西田宗千佳のRandomTracking

第576回

花ひらく「サングラス型ディスプレイ」「軽量AR」市場。XREAL CEO単独インタビュー

XREALの新ARグラス「XREAL Air 2 Ultra」

「サングラス型ディスプレイ」が急速に市場を拡大しつつある。その先にあるのは、いわゆる「ARグラス」の世界だ。

この流れの中で先行し、もっとも大きなシェアを築いているのは「XREAL」だ。2022年に発売した「XREAL Air(発売当時はNreal Air)」がヒット、昨年末にはマイナーチェンジした「XREAL Air 2」、「同 Air 2 Pro」を発売している。

CES 2024では、さらに上位版である「XREAL Air 2 Ultra」を発表し、3月より出荷を開始する。

サングラス型ディスプレイはライバルも増え、CES会場でも色々見かける存在になった。そして、ARという意味では、今年はアップルのVision Proもやってくる。

XREALはどのような展開を考えているのだろうか?

同社CEOのチー・シュー氏に話を聞いた。

CES 2024でのXREALブースにて。XREALのチー・シューCEO。手にしているのは新製品の「XREAL Air 2 Ultra」

独自の光学エンジン開発で先行。「ディスプレイから」普及を狙い、Ultraで再び「AR」へ

シューCEOは、サングラス型ディスプレイのヒットの状況について、「多くの消費者が受け入れるためのしきい値を超えた」と表現する。

シューCEO(以下敬称略):Google Glassから始まったAR市場が、いよいよ動き始めています。すばらしい状況です。私たちもこれまで、多くの大企業の試みを見てきましたが、あまりうまくいっていません。

しかし、ご存知のように、人々はこれが未来だと信じているので、この方針を推し進め続けています。

そして私たちはついに、消費者に対し、本当に大量に採用されるためのしきい値を超えたと考えています。

一方で、XREALは商品を作る上で、一度「AR」そのものからは一歩後退した。最初のモデルである「Nreal Light」は、スマートフォンと連動し、AR環境の実現を目指した製品ではあったのだが、高価であったこと、ARアプリケーションがまだ揃っていなかったことなどから、ブレイクには至らなかった。

本記事でも、広告などで多く使われる「ARグラス」でなく「サングラス型ディスプレイ」と書いているが、それは、XREAL Air以降の製品がAR要素を減らして「より良く、気軽に使えるディスプレイ」として作られ、普及してきたからでもある。

この点については、シューCEOも認める。

Nreal Light

シュー:多くの人は異なる視点を持っています。XREAL Airは我々にとって2つ目の製品でした。最初の製品である「Light」を作った時、いろいろな教訓を得たんです。

AR機能を持つLightに、開発者は非常に興奮していました。当時考えたよりもずっと高い評価を得られたと考えています。

しかし消費者の多くは、AR機能を活用できませんでした。しばらく時間がかかりそうです。

ただ、この種の製品を日本や韓国、中国で販売した後、人々はそれを「拡張ディスプレイ」として使用する傾向がありまました。そして彼らは、そういう使い方を愛しています。

だとするならば、重要なポイントは「ディスプレイとしての使い道をより快適にすること」です。だからこそ、LightからAirへの移行は、私たちにとって重要な一歩でした。

コンシューマ向けへのシフトとして非常に成功した判断であり、実際にこれを成功させた最初の企業だと思います。

そしてご存じのとおり、すぐベストセラーになりました。日本、アメリカ、中国……。購入してくれた方々はたくさんいます。

もちろん、ディスプレイに特化したことにがっかりする人、「本物のARとは定義が違う」と言う方がいるのは理解しています。

しかし今は、出荷量を増やすことが、大きな価値と重要性を持っています。なぜなら大量生産のプロセスを修正していくために、サプライチェーンと話し合うのに本当に役立ったからです。私たちのサプライチェーンやパートナーは結果として、コストを下げ、品質を向上させることができました。昨年11月には、1か月で4万5000ユニットを出荷しました。

だからこそ、新製品の「Ultra」は重要です。

我々は再びセンサーを追加し、ARに本格的に取り組みます。そのためのセンサーも再び追加しました。私たちは、6DoFやARを使いたい人や開発者、そして、ディスプレイに使いたい人など、多くの人々にアピールできます。

