鳥居一豊の「良作×良品」
第71回
春のガルパン祭り第2弾!「ガルパン最終章」を3機種+αのサラウンドヘッドフォンで聴く
2018年4月27日 08:00
上映が始まった。画面にはIV号戦車のあんこうチームのマークが大きく映し出されている。音はない。画面も静止画のように変化がない。張り詰めた雰囲気が場内に充満する。緊張がピークに達する頃、画面の下の方から硝煙と思しきスモークがわき上がることに気付く、風のせいか煙は右へ流れていく。そのとき、砲弾が飛んでくる音が左の遠方からかすかに聴こえてくる。右から左へと意識が振り回され、その直後に画面に砲弾が着弾。目の前で激しい着弾音が鳴り響き、戦いがすでに始まっていることに気付く。
上映前の期待と興奮が入り交じった緊張感を活かし、見る者の心をいきなり鷲掴みにする痺れるような導入だ。
というわけで、今回の良作は「ガールズ&パンツァー最終章 第1話」。タイトル通り、最終章となる全6話のうちの第1話だ。劇場公開は昨年の12月だが、例によってロードショーはまだ続いており、しかも4月からは新たに制作されたドルビーアトモス(Dolby Atmos)、DTS:X音声による上映も行なわれている。発売されたBD版は12月の上映と同じ5.1ch音声を収録。さらに劇場版に引き続き、ヘッドフォンでサラウンド音声を楽しめる「DTS Headphone:X」音声を特典として収録している。
今回は前回の募集で集まった読者の要望にお応えし、ヘッドフォンを良品として取り上げる。「DTS Headphone:X」はもちろんのこと、いわゆるサラウンドヘッドフォンと、PCゲームなどでは欠かせないゲーミングヘッドセットの3機種+αで、それぞれの音質の違いやサラウンド感をレビューしていくという趣向だ。
「DTS Headphone:X」自体は何度か取り上げているが、ガルパンでは初めてだし、予算や設置のハードルの高さ、さらに大音量再生による近隣への迷惑を考えるとなかなか家庭で手軽に楽しむのが難しいガルパンの重低音を、ヘッドフォンでどこまで映画館に近い迫力と臨場感を味わえるのかをレポートするのは筆者自身興味深い。ツイッターで要望を見たときには、思わず「それだ!」と、カバさんチームのように声が出てしまったほど。
サラウンドヘッドフォンの代表選手。VPT技術を採用したソニー「WH-L600」
まずは使った製品を紹介していこう。サラウンドヘッドフォンの代表として、ソニーの「WH-L600」(実売価格30,320円)。バーチャルサラウンド技術を活かしたサラウンドヘッドフォンは、DVD時代から手軽なサラウンドシステムのひとつとして各社から発売されてきたが、現在はいくつかのメーカーがラインアップしているものの、いずれも最新モデルではない。ソニーは上級機である9.1ch対応の「MDR-HW700DS」もあるが、2013年発売とやや古い。WH-L600は今年発売の最新モデルだが、対応フォーマットはドルビーデジタル、DTS、AAC音声のみのエントリークラスに当たるモデルとなる。
通常のヘッドフォンで楽しめる「DTS Headphone:X」のような技術が登場している現在、サラウンドヘッドフォンの状況は厳しい。とはいえ、古くからVPT(ヴァーチャル・フォンズ・テクノロジー)を開発し、ヘッドフォンによるサラウンド再生をリードしてきたソニーが新製品を投入してくれたのはありがたい。何より、ワイヤレス再生というのは、室内での再生でも実に軽快で便利。サラウンド再生の実力とは別にワイヤレスというのは大きな魅力と言えるだろう。
WH-L600は、ドルビーデジタル、DTS、AACの5.1ch音声の入力に対応し、VPT技術でヘッドフォンサラウンド再生を行なう。ARC対応のHDMI出力を備えているので、薄型テレビのHDMI入力に接続すれば、テレビ放送の音声もサラウンド化して楽しめる。HDMI入力は持たないが、薄型テレビに接続したBDレコーダなどの音声もARC経由で再出力される。こうした接続はサウンドバータイプのスピーカーと同様だ。入力信号は5.1chまでだが、ドルビー・プロ・ロジックのマトリクスデコーダを持つので、7.1ch化が可能となっている。
