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先生が宇宙の危機を救う!!ハード&ハートウォーミングな傑作SF映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

80億人の命を賭けた、人類最後の賭け── <中学校の科学教師グレース&人類が初めて出会う異星人ロッキー>映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』3月20日(金・祝)日米同時公開

3月20日から、待望の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が公開される。ハードSF映画好きなら、『2001年宇宙の旅』(68)、『インターステラー』(14)、『メッセージ』(16)などと並ぶ、絶対に見逃せない1本である……と書き出してみたものの、そもそもSF好きな方には説明不要だろう。逆に、アンディ・ウィアーによる珠玉の原作小説が好き過ぎるあまり、映画の出来が心配という方も少なくないと思われる。

しかし監督を務めた、フィル・ロードとクリストファー・ミラーは、『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズ(18~)の、脚本・製作などで知られる名コンビだ。今回も、キッチリとツボを押さえた演出をしてくれているから、その点は御安心である。

(左から)フィル・ロード、クリストファー・ミラー

編集部注:この先、ストーリーや映画の演出に触れている箇所があります。閲覧の際はご注意ください。

ストーリー

原作を知らない方に、ざっとあらすじを紹介すると……

太陽の衰弱が観測される(原作だとJAXAの太陽観測衛星アマテラスが発見したと描写されるが、映画では省略されている)。このままでは地球は氷河期に突入し、新たな大量絶滅を招いてしまう。

実は太陽だけでなく、近くの恒星のすべてで同様の衰弱が見られ、そして1つの惑星(太陽系の場合は金星)に向かって、ペトロヴァ・ラインと名付けられた赤外線の弧が観測される。

しかしどういう訳か、11.9光年先の恒星タウ・セチだけは衰弱を免れていた。そこで世界各国が一致団結し、恒星タウ・セチに人類を送り込み、その謎を解いて地球に“情報だけ”を送り返すという、片道旅行のプラン「ヘイル・メアリー計画」を企てる。

中学教師だったライランド・グレース(ライアン・ゴズリング)は、宇宙船ヘイル・メアリー号の中で目覚めた。しかし他のクルーは亡くなっており、彼は唯一の生存者なのだが、記憶をほとんど失っていた。

宇宙船がタウ・セチに到着すると、驚くことに先客がおり、同じく母星を救うために奮闘するクモのような異星人ロッキーと出会う。

……というものである。特に、一度でも教壇に立った経験のある人なら涙腺崩壊は必至だ。

原作と脚本

原作者のウィアーは、物理学者の父親が勤めていたサンディア国立研究所で、15歳頃からプログラマーとして働いていたという経験を持っており、映画『オデッセイ』(15)の原作「火星の人」で一躍有名となった。

原作者のアンディー・ウィアー

なにしろ物理学、化学、工学、生物学、天文学などの知識が豊富なのに驚かされる。それに加えて、読者を飽きさせないユーモアと、常に前向きな登場人物の姿勢、そしてあちこちに散りばめられるサブカル情報が楽しい。

また、『オデッセイ』でも組んだ脚本家のドリュー・ゴダードは、異色ホラー『キャビン』(11)の監督/脚本も務めた、かなりマニアックな人物でもある。

今回も、小説版とは違う形で様々な映画のオマージュを潜ませており、それらを探すのも楽しいだろう(78年版『スーパーマン』のネタなど、どれほどの人に伝わるか疑問だが)。何よりウィアーの持ち味を殺すことなく、うまく2時間36分に落とし込んでいて好感が持てる。

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』原作/製作のアンディ・ウィアーから、日本のファンの皆さんへ、大切なメッセージ! 3月20日(金・祝)日米同時公開

宇宙船内の見事なデザイン

まず目を引くのが、プロダクション・デザイナーを務めたチャールズ・ウッドの仕事ぶりだ。

いくつかの「マーベル・シネマティック・ユニバース」作品や、『メン・イン・ブラック:インターナショナル』(19)など、SF映画での経験が豊富な彼は、ヘイル・メアリー号の船内を“いかにもありそう”なリアリティでデザインしている。

つまり地球の危機が間近に迫った時に、世界各国が大急ぎで建造したという感じ(船体表面パネルには日の丸も見える)や、無重力と人工重力の双方に対応できる設計、俳優が実際に操作できる物理スイッチ、数々のディスプレイ(英語・ロシア語・中国語で併記されている)など、非常に細部まで考慮されている。

また遠い将来、異星人に発見された時を想定したような、線刻壁画(パイオニア10/11号の金属板を複雑化したようなもの)が施されたデータアーカイブなど、「ああ、こういうのも作るだろうな」と思わせる配慮もうれしい。

しかしエンジニアたちの設計とは関係なく、男が1人で長期間に渡り狭い空間に閉じ込められていれば、船内は当然散らかって行く。

それは映画の中盤以降、相棒ロッキーとの同居生活が長くなってから、ゴチャゴチャした生活感は一層強くなる。したがって『2001年…』のように洗練を極めた感じではなく、『アポロ13』(95)や、ロシア映画『サリュート7』(16)などといった、実際の宇宙計画を再現した作品に近い雰囲気となった。

