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第540回

鍵は“ゲーム技術とセンサー”。ソニーグループ・吉田CEO単独インタビュー

ソニーグループの吉田憲一郎・代表執行役会長兼社長CEO。写真はCESのプレスカンファレンスでのもの

ソニーグループの吉田憲一郎・代表執行役会長兼社長CEOへの単独インタビューをお伝えする。

CESでの最大のトピックは、ソニー・ホンダモビリティのEV、「AFEELA(アフィーラ)」のプロトタイプを公開したことだ。

吉田CEOは、メタバースや、EVをはじめとしたモビリティを「可能性が大きな世界」だとして、CESの会見でも強くアピールした。

そしてその背景には、どのような変化があるのだろうか? グループの全体戦略について聞いた。

CES会場のソニーグループ・ブース

CMOSセンサーは「クリエーション半導体」である

特に注力している領域はどこか? その質問に、吉田CEOは以下のように答える。実は、ちょっと「トラブル含み」ではあったのだが。

会見の冒頭では、ソニーが開発した超小型衛星「EYE」の打ち上げに成功したことが発表されている。衛星写真や「宇宙から撮影すること」自体を一種のエンターテインメントとして提供する、意欲的な試みでもある。サービスは今春にスタート予定だ。

1月3日に打ち上げられた超小型衛星「EYE」
打ち上げはCES開催前日の1月3日に行なわれ、ギリギリ間に合った

ただ、打ち上げは秋を予定していたEYEの打ち上げは事前に6度も延期され、ついには年を越した。

最終的な打ち上げ日は1月3日。なんと発表会の前日になってしまった。

吉田CEO(以下敬称略):感動を広げるところでは、これまでの繰り返しになりますが、「メタバース」と「モビリティ」、ここに取り組んでいます。

また、宇宙空間も感動の場にしていければいいな、とも思っています。衛星が無事に打ち上がって本当に安心しました(笑)。まだ語れるほどのことは何もやってないのですが、今後のチャレンジっていう意味で、広げていきたいです。

より中核で、力を入れていくのは「メタバース」と「モビリティ」だ。その背景には、ソニーグループが持つ「共通技術」の存在も大きい。

吉田:感動を“作るところ“と“広げるところ”、それにメタバースとモビリティには共通技術があります。

それがゲーム技術とCMOSセンサーです。

ゲームエンジンはバーチャルプロダクションにも使っていますし、そもそもメタバースはあのゲームエンジンで作られています。また、「車のインターフェースでもゲームエンジンを使います」というメッセージを今回出させていただきました。

ゲームエンジンを使うということは、結局、コンピューティングを利用するということになりますね。

発表会にはEpic Games CTOのKim Libreri氏も登壇

そこで吉田CEOは、昨年12月に来日し、同社を訪れた、アップルのティム・クックCEOの話題を持ち出した。

吉田:これはティム・クック氏にもお話ししたのですが、CMOSセンサーは「クリエーション半導体である」と。「パワー半導体」や「メモリー半導体」など色々ある中で、ということですが。

あと、投資という点では「IP投資」も重要です。直近で言えばBungieやEpic Games、それに、Haven Entertainment Studios。そうした企業への2018年からの投資額累計が1.2兆円ぐらいになっています。

そして、これはたまたまなのですが、CMOSセンサーへ投資も、今年の見込みで1.2兆円に達しています。

イメージセンサーの価値は拡大します。スマホ向けのチップサイズの大型化と多眼化だけでも、車載用だけでもなく。

メタバースという仮想空間が今後広がっていけば広がっていくほど、リアルとの繋がりが大事になっていくと考えています。その際には、AIを積んだイメージセンサーが重要になります。

VRでも、アイトラッキング用の内側センサーや外側のCMOSセンサーで使っていますし、mocopiでも、イメージセンサーではありませんが、センサーを使っていると言えば使っています。

モーションキャプチャ製品「mocopi」もアメリカ上陸

吉田:そして言うまでもなく、車にもセンサーが使われています。

仮想空間等のインタラクションにおけるCMOSセンサーの役割は大きいと思っています。今後波はあるかもしれませんが、CMOSセンサー自体は成長市場と捉えています。ですから、これまでも投資を行なってきましたし、今後も投資していきます。

また、自動車事業自体の成長性については、かなり「収益拡大が近い」領域として期待できるようになってきたようだ。

吉田:自動車関連で最も見えてきているのは、センサー事業です。様々な企業とコミュニケーションが進むようになりました。「競争が厳しいのではないか」と言われていたLiDAR事業も、だんだん雰囲気が変わってきたと感じています。早いタイミングでデンソーさんにサポートもいただいた実績もあり、手応えは感じています。

