西田宗千佳の
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ソニー3D戦略のキーマンが語る

「映画館」「Blu-ray」「放送」の3D


3D&BDプロジェクトマネジメント部門の島津彰 部門長

 先週のソニーにおけるテレビの3D対応方針に続き、今週はソニーの3D戦略全体についてのインタビューをお届けする。今回登場するのは、同社でソニー全体の3D戦略を統括する、3D&BDプロジェクトマネジメント部門 部門長の島津彰氏だ。

 島津氏は、先日までソニーのBlu-ray Disc戦略を統括していたが、現在は、BDとともに3D戦略についても、全社的な取り組みを検討する立場にある。その島津氏に、ソニーがなぜ3Dに注力するのか、そして、3Dのビジネスを広げて行くために必要なものはなにかを聞いた。


 


■ ソニーにおける3Dは「全社的な取り組み」

 11月19日、ソニーは経営方針説明会において、全社的な3Dへのコミットメントと、2010年に家庭向けの製品を発売すると改めて公表した。

 では、具体的にその中身はどのようなものになるのだろうか? 島津氏は次のように解説する。

ソニーは、家電はもちろんのこと、放送機器、映画館の上映機材、そしてゲームに至るまで、広い事業領域で3Dを手がけることになる

島津氏:SONY Unitedというキャッチフレーズを使っていますが、3Dでも同じように、色々な角度でやらなければいけない、と思っています。

 これが、Blu-rayの時よりも範囲が広くて……。例えば、SPEひとつとってみても、ホームビデオ・ディビジョンだけでなく、映画を作る部門にも、放送機器も関わってきます。家電にしても、ビデオだけでなくテレビも関わってきます。プレステが大事だったり、VAIOが大事という点は変わりませんが。

 今回はやってみると、まるでソニー本社の組織図そのもののようなプロジェクトチームになっています。

 その中で、3Dのエンタテインメントを立ち上げるための流れは下図のようなものになる。島津氏は、事業領域を「コンテンツ」、「ディストリビューション」、「ディスプレイ」の3領域に分けて説明した。

 コンテンツは、映画・ゲームが中心。それに加え「スポーツ・コンサート中継」などが大切、と指摘する。

 ディストリビューションは、映画館でのデジタルシネマが先行し、次に来るのが3D対応のBlu-ray。そして「放送」だ。

 ディスプレイは主に2つ、劇場向けのデジタルシネマ・プロジェクタであり、3D対応のテレビが大きな役割を果たす。

ソニーの考える、様々な事業領域と3Dの関係。様々なコンテンツが生み出され、それを多様な配信方式にて顧客に届けた上で、適切な場所・適切な機器で3Dによって見せる、という狙いが見えてくる

 中でもまず、最初の入り口となるのは「デジタルシネマ」である。ご存じのように、アメリカで3Dが盛り上がっているのは、映画館における「3D上映」が人気となっているためだ。最初に映像に触れる入り口としての「3D上映館」の充実は、同社の3D戦略にとって大きな意味を持つ。

 現在の3D上映は、デジタル上映と不可分。デジタル上映を行うためのデジタルシネマ・プロジェクターの普及は、そのまま「3D上映館の充実」につながる。

島津氏:映画館で先に見ているから、アメリカ人が3Dに燃えている、というところはありますよね。日本とヨーロッパは、遅れていますし、他の地域はもっと遅いですね。まずはみなさんに、体験して燃えてもらわないと。

 映画館に関してとても重要なことは、「上映館を増やす」ということ。2009年中には全世界で7,000スクリーン、2013年には14,000スクリーンを超えると予想されています。これからは、アメリカ以外にどんどん普及させていかなくてはな、と考えているところです。アメリカでは、リーガル・AMCというシネコンの2大チェーンとの話がまとまりました。他の地域でも、ソニーのデジタルシネマが導入できていければ、と思います。

3D対応映画館のスクリーン数の予測。現在はアメリカ市場が牽引しているが、2010年以降はアメリカ以外の需要が増えると予測されている。逆にいえば、このように広げていかないと、世界中で3Dの市場を立ち上げるのは難しい、ということでもある