新たに盛り込まれたのが、「Natural Reverb Reproduction」。独自のアルゴリズムで、部屋の環境に近い微小な間接音や音の余韻を再現し、より自然な音場とする技術だ。サウンドフィールドは、シネマ、ゲーム、ボイス、スポーツの4種類で、シネマは上級機と同様にソニー・ピクチャーズの映画制作用ダビングシアターの測定データに基づいた映画館の音響を再現するモード。今回の視聴でもシネマを選んでいる。
ヘッドフォンのドライバーの駆動は左右それぞれがプラス/マイナスそれぞれのアンプで駆動するバランスドライブ方式を採用。チャンネルセパレーションを向上し、サラウンド効果をさらに高めている。また、DC電源部には大容量電解コンデンサーを採用、オーディオ回路にも高音質コンデンサーを数多く採用するなど、音質を追求している。このほか、デジタル処理化色には真空水晶振動子を採用し、高精度なクロックを生成、ジッターの低減を徹底するなど、こだわった設計となっている。
再生のための準備は、ARC機能に対応した薄型テレビとHDMI接続をするか、BDレコーダなどの再生機器の光デジタル音声を接続すればいい。入力端子を切り替えれば、DTS音声のインジケーターが点灯し、音声もヘッドフォンから出力される。音場モードは自由に選んでいいが、映画ならば「シネマ」がおすすめ。視聴では「シネマ」を選択肢、さらにドルビー・プロ・ロジックの7.1ch化も合わせて併用した。
専用アンプでサラウンド再生を実現。ゼンハイザー「GSP600」、「GSX1000」
続いては、ゼンハイザーのGSP600(実売価格32,400円)とGSX1000(同21,930円)。GSP600はこの春発売されたゲーミングヘッドセットの最上位モデル。PCゲームに限らないが、今の家庭用ゲームの音声はほとんどが5.1ch/7.1chのサラウンド音声を採用しており、特にFPS(一人称視点シューティング)などでは、画面に映らない側方や後方の敵の存在を音声で再現する。このため、サラウンド再生装置を使ってプレイすると、後方などからの敵の攻撃をいち早く察知することができ、ハイスコアを目指すならば必須の装備と言われている。サラウンド再生という意味ではサラウンドヘッドフォンと同様のバーチャルサラウンド技術を採用している。
筆者はゲームも映画と同様に自宅の6.2.4chのサラウンドシステムで楽しんでいるので、実はこうしたゲーミングヘッドセットを試すのは初めてだ。ゲームでは、映画以上に後方の音の定位が重要だと思うが、その当たりも含めて一般的なサラウンドヘッドフォンとのサラウンド再生の違いは興味深いところ。もちろん、ゲーミングヘッドセットと言っても、マイクが付いている以外は通常のヘッドフォンと同様なので、PCでBD/DVDなどを再生してサラウンド再生を楽しむことも可能だ。
GSP600は可動式のマイクを備えたゴツいデザインはいかにもゲーミングという感じ。超厚型形状記憶イヤーパッドのデザインを一新したほか、接触圧の調整も可能なアジャスタブルヘッドバンドの採用などで、快適な装着感を追求している。長時間の装着感、激しく身体を動かしてもずれないホールド性なども重要な要素のようだ。
そして、肝心なドライバーユニットは、アルミボイスコイルを採用した独自設計で、低音域の再現性を拡張しているという。その音作りはゲーム用といえども、ゼンハイザーの音作りを継承するものとなっている。
GSP600の接続端子はマイク入力も伴うもののごく普通のアナログ音声ケーブルだ。これでどうやってサラウンド化などを行なうのかと心配したが、サラウンド再生のためには専用アンプを組み合わせる必要がある。それがGSX1000だ。GSX1000は、USB DACを内蔵しており、PCとはUSBで接続する。HDMIや光デジタル音声入力は装備しないので、薄型テレビやBDレコーダとの接続はできない。ゲーム用だから仕方のないが、再生機器はPCとなる。
GSX1000は実はハイレゾ音源にも対応しており、最大96kHz/24bitのステレオ音声の入力も可能(Windows 8.1以降)。サラウンド信号は7.1ch対応で最大48kHz/16bitとなる。映画だけでなく、ハイレゾ再生なども楽しめる実力を持っている。
