西田宗千佳のRandomTracking

第584回

「Apple Vision Pro」日本発売、どんなところが変わっていくのか

6月28日に発売する「Apple Vision Pro」。価格は599,800円から

日本でのApple Vision Proが発表された。

WWDC・基調講演での最大の話題は「Apple Intelligence」だったとは思うが、新しいハードウエアが日本で提供されること、特にAV機器としての価値は高い。

筆者は2月にアメリカで販売が開始された際、ハワイに行ってひと足さきに実機を購入している。そのレポートなども本連載で公開しているが、今回は改めて「Vision Proの持つ価値」を、日本語版の詳細や新バージョン「visionOS 2.0」の概要も含めて解説していきたい。

日本版は今月発表、OSもストアも日本対応

今回基調講演では、アメリカ以外に、日本を含む10の国と地域でVision Proが発売されると公表されたが、そのうち日本・中国本土・香港・シンガポールは6月28日から発売で、先頭グループに入った。

日本では6月28日に発売

現状、アメリカで発売されているVision Proには「visionOS 1.1」が入っていて、こちらは基本的に英語版。AppStoreを含むアップルのコンテンツストア群もアメリカのものだった。

だが日本発売版では、visionOSは「1.2」となり、日本語を含む各国語に対応。ストア類も同様に、日本など各国で発売に合わせて対応が始まる。だから問題なく日本ですべての機能が使えるのはもちろんだが、日本で必要とされるiPad版アプリがVision Proで使えるようになる可能性が高いので、非常に期待している。

なお、visionOS上でiPad版アプリを動かすには、アプリデベロッパー側が「Vision Pro向けにもアプリを公開する」オプションをオンにしておく必要がある。デベロッパー側としては動作確認など大変なことも多いとは思うが、ぜひ「Vision Pro向けにも公開するオプション」はオンにすることをご検討いただきたい。

Vision Proで使えるiPhone・iPadアプリも増加中。日本でもぜひ対応強化を

ハードウエア的には、アメリカ版も日本版も変更はないようだ。アメリカ版向けにも、OSアップデートとともに、日本国内で運用するためのいわゆる「技適マーク」がソフトウエア上で表示されるようになっている。ただし5GHz帯については、W52およびW53のチャンネルを使っており、室内運用専用とされている。

Vision Proの意味を改めて復習

Vision Proはかなり高価だ。筆者が今年2月にハワイで買った時には、3,500ドル+ハワイ州税(4.16%)・1ドル約150円だったので、54万7,000円弱かかっている。それにホテル代・飛行機代などがかかっており、実際にはもっと高いわけだが。

日本版は税込で599,800円からだから、円安が進行したせいか、若干高くなった感じがするのが世知辛い。どちらにしろ非常に高価な製品であり、なによりもそれが大きなハードルである。

掲載済みである3本の購入レポートをお読みいただければ、この価格だけの価値をどう判断するかが見えてくるだろう。

高くて重いが、画質・操作性の面では現状最高のXR体験ができる「空間コンピューティングデバイス」というのが筆者の意見だ。2つのマイナス要素から、現状の製品を購入するに至らない人が大半だとは思う。しかし、特にコンテンツ体験という意味では、Vision Proの品質は圧倒的に高い。

筆者が考える利点は「自然さ」に尽きる。要は「精細かつ操作が簡単」ということなのだ、それを一言にまとめると「自然」という言葉になる。

空中に大画面で浮かぶ映像の画質は高く、テレビやプロジェクターにかなり近い。Vision Proは周囲の風景が見える「Mixed Reality」デバイスだが、その風景も現実そのまま……とは言わないものの、数分もすれば違和感がなくなるくらい解像感・発色がいい。

多くのコンテンツを自然な形で楽しめるのが特徴

視野(FoV)は90度前後でXR機器としては狭めではあるが、画像の歪みなどもほぼ感じられず、つけたまま家の中を歩き回っても、机の角に小指をぶつけるようなことはない。

操作は視線と指が基本。目線をポインティングデバイス、親指と人差し指を合わせる「タップ」動作がクリックに相当すると考えるとわかりやすい。手を操作する位置に持ち上げてタッチしたり、コントローラーでさし示してボタンを押すのに比べ、こちらも「自然」でわかりやすい。

一方、ゲームにおけるコントローラーとタッチ操作の関係と同様、「なにかをもたねばならないが確実な精度=コントローラー」と、「なにも持たずにすぐ使えるがズレなどもある=視線とハンドコントロール」というジレンマの関係は存在する。

