西田宗千佳のRandomTracking

第576回

どデカい球体の中で世界を観る。「Sphere」はどんなところだったのか

米・ラスベガスにあるエンターテインメント施設「Sphere」

今年、CESのためにラスベガスを訪れた関係者がみんな(というと言い過ぎなのだが、少なくとも知り合いの大半が)足を運んでいたのが、エンターテインメント施設「Sphere」である。

LEDによるディスプレイを使った巨大な球体の写真や映像は、SNSなどでご覧になったことがあるだろう。

実際現場にいくと、正直馬鹿げていると思うくらいの規模だ。

球形の巨大ディスプレイがどんな体験だったか、私の感想を述べてみたい。

チケットは意外と高いのです

そもそも、Sphereには昨年の11月末に行く予定だった。別の取材でラスベガスを訪れていたので、どこかのタイミングを見計らって行こう……と考えていたのである。

2023年11月末に撮影したSphere。数百メートル先の陸橋から撮影したのだがこのサイズ感

だが、その時は他の取材などのスケジュールもあって、訪れることが叶わなかった。というか、会場のホテルからほとんど出られなかったくらいだ。

Sphereがよく見えるポイントで写真だけ撮り、「まあ、来月CESで来るからその時に」と思っていたわけだ。

すぐにCESへ行く友人たちと「どうせ行きますよね? みんなで行きましょう」と連絡がつき、1月10日の夜に行くことになり、チケットをオンライン予約した。

基本的にはこの方法になるので、行きたい方は以下の公式サイトからオンラインでチケットを購入する。チケッティングのパートナーはアメリカ大手のTicketmasterだ。

Sphere公式サイト

先に言っておくが、Sphereのチケットはけっこう高い。

演目は、自然映像を流す「Postcard From Earth」が中心で、タイミングによってはU2のライブが行なわれている。

時期や席によって価格が変わるのはあたりまえ。今回行ったのは「Postcard From Earth」だが、1カ月前の予約時には70ドル弱。これが直前だとこれが270ドルくらいまで上がる。すなわちこの値段が最低ラインだ。

1月10日のチケットを、12月頭に探していた時の価格がこんな感じ。1月になってからだと200ドルを超える

U2のライブはもっともっと高く、すぐに売り切れるし、開催まで2カ月ある3月の公演でも、高い席は3,000ドルを超えている。友人の話では、6,000ドル超えの席もあったそうだ。

3月1日のU2公演を見たら、チケットは最高で3,000ドル。これでもまだ安い方

Ticketmasterはダイナミックプライシングなのでこんな感じになるのだが、これもまたアメリカの現状である。

23億ドルの巨大球体。宇宙からも見えるLEDの灯り

すでに述べたように、Sphereはラスベガスにある。当初はマディソン・スクエア・ガーデン・カンパニー(MSG)とラスベガス・サンズの共同で行われたのだが、現在はサンズがラスベガスにおける資産をApollo Global ManagementとVICI Propertiesに売却したため、MSGとApollo・VICIの共同事業。実際の運営はMSGのグループ会社であるSphere Entertainmentが担当している。

建設予算は23億ドルと言われており、当初予算(12億ドル)のほぼ倍。見た目の規模感がだいぶおかしい建物なのだが、予算規模もだいぶアレである。

巨大な球体は目立つためか、広告がけっこう入っていた。写真は撮れなかったが、サムスンやディスニー、Googleなど、大手企業の出稿が目立つ。

海外報道によれば、1日広告を出稿する場合の費用は45万ドル程度だそうで、なかなかにお高い。

ただSphereは、9月から12月までの3カ月ですでに1億ドル近い営業損失を出しているそうで、高価な広告費で補填していかないと厳しいのだろう。その辺の世知辛さは、中に入っても感じるところだ。

なぜそんなに費用がかかるのか? 電気代を含めた運用コストが莫大なのだろう。

Sphereの公式サイトは「宇宙からも見える明るさ」としている。昼間に数キロ離れたところからも見えるわけで、その電力消費は大変なものだと推察される。

表面積は58万平方フィート。メートル法に直すと約5万3,884平方メートルとなり、東京ドームの建築面積(4万6,755平方メートル)の1.15倍ほどになる。半球状で高さは112メートル。とにかくでかい。

Sphereから2キロメートル以上先にあるラスベガス・コンベンションセンターからの眺め。昼間でもこれだけ目立つ
会場へ移動するライドシェアの車内から。とにかく目立つが、でかいのでなかなか近づいてこない
間近から。110メートルを超える高さなので存在感がすごい
近くから動画で。存在感と明るさがよくわかるはず