ビジネスへの期待、ワクワクする部分としては、やはりソニー・ホンダモビリティには本当に期待しているのです。

2016年にセンサービジネスの関係で、Mobileye(ADASや自動運転技術の開発企業。2017年よりインテル傘下)の社長であるアムノン・シャシュア氏とミーティングしました。そして自身でテスラを運転してみて、「ああ、これは本当に(自動車が)ITになっていくのだな」と思ったのです。あの時に本当に「センサー事業には絶対に可能性がある」と感じました。

もちろんその時には、我々が自動車を作ることになるとは思ってもみませんでしたが(笑)。

車がソフトウェアでデザインされていくと、やはりスマートフォンのように、フォームファクターはシンプルになっていくのかなと思っています。アフィーラのシンプルなデザインについては、私なりに、そう解釈しています。

「アフィーラ」と吉田CEO

エンタメでは「リアルタイム」「ライブ」の重要性が高まる

特に今回、ソニーグループは、発表の中でゲームエンジンである「Unreal Engine」の活用をアピールした。

その真意はどこにあるのだろうか? 実は非常に大きな流れの中に位置付けられたものだった。

吉田:エンターテイメントの世界を見ていくと、ここ10年ぐらいは「ネットワークとリニア」の時代だったと思うのです。いわゆるSpotifyであり、Netflixであり、という世界ですが。リニアのネットワークストリーミングがメインで、我々もそこは今後も続くと思っています。

一方、これからどんどん重要になってくるのは、やっぱりリアルタイムのレンダリング。「リアルタイム」というところが重要です。

スポーツなどもリアルタイムレンダリングで「ライブ」「リアルタイム」のエンタメに

吉田:なぜかと言いますと、人はやはり自然でコミュニケートしたいから、あるいは、人がインタラクションやクリエーションをしたいからです。ですから、メタバースはゲームエンジンで作られているのですが。

ゲームエンジンで作られているメタバースで、人がやることはプレイだけではありません。主張する・コミュケーションする・クリエーションする。

車に乗せるのはなぜかというと、エンターテイメントの最先端のインターフェイス・インタラクションのやり方が、ゲームエンジン=リアルタイムCGになってきている以上、それを積んだ方がいいという考え方があります。

メタバースは、コンピューティングとネットワークの進化によって、新しく生まれた空間です。そしてモビリティは、コンピューティングとネットワークの進化によって変わっていく空間です。

とすると、やっぱりコンピューティングがキーになると思います。

その場合もADASのドライビング領域でもそうですが、ヒューマンインタフェースでも、コンピューティングはフルに使わなければいけない。

車はリアルタイムで動くものなので、ゲームエンジンをインタラクション・表現に使うのは、私は自然な判断だと思っています。

インプットを重視するソニーは「目的指向」になる

リアルタイム・グラフィックスやセンサー連携が重要になるなら、ソニーが扱う機器の中でも、プロセッサーパワーが大切になっていく。

その中で、「調達」や「製造」をどう考えるのか? 昨今は経済地政学的な意味合いから、ファウンドリー(半導体製造事業者)の地域分散などが続いている。その中でのソニーグループの戦略をどう見ているのだろうか?

吉田:自らでプロセッサーを作るのはやはり難しい。正確に言えば、設計は頑張れば我々にもできます。しかし、製造するのは非常に難しい。

ファウンドリー戦略は、各社がいろんなオプションを考えていると思います。ですから、長い目で見て判断したい。ファウンドリープレイヤーが増えてきて、国の補助金も入ってサプライチェーンが多様化してくることは、我々にとってだけでなく、産業全体にとっていいことではないかと思っています。

すなわち、CMOSセンサーを軸にしてロジック半導体は調達、という戦略は変わらないということだ。

一方で、ビジネス全体の方向性は「変わってきている」と吉田CEOは説明する。

吉田:我々は、感動を作るところから届けるところまででビジネスをやっています。

ただ現在、実は我々は、投資戦略を「クリエーション」側に、少しずつ寄せてきているのです。

プロダクトもどちらかというと、クリエーション側を重視しています。カメラやバーチャルプロダクション、ホークアイなど、みなクリエーション側です。ゲームエンジンもそうです。

