西田宗千佳のRandomTracking

第583回

高輝度・高画質なメガネ型デバイスを目指して。創業者に聞く「VITURE」の未来

VITURE創業者で代表取締役のDavid Jiang氏。手にしているのはVITURE Proとその限定版

サングラス型ディスプレイメーカーである「VITURE」は、3つの新製品群を発表した。

1つは高輝度化を中心とした改善を行なった新モデルである「VITURE Pro」。次にコントローラーメーカーである「8Bitdo」とのコラボレーションモデルである「VITURE Pro Controller」。そしてVITUTE Mobile Dockの改良版だ。

新製品の特徴については別途ニュースも掲載されているので、そちらも合わせてご覧いただきたい。

新製品のプロモーションのために来日した、VITURE創業者で代表取締役のDavid Jiang氏に色々と話を聞いた。話題は新製品についてだけでなく、生まれた背景や今度の製品の可能性、市場動向まで多岐に渡った。

新型「VITURE Pro」とはどんな製品か

今回の新製品の中でも、やはり注目は「VITURE Pro」だ。外観的には若干の違いしかないが、画質はかなりの向上が見込まれる。使われているマイクロOLEDディスプレイが変更になり、光学系にも若干の変更が行なわれたためだ。

VITURE One(左)とVITURE Pro(右)。外観で見分けるのは非常に難しいが、ロゴがシルバーからオレンジになっていることでわかる。
ロゴがシルバー(VITURE One)とオレンジ(VITURE Pro)の違いがあるが、よく見ると、サングラス部の透過度や色味も違っている。
ケースはどちらもほぼ同じ。凹みのある左側が、VITURE Oneのものだ(筆者私物であり、長く使っているため)

VITURE Oneの輝度はスペック上1,800nitsとされていたが、VITURE Proでは4,000nitsに変わる。この数値はデバイス上のもので、実際に目に届いた時の明るさではない。だからかなりわかりづらいのだが、VITURE Proでは目に届く際にも1,000nitsを超えるという。

ひと足さきに試作品を使っているが、確かにかなりはっきりと明るくなった。旧モデル・VITURE Oneも画質はそこまで悪くなかったが、発色や黒の締まりという点で今一歩、と感じる部分があった。VITURE Proでは画像はよりクリアーで見やすくなっている。黒の締まりも改善されているようだ。

同時にVITURE Proは、視野(FoV)が43度(VITURE One)から46度へと若干大きくなっている。

Jiang氏によれば、VITURE Proでは「ソニーのマイクロOLEDを使っている」という。ソニーセミコンダクタによる最新のマイクロOLEDを採用したことが画質向上につながったようだ。画面の中央から端までクリアーな画質が維持されており、非常に見やすい。

もう一つ大きな違いと感じるのが「グラスの光遮光率」だ。従来は「5%と40%」だったが、Proでは「0.5%と40%」になった。すなわち、より周囲を透過させてみられるようになったわけだ。0.5%だと「ほんのり暗い透明」くらいの印象。かなり視界がクリアーになったと感じる。

Jiang氏は「我々はデバイス設計上、鮮明さ(clarity)を重視している」と話す。映像体験としてもそうだが、細かな文字を読むには鮮明さが重要だからだ。VITURE Proへのアップデートは、画質・鮮明さ重視という方針をよく反映している。

市場は急成長、ソニーとの連携で高輝度・省電力を実現

「Pro」と名付けられているものの、VITURE Proの価格は、これまでのVITURE Oneと大差ない。VITURE Oneが値下げされ、VITURE Proは価格を据え置いたわけだ。

VITURE Pro自体はディスプレイを変更しただけでなく、設計もかなり見直した製品であるという。

例えば「オンスクリーンディスプレイ(OSD)」。VITURE Oneでは輝度を変更しても「いまどれくらいなのか」は感覚的にしかわからなかった。しかしVITURE ProではOSDを新設、輝度変更がバーの長さで把握できる。

このジャンルはライバルも多く競争が激しい部分ではあるのだが、製品の改善にはかなり自信を持っているようだ。

Jiang氏(以下敬称略):我々は製品の改善に多くの時間を費やしています。

クラウドファンディングからビジネスをスタートしましたが、現在は売り上げが大きく上昇しているところで、多くの部材を発注できるようになりました。だから価格は下がってきているわけです。

サプライヤーであるソニーとも良い関係を築いています。今回からソニーのデバイスを使うようになりました。

彼らは戦略的パートナーであり、この業界をリードしていると考えています。なぜなら、彼らのロードマップを知っているからです。同様にBOEのロードマップも知っていますが。ソニーのデバイスはブランド化しており、この種の市場をリードする存在です。ソニーはより明るいマイクロOLEDを作ろうとしており、業界をリードしていくでしょう。

