西田宗千佳のRandomTracking
第539回
シャープが“軽い”HMDを自社開発、その中身に迫る
2023年1月6日 03:00
今年、シャープはCESでメイン会場に展示を行わない。会場の外となるホテル内にプライベートブースを設け、そこでいくつかの新しい製品を発表する。
詳しくは別途記事も出る予定であり、個別インタビューも予定されているが、それとは別に、いち早く、1つ記事をお届けしておきたい。
それは、シャープが今回新しく出展する、独自開発のHMDについてだ。
シャープ初のスマホ接続型HMD。約175gで4K120Hz駆動
実は急遽、先に実機を見ながら関係者に話を伺うタイミングを得られた。詳細をお伝えしたい。
お話を伺ったのは、シャープ株式会社 通信事業本部 新規事業推進部長の前田健次氏と、同 課長の大屋(だいおく)修司氏だ。
なお取材したのは2022年内だ。その後、CES現地で実機も体験。その感想も最後に追記している。
175gの軽量ボディ、スマホ連携で気軽な利用を想定
なにより写真をご覧いただこう。これが、シャープが試作中のHMDである。CESでの展示向けに、もう少し派手な外見のものも用意されているようだが、基本的な形状は同じだ。
最大の特徴は「軽い」ことにある。
重量は約175g。本格的なVR用HMDとしてはかなり軽量だ。理由はシンプル。バッテリーを搭載せず、スマートフォンとUSB Type-Cのケーブルで接続して使うことを前提としているからだ。ケーブルがあると邪魔で……と思う人もいるだろうが、現状、「スタンドアローン型で重くなる」か「軽くて気軽に使えるがケーブルが必須」かは、トレードオフの関係にある。
大屋氏は「現状を考えると、24時間つけ続けるよりも、気軽に持ち運んで必要な時に使える方が実用的と考えた」と意図を説明する。
メガネ型でコンパクトになっており、持ち運びが楽なのも、そうした使い方を想定してのものだ。現状はスマートフォンとの接続を想定しているが、商品企画によっては「PCでの接続もあり得る」(大屋氏)という。
軽量かつシンプルな見た目なので機能もシンプルでは……と思われそうだが、そうではない。
フロントには2つのモノクロイメージセンサーと、1つのRGB式カラーイメージセンサーを搭載している。これによってインサイド・アウト方式での「6DoF」の位置認識と、ハンドトラッキングを実現する。
ディスプレイには液晶デバイスを採用しており、解像度は片目それぞれ2K。いわゆるパンケーキレンズを使っており、本体のサイズを薄くしている。視野角(FoV)は90度なので、ほぼ視界を覆うようなイメージになるだろう。
レンズ部には視度調整機能が内蔵されている。小さいためにメガネと併用するのは難しいが、視度調整機能があるため、メガネがなくても見やすいはずだ。
焦点可変の「ポリマーレンズ」搭載、自社でほとんどを作れるのがシャープの強み
ハードウエアの特徴としては、中央にあるカラーのイメージセンサーに「ポリマーレンズ」が使われていることだ。
ポリマーレンズはいわゆる「焦点可変レンズ」のこと。ポリマーレンズの前後にピエゾ素子をつけ、その力でポリマーが充填されたレンズを歪ませてフォーカスを変えるのが特徴だ。
【記事更新】記事初出時、“ポリマーに荷電することでレンズの厚みを変える”と記載しておりましたが、正確には“ポリマーレンズの前後にピエゾ素子をつけ、その力でポリマーが充填されたレンズを歪ませる”の誤りでした。お詫びして訂正します。(1月6日13時)
シャープのHMDはカメラで映像をディスプレイに映し出す、「ビデオシースルーAR」にも対応している。
ほとんどの場合、現状、カラーシースルーではパンフォーカスのカメラが使われている。オートフォーカスは重要な要素なのだが、フォーカスが変わると同時に「画角」も変わると、それが酔いにつながる。また、フォーカス変更に時間がかかっても、やはり酔いの原因となる。
だがポリマーレンズでは、フォーカス変更が瞬時に行なえる。そして、フォーカスが変わっても画角が変わらない。だから酔いを誘発しにくく、ARに向いた技術なのだ。
「こうした部分はかなり先を見た機能」と大屋氏は話す。ポリマーレンズを使ったカメラは外界を記録するためにも使えるので、「自分の見た風景をそのまま記録し、誰かに伝える」ものとしても想定されている。
