西田宗千佳のRandomTracking

第539回

シャープが“軽い”HMDを自社開発、その中身に迫る

シャープがCESに合わせてプライベート展示で公開するHMDのイメージ写真

今年、シャープはCESでメイン会場に展示を行わない。会場の外となるホテル内にプライベートブースを設け、そこでいくつかの新しい製品を発表する。

詳しくは別途記事も出る予定であり、個別インタビューも予定されているが、それとは別に、いち早く、1つ記事をお届けしておきたい。

それは、シャープが今回新しく出展する、独自開発のHMDについてだ。

シャープ初のスマホ接続型HMD。約175gで4K120Hz駆動

実は急遽、先に実機を見ながら関係者に話を伺うタイミングを得られた。詳細をお伝えしたい。

お話を伺ったのは、シャープ株式会社 通信事業本部 新規事業推進部長の前田健次氏と、同 課長の大屋(だいおく)修司氏だ。

なお取材したのは2022年内だ。その後、CES現地で実機も体験。その感想も最後に追記している。

CES 2023で展示されたHMD(※編集部追加)

175gの軽量ボディ、スマホ連携で気軽な利用を想定

なにより写真をご覧いただこう。これが、シャープが試作中のHMDである。CESでの展示向けに、もう少し派手な外見のものも用意されているようだが、基本的な形状は同じだ。

HMD実機。色は黒だが、複数のデザインが試作されているという
CESに持ち込まれる試作デバイスのイメージ
実際に展示されたHMD(※編集部追加)

最大の特徴は「軽い」ことにある。

重量は約175g。本格的なVR用HMDとしてはかなり軽量だ。理由はシンプル。バッテリーを搭載せず、スマートフォンとUSB Type-Cのケーブルで接続して使うことを前提としているからだ。ケーブルがあると邪魔で……と思う人もいるだろうが、現状、「スタンドアローン型で重くなる」か「軽くて気軽に使えるがケーブルが必須」かは、トレードオフの関係にある。

ケーブル接続前提で、バッテリーは非搭載。メガネのようにツルを折りたたみ、コンパクトにして持ち運べる

大屋氏は「現状を考えると、24時間つけ続けるよりも、気軽に持ち運んで必要な時に使える方が実用的と考えた」と意図を説明する。

メガネ型でコンパクトになっており、持ち運びが楽なのも、そうした使い方を想定してのものだ。現状はスマートフォンとの接続を想定しているが、商品企画によっては「PCでの接続もあり得る」(大屋氏)という。

軽量かつシンプルな見た目なので機能もシンプルでは……と思われそうだが、そうではない。

フロントには2つのモノクロイメージセンサーと、1つのRGB式カラーイメージセンサーを搭載している。これによってインサイド・アウト方式での「6DoF」の位置認識と、ハンドトラッキングを実現する。

フロントには左右にモノクロイメージセンサーが2つ、中央にカラー(RGB)のイメージセンサーが1つ搭載されている

ディスプレイには液晶デバイスを採用しており、解像度は片目それぞれ2K。いわゆるパンケーキレンズを使っており、本体のサイズを薄くしている。視野角(FoV)は90度なので、ほぼ視界を覆うようなイメージになるだろう。

レンズ部には視度調整機能が内蔵されている。小さいためにメガネと併用するのは難しいが、視度調整機能があるため、メガネがなくても見やすいはずだ。

パンケーキレンズを採用。視度調節機能があるので、メガネなしでも視力補正しつつ使える

焦点可変の「ポリマーレンズ」搭載、自社でほとんどを作れるのがシャープの強み

ポリマーレンズ
ポリマーレンズを組み込んだレンズモジュール
ポリマーレンズ本体の拡大写真

ハードウエアの特徴としては、中央にあるカラーのイメージセンサーに「ポリマーレンズ」が使われていることだ。

ポリマーレンズはいわゆる「焦点可変レンズ」のこと。ポリマーレンズの前後にピエゾ素子をつけ、その力でポリマーが充填されたレンズを歪ませてフォーカスを変えるのが特徴だ。

ポリマーが充填されたレンズを歪ませているところ

【記事更新】記事初出時、“ポリマーに荷電することでレンズの厚みを変える”と記載しておりましたが、正確には“ポリマーレンズの前後にピエゾ素子をつけ、その力でポリマーが充填されたレンズを歪ませる”の誤りでした。お詫びして訂正します。(1月6日13時)

シャープのHMDはカメラで映像をディスプレイに映し出す、「ビデオシースルーAR」にも対応している。

ほとんどの場合、現状、カラーシースルーではパンフォーカスのカメラが使われている。オートフォーカスは重要な要素なのだが、フォーカスが変わると同時に「画角」も変わると、それが酔いにつながる。また、フォーカス変更に時間がかかっても、やはり酔いの原因となる。

だがポリマーレンズでは、フォーカス変更が瞬時に行なえる。そして、フォーカスが変わっても画角が変わらない。だから酔いを誘発しにくく、ARに向いた技術なのだ。

「こうした部分はかなり先を見た機能」と大屋氏は話す。ポリマーレンズを使ったカメラは外界を記録するためにも使えるので、「自分の見た風景をそのまま記録し、誰かに伝える」ものとしても想定されている。

