西田宗千佳のRandomTracking

第578回

Apple Vision Pro買ってきた日記 2日目:飛行機内で映画体験。オーディオビジュアルは上質

Vision Pro実機。ちなみにストレージは256GBモデルで3,499ドル

Apple Vision Pro(以下Vision Pro)購入日記2日目をお送りする。

初回はこちら。

本誌は「AV Watch」なので、オーディオビジュアル周りが気になる人が多いはず。筆者ももちろん、その部分を重視して購入している。

今回は、ホテルから帰国準備をしつつ、機内で映画などを視聴してみた。

なお、Vision Proには日本国内で使うために電波法上定められた「技術基準適合証明」が明示されていない。そのため、総務省の「技適未取得機器を用いた実験等の特例制度」の活用を含め、適切な配慮のもと利用している。

また、Vision Proは現状、アメリカ市場のみで売られている。そのため、利用には「基本的に」アメリカ向けに発行されたApple IDが必要になる。

厳密にいうと、機器のセットアップだけなら日本向けのApple IDでも使えるのだが、アメリカ向けIDでないとVision Pro向けAppStoreが使えない。Apple TV+やApple Musicのコンテンツについては、日本のIDのものも使えるのだが、購入などについては、AppStoreと同様、アメリカのIDが必要になる。

そのため本記事を含むVision Pro関連記事では、特にことわりのない限り「アメリカ発行のApple ID」を使っている。日本語未対応問題・技適未対応問題を含め、「現状、日本での利用は勧められない」理由はここにある。

ただ、製品として非常に価値の高いものなので、今後日本向けの発売が始まった時の参考としてお読みいただきたい。

写真や空間ビデオでも感じる「隔絶したオーディオビジュアル体験」

昨年6月にVision Proを体験した時、筆者として大きな衝撃を受けたのが「オーディオビジュアル体験」だ。とにかく、映画や写真を見るのが楽しいのだ。

目に感じられる解像感が高く、ドット感が皆無であるので、「現実世界で写真を大写しにしている」ような感覚で楽しめる。

せっかくハワイに来たので、iPhone 15 Pro Maxで写真と空間(3D)ビデオをたくさん撮影した。それらを見たが、実にいい。

iPhoneで撮影した写真と空間ビデオをVision Proで体験

記事上の写真では空間として体験できないため、空間ビデオの再生画質は特に分かりづらいだろう。Vision Proの場合、動画の周囲を少しぼかしている。実はこれが見やすさにもつながっている。

前回の記事でも少し紹介したが、いわゆるパノラマ写真の表示もできる。iPhoneで撮影したパノラマ写真が最適だ。かなり画質も臨場感も良い。

iPhone 15 Pro Maxで撮影したパノラマ写真を体験

サングラス型ディスプレイやVR用HMDと比較すると……

ただ現在はXREAL AirやViture Oneなどのサングラス型ディスプレイ、Meta Quest 3のようなVR用HMD(ヘッドマウントディスプレイ)でも視聴が可能になっていて、「3Dで思い出を楽しむ」こと自体はできる。正直「できること」で比較するなら大差ないわけで、「Vision Proだからできること」と表現するのは言い過ぎだ。

とはいえ、やはりVision Proだと別格の体験ではある。

それは画質がいい、ということだけにとどまらない。空間の中に画像・動画を配置する体験も、画像・動画再生に入ったときに周囲が自然と暗くなることも、空間ビデオを再生した時の自然さでも、OS上の配慮を含めた「ちょっとした工夫」の積み重ねが、体験としての快適さを別格なものにおしあげている。

さらに、Apple IDで連携した他の機器、例えばiPhoneなどから「写真(Photos)」アプリへと自動的に写真・動画が共有されることや、AirDropを使って機器同士で画像などのデータを簡単にやりとりできることも、他のプラットフォームに対する体験上の優位性となっている。

iPhoneからVision Proへ画像を送ったり、その逆をしたりもできる。AirDropという「アップルの統一環境」ゆえの簡単さだ

Vision Proの良さは、結局のところ、「アップルがこれまでに積み上げてきたもの」を一気にぶち込んでいるから生まれている……といっても過言ではない。

逆に言えば、アップルのエコシステムにいない人にとっては、魅力の一部が欠けることにもなるのだが。

映画も機内で楽しんだ。ハワイ行きの飛行機内では XREAL Air 2 Proを使って映画を見ていたが、帰りはVision Proを使って見ることにした。

両者の違いは明確だ。顔を覆うこと、頭に対する重量、見栄えなどはXREAL Air 2 Proのようなサングラス型ディスプレイの方が気軽だ。そして意外と、画質もかなりいい。3D映画はともかく、2Dでの満足度は高い。