クリエイターをサポートする技術とコンテンツそのものには投資してきています。

ソニーのビジネス自体が「クリエーション」側に向かい始めている

ただ、そこにはまた別の、非常に興味深い変化もある。

吉田:グループの多様性を生かした試みを、音楽から映像へ、ゲームから映像へと広げていきます。

ただ、そうしたこともやりますが、私は今社内で、こうも言っているのです。

「いや、別に、ソニーとだけ組まなくていいよ」と。

そういうシナジー・ドリブン(連携指向)な考え方だと、クリエイターにとって、考え方自体が制約要因になる。

我々にとって大事なのはクリエイターをサポートすることですから、オープンである方がいい。グループでやれたらいいですが、どちらかといえばシナジー・ドリブンよりも「パーパス・ドリブン(目的指向)」に変えてきているのです。

従来、ツールと家電とコンテンツをもつソニーは「プラットフォームで囲い込むビジネス」と言われてきた。シナジー・ドリブンとはそういうことなのだろう。

そういう部分がゼロになったわけではないだろうとは思う。

だが、ことビジネスの軸を「クリエーション」に置くのであれば、重要にすべきはクリエイターが生み出す可能性に制約を与えないことが優先……という話なのだ。

吉田:基本的に我々がポジションを取っているエンターテインメント産業、これ自体は成長産業だと思っていますし、相対的にリセッションには強い産業だな、という風に思いますし、特にゲームは手頃なエンターテイメントでもあります。

エレクトロニクスの収益構造は「インプット」側に軸足を移しつつあります。

その中ではよりリカーリング型・サービス型になってきていて。例えばバーチャルプロダクションもホークアイも、どちらかと言えばサービス的な事業なのですよね。メタバースも同様です。

メタバースも自動車も、ビジネスが収益化するまでの時間軸は長いのですが、特にメタバースについては、より色々なトライアルはしやすいと想定しています。

今回なんとなく宣言したつもりですが、メタバースでは「ゲーム」と「スポーツ」、それに「音楽」はやっていきます。

収益モデルはすぐにお答えできる状況ではないのですが、すでにお話ししたように、メタバースはプレイするだけなくて、コミュニケーションできて、クリエーションができて、さらに「視聴」もできるエンターテインメントの場を広げることです。

ですから、いろんな収益機会はあり得るな、と思っています。

PS5はようやく流通正常化へ、ただし発想は「コンソール起点」から「コンテンツ起点」へ

ソニーのエンタメ事業における最大の軸は「ゲーム」だ。PlayStation 5は生産と流通の限界によって強いモメンタムを作りづらい時期が長かった。

しかしようやく生産も増え、手に入りやすくなってきたように思う。ゲーム事業の今後はどう見ているのだろうか?

吉田:PlayStation 5は、先日発表したように、3,000万台に到達しました。ただ残念ながら、PS4に比べると少し遅れています。とはいうものの、春ぐらいには、PS4の時のペースにキャッチアップしてくれるのではないかと、個人的には思っています。

PS5はセルスルーの台数が3,000万台に到達した

吉田:ご存じのように、新しいコンソールが出てから、それに対応したゲームソフトが揃うまでには少し時差がありますよね。今回はそのタイミングに(生産量の向上が)マッチしてきているとも感じます。

ゲームビジネスを考えたとき、コンソールは、スマートフォンに比べると、いまやニッチなビジネスかもしれません。

しかし、やはりコアなゲーマーの方々を顧客として抱えていることは、非常に大事にしたいことなのです。

「一般ウケ」は瞬間のパワーこそありますが、やはりすぐに飽きられてしまう。わっと来た方々は、わっといなくなる可能性がある。

ですから我々は、ニッチかもしれませんが、コアゲーマーを我々のエンターテインメント事業の中核として、大事にしていかなければならない。我々のエンターテイメント事業からすると、やはり最大のセグメントであるのは変わりませんし、そこでPlayStationが軸になるのは変わらないと思います。

「ただ大きく変わった点も」と吉田CEOはいう。それがPCとの関係だ。

吉田:今までは「コンソールありきでコンソールのためのソフトを」ということ「だけ」を大切にしてきました。

ただ、この感覚は少し変わり始めたかなと思っています。

例えばBungieは買収しましたが、PlayStationエクスクルーシブにするかというと、全くそのつもりはない。PCにも、Xboxにも出します。

コアゲーマー向けのゲームがあったら、コアゲーマーはPC市場にもいる。やはりそこに広げていくというのはナチュラルな動きになってきています。

今までであれば、PC版を出すことに相当のためらいがあったと思いますが、今は割と自然に、「ある時間が経過したらPCにも出していく」形で、PCのマーケットも最初から視野に入れるような考え方になっています。

要は、「コンソール起点」の考え方から「コンテンツ起点」の考え方がかなり増えてきたと思います。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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