表面のLEDは、複数の高輝度LEDをクラスター化して1画素とし、明るさを稼いでいる。

さらに至近から見ると、意外とドットの間隔が広いのがわかる
正面から。1つに見えるドットも、複数のLEDをクラスター化したもの

表面のLED画素数は約120万。そこまで高解像度ではないのだが、離れたところから見るので十分な解像感になる……という仕組みである。

しばらくは内部で待ち時間。荷物は預ける必要あり

では中に入ってみよう。

前述のように、チケットはオンライン購入。スマホでバーコードをかざす、もしくはNFCによるタッチで入場する。

入場にはスマホをチケット代わりに。バーコード式の場合もあるが、筆者の場合にはNFCでタッチ入場

内部ではセキュリティ対策のため、荷物を預ける必要がある。飲食物は持込めない。このことを知っていたので、筆者はスマホと財布とパスポートだけ持って参加した。(正確にはもう1つポケットに入っていたのだが、それはまた後ほど)

全体では2時間ほどのアクティビティなのだが、上映は1時間ほど。ではあと1時間はどうするのかといえば、中の待合スペースで、喋るロボットを見たり、自分のアバターを作ってもらったりして待つ。まあ、このアトラクション自体はそこまですごくない。

入口では映画「地球が静止する日(1951年版)」に出てきたロボット・ゴートがお出迎え
内部では生成AIで対話するロボットも
自分の姿を立体でキャプチャしてアバター化するサービスがあった
天井にはバーサライタを使った巨大ディスプレイも

そして、中で売っているドリンクやフードがすごく高い。

水のボトルが7ドル(ざっくり1,000円)で、ビールが16ドル程度。水とスナックを買うだけで15ドルから20ドル、3,000円近くが飛んでいくわけで、なかなかに痺れる。ちなみに、お土産のTシャツは35ドルで、フーディーは70ドルだ。

待合スペースが広いことからもお分かりのように、Sphereは「外から見た半球の内側がそのまま劇場になっている」のではない。この辺うまく騙されてしまうのだが、「中に別のサイズの半球状のアリーナがある」のである。

複数の階層に席が分かれているので、エスカレーターで移動
シアター内部。かなり大きなものなのだが、Sphereの外観ほどではなく、「中に別のサイズの半球状のアリーナがある」構造

収容人員は最大2万人。今回の映像視聴の場合、最大収容数は1万人程度だという。客の入りは6割から7割といったところ。毎日2回から3回上映しているので、特別なコンサートでなければこんなものか、と思う。

解像度と輝度の暴力。他で得づらい

さてそろそろシアターの中の話をしよう。

今回は中央の少し上の席をとった。最高ではないがそこそこな席かと思う。かなり急な斜面に席が作られていて、「斜めに切り落とされた半球を席から見る」感じになっている。だから正確には「球形シアター」ではなく「半球系シアター」なのだけれど、そこは説明しづらいから「Sphere」なのだろう。

上映が終わった後の席から。こんなふうに斜めに並べられた席から、半球状の画面を見る

U2のコンサートが行なわれていることからもお分かりのように、Sphereは本来、コンサートホールとして作られた設備だ。

だが全ての日・全ての時間にコンサートが開けるわけではないので、映像を流してこの空間自体を体験してもらう演目を用意しており、それが、筆者も見た「Postcard From Earth」、ということになる。

場内は公演中も含め、撮影は基本的に自由。人々は思い思いにスマホなどで撮影し、その様子をシェアしていた。本記事内のものも、筆者が見ながら撮影したものだ。(ただし、コンサートの時は事情が異なる可能性がある)

映像はいわゆる「全天球系」の映像。シアター自体は上半分を残した半球に近いものだ。メガネをかける3Dシアターなどではない。

まず驚いたのは、圧倒的な解像感だ。映像が半球全体に広がって表示されると、そのリアリティに圧倒される。あくまで2Dの映像なのだが、脳のどこかで立体感を感じてくる。

シアターの内壁は16,384×16,384ピクセルとされている。16K×16Kというのは、まあ、普段体験しようと思っても体験できるレベルではない。自分の視界に入っているところだけでも4K以上の解像度はあるんじゃなかろうか。

そして圧倒的な輝度。暗い映像では映画館のような闇の中にいるのだが、明るい日の日差しの中の映像では、シアター全体が映像の光で強く照らされる。ガッツリとした、リアリティのあるHDR映像体験であり、過去にあまり体験したことのない感覚だ。