 島津氏は、3D映画の増加と3D上映館の増加について、さらに詳しい事情を教えてくれた。それは「映画館の収益性」だ。

島津氏:映画館にとって、3D上映が魅力的なビジネスでなくてはいけません。そのためには、ひとつひとつの作品の上映期間が短いと、収益にならないんです。1カ月だったものが2週間を切ってしまうとか、そういう状況になると、収入が限られてしまう。大物の映画をなかなか3Dにできない、という事情もあります。

 健全なビジネス環境を作るには、とにかくまず、デジタルシネマを普及させてしまい、短期間の上映でも収入を得られるような環境を作ってしまう必要があります。

 最近、アメリカのシネコンでも、1つのシネコンに1つ2つは3D上映シアターが入るようになりました。これが3つ、4つになっていくと、収益があがりやすくなります。

 その際に、島津氏が重要だと指摘するのが「映画以外」の展開、すなわちコンサートやスポーツイベントの中継、いわゆる「パブリック・ビューイング」の需要である。

島津氏:シアターに関しては、4K/2Kプロジェクター「SRX-R320」があります。以前より小さくなりましたし、24pだけでなく60pの入力もできますので、パブリックビューイング的なものにも対応できます。それこそ、ボクシング中継までやっちゃおう、という話なのですが……。

 3Dは重要なのですが、映画館自身のチェーンの経営を成り立たせることが、まずなにより大切です。そうじゃないとなかなか機材を買っていただけないですから。そのためには、映画以外にも色々と使えるよ、ということをアピールする必要があります。

 例えば、現在数多く上映されている3D映画、すなわち「家族で見るアニメ」に多くお客様が入る時間帯、というのは限られています。平日の昼間にはなかなか客が入らないし、休日ばっかりでは利益が薄くなる。

 じゃあ、平日の夜とか平日の昼間なにをしたらいいんだ? 投資に見合う収入としてどんなものがあるんだ? ということを考えると、それこそ、オペラ中継であるとかボクシング中継であるとか、いろんなものを3Dでやっていこう、という発想になります。

 すなわち、柔軟な上映展開が可能な「シネコン」という立地を生かし、様々な映像ソースを上映できるようにすることで、結果的に3D上映館を増やし、3Dの普及につなげたい、という発想なのである。

ソニーの3Dデジタルシネマ施策の概要。デジタルシネマプロジェクターの開発と販売の他、映画館をサポートするためのビジネスモデル構築までが含まれる

島津氏:映画館ではReal D社と協業してやっていますが、これはメガネが安くリサイクル可能である、という点を評価してのものです。映画館の負荷を考えると、(映画では)パッシブ式でしょうね。

 また、これは映画館向けのビジネスモデルの問題になるのですが……。フィルムの頃は、プリントフィーを映画会社側が費用負担していました。今度はその分がいらなくなるので、デジタルシネマ自身を映画館に入れていくファンドを映画会社とともに作れないか、と考えているところです。そのための枠組みもいくつか、すでに発表させていただいているのですが。そうして、映画会社自身がデジタルシネマを普及させていきたい、という動きを見せているのです。

 これらの施策が揃うと、映画館はなんとかうまくいくのかな、と考えているところです。

 


■ Blu-rayの3Dは「2Dと互換性あり」。12月中に規格は確定、順調に進行中

 次に大きいのは、やはり「家庭」。3D対応のテレビと3D対応のBDプレーヤーを使い、3Dの映画タイトルを楽しむ、という市場である。

 テレビについては、先週の本連載で触れたので、ここでは割愛する。4倍速対応の液晶テレビを使い、比較的広いラインナップからスタートすることになる。島津氏は、「世界の32型以上のテレビの9割以上は液晶です。液晶テレビをずっとやってきたメーカーの責任として、プラズマに負けないものを作らねばならない、と思っています」と語る。

世界の薄型ディスプレイのシェアは、すでに9割が液晶。ソニーは、3Dが普及するには、「9割を占める液晶でも、クオリティの高い3Dを実現すること」が普及のカギだと考えているソニーは4倍速駆動の技術を生かし、2010年に液晶テレビで3D対応を実現する。アクティブシャッター式のメガネを採用し、フルHD対応だ。詳しくは先週の連載記事を参照

 あわせて必要になるのは、当然Blu-rayだ。ところで、3D対応のBD規格は、現状どのようになっているのだろうか? ソニーのBD戦略担当でもある島津氏は、現状を次のように説明する。