サラウンド再生は、独自のバイノーラルサウンドレンダリングで行なわれる。ストーリー(映画)、ミュージック、eスポーツの3つの音質モードを備えるほか、空間感の増強や音場のバランスを前方側、後方側に調整する機能なども備える。それらの操作はボディ前面のタッチパネルを使った操作で実に先進的。好みのセッティングを登録できるプリセットボタンまで用意されている。
GSP600+GSX1000の再生では、PCとUSB接続する必要があるので、本機のみ再生機器はPCを使用し、再生ソフトは「PowerDVD」を使っている。まずはWindowsの設定で、GSX1000を音声デバイスとして選択するといった作業が必要だ。
サウンド設定で、再生デバイスとして「GSX1000」を「規定値に設定」し、画面の左下にある「構成」を選ぶ。そこで、オーディオチャンネルを「7.1サラウンド」に選択すれば準備は完了だ。特別なデバイスドライバーなどをインストールする必要はない。
USB DACなどを使ったことのある人ならば、経験済みの作業ではあるが、初めての人は取扱説明書で手順をよく確認して、きちんとサラウンド再生ができているかを確認しよう。
これに加えて、GSX1000側では音質モード(EQ設定)などを調整できる。画面のディスプレイには、6つのアイコンが表示され、それぞれいくつかの設定を変更できる。右上が音質モードで、「シネマ」を選択。右は前後の音場バランスで、前寄り/後ろ寄り/中間を選べる。詳しくは後述するが、「ガルパン最終章 第1話」のサラウンドは後方の再現がとても重要なので、後方の音場が豊かになる「後ろ寄り」を選んだ。
右下は2.0/7.1chの切り替え。ステレオ(2.0)とサラウンド(7.1)の選択だ。左下はマイクの音の再現性を調整するもので、非表示/+/++とするほどマイクの音の明瞭度が増す。これはゲームの音声チャット用の設定で映画再生などでは不要。左は残響感の調整。非表示/+/++が選べるが、+とすると全体にエコーが付加されたような感じになり、空間の響きが増す。++はさすがに映画では響きが過剰になるが、+は空間の広がりが明瞭になるので映画でも有効。非表示(オフ)はもっとも響きの付加はなく個々の音も明瞭になるので、こちらも選んでもいいだろう。最後の左上は、ヘッドフォンとスピーカー(接続している場合)の切り替えだ。
DTS Headphone:X用として、オーディオテクニカ「ATH-MSR7」をチョイス
最後は「DTS Headphone:X」だ。これは、あらかじめヘッドフォン用にサラウンド化された2ch信号なので、基本的にはどんなヘッドフォンでも楽しめる。ただし、ヘッドフォンの実力や形式(開放型や密閉型、イヤフォンタイプなど)によって、サラウンド効果が大きく変化するので、今回はソニーのWH-L600やゼンハイザーのGSP600と条件を揃えるため、価格もほぼ同じ位の密閉型モデルとした。
選択したモデルは、オーディオテクニカのATH-MSR7(実売価格:28,900円)だが、当然ながら「DTS Headphone:X」に合うおすすめモデルというわけではない。ニュートラルな音質でモニター的な正確な描写をする、つまりはさまざまな用途で使えるオールラウンドなモデルとして選んでいる。
「DTS Headphone:X」については、ガルパンの音響監督である岩浪美和さんから別件のインタビュー時に少し話を聞いているので、ここで紹介しておこう。まず、「DTS Headphone:X」の音声のエンコードは、「ガルパン最終章 第1話」の5.1chのマスター音源を使ってダイレクトに「DTS Headphone:X」の音声に変換している。この作業は機械的なものだが、変換時にはさまざまなパラメーターが用意されているそうだ。例えば、仮想的に再生される部屋の広さや天井の高さ、その部屋の残響特性などを細かく設定できるようだ。
当然ながら、「ガルパン最終章 第1話」の「DTS Headphone:X」音声は岩波監督ら音響さんチームが監修している。上記のパラメーター設定などを含めて、岩波監督が求めたのは「劇場に近い音を手軽に体験できること」。これを目標として、音場などのパラメーターを合わせている。エンコードされた音を実際に試聴し、「聴いていて耳が痛くなるようなこともなく、立体感のある音が得られるかどうか」を確認したという。
