匠のサウンド百景

“ニュートラルな地平”にたどり着くために by デノン・サウンドマネージャー山内氏

 匠のサウンド百景とは?

オーディオ/ビジュアル機器を手がけるメーカーや業界の人達も、1人の音楽ファン! そんな“中の人達”に、個人的に気に入っている音楽、試聴などで業務にも活用しているソフトを紹介してもらいます。

 デノンのサウンドマネージャ、山内慎一です。今日は、普段オーディオで良く聴いている楽曲(CD)をいくつか紹介したいと思います。

アンネ・ゾフィー・フォン・オッター&ブラッド・メルドー /Love Songs

 DENON製品の音質検討やデモンストレーションなどでは様々な音源を使用していますが、ひとつの要素として個別の製品モデルのソースに対する、対応力や柔軟性を見ているという部分があります。

 現在のDENONサウンドとして、ビビッドやスペーシャスという言葉で日頃表現していますが、これらの要素をつきつめていくと極めてニュートラルなところにたどり着くと考え実践しています。私はこの状態を“ニュートラルな地平”と名づけています。

 この時、オーディオ機器は極めて自然で、柔軟に音楽に呼応することができると感じています。それは各音楽ソースのダイナミクスやスケール感が平均化された特長のないニュートラルではなく、それぞれの音楽ソースがより生き生きとしビビッドで色彩感にあふれ力強いものだといえるのです。

 私は、サウンドチューンは調整という側面もありますが、人工的な音ではなくより自然さが感じられさらに洗練されたものを構築するという意味でむしろ、積極的に音をクリエイトしていく作業とも捉えております。

 というわけで様々な楽曲素材を通してその辺を確認しながらサウンドを仕上げているということになります。

今回取り上げる楽曲

・Black bird(アンネ・ゾフィー・フォン・オッター&ブラッド・メルドー/Love Songsから)

・RESIDING(Emily Saunders/Outsiders Insidersから)

・Field of Heaven(HIROSHI WATANABE/MULTIVERSEから)

JAZZ ピアニスト ブラッドメルドーとメゾソプラノのフォンオッターの「Black bird」

 レノン・マッカートニーの有名な曲ですが、曲的には随所に技巧が施されながらそれを意識させず全体としてはシンプルな曲に聞かせるというポールマッカートニーらしいソングライティングだと思います。この演奏もシンプルな構成ですがピアノのソロでもマイナーコードに変化するパッセージをうまくすくい上げ自然なエモーションを表現し見事です。

 オーディオ的にも声のふくよかさや質感の再現等色々ありますが、聴いていて、何かさわやかな風が通りすぎていくような感触を出すようにしたいですね。ピアノが音場空間に拡散していく現れ方がキーのひとつです。そういった意味で皮膚感覚で聴けるというようなところもあり、ナチュラルな素材ですのでシステム全体のチェックとしても好適と思います。

イギリス人シンガーEmily Saunders の「RESIDING」

 これは、楽曲としてもとても気に入っているものです。ラテンやブラジリアンテイストにあふれた軽快さと、やや渋めの、英国のJAZZらしさというべきものがうまくミックスされているように感じます。チョコレートに例えるとややビターな味わい、ビールでいえばペールエールといったところでしょうか。そこにブリリアントな個性が感じられるボーカルがオーバーラップするとても素敵なナンバーです。

Emily Saunders/Outsiders Insiders

 録音としては中庸な感じで再生自体は難しくはないように思いますが、抜けの良さと歯切れの良さといったところがうまく再現できれば、魅力的なVoiceや声の定位感が際立ってくるので、そこが大事なポイントですね。また、インストルメントも豊富に入っているので、全体に混濁感が出ずすっきりさせたいですが、それには広帯域であることも必要になってきます。

日本人クリエイター HIROSHI WATANABE の「Field of Heaven」

 テクノあるいはハウスとか電子音楽系は好んで聴いていますが、実はこういった音楽の再生はクラシカルソースの再生と共通するところもあります。いわゆるサウンドステージや音場空間的な広がりがとても重要になってきます。ホール感や透明感、分離感といったものが再現できればこういったソースではスケール感を伴った立体感を再現し、サウンドスケープやビートにより没頭することが出来るようになります。

HIROSHI WATANABE/MULTIVERSE

 私は音楽やオーディオにはある種の静寂感がエッセンスとして重要であると思っています。うまく言葉で言えないのですが、陰影感、あるいは陰り、醒めた感覚とか“暗さ”の部分と言ってもいいかもしれませんし、それも芸術性や美そのものなのかも知れません。

 どちらかというと楽曲そのものにいえる部分ですが、機器のS/N感とも微妙に関連していて興味深いところです。この要素があることで、コントラストが浮かび上がりエモーションも表出され、まさに聴き手に音楽が浸透していくのだと感じています。

 このアーティストの曲もこういった要素を感じられ思わず引き込まれてしまうのですが、聴感上のS/Nや立体感は大変重要で、無機質なビートを背景に、シンセ等のレイヤーや微細な音の粒子が織りなすサウンドスケープは宇宙的なスペースに包まれるような感覚まで味わうことが出来ます。

デノンサウンドマネージャーの山内慎一氏(2016年1月撮影)

山内慎一