また、GAKTさんとのコラボモデルのように白いボディのものを作るのは大変です。なぜなら、我々の製品のボディはプラスチックではなく、アルミとマグネシウムの金属をCNCで加工したものですし、完全な白の調色はなかなか難しいですから。

GACKTとコラボしたマシュマロホワイトモデル

個人的に、現在のサングラス型ディスプレイの不満点は「消費電力」だ。スマホにつないで使うとそれだけ電力を食うため、動作時間が短くなってしまう。この点も今回のモデルでは改善が図られているという。

Jiang:以前のモデルは表示に1.8Wを消費していました。しかし新しいモデルではさらに低くなっていますし、将来のモデルではもっと低くなると期待できます。

また、システム全体の最適化も行ないました。ツルの中にはPCBボードが入っていますが、こちらも刷新し、消費電力を下げています。

スマホアプリは操作性改善、Windows向けは「6月にリリース」

ソフトウエアでのサポートは、この種のデバイスにとって重要な要素だ。VITUREでは、その種のサポートアプリケーションに「SpaceWalker」というブランド名をつけている。

スマートフォン(Android、iOS)向けのSpaceWalkerについては、従来、レーザーポインターのように「1点を指し示す」形で操作していたものを、スマホ画面をタッチパッドに使うようなやり方に変更になった。これは「ユーザからの要望が強かったため」(Jiang氏)だそうだ。

iOS版SpaceWalkerの画面。動画や写真の閲覧などに使える。中央にあるのが、タッチパッドモードで使うカーソル
従来は本体をレーザーポインターのように使って操作していたが、新たに「タッチパッドモード」が追加に

MacとWindows向けのSpaceWalkerも用意される。こちらはPC/Macの画面を空中にピン留めし、仮想的にマルチ画面として使うためのアプリケーションだ。同じようなものはXREALも 導入しているが、SpaceWalkerの場合には、 縦画面と横画面を混ぜて配置できるのが特徴になっている。

Mac版のSpaceWalker。Appleシリコン対応のMacにインストールしてVITUREをつなぐと、仮想画面内でワイドディスプレイやマルチディスプレイを実現する

またアップデートにより、「頭を下げたら画面を透過させる」設定も追加された。要はキーボードなどを見るとき自動的に視界が透明になるので、画面が邪魔にならないわけだ。首を挙げるともちろん元に戻る。

SpaceWalkerのメニュー。画面設定を簡単に切り替えられるが、中央にある「頭を下げると透明になる」という項目に注目

現在はMac版が公開されている状況だが、今後Windows版も提供される予定だ。

ここで気になる点がある。ライバルであるXREALの場合、Windows版ではNVIDIA GeForce RTX3060以上を搭載したPCが推奨となっている。それより低いGPU性能でも動くが、GPU負荷はかなり高い状態になる。

ではVITUREはどうか?

Jiang:現在6月の公開を目指して開発が進められています。まずはDiscordのコミュニティでベータ版を公開し、テストすることになるでしょう。

必要な性能については、現状7年前のノートPCで動作することを目指しています。多くの人がラップトップを使っているので、あまり高い性能を求めないようにターゲットを定めています。

これはちょっと嬉しいニュースだ。

来年には視野角改善・軽量化モデルを準備

新製品が発表されたところでまだ気が早いと言われそうだが、今後の製品の方向性はどうなっていくのだろうか?

Jiang氏に質問をぶつけてみると、意外なほど詳細な回答が返ってきた。

Jiang:2つの方向性があります。

1つは現行の製品をより薄く、軽くすることです。そうすれば、多くの人がよりカジュアルに利用可能になります。

もう一つはより広いFoV(視野角)や高い解像度など、現在よりも遥かに、遥かに優れたビジュアル品質を実現することです。

どちらも来年以降の製品として開発を進めています。

ここで少し解説を加えながら、Jiang氏の方向性を語っていきたい。

Jiang氏は次世代製品での光学系を「バードバス + ウェーブガイドのハイブリッド方式だ」と説明する。

現在のサングラス型ディスプレイは、ほぼ全ての製品がバードバス方式を採用している。これはハーフミラーでディスプレイから目へと光を導く方式で、構造がシンプルであることが利点と言える。一方、機構を大きくしないと視野角を大きくしづらい。だからサングラス型ディスプレイは、視野角(FoV)が46度程度とかなり狭めになっている。

一方、「導光板」という技術を使って光源から瞳まで光を導くのが「ウェーブガイド」だ。小型化が容易だが、品質を保ったものを量産するのが難しく、現状ではコストがかかる。