耳が痛くなるという意味では、ヘッドフォンは音源と鼓膜の距離が極めて近いので、映画館そのもののダイナミックレンジとしてしまうと、大音量時に過大な音量となりやすいので、ダイナミックレンジの圧縮(コンプレッション)を行なうことが少なくないそうだ。しかし、「ガルパン最終章 第1話」ではコンプレッションはしてない。これは、2時間の「ガルパン劇場版」に比べて、約50分ほどと本編が短いこともあり、もともと劇場版よりもダイナミックレンジはやや狭い設定となっているためできたそうだ。要するに本作については映画館そのままの音響をヘッドフォンで楽しめるものに仕上がっていると考えていい。だから、「耳が痛くならない」ことは厳重に確認しているわけだ。
ちなみに、「DTS Headphone:X」の監修で使用したヘッドフォンは、多くの録音スタジオなどにあるモニターヘッドフォンの定番、ソニー「MDR-CD900ST」も使ったそうだが、そのほかにもより高価なヘッドフォンや、安価なヘッドフォンでも確認し、ヘッドフォンを問わず一定以上の音響効果が得られることをチェックしたとのこと。
ATH-MSR7を選んだのは、振動板の振幅が大きな低音をしっかりと鳴らすことができること。しかもその大振幅によって中高域が濁ったりしないよう、正確な振幅動作を追求したドライバー設計などが選択理由。ロングセラーモデルなので、ユーザーである人も少なくないと思うが、価格的にも比較的買いやすい。
「DTS Headphone:X」再生のための設定は、BDソフトのトップメニューで「音声選択」から「DTS Headphone:X」を選ぶ。するとまずチェック用のムービーが始まるので、ガイドに従ってヘッドフォンから音が出ているかどうかを確認して次のステップへ映っていけばいい。最後は5.1chのテストトーンが再生されるので、各スピーカーの位置から音が出ていることが確認できれば完了だ。
いよいよ上映開始。映画館の5.1ch音場はどのように再現されるか?
上映開始の前に、音量についての注意をしておきたい。ヘッドフォン再生ではその気になれば鼓膜が破れるくらいの音量を出すこともできるので、耳の健康のためにも過大な音量には気をつけたい。「ガルパン最終章 第1話」は「ガルパン劇場版」よりもダイナミックレンジがやや狭い設定であるのはすでに述べたが、それでも十分にダイナミックレンジは広いので、音量調整はきちんとしよう。冒頭がいきなりクライマックスなので、そこでの音量が過大にならないようにボリューム位置を調整するといいだろう。爆音上映は楽しいが、耳の健康も十分にケアして楽しんでほしい。
例によって、上映ではあたかもソニー、ゼンハイザー、オーディオテクニカ(「DTS Headphone:X」)を切り替えながら聴いているように紹介していく。再生機器は、BDレコーダーはOPPO Digital「BDP-105D JAPAN LIMITED」で、ソニーは光デジタル接続、オーディオテクニカはヘッドフォン出力と接続した。ゼンハイザーはWindows PC+PowerDVDだ。
まずは新曲となったオープニング。スピード感のある曲で、歌詞を聴き込むとよくわかるが、個性豊かなキャラクターたちが結集して奏でる壮大なシンフォニーといったイメージそのままと言っていい。オープニングは特にサラウンドを意識したトリッキーな演出はしておらず、前方音場主体の音場だ。じっくりと聴き込むと前方の奥行きが豊かでボーカルがしっかりと前に出てくる立体感もあるが、こうした前方の立体感は3つとも十分なレベルだ。音場感で言うと、ゼンハイザーとソニーはボーカルが頭の中ではなく、前方に定位する感じがあるが、オーディオテクニカは頭内定位となる。これは「DTS Headphone:X」のサラウンド設定のバランスだろう。
音質では、ゼンハイザーは声に厚みがあり、明瞭でくっきりと浮かび上がる再現が好ましい。ドラムなどのリズムも力感は十分。ゲーミングヘッドセットということで、やんちゃな音になるかと思ったが、さすがはゼンハイザー。ややメリハリをつけてはいるが不自然さはなく、音楽用としても十分使える豊かな表現力だ。