またこのセットは、振動させたり傾斜可能なモーションベースの上に構築されており、宇宙船の激しい動きをリアルに描写できた。

アナログSFXが生命を吹き込んだロッキー

VFXは2018ショットに使用されているが、これは最近の大作SFとしては普通の数字である。一方、本作ではアナログな特撮技術も多用された。例えばロッキーに関してだが、基本はアニマトロニクスないしパペット(シーンによって使い分けられた)で表現されている。

これを指揮したのが、大ベテランのニール・スキャンランである。

ジム・ヘンソン・クリーチャーショップにおいて、『ラビリンス/魔王の迷宮』(86)や『ベイブ』(95)といった作品で人形技術を習得し、最近では『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15)や『ジュラシック・ワールド/炎の王国』(18)などを手掛け、現在は『スター・ウォーズ/スターファイター』(27)に取り組んでいる人物だ。

そして、彼と長年組んでいるヴァネッサ・バスチャンや、ジョシュア・リー、ティム・ベリーといったスタッフが、アニマトロニクスやパペットの造形を担当した。

また、パペット・バージョンのロッキーを生き生きと動かしたのが、舞台演出家/人形デザイナー/パフォーマーのジェームズ・オルティスである。

オルティスは、オフ・ブロードウェイ作品『The Woodsman』(12~)や、ビビアン・ボーモント・シアターで上演された『The Skin of Our Teeth』(22)などで、数多くの賞を受賞してきた演劇界における伝説的人物だ。

彼のチームは、黒子のようなコスチュームを着て、5人がかりでロッドパペット式のロッキー(5本脚)を操った。ちなみにオルティスは、ロッキーの声優も担当しており、ヘッドセットマイクでセリフを話しながら演じている。

このプラクティカルなロッキーがセットにいなければ、ずっとゴズリングは、棒の先に取り付けたテニスボールを目印にして、一人芝居をしなければならなかっただろう。だから、実際に掛け合いが出来る存在があったことで、彼も演技がしやすくなり、監督たちも完成映像を具体的にイメージできた。

結果として、非常に暖かいバディムービーに仕上がっている。

デジタルVFXも活躍

ただし舞台と違い、パペットを操るロッドや、操演者の姿は消去しなければならないし、操作するための開口部も塞がなければならない。これらは当然、デジタルVFXによる作業となる。さらに、造形物だけでは表現しきれないシーンは、3DCGのアニメーションで補う必要もあった。

この一連の作業を請け負ったのが、『ゼロ・グラビティ』(13)や『オデッセイ』も手掛けているVFXプロダクション、フレームストア社だ。

同社の、シニア・アニメーション・スーパーバイザーであるアルスラン・エルヴァーは、これまでにもILMロンドンで『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の酒場の女主人マズ・カナタを、やはりスキャンランのアニマトロニクスと3DCGの併用で動かしている。

彼はさらに、フレームストアのロンドン本社に移って、動物系キャラクターCGの専門家となり、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズ(14/17/23)のロケットとグルート、『プーと大人になった僕』(18)の「100エーカーの森」の動物たち、子どもにしか見えないイマジナリー・フレンドを描く『ブルー きみは大丈夫』(24)なども手掛けている。

こういった人々の努力によって、眼も口もないロッキーから、豊かで親しみやすい感情が伝わって来る。その結果、無骨でクモ嫌いの人なら嫌悪しそうな見た目にも関わらず、映画が進むにつれ、非常に愛おしい存在になって行く。おそらくロッキーグッズも人気となるだろう。

彼こそが人類が初めて出会う異星人ロッキーだ!映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』3月20日(金・祝)日米同時公開

LEDウォールを用いた背景表現

本作全体のVFXを統括した、プロダクション・VFXスーパーバイザーのポール・ランバートは、ここ数年における世界の合成技術を大きく変えてしまった人物だ。

きっかけとなったのは、ジョセフ・コシンスキー監督の『オブリビオン』(13)である。

建築を学んでいたコシンスキーは、この映画に登場する「スカイタワー」の内装に光沢を持った素材を選んだ。しかしそのことで、従来のブルー/グリーンバック合成では背景色がセットに映り込んでしまい、キーイングがうまくいかない問題が発生する。

そこでコシンスキーは、30~60年代に用いられたスクリーンプロセス技法を、高精細度/高輝度DLPプロジェクターを用いて復活させ、見事に解決した。この時ランバートは、デジタル・ドメイン社所属のデジタル・エフェクト・スーパーバイザーとして参加しており、この経験が彼にヒントをもたらす。

ランバートは『ファースト・マン』(18)において、プロダクション・VFXスーパーバイザーに昇格した。そして、この映画における極超音速実験機X-15や宇宙船ジェミニ8号の表現で、『オブリビオン』のテクニックをさらに進化させたアイデアに挑戦する。

