西田宗千佳のRandomTracking

第538回

550円 + アニメで攻める。DMMがサブスク配信「DMM TV」を始めた理由

DMM TVロゴ

日本に新しい定額制の映像配信サービスが生まれた。DMM.com(以下DMM)の「DMM TV」だ。

DMMは過去から、単品配信型の映像配信展開してきた。一方で、いわゆるサブスクリプション・定額制の配信への参入は「いまさら?」と思う人もいるかもしれない。

彼らはなぜいま、映像配信に本気を出そうとしているのだろうか?

合同会社DMM.com COO(最高執行責任者)の村中悠介氏に聞いた。

DMM.com COOの村中悠介氏

PPV大手のDMMが感じた「サブスクに動く市場」への危機感

前述のように、DMM TVはサブスク型の映像配信だ。サブスクでの映像配信が日本で本格的に伸び始めたのは2017年以降。このコロナ禍で急速に定着したが、けっして新しいサービスではない。ここにきてなぜDMMが参入したのか? 村中氏は「ある種の危機感」を理由に挙げる。

村中氏(以下敬称略):DMMは長く、映像配信ではペイ・パー・ビュー(PPV)を中心としてビジネス展開してきており、PPVの中では一定のブランディングはできていたと考えています。

しかし、ここ何年かのサブスクの流れは勢いがすごい。多くの人が当たり前のようにサブスクを考えるようになっています。「このままだと置いていかれる。サブスクをやってないと時代に取り残される」。

ですから、PPVを残したままサブスクを始めることが、DMMのために必要なことだと考えました。

DMMのPPV事業はかなり好調だ。だがそれでも、サブスクを中心に活況を呈する市場を考えた場合、PPVだけでは厳しい……と判断したわけだ。

村中:これまでもサブスクに近いサービスはやったことがあります。ずっとPPVだけでやりたい、と思っていたわけではありません。

DVDが売れている頃には、DVDの二次配信のような感覚でPPVを展開してきました。それが、現在はDVDが弱くなり、配信の時代になりました。テレビで見ているコンテンツが、放送だけでなく動画になってきています。

その結果として、PPVも伸びてはいます。しかし、このまま一般化するかというと難しい。PPVの売り上げがすごい規模で伸びていく、という絵が描けなかったのも事実なのです。

アメリカ・ヨーロッパの場合、サブスクが一般化する前にPPVがある程度市場を作り上げていた。「配信」がすでに珍しくない状態から、さらにお得になった存在としてサブスクが定着した……という構造である。

一方日本では、PPVはあるものの売り上げを伸ばせたわけではなく、一般的になる前にサブスクがやってきた。サブスクが先に定着した結果として、PPVだけでは大きくビジネスを伸ばせない……とDMMは判断した、ということなのだろう。

「PPVでないと見られないものはあります。ですから今後もPPVはやっていきます。コアなファンほど、PPVやグッズを買う」

村中氏は今後の方針をそう説明する。

では、ここまでDMMがサブスクの導入を躊躇していたのはなぜなのだろうか?

村中:サブスクでのサービスを構築して運営するには、非常に大きな投資が必要です。

一方、やるなら中途半端にやってはいけないのもわかっています。相当な投資額で、キッチリ設計しないといけない。

ですから、なかなか踏ん切りもつかなかったですし、計画の策定にも時間がかかってしまったところがあります。

「アニメ重視」「550円」でスタートする狙い

とにかく、DMMは決断し、DMM TVをスタートすることになった。

最大の特徴は「価格」。DMM TVの見放題作品が楽しめる「DMMプレミアム」の月額550円というのはかなり安い。

安いからといって、機能が悪いとかコンテンツが少ないわけではない。ウェブはもちろん、スマホやタブレットのアプリの出来もかなりいい。アニメを中心に、映画・ドラマなどがちゃんと揃っている。

そして次の特徴が「アニメ特化」。コンテンツの中でもアニメを非常に強く推しており、「アニメをたくさん見てもらう」構造の作りになっている。

「ルパン三世」の少年時代を描いた新作スピンオフアニメ「LUPIN ZERO」が独占配信されている。この作品以外にも、2022年内にアニメ約4,600作品、エンタメ含む約12万本を用意する予定。DMM pictures製作アニメの先行配信も実施する
原作:モンキー・パンチ(c)TMS
声優の杉田智和氏と岡本信彦氏が出演。2人が企画会議を行ない、今まで体験したことのない事を実践する番組『自称声優』。アニメだけでなく、声優の番組も豊富だ
(C)DMM TV