ポリマーが充填されたレンズを歪ませているところ

このポリマーレンズ、元々はスマホ市場向けに、シャープが協力会社とともにレンズモジュールとして開発していたものだが、「瞬時に変わるフォーカスと、画角が変わらない特性がVRに向いているのではという発想から、市場開拓の意味を込めて、社内外のVR関係市場にアプローチした」(シャープ担当者)結果、まず、同社の試作HMDに搭載されることになったという。

同時にシャープは、同じくVR向けに「超小型カメラモジュール」も開発している。最小のものでは、モジュールの高さが「1.4mm」しかなく、虫眼鏡で見ないと解らない。

「超小型カメラモジュール」
小さすぎて虫眼鏡で見ないと解らない

こうしたものを作った理由は、「視線追尾などのセンサー向けに重要があるのでは」(シャープ担当者)という分析からきているという。

今のデバイスは皆大きいが、ここまで小さなセンサーなら、HMDの中に組み込む際にかなり有利になる。

同様のアプローチは他社でも行なわれているが、他社は「半導体で超小型イメージセンサーを作っている」のに対し、シャープは「プラスチックの成形で作っている」ことが大きく違う。

数千万個クラスのニーズになるなら半導体が有利だが、まだニッチな市場だと、開発体制を整えるのがコスト的に難しくなる。だが成形で作ったなら、少量からの量産ができる。

こうした部分も含め、シャープは「新規事業開拓」として、スマホ向けを作りつつも、そこで培った技術をVR/AR向けに転用し始めているのである。

現状、シャープのHMDは発売時期が決まっているわけではない。CESでお披露目することでパートナーの獲得を……という部分がある。

「シャープの強みは、HMDに必要な要素のほとんどを自社で賄えること」と前田氏は話す。今回のデバイスも、ディスプレイからカメラモジュール、レンズに至るまで、ほとんどの部分をシャープが自社開発している。HMD開発のノウハウはスマートフォン開発と共通する部分が多いため、シャープとしては理想的な新規事業と言える。

主要部品はシャープ自社製。スマホのノウハウを転用している
シャープとしては自社デバイスを活かし、広い潜在需要のあるVRにビジネス拡大を狙っている

現状の試作デバイスは1つの提案に近く、このまま製品化されるとは限らない。スマートフォンとの連携を前提にされたものだが、PC接続なども考えられる……というのはそういうことだ。

現状ではデバイス内で使うSoCなども「決定しているわけではない」(前田氏)という。

ただ、2022年11月にQualcommがハワイで開催したイベント「Snapdragon Summit」では、新しいARデバイス向けソリューションである「Snapdragon AR2 Gen 1」を発表しており、その中では、シャープが提携先の1つとしてリストアップされており、Qualcommがファーストチョイスなのだろう……と筆者は考える。

HMDを作るメーカーは多いが、シャープはいきなり、かなり意欲的な試作機を作り上げてきた。これを売るのは、シャープになるのか、それとも……?

CESのシャープブースで画質をチェック!

CESの会場で、画質を実機でチェックしてみた。画素密度や表示の部分はかなり良好だ。90度という視野は。VR向けとしては狭い方だが、HMDの軽さ・大きさとトレードオフだと考えると、十分に納得できるもの、と感じた。ただ、かけ心地などにはもうちょっと改善が必要だ。

デモは以下のような構成だ。

まずHMDをかけると、VR空間が見える。その中央のボタンを「見続ける」と、そこには「現実空間」の穴ができる。要はその部分だけカメラでのシースルーになるわけだ。

そこにはロボホンが写っている。さらに見続けるとロボホンは「キャプチャ」され、3Dのデータになって目の前に現れる……という仕立てだ。

実はこのデモ、「内蔵のカメラでフォトグラメトリをする」ことをイメージしているものだ。デモ自体では実際にキャプチャはしていないが、「スマホでは意外と面倒なフォトグラメトリによる3D化を、HMDで簡便化できないか」(シャープ担当者)という発想で開発されている。

製品化が決まったデバイスではないので、画角などのスペックは「製品の見通しによって変わる」(シャープ担当者)という。顔への収まりやデザインに関しては、この形で決定ではなく、今のものは「要素技術をまず形にしてみた」というのが実情だろう。

現状はケーブルで接続し、スマホでほとんどの処理をする形になっている。理由は「HMD本体で大きな処理をすると、バッテリーを搭載しない限り、必要な処理電力をカバーできない」(シャープ担当者)からだ。

ただ現状、一台のデバイスで「PCで接続した時にはSteam VRでPCゲームを遊び、AQUOS R7のようなハイエンドスマホをつないだ場合には6DoF+ハンドコントロールでVRが使えて、ミドルクラス以下のスマホでも『空間に映像を映して楽しむ』くらいはできるような、3段構え」(シャープ担当者)で考えているそうで、なかなか賢いやり方だと思う。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41