このポリマーレンズ、元々はスマホ市場向けに、シャープが協力会社とともにレンズモジュールとして開発していたものだが、「瞬時に変わるフォーカスと、画角が変わらない特性がVRに向いているのではという発想から、市場開拓の意味を込めて、社内外のVR関係市場にアプローチした」(シャープ担当者)結果、まず、同社の試作HMDに搭載されることになったという。
同時にシャープは、同じくVR向けに「超小型カメラモジュール」も開発している。最小のものでは、モジュールの高さが「1.4mm」しかなく、虫眼鏡で見ないと解らない。
こうしたものを作った理由は、「視線追尾などのセンサー向けに重要があるのでは」(シャープ担当者)という分析からきているという。
今のデバイスは皆大きいが、ここまで小さなセンサーなら、HMDの中に組み込む際にかなり有利になる。
同様のアプローチは他社でも行なわれているが、他社は「半導体で超小型イメージセンサーを作っている」のに対し、シャープは「プラスチックの成形で作っている」ことが大きく違う。
数千万個クラスのニーズになるなら半導体が有利だが、まだニッチな市場だと、開発体制を整えるのがコスト的に難しくなる。だが成形で作ったなら、少量からの量産ができる。
こうした部分も含め、シャープは「新規事業開拓」として、スマホ向けを作りつつも、そこで培った技術をVR/AR向けに転用し始めているのである。
現状、シャープのHMDは発売時期が決まっているわけではない。CESでお披露目することでパートナーの獲得を……という部分がある。
「シャープの強みは、HMDに必要な要素のほとんどを自社で賄えること」と前田氏は話す。今回のデバイスも、ディスプレイからカメラモジュール、レンズに至るまで、ほとんどの部分をシャープが自社開発している。HMD開発のノウハウはスマートフォン開発と共通する部分が多いため、シャープとしては理想的な新規事業と言える。
現状の試作デバイスは1つの提案に近く、このまま製品化されるとは限らない。スマートフォンとの連携を前提にされたものだが、PC接続なども考えられる……というのはそういうことだ。
現状ではデバイス内で使うSoCなども「決定しているわけではない」(前田氏)という。
ただ、2022年11月にQualcommがハワイで開催したイベント「Snapdragon Summit」では、新しいARデバイス向けソリューションである「Snapdragon AR2 Gen 1」を発表しており、その中では、シャープが提携先の1つとしてリストアップされており、Qualcommがファーストチョイスなのだろう……と筆者は考える。
HMDを作るメーカーは多いが、シャープはいきなり、かなり意欲的な試作機を作り上げてきた。これを売るのは、シャープになるのか、それとも……?
CESのシャープブースで画質をチェック!
CESの会場で、画質を実機でチェックしてみた。画素密度や表示の部分はかなり良好だ。90度という視野は。VR向けとしては狭い方だが、HMDの軽さ・大きさとトレードオフだと考えると、十分に納得できるもの、と感じた。ただ、かけ心地などにはもうちょっと改善が必要だ。
デモは以下のような構成だ。
まずHMDをかけると、VR空間が見える。その中央のボタンを「見続ける」と、そこには「現実空間」の穴ができる。要はその部分だけカメラでのシースルーになるわけだ。
そこにはロボホンが写っている。さらに見続けるとロボホンは「キャプチャ」され、3Dのデータになって目の前に現れる……という仕立てだ。
実はこのデモ、「内蔵のカメラでフォトグラメトリをする」ことをイメージしているものだ。デモ自体では実際にキャプチャはしていないが、「スマホでは意外と面倒なフォトグラメトリによる3D化を、HMDで簡便化できないか」(シャープ担当者)という発想で開発されている。
製品化が決まったデバイスではないので、画角などのスペックは「製品の見通しによって変わる」(シャープ担当者)という。顔への収まりやデザインに関しては、この形で決定ではなく、今のものは「要素技術をまず形にしてみた」というのが実情だろう。
現状はケーブルで接続し、スマホでほとんどの処理をする形になっている。理由は「HMD本体で大きな処理をすると、バッテリーを搭載しない限り、必要な処理電力をカバーできない」(シャープ担当者)からだ。
ただ現状、一台のデバイスで「PCで接続した時にはSteam VRでPCゲームを遊び、AQUOS R7のようなハイエンドスマホをつないだ場合には6DoF+ハンドコントロールでVRが使えて、ミドルクラス以下のスマホでも『空間に映像を映して楽しむ』くらいはできるような、3段構え」(シャープ担当者)で考えているそうで、なかなか賢いやり方だと思う。