制作

冒頭でも述べたように、今回の施策のポイントは、6名のアーティストとNetflixが直接契約を交わし、彼らとともにプロット制作やキャラクターデザインを行なうことだ。

ご存じの通り、多くの映像作品(もちろんアニメも含む)は、コミックや小説などの形で発表された作品を「原作」とし、そこから企画する形で映像になる。だが今回の施策では、そうした形にはならない。

Netflix・櫻井氏は、制作と権利の体制について、次のように説明する。

Netflix・アニメ チーフプロデューサーの櫻井大樹氏。元Production I.G所属で、脚本家・プロデューサーとしての経験もある

櫻井氏(以下敬称略):今回の施策による作品では、Netflixが100%出資して制作し、原作権も持ちます。アーティストのみなさんとの契約形態は、買い取りではなく、ちゃんと印税が発生する形です。

これからも、配信同士の競争は激化していきます。その中で自由に映像を制作するためには、原作権を持っているものが増えることが重要です。それだけ、自分達の裁量で制作できる作品が増えることになりますから。

競争が激化すると、原作権の値段はどんどんつり上がっていきます。原作にアクセスするためのハードルも上がります。そうしたことは、弊社にとって金銭的な痛みになるだけではありません。交渉にも時間がかかることになる。そうすると、その分だけ当然お金がかかる。

ならば、自らが原作権を持つ企画を作ろう、という考えになりました。

すなわち、「すでにある原作を使う」ことや、「すでにある企画」を使うことを前提としてはいない。Netflixがオリジナルとして作品を作る上で、そのパートナーとして、6人のアーティストとの関係を築いた、と考えればいいだろう。

映像化の企画は色々なところで日々動いている。映像作品、特にアニメのマネタイズの方法は多数ある。過去には放送局が出資主体となり、テレビCMからの収益で作品を作るものが主体である時代もあったが、それがDVD・ブルーレイなどのディスクメディア販売やグッズ販売を含めた複合的なビジネスへと変わった。

現在はそこに「配信」が加わる。アニメ制作が企画されると、その中には自然と「配信」が経路に組み込まれるようになった。当然その過程では、配信元からできる限り多くの収益獲得、もしくは資金調達をしよう……という話になる。

世の中では、「Netflixは他社の何倍ものお金を払って配信権を買っていく」と思われているようだ。

だが、筆者が、Netflixとアニメ業界関係者、双方から話を聞く限り、「単純に大量にお金を払う」ということはない。

自ら出資者・協力者として制作に参加する際、相応に大きなお金が支払われることはあるが、少なくとも、単に買いあさるような話は聞いたことがない。

そんな状況でも、映像配信自体の競争激化により、コンテンツの調達にかかるコストはあがってきている。それはニーズがあるからであり、映像を制作する側からすれば悪いことではない。ここ数年でアニメが増えたことは、配信という収益ルートのひとつが確保され、そこに競争が生まれた結果、企画が通りやすくなったからである。

一方で、Netflixのように配信する立場からすれば、負担が増えていくのは事実だ。

ディスク販売などの「二次利用」はなし。アーティストへの還元はその分多めに

特に大きいのは、Netflixの場合、多数のコンテンツを「自社制作している」ということだ。

俗に「Netflixオリジナル」と呼ばれるコンテンツには、実際には複数の形がある。共通項は、「Netflixが出資して制作に絡み、映像配信においてはある程度独占的な権利を得ている」ということだ。だが、制作初期からかかわって文字通り「オリジナル」である場合もあれば、他のルートで制作が進んでいたものに、結果的にNetflixも参加することになり、配信部分を担当するものもある。その関わり方によって、権利処理の形やビジネスのあり方もまちまちだ。

Netflixには多数の「Netflixオリジナル」作品があるが、その制作体制や権利の状態は、実はまちまちである

例えば、「Netflixオリジナル」の中で、ディスク販売が行なわれるものとそうでないもの、テレビ放送されるものとそうでないものがあるのは、こうした「関わり方」と「権利処理」の違いに基づく。

配信権を得ただけの作品は、いつか配信権が切れると視聴できなくなる。配信権を維持するにはお金を払い続ける必要がある。一方で、制作に参加して自らもステイクホルダーとなれば、状況は変わる。自らがコントロールしやすく、長く価値を維持できて、サービスに加入している限り視聴できる作品を増やしていくことは、Netflixが「オリジナル路線」を進める理由のひとつだ。