島津氏:スペックの部分については、年内にまとめます。12月にBDA(Blu-ray Disc Association)のボードミーティングがありますが、そこで基本承認ができるように進めています。おそらく、もう問題はないでしょう。

 同じようにライセンスにしても、年内くらいから始められるように準備をすすめています。どういうライセンス体系にするか、ロゴプログラムをどうするか、といったこともここで決まります。一つのめどは「年内を目指している」というところです。

 もう問題があって先にすすまない、ということはなにもないです。BDの3D規格では、「MVC」という映像収録方式を使います。MVCは、フルHD3D映像を収録しつつ、2D規格との互換性も持っています。同じディスクが、2D環境ではそのまま2Dのディスクになります。

 これにはいろんな意味があると思っています。映画会社にしてみると、1つのパッケージで両方に対応できる。店にしても、両方のパッケージを在庫しなくて済む。家庭でも、ベッドルームでは2Dで見て、リビングでは3Dで見る、といった形があるかもしれません。もしくは、3Dのテレビもあるし対応プレーヤーもあるけれど、メガネの数が足りないから今日は2Dで見よう、ということもあるかもしれない。いろんな意味で、2Dでも3Dでも見れるというのは、価値があることだと思います。

 そういう意味で、トランジションをうまくやるには、MVCというフォーマットしかないかな、と思っています。

BDの3D規格と、テレビの関係を示した図。BDの側では「2Dと互換性を保ったまま、最高のソースを提供する」形の規格に注力し、テレビにはHDMIで伝送する形を採る。その先に、テレビがどのような形で3Dを表示するのかは、各社の対応に任されている

 とにかく我々は、もうフォーマット戦争はもう起こしたくなかったんです。途中で、Split Screen式(筆者注:1コマ内に左右の目のための映像を分割して組み込む方式。BS11で使われるSide by Sideもこの一種。より実現が容易だが、映像の解像度が落ちる)の提案が3つとも引っ込められたので、結局、MVCの1フォーマットだけになって助かりました。

 とにかくBDとしては、最高画質を届けるものとしました。プレーヤーから後の、テレビへの表示方式については、各社の競争ですよ、という形です。そういう競争はどんどんやりましょう。仮にどんどんやったとしても、それは(BD/HD DVDのフォーマット戦争のような)悪影響は及ぼさない。ひょっともすると、メガネの互換性に問題が出るかもしれませんが。少なくとも、買って過去のものと非互換である、といったことが起きないようにする流れはできています。

 今回はわりと、競争と統一されたベースがうまくバランスがとれたものになったかな、と思っています。

 すなわち、3D対応のBDビデオソフトは、「フルHDで3D映像が収録された」ディスクになり、さらにそれを既存の2D対応機材で再生すると、そのまま2Dのディスクになるわけだ。今後、2つのパッケージができることはなく、1つで両方の規格に対応することになる。これなら、3D対応の機材を持っていない人でも、安心して映画タイトルを購入できるというものだ。

 3D対応BDビデオソフトの発売時期は、3D対応テレビの立ち上げ時期に合わせることを検討している、と言われている。年内に3D BDの規格化準備が終了すれば、そのタイミングにも問題なく間に合うだろう、と島津氏は話す。

 


■ すでにある「PS3」を生かして3Dの起爆剤に

 そこで大きな価値を持ってくるのが、ソニーに「PlayStation 3」がある、ということだ。11月19日の経営方針説明会でも、発売済みのPS3の全数を、ファームウエアのアップデートにて3D対応する、と明言された。その際には、ゲームはもちろん、3DのBDビデオタイトルの再生にも対応する。ゲームタイトルについても、3D対応のブラビアのローンチにあわせ、用意が行なわれるという。

島津氏:ゲームは3Dに向いていますし、3Dでなかったのがおかしい、くらいに感じる部分もあります。ゲームが、当面は3Dをドライブするのでは、と考えています。

 先日、あくまで自社の読みとしてですが、DVDのローンチとBDのローンチで、ゲーム機、PC、家電のプレーヤーが、どのくらいフォーマットの立ち上がりに貢献したのか、という点を分析してみたんです。