それは、DLPプロジェクターとスクリーンを用いる代わりに、約18×10.5mの高輝度LEDウォールを背景に使用したのだ。その結果、機体やパイロットのバイザーに、雲海や地球の表面が自然に映り込む映像が実現できた。従来こういった要素は、ブルー/グリーンバック合成では表現できないため、後処理で追加しなければならなかった。

ちなみにこの『ファースト・マン』では、背景映像を事前に用意しておく方式だったが、(ランバートは関係していない)『マンダロリアン』(19~)では、Unreal Engineを用いてリアルタイム・レンダリングし、LEDウォールに表示させることで、カメラ自体の動きと背景の同期を実現させている。この設備を備えたスタジオは、「バーチャルプロダクション」と呼ばれ、急速に世界中へ普及していった。

この方式は、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の船外活動シーンでも採用されている。やはりブルー/グリーンバックを使用せず、黒バックとLEDウォールの複合技で表現され、実際に建造された実物大ヘイル・メアリー号の外観セット(部分)と共に、ゴズリングの演技が撮影された。

そしてILMが担当した、惑星エイドリアン(タウ・セチe)の大気の反射やオーロラ、ペトロヴァ・ラインの赤い光などが、そこに反映されている。ILMはこの他にも、太陽表面、惑星エリド(エリダニ40Ab)、ヘイル・メアリー号の全景、ロッキーが乗って来た宇宙船「ブリップA」などのVFXを担当している。

また『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズのソニー・ピクチャーズ・イメージワークス)の他、抽象的イメージや天体表現に定評のあるBUF、『DUNE/デューン 砂の惑星』シリーズ(21~)も手掛けたワイリー・カンパニーVFXといったプロダクションも参加している。

撮影と上映

撮影監督を務めたグレイグ・フレイザーは、『マンダロリアン』も手掛けており、LEDウォールを用いた撮影は経験済みだった。

フレイザーはまた、ランバートと『DUNE』シリーズでも組んでいる。ちなみに、このシリーズの背景は大部分が砂漠であるため、ブルー/グリーンバックでは、人物への照り返しが不自然になってしまう。だが砂漠の強い日光は、LEDウォールでは輝度が不足し、うまく表現出来なかった。

そこで二人は、屋外に茶色のパネルを立てて撮影し、色相を反転させてブルーでキーイングしている。このことからも分かるように、フレイザーは自然光の扱いに強いこだわりがあり、本作では太陽光の角度変化を再現する、回転式ライトリグを制作している。

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』監督たちのプレミアムラージフォーマット映画館ツアー

なお本作では12通り(日本国内では8種)の劇場で上映されるが、メインは「IMAXレーザー/GTテクノロジー」が想定されている。

グレースが宇宙に出てからはIMAX社認証の「ARRI Alexa 65」(6.5K)を用いて撮影し、アスペクト比1.43:1で上映される(GT以外のIMAXシアターでは1.90:1)。また地球のシーンは、「ARRI Alexa Mini LF」に「Atlas Mercury」というアナモフィックレンズを搭載して4.5Kで撮影しており、2.39:1のシネスコサイズになる。

これは、絶望的なまでに広大な宇宙空間を、縦方向に広いアスペクト比の違いで観客に体感させるための工夫であり、「グランドシネマサンシャイン池袋(東京)」や「109シネマズ大阪エキスポシティ」なら、フレイザーの映像設計を最も忠実に体験できる。

一方で、GTは客席の傾斜も急になるため、足腰に不安がある方は座席位置を慎重に選ぶ必要がある。筆者自身は足に障害があり、池袋GTの傾斜は身体的に負担が大きかったが、映像体験そのものの価値は疑いようがない。

IMAX限定ビジュアル

他にも、完璧な音響設計の表現に加え、宇宙空間の黒の深みや、ペトロヴァ・ラインの光の描写が際立つ「Dolby Cinema」、270度投影により宇宙の横の広がりや、船外活動シーンの没入感が増す「ScreenX」や「ULTRA 4DX」、無重力表現や船内の揺れを体感できる「MX4D」「4DX」「ULTRA 4DX」などもお勧めだ。

ドルビーシネマ限定ビジュアル
Screen X限定ビジュアル
4DX限定ビジュアル

今後の予定

現在ロードとミラーの監督コンビには、オファーが殺到しており、計画中のプランもギッシリと埋められている。その内のどれほどが実現に至るかまでは読めないが、本作がヒットすれば、かねてから開発中だったウィアー原作の「アルテミス」も動き出すかもしれない。

正直、評価は賛否が分かれる小説だが、彼らなら月面版「ルパン三世」のような、スタイリッシュなクライムサスペンスに仕上げてくれるかもしれない。

大口孝之

1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経てフリーの映像クリエーター。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、機関誌「映画テレビ技術」、WEBマガジン「CINEMORE」、劇場パンフなどに寄稿。東京藝大大学院アニメーション専攻、日本電子専門学校などで非常勤講師。