今回の施策は、「最初の企画からすべて、アーティストとNetflixがともに作る」ものである。だから、原作権もNetflixにある。意外に思われそうだが、こうした例はあまたある「Netflixオリジナル」の中でも、むしろレアなケースといってもいい。オリジナル作品を作るにしても、そこで「原作権」を他から獲得するのであれば、「原作権の高騰」が問題になってくる。だからこそ、企画そのものをいかにオリジナルで作るか、という発想になるのだ。

Netflixは2017年にも、アメリカのコミック出版社「ミラーワールド」を買収している。ミラーワールドは「キックアス」や「キングスマン」の原作者、マーク・ミラーが運営する企業だ。今回の施策は、それに近いところがある。

櫻井:この発想自体は2年ほど前からあったものですが、この半年くらいで動きはじめました。

実は、今回の6名の方々も、私の知りあい、ということで最初にお声をかけた方々です。断られた方はいませんでした。みなさん、「新しい取り組みだから、それはそれでちょっとやってみたい」という、好奇心のようなものを感じて参加していただけたのかな、と思います。

櫻井氏のいう「新しい取り組み」という言葉には複数の意味がある。

ひとつは、Netflixによる「世界配信前提の企画」ということ。ただこれは、あえて後ほど解説しよう。

そしてもうひとつは「映像の二次利用がない」ということだ。

櫻井:この企画については、映像の二次利用は想定していません。ディスクなどでの販売も、興行もありません。ただし、ヒットすればコミカライズなどはあり得ます。それが「二次利用」ということにはなります。

一般的なアニメの場合には、ディスク化やグッズ販売などの収益をベースに「投資した制作費を回収」し、さらに売上を伸ばしていく形を採る。だが今回の企画の場合、そもそもNetflixが100%出資しているので、「あとから制作費を回収」するという考え方は存在しない。

逆にいえば、関わるクリエイターの側とすれば、過去の作品とは収益発生構造も異なる、ということになる。ディスクやグッズが売れ、原作コミックなどが売れると、そこからの収入が拡大する。原作者にとって、アニメにかかわる際の収入とは「原作やグッズが売れた結果」といえるが、Netflixの今回の施策では、その構造にもならない、ということになる。報酬契約の内容について、櫻井氏は次のように説明する。

櫻井:すでに述べたように、買い取りではなく印税として報酬は発生しています。ただし、一回見られたらいくら、という形ではありません。そういう意味では固定的です。しかし、初期に契約としてお支払いする額は、一般的な作品よりも大きくなっています。

要は、ディスクなどの追加報酬発生がない分、最初から大きな額を提示した契約、ということらしい。では、契約したアーティスト側から見るとどうなのだろうか?

アーティスト集団・CLAMPの大川七瀬氏はこう話す。

大川:「印税じゃないビジネスとしてのアニメ」だと思うんです。最初に、「クリエイターにちゃんとした対価を払いたい」という話を聞きました。

我々もビジネスですから、まずちゃんと報酬を聞いたのですが、確かに破格ではありました。とはいえそれは、グッズ的な側面での追加収入がないから、ということなんですが。

樹林伸氏も、次のように話す。

マンガ原作者・小説家・編集者の樹林伸氏。「金田一少年の事件簿」「神の雫」などのヒット作で知られる。ある世代にとっては“MMRのキバヤシ氏”のモデルとしてもお馴染み

樹林:先方には、マンガ原作をベースにお話しました。マンガの原稿料がこうで、そこからの単行本売り上げがこうで、という話です。すると、すんなりと要望は通りましたね。僕の場合には、アニメからの収入というのは、結果的に、マンガの単行本が売れることがメインです。それと比べ、どういう形に落ち着くのかはわからない部分がありますが。

どちらにしても、「ディスクや書籍などからの印税を前提としていない」ことをカバーする額で契約しているのは間違いなさそうだ。

だが、2人とも、報酬の面については「ビジネスをする上での条件を守ってもらった」という側面が大きく、別に、Netflixから提示された額自体が魅力だった、というわけではなさそうだ。

大川:新しいことをやろうとしているのだな、と思い、まず単純に「面白そうだな」と。それが先ですね。

Netflixは「ヒット作が欲しい」のも事実なんでしょうけれど、私たちにまず求めているのは「新規加入のためになるもの」。話題性があった新しく、オリジナル性のあるものなのだろうな、と感じました。それがヒットするかどうかは、そのあとの段階の話で。もちろん、まだ彼らも「アニメをどうしていくか」で迷っている部分があるとは感じますが。