XREAL Air 2 Proをかけた時の状態。やっぱり自然さ・気楽さではこちらが優位
Vision Proをかけた時。やはりちょっと大袈裟で、まだ見慣れない感じ

一方、意外に思われるかもしれないが、飛行機内での取り回しではVision Proに軍配が上がる。

サングラス型ディスプレイの場合、操作にはどうしても「つながっている本体」を使うことになる。だから常に膝などの上においておく必要があり、邪魔だ。操作もしづらい。また、電源を取りながら長時間使うとなると、ケーブルが増える。

XREAL Air 2 ProをiPad miniに接続。シンプルではあるのだが、操作するデバイスが別にあるのは面倒。そして、電源につないで使うとさらにケーブルなどが2本増える

Vision Proもケーブルが煩雑といえば煩雑なのだが、操作用のデバイスはないし、バッテリーと電源は、つないだらもう触らなくていい。意外とシンプルである。

Vision Proの場合。実は意外とシンプル。外部電源をつなぐ場合も、ここにケーブル+電源が増えるだけ

圧倒的な映画鑑賞体験。特に3D映画は最高

映画などの画質はどうだろう?

前述のように、Apple TV+のコンテンツを含め、アップルのストアからはちゃんと動画も配信されている。これまで通り、2Dの4K・HDR対応作品ももちろん、アメリカの場合、3Dの作品も新たに配信がスタートしている。

Apple TVでは3D映画など、Vision Prom向け配信もスタート

その他、Amazon Prime VideoやDisney+の配信アプリ、NBAの配信アプリなども用意されていて、最初から「映像が1つのウリ」になっているのは明白だ。

今回は主に、Apple TVとDisney+で体験した。Apple TV向けのコンテンツはアメリカ向けIDで決済したものを視聴しているが、Disney+については日本向けのアカウントでそのまま視聴が可能だった。

Disney+での配信も見られる。日本アカウントからでも、3Dの映画は視聴可能

画質は素晴らしいの一言だ。

大画面で映像を見る、という要素は他のHMDやサングラス型ディスプレイでもできる。どれも進化はしていて、悪くない体験だと思っていた。

だが、Vision Proのそれははるか上を行く。重さや顔への圧迫というマイナス点はあるものの、良質なテレビやプロジェクターでの大画面体験にひけをとらない。

特に3D映画はすごい。

映画館などや3Dテレビで見るよりずっといい「3D体験」ができる。

PlayStation VR「1」にはBlu-ray 3D再生機能があった。筆者的には、過去から今まで、あの環境で見る3D映画がベストなクオリティだと感じていた。

だが、Vision Proでの体験はそれを軽く超えていく。Blu-ray 3Dの解像度・PSVR1の解像度という技術的制約が、配信+高解像度パネルを使ったVision Proの登場で一気に変化した。コンテンツ量にまだ制約はあるが、最新の高画質コンテンツが揃った形で、だ。しかもDisney+は、同グループのコンテンツという縛りはあるものの、サブスクの中で3Dも追加料金なしで見られる。Apple TVで過去に買ったコンテンツも、3D版が無料追加される。

これは、3D映画も好きなファン的にはたまらない。

過去のHMDでは、どうしても映像配信への取り組みがいまひとつだった。正確にいえば「他社任せ」な部分が強かった。しかしアップルの場合、自社が配信事業をやっていること、ディズニーグループとの関係が深いことなどから、かなり本気で最初から取り組んでいる。

残念ながら、映画などのコンテンツは著作権保護の関係から、表示したままキャプチャすることができない。「黒塗り」になってしまう。

著作権保護されたコンテンツの視聴中にキャプチャしても、このような「黒枠」になるだけ

イメージとしては、アップルが公式に公開しているPVの13秒目からの映像に近い。こうした映像は、過去のAR機器では「PV詐欺」に近いくらい現実とイメージが乖離していたが、Vision Proのそれは、ほぼ実際に「このまま」実現されている。

動画や写真を見るときには、映像以外の周囲が自動的に少し暗くなる処理が入っているのだが、映画などの場合、「シアター」背景を使うとさらに暗く、没入感のある状況になる。

「シアター」背景。といっても映像部分が黒になっているので分かりづらいだろうが、椅子のない試写室のようなシンプルな部屋が出てくる。あまりに分かりづらいので、この画像は床が見えるよう、少しだけ明るく補正している

この背景(Environment)は基本的にアップルが用意しているもので、全体が3Dオブジェクトで作られている。だから恐ろしくリアルだ。月面を含む、世界の風景の中で作業したり映画を見たりできるわけだが、映画ならやっぱり「シアター」、ということで、映画再生専用に用意されているものだったりする。