この辺はいくつか内部の写真と動画を掲載しておくので、なんとなく雰囲気だけでもつかんでいただければと思う。

上映時のシアター。圧倒的な解像度と輝度の映像が目の前に迫る
まるで単なる高解像度写真のようだが、目の前の様子を写しただけ。この解像度で迫力のある映像が見られる
iPhone 15 Pro MaxでHDR撮影した動画。適切な環境であれば、シアター内での映像の煌めきを再現できる映像にしてある
スタッフリストが視界全体に。シアター全体の高解像度感が感じられる

スマホでの撮影もいいが、あえて「自分が見ている視点」をシェアしたいと思ったので、Metaのカメラ付きスマートサングラス「Rayban Meta」でも映像を撮影している。こちらの方が、筆者の体験した感じにより近い。(なお、Rayban Metaについては、近日中にレビュー掲載も予定している)

SphereをRayban Metaで撮影した「自分の視界」映像
こんな風にシアター内では感じられる
撮影に使った「Rayban Meta」。カメラ内蔵で、いわゆる主観視点映像が簡単かつ高解像度で撮れる。近日中にレビュー掲載予定

さらに音響もすごい。コンサート主体の設備なので当然とはいえ、ガッツリと体に響く。LEDディスプレイの間には167,000基のスピーカーが埋め込まれているという。これもまたなかなかに強烈な体験である。

映像の中身で変わる体験。コンサートはどんな体験になるのか

映像に見慣れてくると、いろいろなことに気づく。

面白かったのは、流れる映像の性質によって、解像感・リアリティが変わることだ。

木の枝にいる虫をクローズアップした映像は、非常に解像感が高い。

クローズアップの映像は迫力があるが、遠景とは違うイメージの映像になる

一方で、立体感はそこまで高く感じない、遠景の風景の方が立体感は感じる。

特に立体感を感じたシーン。距離感と解像感がマッチすると、想像以上のリアリティを感じる

後に友人たちと話したことだが、映像までの距離や解像感の組み合わせにより、人間の立体感の感じ方は変わってくるようだ。

この映像はシネマカメラを複数台組み合わせて撮影されたものであるようで、かなり慎重にスティッチング(映像のつなぎあわせ)も行なわれていた。解像感やHDR感の良さはそこからきているのだろう。

だが、映像の撮影方法や題材によって、解像感の感じ方も、「視界を覆う」が故のリアリティも変わってきてしまう。

また、球の内側に映像を表示しているため、見る場所によって映像には歪みが発生する。多くのシーンでは違和感なく見られるが、高いビルの間を撮影したシーンや、柱が下から上に伸びているようなシーンでは、本来まっすぐであろう柱が歪んでみえた。筆者の席が、完全に真正面であったからではないためだと思われる。

非常に印象的なシーンなのだが、「球の内側に表示している」ので、正面からずれていると像も歪む

自然を体感する、というコンセプトはいいのだが、同じような映像を40分以上見せられると、流石にちょっと飽きてくるのも事実だ。

やはりここはコンサートホールであり、曲に合わせてしっかりと映像演出を作り込み、中央のステージと合わせて楽しむのがベストの場所ではないか、と感じる。そういう意味では、U2のライブがどんな演出か、見てみたいとも感じる。以下に、U2のYouTube公式アカウントが掲載している動画をシェアしておく。

U2 - Even Better Than The Real Thing (U2:UV Achtung Baby, Live At Sphere / U2.com Edit)

そう考えると、課題が1つ出てくる。

アーティストごとにちゃんと映像演出を作らないといけない、というのは差別化点でありつつも制約になる。他のコンサートホールでは使えない独自のものになるし、そうしないと満足度は上がらない。

高い費用に見合うアーティストのスケジュールを長期間ラスベガスで定期的に押さえないといけないし、そういうクラスのアーティストでないと、独自にコンテンツを作るのも難しいだろう。

さて、いろいろなアーティストでそういうサイクルを回すことはできるのだろうか? U2はこの種のことにすごく積極的だが、U2だけで需要は満たせないようにも思う。

この辺の事情がけっこう大きな制約となるのではないか。大きな赤字を抱える施設だけに、回転率は高めたいところだろうが、やっぱり単なる映像だけでは難しい。

お金がかかった設備なのですぐになくなることはなさそうだが、同じような設備が他の場所に出てくるとも考えづらい。

体験を希望している人は、早めに行ったほうがいいかもしれない……と個人的にアドバイスしておきたい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41