 DVDのビジネスの時、PS2の導入は、DVDのローンチから3年目くらいのことでしたPS2は起爆の役にはもちろん立ったんですが、実は、PCなどの方が大きく貢献しましたし、家電のプレーヤーも大きな役割を果たしました。

 BDの時には、PS3のスタートとBDのローンチが同時ですから、PS3の数がかなり影響しています。そのうち何割が映画を買っていただけたのか、という点は問題なのですが、大きな役割を果たしたのは間違いありません。

 では3Dはどうでしょう? すでにPS3が普及したところから始められます。2009年度末(2010年3月末)までに約3,600万台のPS3が市場に出回っていると予想されます。これまで以上に、プレーヤーやPCよりも、PS3の最初の貢献度は大きいのではないかな、と考えています。

 PS3はゲームとビデオ、3Dと親和性のある両方の機能を持っていますし、今後はPSNのような存在をどう使っていくか、ということになると思います。

 3Dというのは「百聞は一見に如かず」なところが非常に大きいので、どうやってトレーラーディスクを作るのか、という点も興味深い。ゲーム版ですとか、映画版ですとか、色々考えられますよね。ディスクだけでなく、ダウンロード版も考えられます。

 


■ 3D放送は海外では2010年にもスタート、カギは「STBのアップグレード対応」

 BDビデオタイトルに加え、「家庭での3D」について、大きな価値を持つのが「放送」だ。考えてみれば、今回の3Dに関する動きは、テレビにとって非常に珍しい「動き」でもある。

 従来テレビが新しくなる時には、テレビ放送の変化がそれを先導していた。カラー化やステレオ化、そしてもちろん、デジタル化、ハイビジョン化も例外ではない。

 だが、3Dについてはそうではない。まだ放送が3D化しない段階で、パッケージメディアが先に進み、それがテレビの販売をリードすることになるからだ。島津氏もこの現象を「きわめて興味深く、独特なもの」と話す。

島津氏:逆転現象が起きているのが面白いですよね。実は、ソニーにとっては、Blu-rayがその一つの練習台だったんですよ。

 アメリカや日本などの先進国では、放送がHD化してテレビがHD化し、パッケージがHD化する、という流れをおいかけていたのですが、一般地域やヨーロッパでは、放送よりも先にテレビセットとパッケージのHD化が進んでいきました。その中で、「BDのクオリティでテレビを売っていく」という経験をしているんです。そういう意味では「逆転現象」の練習を積んでいるわけです。

 逆に、日本やアメリカがこれまでと違い、チャレンジングですね。今度はパッケージが先に来る形になるわけですから。そういう意味でも、早く放送に声を上げてもらいたいところではあります。

 では、3Dの「放送」はどうなるのだろうか? あくまで全世界レベルの話であり、日本の動きではないが、島津氏は「早いところは2010年。2011年にはある程度の動きが見えてくる」と話す。

島津氏:3Dの放送というのは、ARIBやATSC Standard(筆者注:アメリカの地上波向け放送規格)といった地上波系ではなく、最初は、サテライトやケーブル、特にサテライトが主導で進むのではないかな、と考えています。

 放送については、大きな「過去のインフラ」があります。それがセットトップボックス(STB)なんです。STBを買い換えさせず、アップデートで対応できる方法を考えつかないと、放送系は難しいんじゃないか、と思います。

 ただしSTBは、PS3のようにパワフルではないので、MVCみたいなフォーマットをそのままデコードできないだろう、と考えられます。ですからまあ、Split Screen系のSide by Sideなどで放送されることになるでしょう。特に60iならSide by Sideがいいのかな、と思います。そういうフォーマットを使い、既存のSTBをアップデートで対応する、という方向でいけないか考えています。

 もちろん、どこかでSTBを切り換える「セカンド・フェーズ」が来るんだろうとは思います。その時というのは、地デジ系の放送がすべて入ってくる時になると考えています。もう少し強力なSTBが、そのタイミングでは導入されるでしょうから。しかし現状では、STBをまずは置き換えずにアップデートで対応させる形でないと難しいでしょう。

 特にアメリカやEUの一部では、衛星放送とケーブルテレビの力が強い。それらの放送局はSTBをレンタルなどの形で貸し出し、視聴者に放送を見てもらっている。STBを一気に切り換えるのは難しいので、最新のデジタル放送対応のものから3D対応へアップデートしていき、3D放送をスタートさせるだろう、というのが島津氏の見方であり、ソニーの戦略である。