ソニーは低音の再現では一番で、安定感のある再現となる。音質的にはやや穏やかで聴きやすくまとまりのいい音になっている。映画寄りに低音が厚めのバランスだが、音楽を聴いても楽しく聴けるものになっている。
オーディオテクニカは、もっともステレオ再生に近い感触で、高解像度で細かな音までしっかりと再現するが、音場感や立体感は他と比べると物足りない。情報量の豊かさだけでなく、ボーカルや伴奏の楽器の音色の再現など、もっともリアルな再現だ。だが、音場感や音に包まれる感じが物足りない。これは、「DTS Headphone:X」がリアルな映画館の音を再現しているのに対し、ゼンハイザーやソニーは映画館らしさのための演出が加わっているためだと思う。ゼンハイザーやソニーが派手なのではなく、「DTS Headphone:X」がストイックすぎると感じる。かなりリアル志向の音だ。
物語は、まずは日常的なシーンが描かれる。ちょっとした騒動を経て、久しぶりに開催される「無限軌道杯」への参加が決まるわけだが、ここでの会話がなかなか面白い。画面に姿が見えるキャラクターはセンタースピーカーから声が出るのだが、画面から外れると音がサラウンドに振り分けられる。なかなか大胆な演出だ。よくよく聴いてみると、画面から姿を消しているキャラクターの場合、サラウンドから声が出て、サラウンド+フロント(L/Rのどちらか)を経て、画面に現れるとセンターから声が出るという感じに移動している。セリフをサラウンドに振り分けるというのはなかなか大胆な演出で、ちなみにハリウッド映画でこのような演出をすることはほとんどない。映画の中で大事な情報であるダイアローグがフラフラと動くと、映像への集中を乱すなど観客が少々戸惑うからだ。だが、サラウンドを楽しむという意味では、いろいろな音が自在に動き回る方が楽しい。左右のフロントスピーカーとセンタースピーカーを巧みに使い分け、見ている人が混乱しない範囲で、音の移動感を加えている。この感じはどう再現されるか?
ゼンハイザーは、画面外に居るキャラクターの声を「横」から再現する。右や左ではなく、「横」だ。ヘッドフォンの右側だけから音が出ているのではなく、ヘッドフォンの外側に距離を持って音が定位する。横方向の音の広がりの再現はなかなかのもの。声の質感も自然でクセのないものながら、キャラクターの声質の違いをもっとも豊かに描き分けた。このあたりの表現力の豊かさはさすが。
ソニーもゼンハイザーに近い再現だが、横の広がりの距離感がやや近く、真横というよりも右前方という感じになる。画面を見ている視聴者の音場という意味では、距離はやや狭いが方向感はなかなか良好だ。
オーディオテクニカはもっとも定位が明瞭で、しっかりと真横から聴こえる。センターから聴こえる声は頭内定位なので方向感も正確と言える。ある程度の距離感があるのは同様だが、音場の広がりという点ではもっとも狭く感じた。本作では、このような「後ろにサラウンドスピーカーがあると映画はこんなに面白くなるのか!」と実感できる場面が随所にある。当然ながらヘッドフォンサラウンドでもその面白さがじっくりと味わえることが重要だ。
続いては、新戦力となる戦車を探すため、学園艦の最深部へ向かう場面。ここでの見どころは、生意気な言動のために連れ去られてしまった園みどり子を、冷泉麻子を先頭にあんこうチームの面々が後を追う主観視点の場面だ。
3DCGを駆使した主観視点は戦車戦ではよく使われるが、日常的なシーンでは珍しい。しかも音響はさらに大胆になっていて、主観視点の主である冷泉麻子を追う西住みほらの声は真後ろから聴こえる。彼女たちの足音も後方で響いている。
このシーンで驚いたのがソニーで、後方からの音をかなり明瞭に再現した。ドルビー・プロ・ロジックで7.1ch化しているとはいえ、技術的には決して目新しいものではない。狭い艦内での音の響きを丁寧に描くなど、サラウンド空間としての再現の上手さもあってこそのものだと思う。ヘッドフォンに限らないがバーチャルサラウンドは真後ろの音の再現が苦手なので、ソニーのこの再現はかなり高く評価できる。