この種のサービスではレコメンドが重要。NetflixやAmazon Prime Videoなどの大手では視聴履歴を使った機械的な生成を主軸にしているが、DMM TVは「列」をサービス側が人力で指定するやり方だ。「圧倒的に大量のコンテンツを不特定多数に見せる」なら機械的な生成の方が有利だが、「狙った顧客に特定のコンテンツを見せる」なら、人力でのレコメンデーションの方が向いている。日本のサービスでは、コストと投下できる技術の問題から人力型になりやすいが、DMM TVは「狙ってやっている」のが明白だ。

なぜここまでDMM TVはアニメ推しなのか? もちろん明確な戦略のもとに行なわれている。

村中:意図的にアニメを重視したサービスにしています。DMMを利用しているユーザーが属性的にアニメに近い、ということもあるのですが、アニメには独特の「みんなで楽しむ」文化があるのが面白いのです。これは、他のジャンルではあまり起きていない。リアルタイムでみんなが同じ時間に見て楽しむ、ある種の協調文化があるところが重要です。

「みんなで見る」ことでコンテンツが広がり、また、そこにいる人が楽しい……という要素が重要になるだろうと考えています。

アニメやファンの多いドラマの場合、毎週放送・配信タイミングで多くの人が同時に視聴し、その感想をシェアする「リアタイ実況」的な楽しみ方をしている人は多い。同時視聴でなかったとしても、残っているコメントやレビューは一種のコミュニティを構成する要素であり、作品を楽しむための大切な要素と言える。DMMはアニメに特化する上で、そうしたコミュニティ性が生み出す要素を重視したのだ。

一方で「無料配信も行なう」と村中氏は言う。視聴者を集める上では重要な要素だからだ。ただ、あくまで主軸はサブスクであり、広告による無料配信型、要はABEMAのような形は採らなかった。

村中:広告による無料配信だと、コンテンツの配信許諾が降りづらいところがあります。ただ、無料配信自体は行ないます。そうやって、毎日見に来るきっかけを作りたいです。

コンテンツという意味で、DMMというと気になるのは「アダルト」。DMMプレミアム会員になると、デジタルコマースが展開するアダルト作品の配信サービスであるFANZA TVの対象作品も見放題なる。ただし、利用はウェブサイトから。アプリを普通に使っている限りは表に見えない。

この点について村中氏に問うと、次のような答えが返ってきた。

村中:重要なコンテンツですが、アダルトがあれば客が来る、という時代でもありません。サービスの中には新作は入れていませんし、アダルトで誘引されてくるお客様は少ないでしょう。まったくいない、とも言いませんが。

むしろ一般コンテンツからDMMを認識してほしいとは思います。アプリの上からはほとんど見えませんし。

その上で、そうしたコンテンツの利用者は、男女とも、同様にいらっしゃいます。求められるのだとすれば「ない理由もない」というところでしょうか。

まずは「スタートを重視」、DMM全体への効果を重視してCOO直轄で事業展開

ただ「コミュニティを重視」とはいうものの、現状のDMM TVにコメント機能はない。レビューの投稿機能もない。これはどういうことなのだろうか?

村中:開発が間に合っていないためです。ですから、コミュニティ性が現状弱いのは間違いない。一緒に見るコメント、ユーザーレビュー、さらにはレビュワーとしてユーザーレビューを評価する機能などは搭載する予定で進んでいます。

要は、DMM TVは開発途上でサービスを開始した部分があるのだ。とはいえ、それは主にコミュニティ構築面での機能であり、映像配信として視聴する部分についてはすでに機能が揃っており、視聴には問題ない。

村中:普通にサブスクとして視聴するための機能は揃っているので、まず機能は満たしている、リリースできる、と判断してスタートすることにしました。

率直に言って、やってみてよかったです。やはり、開発段階とリリース後では違う。ユーザーの本当の反応がわかります。それを見てから開発することで、精度が上がってきます。

サービスとして開発を継続し、変化させるのは、今なら当たり前の手法ではある。コストもかかるものなので、ユーザーの反応やシステムの稼働状況を見ながら変えていくのは一般的なやり方だ。「サブスクで遅れている」という認識を持っていたDMMとしては、映像配信の視聴時間が長くなっていく年末年始を前にまずはサービスを立ち上げることを重視した……というところだろうか。