 放送系が広がるとなると、当然ながら撮影ノウハウが必要になる。ソニーは放送機材の分野でも力を持っているため、この分野をリードしやすい。もちろん現在も、様々な企業とともに、スポーツ中継などの撮影ノウハウ構築を行っている最中だ。

島津氏:例えば、一つのスタジアムにマルチのカメラを置くとして、どこに置くのか? といったこと自身が、まず最初から決めなければいけません。サッカーでも、後ろから撮った方がいいのか、スタジアムを俯瞰するスパイダー・カムの方がいいのか……。3Dを面白く見せるにはどうしたらいいのか、ということですね。

 もう一つは、どの辺の飛び出し量にするのか、ということ。目に優しいスイッチングにはどうすればいいのか、そういう両方の面でのノウハウが必要になります。

 ソニーは、来年開かれる「2010 FIFA ワールドカップ」を、3D撮影した上でパブリックビューイングや店頭デモなどで公開したり、3D対応BDビデオソフトとして販売する、と発表した。ここで得られたノウハウは、今後の3D放送にも生かされていくことになるだろう。

 また、これらの活動は、放送や映像ソフトだけにとどまるものではない、と島津氏は言う。

島津氏:実は、デジタルカメラやカムコーダにも、撮影技術の話はかかわってくるんです。

 撮影技術がある程度確立して、はじめていいカメラが生まれます。CEATECで展示したシングルレンズの3Dカメラなども、その一例です。ノウハウを貯めていき、いかに自動化するか。その先に、個人用の3Dカムコーダなどもあるのではないか、と考えているところです。このようなサイクルを生かすには、業務用と家庭用、両方持っている社内シナジーが大切になってくるな、と思っています。

 


■ 3Dは「先が見えない」から面白い。表現の可能性がどんどん広がる

 すでに述べたように、3Dに関しては、アメリカ市場が大きく先行している。映画館で3Dに触れた人が多く、「3Dとはどのような可能性を持つものなのか」をすでに多くの人が知っているからだ。

 島津氏も、日本、ヨーロッパなどにその活気を持ち込むことが、もっとも大きなチャレンジの一つと認識している。

島津氏:アメリカの場合には映画がありますので、店頭でちゃんと知らしめて、その中で「放送が来るよ」というニュースをどれだけ速く伝えることができるか、ということだろうと思います。やはり、放送がある、ということが大きな要因になってくるだろうと思います。

 日本の場合には、映画館でのみなさんの体験が「ない」ので、とにかくいかに見てもらうか、体感してもらって可能性をどれだけ感じていただけるか、にかかっていると思います。まずは、コンテンツに興味がある人達を、どうやって早いうちに引きつけるかがテーマです。地道な展開が大切かな、と思っているところです。

「3Dはマイナーなもの」という感じを作らないためには、「これぞ」という大きなタイトルに注目を集めることも大切だと思います。これを見たい! と思わせるような。

 アニメーションも大切ですが、実写の大作をなんとか用意したい。それを、過去の作品を2D-3Dコンバージョンで見せるのか、新作でやるのか、という判断もあるでしょう。ゲームでいえば、「これはやりたい」と思うようなタイトル、大物を用意できるか、という話になりますよね。

 そのために大切なのは、家電メーカーの「テレビ、プレーヤーに対する、3Dへの本気度」をいかに伝えるか、ということです。最初は彼らも小さい数で考えていますから。

 そこに「家電メーカーはものすごい数で考えていますよ、だからコンテンツを作ってください」ということをまず知らせるところからですね。それはだんだん伝わってきているのでは、と思います。

 現状でも、2010年に向けて、様々な映画タイトルが「3D上映」に向けて準備中である。もちろん、量的にも質的にも、まだまだ満足できるものではない。だが、映画業界が「3D」にかける熱気は伝わってくる。

現在北米で公開が予定されている3Dタイトルの一覧。CGムービーの他、旧作の3D化や実写映画などの名も並び始めた

 そこで最後に、シンプルな疑問を島津氏にぶつけてみることにした。おそらく、日本で3Dの状況を見ている、多くの人が感じていることだ。「なぜ、ハイビジョンの次は4K2Kでなく3Dなのだろう?」という点である。もはや、家電業界に「次の映像フォーマットの形」として、より高い解像度の映像をすぐに追求しよう、という動きは見えない。いっきに業界は3Dに動いている。なぜここで3Dなのだろうか?