ゼンハイザーの場合、設定で音場の広がりを後ろ寄りにしたこともあり、頭内定位気味だが後ろからの音である雰囲気はある。音像の広がりを後ろ寄りにした効果もあるだろう。音楽など基本的に前に音源があるコンテンツならば音場を前寄りにした方が音場の奥行きも増すが、本作のようにサラウンド(後方)の音が重要な作品では音場を後ろ寄りにした方が好ましい。なお、後方の音はほかよりも残響が多めになっており、ヘッドフォン再生で方向感の識別がもっともわかりにくい真正面の音と真後ろの音がはっきりと聴き分けられるようになっている。これはゲームに置ける正確な方向の識別とも関わる部分だと思うが、残響感が過剰と感じるほどではなく、雰囲気的にも真後ろとわかるので、うまい味付けだと感じた。
オーディオテクニカは、後方の音という定位感は明瞭だが、空間的な広がりが物足りない。個々の音の定位が明瞭ということもあり、頭内定位に近い感じになってしまう。ステレオ音声と聴き比べると、完全に頭内定位というわけではなく、後方の音として再現されているのだが、頭の真後ろにスピーカーがくっついている印象で空間の広がりがもう少し欲しくなってしまう。
サラウンド音場の再現はそれぞれに違いがあり、なかなか好みが分かれそう。
続いては、大洗女子学園と同様に、「無限軌道杯」への参加を決めた各校の様子が描かれる場面。室内だったり、学校内の広場だったり、教室内などなど、さまざまな場面で個性豊かなライバル校の面々の会話が繰り広げられるが、それぞれの部屋での空間感はきちんと差を付けていて、音場感の再現も違いがあった。
ゼンハイザーは、プラウダ高校の車内の雰囲気をしっかりと再現した。前席に居るノンナとクラーラ、後席に居るカチューシャの位置関係もわかるような奥行きの豊かな再現だ。ただし、広場や教室でサラウンドを中心にガヤガヤとした声が出る場面となると、主に後方の音は包囲感はあるもののやや混濁しがちになる。
ソニーは後方の音の再現が上手いこともあり、広場や教室での声を包囲感を含めてなかなか豊かに描いた。前方音場も十分な再現だが、ゼンハイザーほどの奥行きはない。
オーディオテクニカは、もっとも再現が緻密だ。細かな音の再現性に優れ、ガヤガヤとした声も混濁することなく明瞭に聴こえる。そのぶん、音場的な広がりという点ではもっとも狭い。しかし、車内や広場、教室といった空間感の違いはきちんと再現できている。
強いていうならば、ゼンハイザーは前方優位で横方向の広がりも十分。そのぶん後方がやや狭いので、横に長い楕円形のような空間感になる。ソニーは逆に後方が豊かなために縦に長い空間感だ。オーディオテクニカの場合は前後左右とも適度な距離感のある正円の空間感。もっとも正確だが円がもっとも小さいので、こうして聴き比べると他と劣って感じやすい。
このサラウンド感の違いはなかなか説明が難しい。ゼンハイザーやソニーがサラウンド空間が歪んでいるかというとそんなことはなく、オーディオテクニカを含めてどれも単独で聴けばそれなりの音場感が再現できている。それぞれの違いをピックアップして、やや大げさに空間感を表現しているということを理解しておいてほしい。
では、好みの音はどれか? というと、これまた難しいのだが、やはりそれぞれの良いところで選ぶのが良さそう。ゼンハイザーならば前方の豊かな奥行き。ソニーは後方の再現性となる。「DTS Headphone:X」は正確さと情報量の豊かさとなるだろう。
BC自由学園との第1回戦はじまる! 砲撃の迫力はどう聴こえるか?
ついにクライマックスである「無限軌道杯」の第1回戦の開始だ。新戦力であるマークIV戦車の登場など、見どころはいっぱいだ。状況を詳しく語るとほぼネタバレになるので、やや断片的に語っていくことにする。
まず戦いの舞台となる広い空間の再現だが、これについてはゼンハイザーがなかなかの広さが得られた。風が吹く感じや戦車のアイドリング音が響いている感じなどもなかなか雰囲気がある。ソニーも広さでは及ばないものの空間感はよく出ていて、とくに後方の音がしっかりと出るので臨場感がある。オーディオテクニカは細かな音は実によく再現できていて、そのため空間感や包囲感もきちんと出るのだが、もう少し広がり感が欲しいと感じる。