樹林:最初から世界に向けて作ろうとしている。そういう形で企画が進むことはあまりありません。日本でヒットしたものが、結果として海外でヒットすることもありますが。海外に向けて作ろうとしていることに対する期待感、というのはあります。

ヒットしたらセカンド・シーズンを作る。さらに好調なら劇場版を作り、場合によってはハリウッド・スタイルの実写版も考える。市場によってそういうことを考えていくのが、「海外に向けて作る」ということ。人種に関する考え方や表現などで、これまでとは違う部分もありますが、それを制約とは感じません。

クリエイターにとってはありがたい作り方だし、「未来が来たな」と感じますね。

すなわち、「Netflix全額出資で企画から作る」「ディスクなどの商品化に伴う収益回収ではない」という部分に伴う、アーティスト側での金銭的リスクを回避した上で、過去とは違う制作体制を採ることで、アーティスト側も乗りやすい環境を整えてきた、ということなのだろう。

その上で、各アーティストとどのような作品を作っていくのか? 櫻井氏は次のように説明する。

櫻井:やはり第一優先は日本、アジアのお客様。そこが主なターゲットとしてある、というのが前提です。

ただ、弊社では膨大な数のオリジナルコンテンツを作っています。その上で「日本ではうけなくても、他の国では」というものもあり得ます。全体の編成で考えていて、「ひとつに片寄りすぎない」よう考慮しています。

有名なアーティストと契約することは、いわゆる「人気作の続編」を得るのに近いように思える。だが少なくとも今回は、そうした意図はNetflix側にはない。

櫻井:実のところ、IPの知名度が高いものほど視聴を稼ぐのはしょうがないです。新しい作品を作るというのは、知名度のないものを作るということでもあり、リスクはあります。

現在は、各先生がたが「どんなものに興味があるか」をうかがうところからはじめよう、と、各担当プロデューサーとは話をしています。各プロデューサーがグローバルベースで色々な話題や内容を拾い、それを各先生方にぶつける段階で「心に引っかかったものはありますか? 」という話をするところからはじめています。

でもこれは、一般的なプロデュースで行なわれていることであり、特別な話ではないですよね。

「持ち帰って検討」は存在しない。最大の違いは「制作体制」

過去にも「Netflixオリジナル」のアニメはあったが、今回の例のように、完全に企画からオリジナルであり、原作権をNetflixが持つような体制の作品は初めてのことだ。それが成り立つのは、Netflix側での「アニメ」ビジネスの体制が整ってきたからでもある。

櫻井氏は2017年夏にNetflixへと参加した。彼は「櫻井圭記」名義でアニメの脚本家・プロデューサーとして活動した経験を持ち、Production I.Gにも所属していた。櫻井氏がNetflixに入るのに歩調を合わせるように、同社の中で「アニメ」部門は拡充していく。

Netflixは本社が、シリコンバレーに近い米・カリフォルニア州のロス・ガトスにあり、さらに、ロサンゼルスにもコンテンツ制作部隊の拠点を構えている。社屋からはハリウッド・サインも見える、まさに「ハリウッド」のど真ん中である。アニメーションの制作もロサンゼルス・オフィスにある。

だが、日本的な「アニメ」については、現在、拠点を変えた。拠点は東京のオフィスだ。櫻井氏入社時、同社内で日本的な「アニメ」を担当する人物は1人だけだったが、現在は12人にまで拡充されている。制作・調達に関する判断はすべて東京オフィスで完結する。

櫻井:意思決定のプロセスがすごく速いんです。アニメの制作というと諸々の決定に2年かかる、なんてこともあったのですが、弊社内ではそういうことはありません。

かといって、「なんでもOK」というわけではないです。「ノー」の決断も速い。

なぜなら「持ち帰って検討」「上司に確認」がないからです。私の上司もアメリカから日本に移ってこのオフィスを担当していますし、東京オフィスの中でも、各案件については担当者自身が責任者ですから。その人がOKならOK、ノーならダメなんです。先週も私、電話で話していた内容にその場で「ゴー」を出しました。