もちろん、より幅広いコンシューマ向けには「Air」や「Pro」をアピールしていく戦略に変わりはありません。

チタンフレーム採用の「Ultra」、専用デバイスも開発中

ここで、新製品である「XREAL Air 2 Ultra」について、インプレッションをお伝えしよう。

XREAL Air 2 Ultra実機

この機種は以前の「Light」のコンセプトを引き継ぎ、Airシリーズの設計をベースに最新の技術を使ってリメイクしたデバイス、と言える。

光学系はAir 2と同じで、フレームはより軽いチタン合金。同社によれば、「この種の製品でコンシューマ向けにチタン合金を使うのは初」とのこと。

より軽く高級感を持たせるため、チタン合金フレームを採用

カメラは従来より小さいものがこめかみに当たる部分・左右についており、これで位置認識を行ない、いわゆる6DoFに対応する。処理自体はスマートフォンと接続して行なう。カメラなどの性能が上がったこと、処理系であるスマホ自体の性能も上がっていることもあってか、Nreal Light時代よりも、位置認識や手の認識の精度は確実に上がり、動作もスムーズになった。

インサイドアウト方式による位置認識向けにカメラを内蔵。カメラの径はLightより小さい、業界最小のものに

AR環境でのUIである「Nebula」もかなり進化していて、マーカーを使ってアプリ起動・ウェブやコンテンツの閲覧などを切り替えることも可能になっている。

デモとして、ARマーカーを使った操作も行なえた

現状、公式ページによれば対応デバイスは「Galaxy S22」および「S23」のみ、とされているが、これはあくまで「XREALとして公式に対応を確認したのがこの2機種のみ」ということである模様。性能が十分なハイエンドスマホであること、USB Type-C経由でDisplay Port Altモードで画像・音声が出力する機能があることなど、いくつかの条件があるのだが、これを満たしていれば問題はない。実際、CESのXREALブースでのデモでも、使われていたのはOPPOのスマートフォンだった。

なお、Ultraの活用については、シューCEOが1つ今後の方向性を語ってくれた。

シュー:現状はスマートフォンを利用しますが、実は、Androidをベースとしたオリジナルの専用端末も開発を進めており、こちらも使えるようになる予定です。

Lightの時は、最初は専用端末の開発を進めたものの、より手軽なのでスマホ接続に移行していきました。しかし今回は、独自の端末開発を進めていきます。これは最高のAR体験を提供できるものになるはずです。

CESの同社ブースで体験できた別のデモについても触れておきたい。

同社はEVを持ち込み、その中でXREAL Airを使うデモをしていた。それ自身はそこまで珍しくないが、ポイントは、ここで「スマホにつなぐ」のではなく、EV自体に直接XREAL Airをつないでいた、ということだ。

自動車内でXREAL Airを利用。実はスマホではなく自動車に直接つながり、自動車向けAndroidで制御されている

これはどういうことなのか?

今後増えるEVは、車内システムがソフトウエア定義されるものになる。その多くは、AndroidベースのOSを使うものになるだろう。だとすると、「自動車自体がAndroid機器になる」ということであり、スマートフォンより性能や電力面で有利な機器になる、ということでもある。

だとするならば、自動車の中でのエンタテインメント用ディスプレイとして、XREAL Airのようなサングラス型ディスプレイの価値が高まる……という発想なのだ。

iOS用AR環境にある「アップルの壁」。Windows版は最適化中

前述のように、XREALはAR環境のためのソフトとして「Nebula」を用意している。上位モデルの「Ultra」はもちろん、XREAL Airも、AndroidスマートフォンとNebulaを組み合わせることで、ARアプリケーションや3Dコンテンツを楽しめる。同社としては差別化要因としても、将来のAR要素を強化する上でも、Nebulaを重要なものとして捉えている。だから、専用端末の開発や自動車連携も視野に入れているのだ。

一方スマートフォンという意味では、「iPhone 15」の存在は大きい。インターフェースがUSB Type-Cになり、XREAL Airなどをそのまま接続してすぐに使えるようになった。この点は、XREALだけでなく、サングラス型ディスプレイを手がける全てのメーカーが、ある種の「追い風」として意識している部分だ。

だとすると、Android版だけでなくiOS版のNebulaを作る必要があるようにも思う。シューCEOは「強く興味を持っている」としつつも、現状では以下のような課題があると指摘した。

シュー:iOS版は作りたいのですが、課題は「それをアップルが認めるのか」という点です。Androidほど自由な開発ができるわけではありません。可能であればすぐにもiOS版を作りたいと考えているのですが、それには、アップルの姿勢が変わる必要があります。

では接続先として、スマートフォンや専用デバイス以外、すなわちPCやMacはどうだろうか?