新鮮な体験はできるがそれゆえに課題もある、というのがVision Proの現状……と言える。

短期間で新機種が出るものではない、とは思うが、初期のスマートフォンやタブレットがそうであったように、次の製品でのジャンプアップは大きなものとなるだろう。

「visionOS 2」でVision Proは本領発揮

そんなVision Proだが、今秋には新バージョン「visionOS 2」が登場する。

今秋にはvisionOS 2が登場
visionOS 2の機能一覧

実のところ、visionOS 1の完成度は低かった。日本語非対応という点を差し引いても、あるべき機能が足りなかった。

なにしろ、ランチャー画面でアプリの並べ替えさえできなかったくらいで、「最低限必要な部分をとにかくまとめただけ」の存在に思えた。それでも自然な操作感なのが面白いところなのだが、OSの機能面で「足りない」と感じることは多かった。

visionOSの機能アップの中でも派手で目立つのは「Macを連携させた時、ウルトラワイド画面に対応すること」だ。今年末までの実装となるが、4K相当1画面から4K・2画面相当に広くなる。

Vision Pro内では、Macを4K・2画面分のウルトラワイド画面で使えるようになる

手の認識が30Hzから90Hzになって精度・遅延が改善する他、メインメニューやコントロールセンター、ステータスの呼び出し操作のジェスチャーも改善し、使いやすくなる。

時計やバッテリー残量などの呼び出しに新ジェスチャーを追加

そしてコンテンツ面で大きく変化するのが「空間フォト」「空間ビデオ」の扱いだ。

Vision Proでいわゆるステレオペアの立体ビデオである「空間ビデオ」を見るのは、visionOS 1の段階でも楽しく、非常に価値のある機能なのだが、visionOS 2ではさらに手軽になる。2Dの(すなわち普通の)写真を3Dの空間写真へ変換する機能が搭載されるからだ。そうしたことを外部アプリやサーバーで行なうことは今でもできるが、「写真」アプリ内で気軽に行えるのは大きい。

2Dで撮影された写真を3D化して「空間フォト」として楽しむ機能も
空間ビデオはVision Proの重要な魅力のひとつ

また空間ビデオの編集は意外と難しかったのだが、「写真」アプリ内でのトリミングができるようになる他、アップル製のビデオ編集アプリである「Final Cut Pro」でも編集可能になる。

空間ビデオ撮影用ツールとして紹介されたのが、キヤノンの3D撮影用レンズ「RF-S7.8mm F4 STM DUAL」だ。

キヤノンの3D撮影用レンズ「RF-S7.8mm F4 STM DUAL」

このレンズは空間ビデオ用として初めて認証を受けた製品となり、ミラーレス一眼で手軽により高画質な空間ビデオを撮影するものになる。

空間ビデオ「Apple Immersive Video」も本格化

さらに、アップルが提唱する空間ビデオ規格である「Apple Immersive Video」への取り組みが本格化する点にも注目しておきたい。

アップルは動画配信サービス「Apple TV+」の中で、Vision Pro向けの3D動画を多数提供している。映画が中心なのだが、それに加え、Apple Immersive Video作品も増えてきた。

迫力のある空間ビデオを楽しむ「Apple Immersive Video」を増やし、Vision Proの魅力拡大を狙っている

Apple Immersive Videoはいわゆる「180VR」に近いもので、ステレオペアで視界180度を覆う映像を提供するものだ。視点を中央に固定している3D動画(空間ビデオ)と違い、Apple Immersive Videoは「視界を見回す」ことができるので、非常に迫力のある映像になる。

Vision Proのディスプレイ解像度でも見劣りしないものを作るには、相応のスペックのカメラで、良いレンズを使って撮影する必要が出てくる。

これに合わせてBlackmagic Designは、Apple Immersive Video撮影用のシステムである「Blackmagic URSA Cine Immersive」を公開した。

こちらは年内に発売を予定しており、片目8,160×7,200解像度・90Hzという高品質な立体動画撮影を実現する。

アップルとしてはプロにApple Immersive Videoを作ってもらい、同社の映像配信で広げていきたい……と思っているのだろう。そうやって出来上がったコンテンツは、Vision Proだけでなく他のXR機器でも見られるようになってくのは間違いない。

アップルという大きなプレイヤーの参加によって、没入感のある新しいコンテンツ制作の後押しが始まっている、と考えるべきだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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