こうした「レイヤーの薄さ」「意思決定の速さ」は、アーティストの側も特徴として挙げる。

樹林:僕はマンガの編集者から始まった人間ですが、櫻井さん達も同じような、それに近い立ち位置で仕事をしているように感じます。そういう人たちと仕事をしていると本当に動きが速い。

僕は書くのが速い方で、そこからのレスポンスを待つのがイヤなんです(笑) そういう部分が大事で、こういう会社となら、スピードが速く仕事ができるな、と思いました。

僕はアニメにしても実写にしても、他人に任せてしまうことが多くあります。なので幸運にして、たくさんの人が出てくるような、ひたすら長い会議には出なくても済んでいます(苦笑)。しかし私から託された人々が、会議などで苦労している話はたくさん聞いています。そうした苦労がないのが大きい、と思いますね。

関わる人が多くなり、会議の参加者が増えると、みんななにか言いたくなる、言わなきゃいけないという気分になります。

でも、それは建設的なことではないですよ。モノ作りをする時には、関わる人間は少ない方がいい。

樹林氏はすでに作品制作に関する作業をかなり進めており、内容や初期のシナリオなどの制作が行なわれている。スピード感を維持して仕事ができるため、本人もかなり「ノって」いるようだ。

樹林:アニメはギャンブルです。作品がヒットすれば大きい収入になるけれど、そうでなければ、驚くほどあっさりと忘れられてしまう。

そういう性質のものなんだけど、制作にはお金が掛かります。そして、お金をかけるから慎重に・慎重に、ということになります。

でもそれは、数をこなしているから回る産業であって。そこであたったら倍返しです。

マンガも同じで、当たり外れはありますよ。ただ、マンガにはお金がかからない。マンガに製作委員会システムがないのは、お金がかからないからです。作家と編集者、数人でできる。

Netflixの場合には、日本の環境と比べてスケール感が違う、ということなのでしょう。仮に1本がコケても、他からお金自体は入ってくる。自社の持つ資金でどれだけ作れるのか、という部分で差ができている。極論、雑誌がマンガをつくる感覚でアニメを作っているようにも思えます。

今回契約した6名のアーティストの場合、樹林氏のように原作・原案を担当する場合もあれば、また別の関わり方をする場合もある。CLAMPはキャラクターデザインという形で関わることになっている。「実はまだ話し始めたばかりで、実作業はこれから」とCLAMP・大川氏は説明する。だが、制作のスピード感や体制については、樹林氏と同じように「いままでと違うもの」を感じているようだ。CLAMPは多くのアニメ作品に、日常的に関わっているだけに、特に危機意識もある。

大川:昔はアニメでも、マンガのように「パパッと」作ることはありましたよ。でもそれは、もう本当にずいぶん昔です。今はテレビで流す以上高いクオリティが必要ということになりますから、どんな場合でも予算規模が大きくなります。制作費がかかるということは、それだけ制作時間も掛かる、ということです。関わる人も多くなる。だから、「これは判断できないので持ち帰ります」となり、時間がかかる案件が増えています。

アニメでは「制作費の回収」という言葉がよく使われます。でも本来、そうではなくて、最初に決められた制作費のなかで作るべきものです。情熱をもって良いものを作った結果予算オーバーし、その影響から、いいものを作るスタジオがつぶれてしまう。

「制作費は回収するものではない」というのは、長い間、誰も逃げられなかったシステムです。今回のような仕組みだと、最初から制作会社もアーティストも、契約書に額が書いてあるところからスタートになります。あとは、契約の段階でいくら制作費をとれるのか。これからのアニメ制作は、なおさらプロデューサーの立場が重要になると思います。

大川氏のコメントを深く理解するには、少し補足説明が必要だろう。今回の座組の場合、アニメを最終的に作るには、Netflix側がアニメ制作会社を選び、彼らと包括契約を交わした上で作る。ディスクやグッズの売上から精算していくわけではない。だからこそ、全体の取り組みとして「制作費は制作費であり、回収するものではない」ということになる。

映像配信とアニメ制作の現場については、これまでの取材で興味深いコメントが得られている。それは、「ディスク販売量や視聴率のようなわかりやすい指標がないので、評価がわかりづらい。のれんに腕押し感があり、モチベーションがあがらない」という意見だ。確かにこれは納得できる。だが、大川氏の次のコメントを聞くと、さらに意見が変わる。