シュー:もちろん、非常に可能性があると考えています。ですから、Nebula for MacやNebula for Windowsを提供し、PCのディスプレイ代わりに使うニーズも拡大します。ディスプレイを備えていない「スラブトップ型」の機器も増えていくでしょう。

先日から、Windows PCにXREAL Airを接続し、マルチディスプレイとして使う「Nebula for Windows」の公開も始まった。だがWindows版ではGPU負荷が高く、実質的に、高性能な外付けGPUが必須の状況だ。Mac版やAndroid版に比べ、利用のハードルが高い。この点について問うと、シューCEOは以下のように事情を説明する。

シュー:Windowsのためにソフトウエアのパイプラインを書き換えている最中です。現状我々のソフトウエアは、ARMとAndroidに最適化されており、他の環境ではまだまだ最適化が必要です。

光学デバイスの設計が鍵。今年後半の新製品ではさらに「高品質」に?

XREAL Airがヒットにつながったのは、十分に高画質なディスプレイ品質を備えていたためだ。マイクロOLED自体はソニーセミコンダクターから供給を受けたものだが、光学ユニットは自社製だ。

こうした部分はどのような流れで進んできたのだろうか?

シュー:我々は結局、自社で光学ユニットモジュールを構築する自社工場を建築しました。市場を見回しましたが、サプライヤーが見つからなかったため、要求を満たすモジュールを自ら構築し、2019年からは実際に自社工場を建設しています。サプライチェーンの他の人々や、KDDIの助けを借りて、何度かイテレーションを行ない、私たちに非常に高い水準を実現できました。現状、この種のモジュールを、この品質で大量出荷できるのは我々だけだと認識しています。

2018年に私たちがまだ立ち上がったばかりの頃、ソニーとの協業を始めたことが大きな転機になりました。緊密に協力し合い、多くのフィードバックを彼らにも与えてきました。もちろん、彼らから我々にも、多数のフィードバックがありました。お互いに改良を進めているような感じでした。結果として、マイクロOLEDの活用として、業界のゴールデンスタンダードになったと考えています。

AR向けのディスプレイは、今後も市場が拡大していきます。我々はさらに生産量を増やす計画を持っており、成長に自信を持っています。

今後はより価格も下がるでしょうし、高解像度・、低消費電力を実現し、すべての人に最高のディスプレイ体験を提供するための努力を続けていきます。

サングラス型ディスプレイを含む、光学シースルー方式のディスプレイは、視野の中で映像が占める割合、いわゆる「視野角(FoV)」が狭いという課題がある。視野の中心にしか画像が重ならないので、ARでは没入感・リアリティが低くなるという課題がある。そのため、Meta Quest 3やVision Proのような「ビデオシースルー方式」の機器の方が、視野の広さと現実との合成を、より違和感の低い形で実現しやすい。

この課題をどう考えているのだろうか?

シュー:現在のARは、スマートフォンの初期のようなものです。様々な製品があり、どれが勝ちを収めるかはわからない。すべては消費者が決めることです。

我々は近い未来に起きることに非常に興奮しています。非常に多額の投資をしてきましたが、光学エンジンについて、我々はブレイクスルーを達成しました。

ただ我々の狙いは、将来のビジョンで人々を驚かせ続けることではありません。最初から狙っているのは同じこと。本当に小さなフォームファクターのデバイスを提供する、という点です。ですから、その原則を外してまで視野を大きくする必要はありません。

ですが、です。

今年の後半に新製品をリリースしたいと考えているのですが、そのときには、今よりも質の高いフィーリングを実現したいと考えています。

現状、サングラス型ディスプレイには競合も増えている。また、もうすぐアップルも市場参入する。この競合状況をどう見ているのだろうか?

シュー:競争は大歓迎です。その中で我々は、最高のものを作るために投資してきました。今後もそれは継続し、顧客のために良い製品を作ります。

アップルが参入することも、非常に良いことです。最終的には業界全体の助けになると思いますし、注目度は過去に比べ、ずっとずっと大きくなるでしょう。

私は、アップルは過去数十年で最高のIT企業だと思います。彼らは自分たちが何をしているのかを知っています。ですから私たちは、彼らが業界全体に空間コンピューティングの基準を打ち立ててくれることを期待しています。

しかし、市場は初期段階であり、複数の企業が併存するスペースが十分にあるのは間違いありません。私たちは、より多くの人々がこのジャンルに参加して、より多様な世界を作ってくれることを願っています。

その受益者はお客様ですからね。

そして我々としては、繰り返しになりますが、最終的には非常に軽量なARデバイスを作り、市場に提供していきたいです。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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