それというのも、DMM TVは映像配信としての成功だけを目指したものではない……という事情もある。

村中:損益計算自体は、映像配信だけでなく、他事業への貢献込みで数字を見ています。映像配信単体の数字は、速報値含め、見ていません。

重要なのは「DMM全体でどう位置付けるか」です。

DMMではさまざまなサービスを展開している。ゲームや電子書籍の配信のようなコンテンツに関係するものから、FXや暗号資産取引まで、多彩だ。それぞれで利用定着を目指しているが、DMMアカウントを日常的に使っていれば、なにかを選ぶときにDMMのサービスが選ばれる可能性は高くなる。

DMMとしては、安価な映像配信であるDMM TVをDMMアカウント定着の武器として考えているのだ。だから「550円」という価格は非常に戦略的な値付け、ということになる。

DMMプレミアム会員になると、各種サービスで23の会員特典が受けられる(※2022年12月時点。今後も順次追加予定)

村中:映像配信は、立ち上げるのは大変な事業です。マスへの定着には広告戦略も重要になるし、オリジナルコンテンツも欠かせません。

オリジナル作品も作っていくので、コンテンツについてのPR業務も重要になります。いままでのDMMでは経験のない分野なので、新たに採用をかけて強化しました。

なぜCOOの私が直接この事業を担当しているのかといえば、それだけ全体戦略面で重要で、大胆な判断が必要になるからです。特にサービス1年目では、認知にかなりのお金もかけなければいけない。そこで、投資額も含めて「ビビらないで、ちゃんとやり切る」ことが重要です。

DMM TVの開発をスタートしたのは「1年半前」と村中氏はいう。これだけ大きなサービスを18カ月で作り上げるのは大変だ。「短い時間だったので、かなり人もお金も使って立ち上げた」(村中氏)というが、確かにその通りだろう。逆にCOOが陣頭指揮をとって急ピッチで開発と立ち上げを進めねばならないくらい、「サブスクを持っていないこと」への危機感は大きかった、ということなのだ。

重視される「原作電子書籍」との連動

では、映像配信と連携するビジネスとしてどこが特に重要なのか?

村中氏は「電子書籍だ」と話す。

村中:電子書籍はもう、誰しも使ってもおかしくない、マスなサービスだと思います。その上で、動画と電子書籍はきっちりと連動させてビジネスをします。特に、漫画原作を手厚く展開し、弊社で作るオリジナル作品でも、電子書籍との連動を意識して考えます。

この辺、実は筆者も注目している領域だ。

海外の大手プラットフォーマーは、自社の配信サービスをあくまで「配信だけ」と位置付けている。Amazonは確かに色々なものを売っているが、Prime Videoアプリにしてもウェブにしても、あくまでつながりは「別の映像作品」にフォーカスしている。アップルもAppStoreなどへの連動はない。Googleも、アプリと電子書籍のストアはまとめられているが、動画配信とは切り分けられている。

だが、日本では電子書籍ストアをサービスに組み込み、連動させてビジネスを拡大するパターンが増えている。成功例としては、U-NEXTやFOD(フジテレビ・オンデマンド)が挙げられる。

スマホで動画を見る際、その原作が同じサービスの中で比較的簡単に購入できるようになれば、利用者も増えやすくなる。そして、電子書籍を購入すると再び読みたい場合にはまたそのサービスへ来ることになるので、利用定着率そのものが上がるのだ。

日本の電子書籍ストアは、ポイントや毎週限定の無料購読などを生かした独自の進化を遂げている。Kindleは確かに強いが、スマホ+コミックの市場を中心に、国内勢が市場を分け合って大きくなっている。

こうした独自性の中にDMMもいる。前述のように、DMM TVは、DMMのサービス全体の入り口となることを考えて作られている。だからこそ、電子書籍との連携は、ユーザー定着と収益拡大の両面で重要なのである。

DMM TVを視聴するアプリの中で、コミックも読める

海外大手にはないこうした独自性を追求し、ユーザー拡大を目指すことは、映像配信として生き残る上でも重要である。

AmazonやNetflixなどの大手と単純に競合するのは難しい。テレビ局系のサービスのように、自社放送に合わせてサービスを低コストにアピールできるわけでもない。

そこでの武器は、過去から培った、PPVや電子書籍、グッズ販売などとの連携だ。そうやって「大手とは違う」形でユーザーに定着を目指すのがDMMの戦略であり、そこから先への挑戦でもある。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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