そして肝心要の砲撃音。出音の勢いの良さがよくキレ味の鋭さではオーディオテクニカが一番。「DTS Headphone:X」の良さである情報量が豊かなこと、オーディオテクニカの反応のいい音の出方が相まって、緊張感のある戦車戦を楽しむことができた。全体に不要な響きなどのないストイックな再現ではあるが、そのぶん、細かな音までしっかりと再現できる。砲撃を受けて破壊される橋の木材が粉々に吹き飛ぶ場面など、破片のひとつひとつが飛んでくるかのような音も明瞭に再現する。空間的な広さ感では物足りないものもあるが、サラウンドの移動感や定位の良さはかなりのものだ。
ソニーは低音の底力がもっとも優れていて、着弾音の迫力などはかなりのもの。移動する戦車の重量感、起伏を乗り越えるときのズシンとした重みなども十分だ。低音がたっぷり詰まった場面では、ハウジング自体がブルブルと震えているのがわかるほど。それによって音が濁るということはなく、見方を変えればボディソニックで空気の揺れを再現しているようなもので、多少の違和感はあるがなかなか面白い。充実した低音再生のおかげで、声の厚みもしっかりとしているし、映画を楽しめる音になっている。
ゼンハイザーは低音もしっかりと出るのだが、アタックの感じがソフトなこともあり、ちょっと迫力にかける。四方からの砲撃も明瞭かつスムーズで、他と比べるとどことなく上品に感じてしまう。このあたりはガルパンを鑑賞することを前提にするとやや物足りない部分だが、そのぶん、緊迫感たっぷりの音楽やキャラクターの迫真の演技を情感たっぷりに描く。ドンパチよりもキャラクターの演技や物語を重視する人に向くだろう。
オマケ(1)PCとXbox One Sなら「DolbyAtmos for Headphone」という選択肢もある
ヘッドフォンによるサラウンド再生の方法として、実はもうひとつの選択肢がある。それが「DolbyAtmos for Headphone」だ。これはその名の通り、Dolbyが開発した最新のヘッドフォンサラウンド技術で、立体音響であるドルビーアトモスにも対応する。ドルビーアトモス音声のソフトだけでなく、2.0や5.1/7.1chの音声をアップミックス再生することも可能だ。
ドルビーアトモス対応で、どんなヘッドフォンでも楽しめるので、PCでBD再生やさまざまな動画配信サービスも楽しむという人ならば、有力な選択肢だろう。こちらも一緒にレビューしたかったのだが、PCのヘッドフォン出力ではS/Nが良くないせいか、サラウンド効果以前に音質的な差が大きく、USB DAC(CHORD Hugo2)を使ったら別格と言える再現性になって、いずれにしても横並びで比較することができなかった。
そういうわけで、別枠扱いで「DolbyAtmos for Headphone」についても紹介しよう。再生環境はWindows PCとUSB DACのHugo2を接続し、そこにオーディオテクニカのATH-MSR7を接続して聴いている。
絶対的な音質差を別にすると、「DolbyAtmos for Headphone」は比較的後方のサラウンド感も良好だ。しかし、「DTS Headphone:X」と同様に特にサラウンド音場効果を付加するようなことはしていないようで、オープニング曲はステレオ再生に近い感触になるし、ボーカルやキャラクターのセリフは頭内定位になる。「DTS Headphone:X」との違いは、前後左右の音の定位の明瞭さよりも、空間全体のつながりの良さが感じられること。ゲームについてはまだじっくりと試していないが、空間感の表現の上手さを考えても映画(BDや動画配信)鑑賞だけのためでも十分に手に入れる価値があると思う。
絶対的なサラウンド空間はあまり広くはないのだが、包まれるような包囲感もあるし、空間感もある。ゲームでも有効ということで活用範囲も広いので、ぜひとも試してみてほしい。
Windows PCやXbox One Sを使っている人ならば、比較的身近な方法だし、ドルビーアトモスにも対応するというのは大きな魅力と言える。ただし、PCのヘッドフォン出力だと音質的に物足りない可能性があるので、手頃な価格のUSB DACを追加することをおすすめする。
オマケ(2)「DTS Headphone:X」の実力がこの程度のはずがない!!