 島津氏は、「個人的な考えだが」と断った上で、次のように話した。

島津氏:リアリティの追求が、テレビの一つの軸です。その時、さらに解像度を上げた方がいいのか、Dimension(次元)を増やした方がいいのか、という話ですよね。もちろんこれは、二者択一の話ではないんですが。

 ただ、フィルムの解像度って、結局解像度がHDクオリティ(2K1K)なんですよ。ここで映像規格が4K2Kになっても、CGからなにからすべて4K2Kに行けるのか、それでどれだけ変化するのか? ということで、正直いって、リアリティはある程度しか増えません。

 では3Dはどうなのか、というと、正直未知数です。ですけれど本音を言えば、未知数だからいいのではないか、と思っているんですよ。

 ここ14カ月くらい、アメリカに行くたびにいろんな3D映画を観るんですが、どんどん進化しているのがわかります。しかも、目にやさしくなっていっている。3Dならではの作り方だとか、ストーリーに3Dを使うとか、といったことが行なわれ始めています。

 もう、映画を撮る人間から、脚本を作る人間から、映像を作る人間まで、みんなが「3Dなんだからこんなことをやってみよう」とトライアルをしている状況なんですよ。そういう要素がいっぱい入ってくるんです。

 最初はアトラクション的というか、アミューズメントパーク的な映像ばかりだったものが、「そうか、3Dにするとこんな表現が生まれるのか」という驚きに満ちたものに変わってきました。そのうち、「これがなんで3Dじゃないんだろう」と思う映画も出てきます。

 例えば、ティム・バートンの「ナイトメア・ビフォー・クリスマス」の3D版など、「人形劇で3Dってこんなにすごいのか」と思える、すごく面白いものになっていますよ。もしかして、デジタルシネマになって映画のカテゴリーが広がってしまうんじゃないか、と思うほどの可能性を感じます。

 そんな風に「先が見えないから面白い」んです。

 個人的なイメージですが、一番最初にマッキントッシュを見た時のような、「こんなことまでできるのか、どこまでできるんだろう」という可能性が広がるような感触を持っています。

 一度3Dで見てしまうと、「ほんとうにこのコンテンツを2Dで見てしまっていいのかな」と思うこともあるほどです。例えば、本当にいい映画って、飛行機の中の小さなディスプレイで見てしまうのはもったいない、と思う時があるじゃないですか。それと同じような感覚です。「最初にその映画を観る体験」って、1度しかないわけです。それは、できるだけいい状態で見たいですよね。3Dのデジタルシネマというのは、そういう存在だと思うんです。

 個人的な経験では、「3Dが確実に来る」と気持ちが変わったのは、昨年11月のNFLの3D中継なんですよ。これがほんとうに凄かった。実際に選手が組んでいる状況が、目の前で見れるわけですから。スタジアムにいてもあんなに近くから見られるわけではないですからね。あんなにすごい体験をしたら、「これからフットボールは、3D中継で見たいな」と思うようになりますよ。

 みなさんにも、そういう「3D体験」をぜひ見つけていただきたいと思うんです。

 島津氏のいう「3Dに対する感覚が変わる」イメージは、筆者にもよく分かる。筆者にとってそれは、今年6月に米国出張した際に見た「UP(カールじいさんの空飛ぶ家)」の視聴体験がそうだった。初見が3Dであり、以降日本国内では、様々なところでトレイラーを2Dで見ていることになるのだが、最初の体験が新鮮であったためか、実に「味気ない」印象を受け続けている。良くできた3D映画とは、決してアトラクションではなく、「よりリアリティを持った作品の形」なのである。

 3Dなんていらない、と思う人は、一度劇場に足を運んで、「いい3D作品」を見てもらいたい。

 映画業界や家電業界が3Dに熱心になるのは、ビジネス上の価値もさることながら、そこに「巨大な表現の可能性」があるからなのである。

(2009年 12月 11日)


= 西田宗千佳 = 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]