VITUREの次世代モデルでは2つの技術を組み合わせることで「FoV70度」を目指す。すでにプロトタイプは出来上がっている、とJiang氏は話す。

Jiang:FoV拡大をしつつも、鮮明さは最優先で考えています。すべての領域で鮮明さが維持できなくてはなりません。

現状、競合製品の中には視野の端がぼやけているものもあります。我々は、今回発売した「VITURE Pro」でも全域で鮮明さを確保していますし、次世代製品でも同様です。その上で、FoVを70度まで拡張します。

もう1つの方向性についても明確な目標があります。現在の製品は77gですが、これを67g以下にできないか、検討中です。厚みもさらに薄くします。

また、これはかなり先のビジョンではあるが、現在のマイクロ「OLED」の利用は理想的なものではない、ともいう。

Jiang:消費電力を考えると、マイクロOLEDは課題を抱えています。我々の予想では、マイクロ「LED」になれば、消費電力は10分の1になると予想しています。もちろん、マイクロLEDを採用する準備はまだ整っていませんが……。

ビデオシースルーは「大手のやり方」、あくまでユーザーのニーズを重視

現在のXR機器には2つのトレンドがある。

1つは、VITUREも含めた「サングラス型ディスプレイ」的なものに付加価値をつけて改善を進める方法。こちらは半透明なディスプレイの映像を実際の風景に重ねる「光学シースルー方式」と言える。

そしてもう1つが、外部を認識するカメラを搭載し、視野の広いHMDの中に、現実の風景とCGによる映像を重ねてMixed Realityを実現する。こちらは「ビデオシースルー方式」と呼ばれ、Meta Quest 3やApple Vision Proが採用している。

VITUREはビデオシースルー方式に興味はないのだろうか? 答えは「ノー」だ。

Jiang:ビデオシースルー方式は、大企業が力を入れるものだと思います。実現するためには、システム全体を一体で開発せねばなりませんから。結果として3,500ドルという高価なものになる。

ビデオシースルー方式の持つミスマッチは「全員がVRの機能を持っていないといけない」という点です。消費者は映画を見られればいい、ゲームができればいいと考えています。また、まだVRコンテンツ的なものは非常に少ない。

だから現状、(スマートフォンなどをつなげるディスプレイに特化した)この形式が理にかなっていると考えます。価格を安くまとめられますからね。

VITUREはゲームの利用に力を入れている。手にしているのは新製品の「VITURE Pro モバイルドック」(左)と「VITURE Pro Controller」(右)

ただし、(スマートフォンアプリの)「SpaceWalker」を使えばAR的なことはできます。流動的な構造で製品を開発していきます。また、アップルのように没入型のコンテンツを供給していく準備も進めています。

来年のモデルでは、本体に2つのカメラを搭載する予定で、これによって6DoFを実現します。

AIの活用はメガネ型デバイスでより重要に

では、Jiang氏が考えるもっとも手強いライバルはどこなのだろうか?

彼は即座に「Metaだ」と答える。「彼らは西部開拓時代の感覚でディスプレイを作っている」と、市場開拓精神を高く評価する。

Jiang:現状、彼らが作っているのは我々と違い、様々な用途を目指したものです。しかし、3年後・5年後には競合しているかもしれない。その時のために、我々も技術の種を探し続けなくてはいけません。

他方、Metaを評価する理由は「AIの活用」に積極的だからでもある。

VITUREもAIを重視している。新製品ではないが、すでに発売済みのAndroid搭載デバイスである「ネックバンド」にも、AIを使った機能を搭載する。

ネックバンドの上ではAndroid向けのゲームの他、PlayStationやXbox、Steamのリモートプレイも行える。それらをプレイ中に、GPT-4のマルチモーダル機能を使って「どんなゲームをプレイしているのか」を認識した上で、声で「そのゲームのヒント」をたずねる機能が搭載される。まずは英語でのテストが行なわれ、その後日本語でも実装される予定だという。

Jiang:今回はネックバンドの新製品を同時にリリースしませんが、年末に新しい製品を予定しています。こちらでは5G対応を検討していますが、多くの携帯電話事業者が興味を持っています。また、ネックバンドの中にハンドジェスチャーを認識する機能を搭載するつもりです。

AIに関して言えば、弊社はすでに多くの企業から連絡を受けています。なぜなら、彼らにとってはメガネ型デバイスが究極の「現実キャプチャツール」だと考えているからです。

また別の面で言えば、AIによるコンテンツ生成も重要です。モノクロがカラーになったように、「空間ビデオ」が普及するのは間違いない。そうなると、その生成にはAIが重要な役割を果たします。メガネ型デバイスは、空間ビデオを見るために最適の機器です。

VITURE公式サイトで購入

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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