Vision Proでは、シースルーの風景でなく「Environments」を背景にすることも可能。3Dで作られていて非常にリアル

なお、Disney+ではさらに専用の背景が用意されている。Disney+の専用劇場やアベンジャーズ・タワー、タトウィーンの中で映画が見られる。

Disney+の専用劇場というイメージの背景
アベンジャーズ・タワーで映画を見ることもできる

そして、これらの専用シアターは、上映が始まると自動的に暗闇の中の風景に変わる。

コンテンツ部が黒くなっているので分かりづらいが、これはアベンジャーズ・タワーで映画視聴中の画面。周囲は夜になって暗くなっている

飛行機の中でも映画を堪能

……といったところを検証しているうちに帰国時間も近づいてきたので、映画の残りは飛行機の中で楽しむことにした。

機内でVision Proをつけて映画を楽しむ

Apple TVのコンテンツもDisney+のコンテンツも、本体にダウンロードしておいて機内で楽しむことができる。もちろん3D作品もだ。

Disney+で3D映画をダウンロードして視聴

ではどんな風に見えるのか。以下の画像のような感じだ。

再生中の画面。表示サイズなどのイメージがお分かりいただけるだろうか

部屋で見ている時と同じように、空中にしっかりと映像が見える。サイズも表示位置も、おおむね自由に変えられる。映像のサイズや距離感もかなり自然だ。

素晴らしいことに、飛行機が動き始めても映像はまったくぶれない。乗り物の中で使うための「トラベルモード」にするとより安定する。

飛行機などの移動する乗り物に乗っている場合には「トラベルモード」をオンに

内蔵のスピーカーも非常に音質が良いのだが、その分派手に音漏れもするので、飛行機内ではヘッドフォン着用が前提となる。今回はAirPods Maxと第2世代AirPods Pro(USB-Cモデル)を用意してきた。後者は新たなロスレス・ハイレゾ接続に対応とのことだったが、正直差はよくわからない。後日もう少し検証してみたい。今回についてはAirPods Maxで楽しんだ。音質的には十分だ。

音の再生にはAirPods Maxを使った

飛行中暗くなると、周囲は見えにくくなる。シースルーでも、キャビンアテンダンドさんの顔が見えないくらい画質が落ちる。

機内が暗くなっても視聴
ほとんど暗闇に見えるが、実は前にCAさんがいる。肉眼より暗い

実はこうなると、手や周囲の状況を認識するセンサーの動作も悪くなる。ちょっとした盲点だった。とはいえ、映画を見る上での操作くらいはできるのだが。

手元のスマホ(下部・黒字に白の文字)を見つつ、Vision Pro内でX(旧Twitter)をしてみる。暗闇なので周りは見えないが、スマホの画面は問題なく読める

主要アプリがいくつか不足気味

報道などもされているが、YouTubeやNetflixはアプリを出していない。Vision Proでは専用アプリだけでなくiPhone/iPad用アプリをそのまま使うこともできるが、この両者については、Vision Pro専用だけでなくiPad用をVision Proで使うオプションもオフにしているので、「アプリが提供されていない」わけだ。

それらのサービスが使えないわけではなく、ウェブから視聴は可能。しかし、YouTubeに公開されているVR180形式などの動画は見られないし、Netflixの場合、ダウンロード視聴ができないという制約もある。iPad版アプリをそのまま公開する形でもいいので、両社は検討をしてほしい。

なお、「アプリがない」という意味では、電子書籍アプリも不足している。具体的にはKindleがない。アメリカ市場向けだから、日本のコミック系アプリもない。Apple Booksはあるのだが。

この辺も充実が求められるところではある.

Foveated Renderingを活用して「体感画質」と「パフォーマンス」を両立

最後に画質関連について、技術的な補足もしておこう。

Vision Proは非常に解像度の高いディスプレイを採用している。スペック的には片眼それぞれに4K近くの解像度を割り振っている。さらに高精度なレンダリングも行なわれているので、表示はきわめて美しい。

だが、単純に解像度が高いから美しいのではない。視野周辺の解像度を下げ、演算負荷を減らす「Foveated Rendering(中心窩レンダリング)」を採用し、パフォーマンスの維持を行なっているために「美しいまま、コマ落ちなどを一切させない」状態で表示しているのだ。このテクニックは多くのHMDで採用されているが、視線認識のあるデバイスでは特に有効である。

次の画面は、視野中心と周辺を拡大してみたものだ。スクリーンショットをよく見ると解像感がかなり違うのだが、実際に使っている時にはほぼ分からない。

先程の画像をもう一度。よく見ると、鮮明な部分とそうでない部分がある
視野中央の鮮明な部分
同じ面積で、画面上端の不鮮明な部分を。これだけ画質は違うが、使っている本人は気づかないし、ほとんど気にもならない

当然。このことはAV品質にも影響しているわけだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41