大川:モチベーションや評価は、「次の作品の予算が増えた、倍になった」という形になっていくべきかと思います。

まさに正論だ。

櫻井氏も、制作会社との関係についてこう話す。

櫻井:制作会社とは包括契約を交わした形で作ります。しかし、彼らをクリエーションから外すことはしません。作り手としてまったく対等です。少なくとも私の場合には、クリエイターの方と話す段階で制作会社のあても付けた上でお話ししています。監督についても同様です。制作会社から指定してもらうのがベストだと思っていますが、そうでない場合もあるでしょう。アニメの制作会社・監督などにももちろん入っていただいた形で企画を進めていきます。彼らがノーであるうちに進み出すことはありません。

極論すれば、制作会社がノーなら断る権利もあります。お互いがイエスの形で進めます。「イヤイヤやっている人がいない」というのが重要な点です。

「テレビの編成」に囚われない制作体制、スケジュールコントロールにも変化が

もうひとつ、今回のNetflixの施策が、他のアニメ制作と大きく違う点がある。それは「いつまでに制作するか」を定めていない、ということだ。

櫻井:現状、6人のクリエイターの方々とは、プリ・プロダクションを行なっている段階です。そして、これは制作の基本でもあるんですが、脚本が固まるまでは、実制作は動かしません。その原則から外れることが、アニメ業界ではままあるんですが……。

重要なのは、「編成の穴を埋めないといけない」という考え方がない、ということです。予算の次に来るのがスケジュールですが、予算が決めれば、スケジュールを決めるのは「制作会社」の仕事。「あなたがスケジュールを決めてください」という話になります。

ゴールデンタイムに放映されるようなごく一部のアニメをのぞき、アニメにとって、「テレビ放送」は主たるマネタイズの手段ではなくなっている。だが、ディスクを売ったり周知を高めたりするには、テレビというのは重要な媒体だ。一般的な制作体制において、テレビ放送を無視するのは難しい。そうすると、「テレビ放送の枠」がいつ用意できるのか、どこで流すかが重要になる。

一方で、テレビ放送の枠は、一度なくなるとそこを取り返すのは難しい。だから、ある程度長いスパンを見て「枠を確保」することになるが、そうすると「この枠で放送するために制作のスケジュールを合わせる」ことが必須になる。アニメという作品が放送とセットである限り、この制約からは逃げられない。だが、「枠に合わせる」という制約が、制作スケジュールや制作ラインをコントロールする上で、大きな問題になる。

大川氏は、多数のアニメ制作に関わった経験から、次のようにコメントしている。

大川:「テレビ放送の枠を埋めるために作っているのではない」、というスケジュール感の違いは強く感じます。そういう意味では、樹林先生もおっしゃったように、「マンガの制作」に近いところがありますね。

2人のアーティストが「新しい」「面白い」と感じたのは、これまでのアニメ制作のスタイルと大きく違うものを感じているからなのだ。

では、Netflixは、自社で配信するアニメをすべてこのスタイルに変えるのだろうか?

答えは「ノー」だ。

櫻井:冷静にビジネスを考えると、オリジナルがいきなりすべて大ヒット、は考えづらいです。そう考えると、最初は小さく賭けるしかない。まずは6人の作家で、結果を出さなければなりません。

今作っている作品が世に出るには、最低3年はかかります。この間に、同じような契約をするクリエイターがゼロか、というとそうではないと思いますが、数名程度でしょう。どんどん増やしていく意図はありません。ですから、Netflixのアニメがすべて、「完全に自社出資のオリジナル作品だけ」になることはありえません。

Netflixは独自にドラマを作っている。だが、他社から調達するものもあるし、実写で出資し、独占配信権を得たので「Netflixオリジナル」を名乗る場合もある。先に述べたように、これまでのアニメ制作もそうだった。

アニメという産業は大きなものだ。多数の制作が今も、これまでの形で動いている。そこに、Netflixは新しい制作体制を持ち込もうとしているが、いきなり全部を入れ替えられるものでもないし、それをNetflix側も狙っていない。

しかし、ここから数年の間に、この6組のパートナーシップの成否によって、なにか新しい影響が出て、アニメ制作の形が変わっていく可能性はある。

昨今は、Netflixオリジナルだけでなく、YouTubeでの配信を前提とし、「テレビでは流さない」ものも出始めた。そうした複数のところから産まれた変化が、ゆっくりと産業全体を変えていくのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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