「DTS Headphone:X」については、視聴レポートでも述べたが、ゼンハイザーやソニーのように独自のサラウンド空間再現を付加していないことが、空間感が物足りないと感じた要因だと思う。要するに、オリジナルの5.1ch音声をストレートにバーチャルサラウンド化したもので、ゼンハイザーやソニーが空間感を豊かに再現するための独自の技術を盛り込んでいるのとは方向性が違う。逆に言えば、ゼンハイザーやソニーのサラウンド再生技術がなかなかよく出来ているとわかる。しかも、ゼンハイザーやソニーはサラウンド処理やアンプ回路とヘッドフォンをトータルで製品化しているのだから、その意味では最終的な完成度は高くなるのは当然だろう。
「DTS Headphone:X」はどんなヘッドフォンでも一定以上の効果が得られることを岩浪美和音響監督が確認済みということはすでに述べたが、やはりヘッドフォンによってサラウンド効果は変わってくる。
ヘッドフォンの音質以上に違いが大きいのがヘッドフォンの形式だ。結論から言うと、ヘッドフォンによるサラウンド再生を楽しむならば、開放型がおすすめ。視聴レポートでは、サラウンド空間が狭いと言っていたが、この不満のほとんどが開放型ヘッドフォンを使うことで解消できる。
プレーヤーはBDP-105D JAPAN LIMITEDのままで、光デジタル音声をCHORD Hugo2に接続し、ヘッドフォンはゼンハイザーのHD800を使用して実際に試してみた。手持ちの機材での最上級のヘッドフォン環境だが、この再現にはかなり驚いた。少なくとも、視聴位置から2mほどの間隔で設置しているスピーカーでのサラウンド再生と遜色のない空間の広がりが得られた。開放型ヘッドフォンは装着時でも周囲の音もよく聴こえるので、設定を間違えてヘッドフォンではなく、スピーカーが鳴っているのかと思ったほどだ。
音の定位の良さと情報量の豊かさはそのままで、サラウンド空間がぐっと広がるので、ますます豊かな方向感や移動感が感じられるようになる。これならば、我が家のスピーカーによるサラウンド環境に十分匹敵する音だと言っていい。実際のところ、筆者はスピーカーのサラウンド再生の空間感や各チャンネルの音の定位などを確認するとき、「DTS Headphone:X」での再現をリファレンスとしている。スピーカーの位置などによるサラウンド空間の歪みが生じていないか、音の移動感や定位が正しいかを確認するのにもぴったりなのだ。
使用している機材はそれなりに高価なものばかりだが、専用の防音部屋が不要というだけでもかなり現実的になる。もちろん、高価な機材を集めることが必須条件というわけではなく、一般的な価格とBDプレーヤー、USB DAC、開放型のヘッドフォンを揃えれば、これに近い音を得られると思う。
ヘッドフォンもいいが、スピーカーもいいぞ!
「DTS Headphone:X」や「DolbyAtmos for Headphone」のような技術が登場している現在、各社が独自のサラウンドヘッドフォンを発売する必要はあまりないと感じていた。しかし、ソニーもゼンハイザーも、システムとしてのサラウンドヘッドフォンならではの完成度を持っていることを改めて気付かされた。「DTS Headphone:X」は楽しめるソフトが限定されるし、「DolbyAtmos for Headphone」は再生機器が限定されるので、まだまだ万能と言えるものではない。そのあたりは考えると、ソニーは組み合わせる機器を選ばずに使える良さがあるし、しかもワイヤレスだ。ゼンハイザーは事実上PC専用のものだが、ゲームだけでなく映画や音楽も楽しめる高いクオリティを持っている。
もちろん、「DTS Headphone:X」は、「ガルパン最終章 第1話」とBD再生機を持っている人ならば、手持ちのヘッドフォンですぐに楽しめる短さが最大の武器だ。しかし、そのポテンシャルは極めて高いので、ぜひともUSB DACや開放型ヘッドフォンなどのグレードアップをおすすめしたい。
そのうえで、スピーカーの良さにも注目してほしい。なかなかにハードルは高いが、家族や友達と一緒に楽しめるなど、スピーカーならではの良さもある。
「ガルパン最終章 第1話」は冒頭で触れたようにドルビーアトモス版やDTS:X版の音声も制作されており、BDソフトの発売も予定されている。ヘッドフォンの音の解像感の高さはなかなかあなどれないものがあるが、5.1や7.1、ましてや7.1.2などのチャンネル数の音を2つのユニットだけで再現するには限界がある。「ガルパン最終章 第1話」のドルビーアトモス版の上映を見た人ならばわかると思うが、チャンネル数が増えたことで、今までは聞こえにくかった音がより明瞭に聴こえてくるのだ。実際に体験した人は誰もが驚いたと思う。
スピーカーでマルチチャンネル再生を実現するのは大変だが、苦労に見合う価値はある。「ガルパン最終章」自体もまだまだこれから続くので、作品の進行に合わせてじっくりと、システム構築に挑戦していってほしい。
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ソニー「WH-L600」 | ゼンハイザー 「GSP 600」 | オーディオテクニカ 「ATH-MSR7」 |
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